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レジェンド 作者:青竹

0131話

 ハーピーが巣くっている山の頂上。その周辺には植物の類は殆ど生えておらず、大きめの岩が幾つも転がっている。まるで荒野のようだと言ってもいいだろう。
 そして山の頂には洞窟が存在していた。その近くには3匹のハーピーの姿がある。2匹は洞窟の入り口を左右から守るようにして佇んでおり、残るもう1匹は洞窟の入り口から少し離れた場所で佇んでいる。
 そんな状況を、頂上から少し離れた木々が生い茂っている場所から確認しているレイ達一行。

「……あのハーピーは見張り、か?」

 洞窟の入り口付近にいる3匹のハーピーを見ながら呟いたフロンの言葉にブラッソが頷く。

「じゃろうな。元々ハーピーは見ての通り人の頭と胴体を持つ、それなりに知能が高いモンスターじゃからな。見張りを立てるという概念くらいはあっても不思議ではない」
「それはそうか。考えてみればゴブリンですらも見張りを立てるという行為をするんだから、考えてみれば当然だな」
「とは言っても厄介なのは厄介だな。……どうする? ここであの見張りを倒すのに手間取って仲間を呼ばれたりするのは嬉しく無いぞ」

 呟きながらレイは洞窟の周辺へと視線を向ける。
 洞窟周辺の、特にハーピー達の見張りがいる場所は周囲に植物の類はない。地面へと転がっているのは、ハーピー達が食い尽くした何らかの動物の骨やモンスターの骨。……あるいは人のものと思われる骨だ。ご丁寧なことに、ハーピーは獲物の肉だけではなく内蔵や皮といったものまで食い尽くすらしく、周囲に転がっているのは骨のみとなっており腐臭の類が臭ってこないのは一行にとっては不幸中の幸いだっただろう。

「……巣の周辺に燃えるようなものが見えないが、この状態なら延焼の心配はしなくてもいいんじゃないか? あの洞窟がハーピーの巣なら、見張りを素早く始末して洞窟の中に炎の魔法でも叩き込むのがベストだと思うが」

 周囲の状況を確認しつつ口を開いたレイの言葉に、考える様子を見せるフロン。
 フロンやブラッソとしては、ハーピーの巣は頂上付近に生えている巨大な木に作られているとばかり思っていたのでレイの提案を却下したのだが……ハーピーの巣が洞窟の中にあるとなれば話は変わってくる。
 何しろレイの武器は大鎌。ブラッソの武器は巨大なハンマー。そしてセトに至っては体長2mオーバーの巨体なのだ。洞窟の中の広さがどれ程なのかは予想しか出来ないが、それでも3人と1匹が同時に戦闘を行うのはちょっと難しいだろう。

(まぁ、ハーピーが巣くっている以上は奴等が飛んで移動出来るだけのスペースがあるのは間違い無いんだろうけどな)

 長剣を握りしめながら洞窟を睨みつけるフロン。

「……どうする? 俺としてはあの洞窟の中に突っ込むのは御免なんだが」

 何しろ武器がこれだからな、とデスサイズを握りしめるレイ。

「そうじゃのう。……フロン、確かにレイの言う通りここだと延焼の心配はない。それも洞窟の中だというのなら尚更じゃろう。逆に一網打尽に出来ると思うが」
「そう、だな。確かにあの洞窟の中がどうなっているのかが分からないとなると、あの中でやり合うのは自殺行為だろう。ハーピーが巣くっている以上は、最低でも飛ぶ為の空間的余裕はある筈だが、入り口を見る限りだとかなり狭い。……そうなると、下手をしたら地上部分は狭くて上の部分はハーピーが自由に行動出来るという可能性もあるからな。……しょうがない。レイの意見を取り入れるとしようか」

 溜息を吐きながらもそう告げるフロン。その言葉にレイは頷きながら見張りのハーピー3匹へと視線を向ける。

「さて、そうなると……あの見張りをどうするかだな。俺の魔法を使うにしても出来れば不意打ちが望ましいし、あの洞窟に間違い無く魔法を叩き込むにはどうしても見張りの3匹は邪魔だ」
「……レイ、お前のアイテムボックスに何か飛び道具は入ってないのか?」
「んー、そうだな。一応投擲出来る槍はあるが」

 ミスティリングへと視線を向けながらフロンに答えるレイ。その腕輪の中には、以前のランクアップ試験で討伐した盗賊達が溜め込んでいた槍が結構な数入っているのだ。槍の投擲に関してはエレーナ達と共に挑んだダンジョンの中ですでにその有益性を確認してある。

「後は風の魔法もあるが……射程距離的に考えてちょっと難しいだろうな」

 現在レイ達が潜んでいる茂みから洞窟までは、約200m程度。槍の投擲ならそれ程問題無く届く距離ではあるが、威力重視の炎の魔法。あるいは風の魔法と偽っているデスサイズの飛斬では射程範囲外と言ってもいいだろう。
 あるいは、大規模な炎魔法を使ってもいいのなら200m程度の距離はどうにでもなるのだが、そうなるとまず間違い無く洞窟の中にいる他のハーピー達に気が付かれるのは間違い無い。

「……さて、どうしたものか。こんな所で迷うとはのう」
「一応、手が無い訳じゃない。それにしても、若干運の要素が必要になるが」
「何だ? 他に手が無い以上は可能性があるのなら採用すべきだろう。言ってくれ」

 フロンの言葉に、レイは大人しく踞っているセトへと視線を向ける。

「一番簡単なのは、フロンとブラッソも槍の投擲をしてハーピーを攻撃することだが……」

 レイの言葉に2人揃って首を振る。

「そもそも投擲なんて、専門の訓練でも受けない限りは狙った場所に命中させるのは無理だろう」
「そうじゃな。儂も腕力には自信があるが、上手く命中させられるかどうかと言われれば難しいと答えるしかない」

(一応、俺の場合は最初からそれなりに上手く命中したんだが……)

 内心で呟くレイだったが、それがゼパイルの作った自分の肉体性能故のことだというのも分かっていたので、特に口にせずに黙り込む。

「そうなるとこれが本命になるんだが……まず1匹は俺がここから槍を投擲して仕留める。残り2匹のうち片方はセトが空中高くから奇襲を仕掛けて倒す。そして残る1匹は……フロンかブラッソのどっちかがセトの背に乗って、セトと一緒に残り1匹に奇襲を仕掛ける」
「なっ!」
「本気か!?」

 レイの提案に驚きの声を上げるフロンとブラッソ。何しろグリフォンの背に乗れと言われているのだから無理もなかった。
 だが確実に見張りのハーピーを倒すのはそれが一番可能性が高いのも事実。そう判断した2人は目と目で会話をしてお互いに相方へと奇襲役を押しつけようとする。だが……

「奇襲役はフロンだろうな」

 レイの言葉であっさりと奇襲役が決まるのだった。

「ちょっと待て! 何で問答無用で俺に決まるんだ!」

 離れた所で見張りをしているハーピーに聞こえないよう、小声で怒鳴るという器用な真似をしつつもレイの両肩を力一杯鷲掴みにしてくるフロン。その横では、ブラッソが心底助かったとばかりに安堵の息を吐いている。

「落ち着け、理由としては簡単だ。ドワーフという種族的に力はともかく、奇襲に……しかも、上空からセトの背に乗っての奇襲について必要な素早さは人間であるフロンの方が上だろう」
「むっ、確かにそれはそうじゃが……なんじゃろうな、こう……いまいち嬉しく無い気がするのう」
「じゃあ俺と交代するか? こっちとしては全然構わないけどな。つーか、セトは俺を背に乗せても平気なのか? 良く聞く竜騎士ってのは飛竜が相棒以外は絶対に背に乗せないとか言われてるけど」
「グルルゥ」

 任せろ、とばかりに喉の奥で鳴くセト。
 セトにしてみれば、背に他人を乗せるというのは別にそれ程特別な行為ではないらしい。

「となると、儂はここでレイと一緒に待ってるだけか」

 呟いたブラッソの言葉に首を振り、ミスティリングから取り出した槍を1本ブラッソへと手渡す。

「レイ?」
「俺の投擲とセトの奇襲で2匹のハーピーは確実に倒してみせる。けど、フロンはセトの背に……っていうか、空を飛ぶのは初めてだろう?」
「当然だ! そんな経験をそうやすやすと出来るものか!」

 レイの言葉に再度小声で怒鳴るフロン。

「だからだ。一応念の為にブラッソもこの槍を使っていつでも投擲出来るように準備しておいてくれ。もしフロンの奇襲が失敗するようならそのまま応援を呼ばれるよりは一か八かこれで狙ってくれ」
「おいちょっと待て。俺が奇襲を失敗したハーピーを狙えって……それじゃあ、そのブラッソの狙う標的のすぐ側に俺がいるじゃねぇかっ! それも槍の投擲なんか殆どしたことのないブラッソだぞ? レイは俺に死ねっていってるのかよ!」
「……その辺に関しては、奇襲を失敗したら素早くハーピーから離れてくれとしか言えないな」
「ちっ、ったく。分かったよ。……ブラッソ。俺に当てたら3ヶ月禁酒な」
「む……むぅ……」

 何かを言い返したいが、それをすると自分に当てる積もりなのかと言い換えされそうな気がする。かと言って数日間程度の禁酒でも致命的なまでにキツイのに、3ヶ月も禁酒したら自分は間違い無く死ぬだろう。そんなジレンマを感じつつ、それでも最終的には文句を言わずにレイから槍を受け取る。

「なんじゃ、レイが持っている槍にしては随分と安物の槍じゃのう」

 渡された槍を触りつつ呟くブラッソ。少し触っただけでその槍がどのような出来であるのかが分かるのは、鍛冶師を目指したこともあるドワーフの本領発揮といった所か。

「ランクアップ試験の時に倒した盗賊達の持ち物だからな。品質が悪いのは承知の上だ。と言うか、変に品質のいい槍だったら投擲なんて使い捨て同然には使えないだろう」
「いや、投擲用の槍というのは普通はもっと軽い、短槍を使うのが一般的なんじゃがな。そもそも、射撃武器としてなら弓矢の方が優れておるんじゃし」
「けど弓矢は両手を塞ぐだろう? それに自慢じゃないが、俺の力ならそれこそ一撃必倒くらいの威力は出せるしな」

 自分用に取り出した槍を手に、視線をハーピーのうち1匹へと向ける。

「セトが奇襲を仕掛けるのは、洞窟の入り口付近にいるうちの片方……そうだな、右にいる奴だ」
「グルゥ」
「フロンの担当は入口の所にいる左側な」
「ああ、もう。分かったよ。腹を据えればいいんだろ!」

 半ばヤケクソ気味に頷くフロン。
 そんなフロンを見ながら、ブラッソがしみじみと呟く。

「本来ならこう言う時は、儂等のような経験を積んだ冒険者が指示を出すのが普通なんじゃがのぅ」
「言うな。そもそもレイをその辺の新人と一緒にするのが間違っている」

 溜息と同時に言葉を吐き出し、覚悟を決めたのかセトへと近付いていくフロン。

「セト、俺はお前のようなモンスターの背に乗ったことはない。その、慣れてはいないんだが……それでも大丈夫か?」
「グルルルゥ」

 任せろ、とでも言うように喉の奥で鳴くセト。

「じゃあ、俺とセトは行くから……あの、離れた場所にいるハーピーは任せるぞ」
「ああ。……っと、言い忘れてた。これはあくまでも奇襲なんだから」

 そう言いかけたレイのフードに包まれた頭を、フロンがパカンッとばかりに軽く叩く。

「分かってるよ。幾ら何でもそこまで心配されなきゃいけない程じゃない。奇襲なんだから声を出さず、出させずに倒せって言うんだろ」
「……悪い。そうだよな、俺よりも長く冒険者をやってるんだからその程度は承知の上か」

 そう呟くレイだが、ギルムに来てからまだ数ヶ月。冒険者としての経歴もその数ヶ月しかなかったりする。
 本来であれば、まだランクF辺りにいるのが普通な時期なのだ。

「ま、少しは熟練者の手並みって奴を見せてやるさ。……セト、行こう」
「グルゥ」

 喉の奥で鳴き、フロンと共に来た道を戻っていくセト。飛び立つ場面をハーピーに見つからない場所まで戻ったのだ。
 その後ろ姿を見送り、木々や茂みに隠れつつハーピーの様子を窺う。やがて5分程経ち、ふとブラッソが口を開く。

「レイ」
「何か異変でもあったか?」
「いや、異変とかじゃなくてじゃな。……その、もしお前が良ければじゃが。この依頼が終わった後も砕きし戦士に残らんか?」

 じっと、真剣な様子でレイへと視線を向けるブラッソ。

「それは、つまり臨時じゃなくてか?」
「ああ。お主は頭も切れるし、判断力も高い。戦闘力に関しては言うに及ばずじゃ。セトもおるしな」
「……」
「けど、いつまでもソロで活動をすると言う訳にも行かないじゃろう? 今はまだDランクだから何とかなっているかもしれんが、お主の実力ならそう遠くないうちにランクはC、B、Aと上がって行く筈。その時、ソロだったとしたら……儂の言いたいことも分かるじゃろう?」

(確かにこの2人とはそれなりに気安く付き合えるのは事実だ。……酒に関してはともかくな。だが……)

 内心で迷い、やがて口を開く。

「そうだな、この依頼が終わったらその返事をさせてもらうよ」

 取りあえずは棚上げすることにしたのだった。

「……まぁ、いいじゃろ。それよりも来たぞ」

 ドワーフ特有の能力なのか、その視線は暗闇に覆われている夜空へと向けられている。
 そちらの方へと視線を向けると、夜空の上空には確かに空を飛んでいるセトが。そしてその背にはフロンがしがみついているのがレイにも見えた。
 普通の人間であれば夜の闇で見えない距離だが、ゼパイルによって作られたレイの肉体はそんな常識をいとも容易く打ち破る。
 レイの仕草から自分同様に暗視能力があると気が付いたブラッソだったが、今は奇襲に専念する為か特に何も口に出さずにレイに渡された槍を片手で握りしめ、いつでも投擲出来るように準備をしている。
 その横ではレイもまたタイミングを合わせていつでも槍を投擲出来るように構えており……

「来た!」

 ブラッソの声と共に、音もなく滑空してきたセトの鋭い前脚が洞窟の前を守っているハーピーの頭を砕き、同時にフロンもその背から飛び降りた勢いのままハーピーの頭部目掛けて剣を振り下ろす。
 さすがに空中での姿勢制御には無理があったらしく頭部から唐竹割にするのは出来なかったが、それでもフロンに狙われたハーピーは首筋から胴体までを剣で切り裂かれて断末魔も出せずに絶命する。

「キィッ!?」

 離れた場所に佇んでいた最後の1匹。その1匹のハーピーが何があったのかとばかりに振り向こうとしたその瞬間。レイが力を込めて投擲した槍の穂先がその頭部を破壊し、頭部の中身の脳みそや体液を周囲へとばらまくのだった。
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