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レジェンド 作者:青竹

0134話

「うーむ、予想以上だったようじゃな」

 ブラッソが目の前に広がっている光景を見て、思わず呟く。

「俺としてもこの展開は予想出来なかった」

 その隣ではフロンが唖然として言葉を出し。

「グルゥ?」

 どうしたの? とばかりにセトが小首を傾げてからレイへと頭を擦りつけてくる。
 そしてレイもまた、半ば呆然とその光景へと視線を向けていた。

「いや、確かに予想はしていたけど……ここまでとはな」

 口を開いたレイの視線の先には、この山の頂上。ハーピー達が巣くっていた洞窟が見えている。
 洞窟自体は入り口付近がレイの放った複数の火球を使った魔法により焦げ付いており、その匂いが数時間程経った現在でも周囲に漂っている。
 だが問題はそんなことではない。レイ達の視線の先にあるのは、まさに血の海とでも表現すべき光景だった。
 洞窟の周辺、草木が殆ど生えてこない荒れ地と言ってもいいような場所には幾多ものモンスターの死骸が散らばっているのだ。そしてその死骸のほぼ全てが食われており、中にはレイ達が眠っていた数時間程度で骨のみとなっているモンスターの姿すらもある。

「たった数時間でこれとはな。……ハーピー達の存在がそれだけこの山におけるモンスターの生態系を乱しておったのじゃろうな」
「つまり、この山のモンスターが手を組んでハーピーの生き残りを襲撃したと?」

 思わず、といった様子で呟いたブラッソへと尋ねるレイだが、その質問にブラッソは小さく首を振る。

「いや。そこまで組織立って行われた戦いではないじゃろう。恐らく、儂等が倒した時に流れたハーピーの血。その血の匂いを嗅いでここに山の中からモンスターが集まり、盛大な殺し合い……否、喰らい合いが起こったんじゃと思う」
「……その割には、その喰らい合いで生き残ったモンスターがいないようだが?」
「それは確かにもっともじゃが……恐らく」

 フロンへと言葉を返しつつ、チラリとレイに頭を擦りつけて甘えているセトへと視線を向ける。

「ブラッソ?」
「恐らくじゃが、近付いてくるセトの気配に気が付いたんじゃろうな。……まだ骨になっていないモンスターを見れば分かるが、その殆どは低ランクモンスターのものじゃ。それだけに強き者の気配には敏感なんじゃろうて」

 ブラッソの言葉に改めて目の前に広がっているモンスターの死骸へと視線を向けるレイとフロン。
 言われてレイが確認してみれば、確かに目の前に広がっているモンスターの死骸はゴブリンやソルジャーアント、ファングウルフといった低ランクモンスターがその殆どを占めている。中にはオークやリザードマンのものと思しき死骸もあるが、それはごく少数でしかない。
 あるいはこの喰らい合いで勝ち抜いたのがそれらの、この山の中では比較的高ランクと言ってもいいモンスターだったのか。

「とにかくじゃ。このまま死骸を放置しておけば妙な病が起こりかねん。鉱山を再開する為にこのハーピーの依頼を受けたというのに、その鉱山で働く鉱夫達が病気にでもなったら堪ったもんじゃないわい。……レイ、頼めるか?」
「燃やせばいいんだな?」
「ああ。残っているモンスターの死骸からは碌な素材は剥ぎとれんじゃろうし……何より、今はセトの気配を感じて近付いてこないモンスターにしても、いつ気が変わるか分からん。じゃからその気が変わる前に頼む」

 ブラッソの言葉に頷き、脳裏にどのような魔法が効果的かを考える。
 目の前の荒れ地には至る所に死骸が散らばっており、一ヶ所に纏められている訳では無い。そうなると広範囲に効果が及ぶ魔法が必要な訳で……そして大体の目星をつけてデスサイズを握ったまま1歩前へと出る。

『炎よ、我が魔力を糧とし死する者を燃やし尽くせ。その無念、尽く我が炎により浄化せよ。恨み、辛み、妬み、憎しみ。その全ては我が魔力の前に意味は無し。炎は怨念すらも燃やし尽くす。故に我が魔力を持ちて天へと還れ』

 呪文を唱えるのと同時に、レイの顔が魔力の急激な消耗により顰められる。だがレイはそれに構わず、尚も呪文へと魔力を込めていく。
 そしてやがてデスサイズの柄には青く輝く拳大の炎が現れ……

『弔いの炎』

 魔法の発動と同時に、デスサイズの柄が青い炎ごと地面へと叩き付けられる。デスサイズの柄と地面により青い炎はそのまま潰され、まるで坂道を水が流れ落ちていくかのように周囲へと青い炎の絨毯を広げていく。そしてその炎はモンスターの死骸と触れると瞬く間に燃やしていき、燃えている死骸はそのままにさらに青い炎は広がり、やがて10秒かそこらで洞窟の前にあった荒れ地は全てが青い炎に覆われる。だが……

「熱く、ない?」

 呆然として呟くフロン。そう、目の前でこれでもかと言わんばかりにモンスターの死骸を燃やし尽くしている青い炎からは全く熱を感じないのだ。

「レイ?」

 フロンと同様、その青い炎に目を見張ったブラッソがレイの方へと声を掛けながら振り向くが、そこで見たのは顔中に玉のような汗を浮かべているレイの姿だった。

「お、おい。レイ!?」

 駆け寄ってくるフロンへと手を振り、大丈夫だと示してセトの背へと寄り掛かる。

「悪いな、この手の魔法に関してはどちらかと言えば神聖魔法の領分だから、炎の魔法にしか適性の無い俺にしてみればその分魔力を大量に消耗するんだ」

 そのまま青い炎が荒れ地一帯にあった死骸を燃やしているのを見ながら、レイは今使った魔法の説明をする。

「今使った魔法は、モンスターや人の死骸といったものを燃やして弔う為の魔法だ。……注意して欲しいのは、あくまでも弔い。つまりは死骸がアンデッド化するのを防ぐ為の魔法だって事だな。アンデッドモンスターには効果はない……とまでは言えないが、恐らくダメージ自体は殆どないだろう。まぁ、アンデッドに攻撃するんならそもそも俺が得意としている炎の魔法を使えば早いだけなんだが」

 セトの滑らかな毛を撫でながら、青い炎によって燃やし尽くされていくモンスターの死骸を眺めるレイ。
 そしてそのまま20分程が経ち、荒れ地に散らばっていたモンスターの死骸もその殆ど全てが燃やし尽くされた頃にはようやくレイの体調も回復していた。

「……すっきりしたな」

 つい先程までは大量にモンスターの死骸が広がっていたとは思えないその光景に、フロンが思わず呟く。

「アンデッドやら疫病やらの心配はもう無いじゃろう。さて、レイ。洞窟の中を確認してこようと思うが、お主はどうする? まだ体調が厳しいようならもう少しここで休んでいてもいいが」
「いや、折角だし俺も一緒に行くよ」
「グルゥ……」

 心配そうに鳴きながら頭を擦りつけてくるセト。その頭を撫でながらレイは笑みを浮かべる。

「そう心配しなくても大丈夫だ。さっきのは大量の魔力を急激に消耗したからちょっと疲れただけだからな。それよりもセトはここで他にモンスターが襲ってこないように見張っててくれ」
「グルルゥ」

 まだ心配そうにしながらも、それでも小さく鳴いて頷くセト。
 最後にその頭を再び撫でてから、レイ達はハーピーが巣くっていた洞窟へと向かう。





「予想よりも涼しい……って言うか寒いな」

 洞窟の中に入った途端に感じた冷たい空気に、思わずフロンが呟く。

「まぁ、幾らレイの魔法とは言っても一晩中燃えてる訳じゃないからのう。既に熱い空気は山の冷たい空気に散らされたんじゃろう。……それにしても」

 呟き、洞窟の壁を触って感心した声を出すブラッソ。
 洞窟の中は入り口は狭くなっており、進むに従って広くなっている。もし洞窟の中に入ってハーピーを倒そうと思ったら、この狭さでレイとブラッソは自分の武器を思うように振るえずに苦戦していただろう。
 だがブラッソの目に映っているのは、その通路だけではない。否、通路よりもただひたすらに壁へと視線を向けている。

「これは……」
「ブラッソ?」

 いつも陽気に笑い、酒を飲み、騒いでいるドワーフのブラッソしか知らないレイが、その真面目な顔付きに思わず尋ねる。
 だがそんなレイの肩へとフロンが手を置き、小さく首を振って呆れたような声を出す。

「無駄だよ。ああなったら、暫くは元に戻らない」

 レイと違ってブラッソとの付き合いの長いフロンにしてみれば、今のブラッソの状態は幾度か見たことがあったのだろう。

「前にも確か言ったな? ブラッソは元々は鍛冶師を目指していたが結局は鍛冶師になれなかったと」
「ああ、それは聞いた」
「その最大の原因は、あいつの鍛冶師としてのセンスの無さが致命的な原因だった訳だ。けど、それでもさすが鍛冶師を目指したドワーフって奴なんだろうな。鉱石の類の目利きに関して言えばその辺の人間の鍛冶師は足下にも及ばない凄腕なんだ。いや、目利きで凄腕ってのも変な表現だがな」
「……鉱石?」

 その言葉に、改めてブラッソへと視線を向けるレイ。そこでは確かに何かを確かめるかのように洞窟の壁を軽く触り、あるいは地揺れの槌で軽く叩いて地面へと落ちた石を確認しているドワーフの姿が。

「つまり、何だ? この洞窟は何かの金属の鉱脈か何かだった訳か?」
「だろうな。それも、ブラッソのあの様子を見る限りじゃ相応に貴重な物なんだと思うが」

 そのまま5分程ブラッソの様子を眺めていたレイとフロンの2人だったが、このまま待っていても埒があかないとばかりにフロンが溜息を吐いてレイへと視線を向ける。

「このままブラッソに付き合ってたら、今日もこの山で一泊する事になっちまう。しょうがないから俺達だけで中の様子を確認してこようぜ」
「いや、けどブラッソをこのままにしておいていいのか?」
「多少は心配だが……何しろ表にはグリフォンのセトがいるし、この奥には俺とお前で向かうんだ。モンスターの襲撃はまずないだろうよ。……あっても、さすがにモンスターに襲撃されればあの馬鹿も我に返るだろうしな。ほら、いいから行くぞ」

 ドラゴンローブに包まれているレイの腕を強引に引っ張り、洞窟の奥へと向かっていくフロン。
 そしてそのまま焼け焦げた臭いに軽く眉を顰めつつ通路の奥へと進んでいくと、やがて巨大な空間へと出る。

「ここは……」

 その巨大な空間は、レイが数日前に出向いたボルンターの屋敷と比べてもまだ広かった。そして天井からは何本もの鍾乳石が真冬の氷柱の如く大量に生えている。

(鍾乳石? 鍾乳洞の類はこう言う山頂に出来るんじゃなくて山の中を通った水とかが石灰石を溶かして作り出すとか何とか、以前TV番組の特集で見たことがあるが……それが何で山頂にある洞窟に?)

 一瞬そんな風に内心で思ったレイだったが、何しろ魔法があって、モンスターがいるようなファンタジーの世界なのだ。山頂で鍾乳石の生えている鍾乳洞があるくらいはそうおかしな話では無いのだろうと判断する。

「おい、どうやらあそこがハーピー共の巣だったみたいだな」

 鍾乳石を眺めていたレイが、フロンのその声で我に返る。
 そしてフロンの見ている方へと視線を向けると、そこではまるで蜂の巣のように幾多もの穴が開き、ハニカム構造とでも呼べるような造りになっていた。

「あれは……?」
「さぁな。何であんな風になっているのかは分からないが、それでもハーピー共の焼け焦げた死骸がある以上は間違い無いだろう」

 確かにそのハニカム構造の壁の近くにはレイの放った魔法で焼け死んだのだろう、ハーピーと思われる焦げて完全に炭と化している死体が大量に地面へと転がっている。
 そしてそのハニカム構造になっている場所を中心として、レイ達のいる場所の反対側には外へと続く穴が開いていた。

「なるほど、こっちがむしろハーピー共にとってみれば表玄関だった訳か。で、俺達の入って来た方が裏口的な扱いか。……どうりで、あの魔法を食らっても20匹以上生き残った訳だ」

 フロンが溜息を吐きながら周囲を見回し、レイもそれに続く。この大広間とも言えるような場所に残っているのは、あくまでも元ハーピーの死骸のみで、生き残っているハーピーの姿はどこにもない。あるいはもし運良くレイの魔法から生き延びていたとしても、出口があれ程近くにあるのならさっさとあそこから逃げだしているだろう。それをフロンも理解しているのか、周囲をざっと見回してハーピーの生き残りがいないのを確認すると安堵したように、そして清々したように笑みを浮かべる。

「よし、取りあえず依頼は達成だな。何だかんだで今回はレイに頼ってばかりになったが……」

 力強く背中を叩いてくるその様子に苦笑を浮かべつつも、壁の近くにあるハニカム構造へと目を向ける。

「で、ハーピーの討伐完了はいいが、結局何であんな風に? ハーピーが作った巣とかいうオチか?」
「どうだろうな。少なくても俺はハーピーがあんな風に巣を作るなんて話を聞いたことはないけどな。恐らくだが、偶然あそこを見つけて自分達の巣に丁度いいとでも思ったんじゃないか?」

 そんな風にフロンと話しているレイだったが、背後からドタドタと自分達に駆け寄ってくる足音が聞こえ、そちらへと振り向く。
 するとそこには、興奮で顔を真っ赤にしているブラッソが何かの巨大な薄紅色の鉱石を抱えながら走ってきている所だった。
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