0127話
ギルムの街から比較的近い位置にある山。その山頂に巣を作って旅人や商人、あるいは冒険者を襲っているハーピーの討伐依頼を受けることにしたレイ、フロン、ブラッソの3人はギルドのカウンターへと向かう。
「あ、3人とも。依頼の件は決まったんですか?」
レノラの言葉に頷くフロン。
「ああ、この3人でこの依頼を受けることにした」
フロンがランクBの依頼ボードから持ってきた書類を出すと、それを受け取ったレノラは微かに眉を顰める。
「ランクB、ですか。ではレイさんが今回砕きし戦士に臨時的に加入するということで構わないでしょうか?」
「ああ。そうしてくれないとランクBの依頼は受けられないからな」
「レイさんも問題は無いと?」
チラリ、とレイへと視線を向けてくるレノラ。基本的にソロで行動しているレイなので、臨時とは言っても他のパーティに所属して上手くやっていけるかどうか心配だったのだろう。
この辺、隣で羨ましそうにレノラへと視線を向けているケニーとは違い、どちらかというとレイの存在を弟のように感じているレノラだった。
「俺としても問題無い。臨時とは言っても他のパーティに入るのは、何もこれが初めてじゃないからな」
呟くレイの脳裏にはオークの集落に対する襲撃の時のことと、ランクアップ試験。そしてエレーナ達と共にダンジョンへと潜ったことが過ぎっていた。
だが、レノラはそれを否定する。
「今、きっとレイさんの頭の中にはオークの集落の件があったと思いますが、あれは特別です。人数が人数ですので、他のパーティに所属したと言うのとはちょっと違いますね」
「……指名依頼の件で他のパーティの護衛をしたが?」
「それは冒険者のパーティでしたか?」
「……」
レノラの指摘に、そっと視線を逸らすレイ。それでも黙り込まずに口を開いたのは殆ど意地のようなものだったのだろう。
「ランクアップ試験で他の奴等とパーティを組んだ」
「ランクアップ試験については知ってますが、それにしたって殆どがソロのメンバーを集めた臨時パーティのようなものでしょう」
「あー、レノラ嬢ちゃん。あまりこいつを苛めんでくれ。大丈夫じゃ、儂等とこやつは共に酒を飲んだ仲。上手くやっていけるじゃろうて」
苦笑を浮かべながら口を挟んできたブラッソの顔を見て、思わず溜息を吐くレノラ。
「分かりました、ブラッソさんがそう言うのなら信じます。では、ハーピーの討伐依頼を砕きし戦士が受領しました」
そう言いつつ、書類に必要事項を書き込んでいくレノラ。それが終わった所で、ふと何かに気が付いたようにレイへと視線を向けてくる。
「あ、そうそう。素材の剥ぎ取りの依頼に関してですが、ランクDとして受理されました。報酬と手数料に関してはどうします? 今払っていきますか?」
「ああ。幾らになる?」
「ランクDですので、手数料として銀貨1枚となります」
レノラの言葉に、懐から硬貨を入れている袋を取り出して銀貨1枚を支払う。
「はい、確かに。では依頼の条件についてはこの前書いて貰ったもので構いませんね? それと、依頼を受ける際には面接を行うという形で」
「そうしてくれ。ただ、知っての通り今からハーピーの討伐に行くから、依頼者が冒険者で面接の時間が不規則になるという風に書き足しておいてくれると助かる」
「分かりました。その旨、追記しておきます。では砕きし戦士の皆さん、レイさん。無事のお帰りをお待ちしています」
ペコリと頭を下げたレノラに見送られ、ギルドを出て行く3人。
「レイ君、気を付けてねーっ!」
そしてケニーの声もギルドへと響き渡るのだった。
「はっはっは。モテモテだな、おい」
ギルドの外で笑みを浮かべながらレイの背中をバンバンと叩くフロン。
「いや、あれはそう言うのじゃないと思うけどな。どちらかと言うと、好みのペットがどうこうみたいな扱いのような気がする」
「それでもケニーに憧れている冒険者にしてみれば羨ましいだろうよ。その証拠に、かなり嫉妬の視線が向けられてたぜ?」
フロンの様子に軽く肩を竦めてから、改めて視線を向ける。
「それでどうする? 馬車でも借りるか?」
「は? そんな訳ないだろ。別に何日も掛かる距離じゃないんだし。歩きだよ、歩き」
「そうじゃな。元々今回の依頼は報酬が少ないんじゃから、無駄な出費は避けたいというのが正直な所じゃ」
レイの質問にフロンが首を振り、同時にブラッソもまた同意する。
「いや、それならさっさと短期間で依頼を終わらせて次の依頼に取り掛かった方がいいような気もするが。結果的にその方が報酬も増えるんじゃないか?」
「まぁ、そう言う考え方もあるのは知ってるよ。だが今回は臨時とは言ってもレイが砕きし戦士に所属したんだ。俺達の流儀に従って貰うが構わないだろう?」
「……俺は金に困ってる訳じゃないから別にいいけど」
話しながらギルドの従魔や馬車の待機スペースへと向かうと、そこにはいつものように大勢の子供がセトの元へと集まっていた。
中には大人の姿もあり、恐らくセトへと餌付けする目的で買ってきたのだろう干し肉を持っている者もいる。
そんな人混みに驚いているフロンとブラッソをそのままに、既に慣れた様子で人混みの中へと入っていくレイ。
「悪いな、これから依頼だから今日はここまでにしておいてくれ。それとこれから遠出をするから、明日はセトがいない。ギルドに来てガッカリしないようにな」
「えー、セト明日いないのかよぉ」
「ほらほら。しょうがないだろ。レイだって冒険者で、セトはその仲間なんだから」
ブツクサと文句を言う10歳くらいの少年に、その父親と思しき中年の男性が宥めている。
そんな様子を見ながら、周囲に集まっている者達に餌付けされているセトの頭を撫でて声を掛ける。
「ほら、セト。依頼に出掛けるぞ」
「グルゥ」
分かったと言うように小さく頷き、寝そべっていた状態から起き上がるセト。
その様子を見ていたレイはふと気が付く。
「セト、お前少し大きくなってないか?」
「グルゥ?」
レイの言葉に小首を傾げるセトだったが、レイから見ると僅かにではあるが確かに魔獣術で生み出した時よりも大きくなっているように感じられた。
(まぁ、確かに生まれた時からこの大きさだったんだから大きくなっても不思議はない……のか?)
そんな風に思いつつも、セトの背を撫でながら驚きの表情を浮かべているフロンとブラッソへと合流する。
「グルルルゥ?」
この2人は誰? とばかりに小首を傾げてくるセト。
「今回の依頼はこの2人と一緒に、近くの山に巣くっているハーピーの討伐だ」
その言葉でようやく我に返ったのだろう。フロンがそっとセトへと手を伸ばす。
「その、俺はフロンだ。今回はお前さん達の力を借りてハーピーをどうにかしようと思っている。よろしく頼むな。……レイ、こいつ噛まないよな? クチバシがもの凄く鋭いんだが」
「変なことを考えない限りは問題無いさ」
「そ、そうか……? この鋭さを考えるとじゃれつかれるだけでも、色々と大変そうなんだけどな」
「今の光景を見ていただろ? ギルムの街の子供にも人気のセトだ。自分からどうこうするような真似はしないから心配するな」
「……わ、分かった」
そうは言いつつも、フロンの手はそっとセトの背を撫で……
「うおっ、何だこいつの毛並み。滅茶苦茶滑らかだぞ!?」
シルクの如き滑らかさに驚きの声を上げるのだった。
「ほうほう、確かに賢そうな目をしておるのう」
そんな風に驚いているフロンの横では、何の躊躇もなくブラッソが手を伸ばしてセトの頭を撫でている。
「おいっ、ブラッソ。お前よく平気だな。そのクチバシとか前足を見てみろよ」
「はっはっは。そこだけなら確かに危険に見えるかもしれんが、こやつの円らな目を見てみろ。高い知性を感じさせるぞ。さすがはランクAモンスターと言うべきじゃな」
「グルゥ」
当然だ、とばかりに小さく頷くセト。
「ん? このグリフォン。セトとか言ったか、もしかして儂の言葉を理解しておるのか?」
「ああ。セトはきちんと人の言葉を理解出来るぞ」
「なるほどのう。この辺もさすがランクAモンスターといったところか」
感心したように頷き、お互いの自己紹介も終了したと判断したのかブラッソがレイとセト、フロンへと視線を向けて口を開く。
「さて、ではそれぞれ準備を整えてから街の正門前に集合としよう。計画としては、ハーピーの眠っている時に夜襲を掛けようと思うが何か異論はあるか?」
フロンは無言で肩を竦め、レイも小さく首を振る。
「特に異論は無い。何しろ纏まって眠っているんだからこれ以上ない狩り時だろう。……ちなみに、ハーピーは夜目が効かなかったりするのか?」
「んな訳ないだろ。顔が鳥ならその可能性もあるかもしれないが、ハーピーは手足が鳥で顔と胴体は女って代物だぞ?」
「……そうか。夜目が効かないのなら夜襲が効果的に出来ると思ったんだがな」
「そもそも、それを言うならセトはどうなのさ? グリフォンとは言っても、顔は鷲だろう?」
「いや、セトは普通に夜目が効くぞ。魔力のせいなのかどうかは分からないがな。それこそランクAモンスターの面目躍如といったところか」
「グルルゥ」
褒められて嬉しげに喉の奥で鳴くセトだが、まだセトに慣れていないフロンにとっては嬉しげと言うよりは不機嫌とでも感じたらしく一歩後退った。
そんな様子を半ば呆れた目で眺めていたブラッソだったが、このままではいつまで経っても出発できないと思ったのか手を叩いて全員の注意を集める。
「いいか、今から1時間程したら街の正門前に集合。その後、ハーピーの巣くっている山まで移動して今日の夜に夜襲を掛ける。その後は一泊して明日中には街に戻ってくる。ほれ、急げよ。遅刻したら荷物持ちじゃぞ」
そう言い、さっさとギルドの前から移動するブラッソ。そしてフロンも溜息を吐き、頭をガリガリと掻きながらその後を追っていく。
「レイ、お前もきちんと準備はしておけよ。遅刻すると本当に全員分の荷物を持たせられるぞ」
最後にそれだけ言って。
(いや、まぁ。ミスティリングがあるから荷物持ちに関しては全く問題無いんだが……)
右腕に嵌っているミスティリングの中に荷物の殆どが入っている現状では、それこそ山へと向かうのに特に用意する物はない。
「あぁ、いや。そうだな。ハーピーは空を飛んでるんだから、セト以外にも別の対策は用意しておいた方がいいか」
その瞬間にレイの脳裏を過ぎったのは、ダンジョンで使って効果が高かった槍だった。投擲された槍はレイの筋力と槍自身の重量もあって、それこそどこの攻城兵器だとでも言えそうな威力を発揮していた。この際に必要なのは高価な槍ではない。それこそ使い捨てなのだから、二束三文のような粗雑な槍で構わないのだ。いや、コストパフォーマンス的に考えればそちらの方がいいだろう。究極的にはその辺に落ちている石でもいいのかもしれないが、やはり石と槍では槍の方が刃が付いている分だけ攻撃力が高いということもあって、そちらを選択するのだった。
「そうだな、時間もあるんだし武器屋で槍でも見てみるか」
呟き、セトと共にギルドからそう遠くない場所にある武器屋へと向かう。
(そう言えば、少し前に助けた子供も父親が鍛冶師だとか言ってたが……まぁ、今日は時間が無いからハーピーの討伐が終わったら顔を出してみるか)
内心でそう考えつつ、ギルドから徒歩10分程度の場所にある武器屋へと入っていく。……当然、セトはその図体故に店の前で待っていることになるのだが。それも既に慣れた様子で、通りの邪魔にならない場所へと寝そべってレイを待つセトだった。
「いらっしゃ……」
店の中に入ってきたレイへと声を掛けようとした所で、唐突に口籠もる店主。そんな店主の様子に首を傾げつつも、槍が並べられている一画へと向かう。
そこには、儀礼用に使われる実用性のない槍、美術品としての槍、兵士達が使うような飾り気も何もない槍を始めとして大量の槍が並べられている。
とは言っても、レイが探しているのは最後に視線を向けた兵士達が使うような槍だ。もっと正確に言えば、どうせ使い捨て同様の扱いをするのだから、捨て値で売ってるような槍でも構わないのだ。
兵士用に作られた、実用一辺倒とでも言うような槍を手に取って軽く構えて重量配分を確認する。
その構えはとても槍を使う戦士のものではなく、どちらかと言えば陸上競技である槍投げに近いものだった。
「ふむ、なるほど。結構ピッタリと来るな」
その後も兵士用の槍を数本構えて満足した表情を浮かべると、5本程の槍を持って武器屋のカウンターへと向かう。だが……
「すいません、お客さん。実はあの一帯にある槍は全て納品先が決まってるものでして。お売りする訳にはいかないんですよ」
申し訳なさそうに店主に頭を下げられるのだった。
「何? なら何で店頭に並べてあるんだ?」
「その……量が量なので、置く場所がなくて。本当は倉庫にでも置いておけばいいんでしょうが、すぐに取りに来ると言われてまして」
口を開こうとしたレイに喋らせてはならないとばかりに店主は話を続ける。
「それで、その件でこれから忙しくなるのでそろそろ今日は店を閉めようと思ってたんですよ。申し訳ありませんが……」
30代程の人の良さそうな店主がそう言い、何度も頭を下げてくる。
その様子に内心疑問に思いつつも、槍に関しては補充できればラッキー程度の認識だったレイは特に何を言うでもなく武器屋を出て正門へと向かうのだった。

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