挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
レジェンド 作者:青竹

0124話

「お前の持っているマジックアイテムを儂に譲れ」

 それがレイと初めて出会ったアゾット商会の会頭であるボルンターの要求だった。
 門番とのいざこざがあり、それから少ししてようやく面会の用意が整ってレイはボルンターの部屋へとやってきたのだが……
 そんな中、部屋に入ってきたレイをを見るや否やボルンターが口に出したのがその要求だった。
 尚、セトに関してはレイが屋敷の中に入っていくのを見送った後で庭にある芝生の上で寝転がっており、時々怖々とした視線を向けてくる門番2人が存在しないかのように秋晴れの太陽を楽しんでいた。

「……何?」
「聞こえなかったのか? お前の持っているマジックアイテム。具体的に言えばその靴と大鎌。そして何よりアイテムボックスを儂に譲れと言っているんだ」

 この男は正気か? そんな風に思いながらレイは目の前に座っている男へと視線を向ける。
 自分が呼び出した客であるレイを座らせもせずに立たせたままで、自分だけが椅子へと腰を下ろしているのだ。その容姿に関して言えば、既に老人と言ってもいいだろう。ただし通常の老人ではなく、未だ権力や財力といったものを貪欲に求め続けている類の老人だ。体格もそれに合わせたかのようにガッシリとした身体付きをしており、年齢を幾分か若く見させる原因にもなっている。

(言わば老害な訳だ)

 内心で呟きながらも、目の前に座りながら自分へと視線を向けている老人にただ無言で返す。
 アイテムボックスに関しては、ギルムの街に来た時から自分が所持しているのを隠してはいないので目の前の男が知っていてもおかしくはない。デスサイズに関しても同様だ。だが……

(スレイプニルの靴を知っている、か)

 その存在を知っている者は少ない。一番可能性が高いのはオークの集落の件で一緒になった冒険者達から情報が漏れたことだろうが……

(まぁ、それを今更考えてもしょうがない。さて、この老害はどうしたものか)

 目の前で、自分の意見は当然聞き入れられると思い込んでいる相手へどう対処するべきかと考えていると、そこへ唐突に声が掛けられる。

「お待ち下さい! ボルンターさんはそんな用事の為に、わざわざ彼をここまで呼びつけたのですか」

 レイを迎えに来て、ここまで連れてきたガラハトだ。
 その視線にはボルンターに対して窘めるような色が宿っている。だが。

「誰がお前に口を開いてもいいと言った。妾の子は妾の子らしく儂の言うことを聞いていればいい」

 ガラハトを一瞥すらもせずにボルンターは切って捨てる。
 その隣ではムルトがギリッと奥歯を噛み締める音がレイにも聞こえてきていた。

(妾の子? なるほど、どうやら色々と複雑な家系らしいな)

 内心で呟きつつ、ボルンターとガラハトを見比べるレイ。
 片や60代、片や30代。単純に年の差を見ても30歳近くもあるこの2人が異母兄弟だというのは、さすがにレイも驚きを禁じ得ない。

「……失礼、しました」

 ガラハトはボルンターの言葉に感情を押し殺したように口を開いて後ろへと下がる。その様子をつまらない見世物でも見たかのように鼻を鳴らして、再びボルンターの視線はレイへと向けられる。

「話に聞いている程のマジックアイテムだ。お前が持っているよりも儂が持っていた方が有効に活用出来る。分かったのならさっさと差し出せ。あぁ、後お前が連れているというグリフォン。あれも置いていけ。どこかの物好きに売るなり、あるいは殺して素材を剥ぎ取るなりそれなりに使えるだろうからな。冒険者風情が持つのは勿体ない」

 その言葉にピクリと頬を引き攣らせるレイ。ボルンターへと向けられている視線は、既に呆れを通り越し、凍えた視線すらも通り越し、最終的には路傍の石でも見るようなものへと変化している。そう、例え踏み砕いたとしてもなんの痛痒も覚えないような路傍の石を見るかのような視線にだ。

「どうした? ほらさっさと出せ。儂はお前のような冒険者風情と違って忙しいんだ。無駄な時間を取らせるな」
「……」

 無言で脳裏にミスティリングのリストを表示し、その中からデスサイズを取り出す。

「おおっ、それが噂の大鎌か。確かにこうして見ただけでも分かる程の至極の一品!」

 デスサイズを見たボルンターが珍しく感嘆の声を上げる。
 確かにこのボルンターという男は、商売人としての目利きは一級品なのだ。現にデスサイズを見た者の殆どがこの武器をただの巨大な鎌だと思い込んでいる中で、寸分の躊躇もなくマジックアイテム。魔法発動体だと見抜いたのだから。
 だがそれは、あまりにレイという人物のことを知らなかった故の一言だった。ギルムの街の中でも冒険者達の間では、ある意味不可侵の相手として認識されつつあるレイ。
 そんなレイが、デスサイズをクルリと手の中で一回転させて柄の部分をボルンターの方へと突き出す。そしてそのまま大きく振りかぶり……

「やめろっ!」

 レイが何をしようとしているのかに気が付いたガラハトが、咄嗟に床を蹴りボルンターの前へと立ち塞がる。
 轟っ!
 殆ど何の遠慮もなく振り落とされるデスサイズの柄。
 それでも刃の部分を振り落ろさなかっただけ、まだ理性が働いていたのだろう。だが……

「がぁっ!」

 デスサイズを通常の槍程度の重さと考えていたガラハトは、受け止めた剣をへし折られながら真横へと吹き飛ばされる。
 30代の、それも金属ほど重量のないとは言っても皮の鎧を身につけている大の男を真横へと吹き飛ばし、壁を破壊して廊下を通り抜け、さらに向かいの部屋の壁を破壊してようやくその動きが止まる。それだけで今の一撃がどれ程の威力だったのかが唖然としたまま一連の動きについていけずに、ただ見ているしかないムルトにも分かった。
 ガラハトの失態はやはりレイの外見にあっただろう。幾ら噂になっている冒険者とは言っても、それはあくまでもグリフォンというランクAモンスターを従えている為の噂であると。まさか身長160cm半ば程度の、筋肉も殆ど付いていないひ弱にすら見えるレイにそれだけの力があるとは思っても見なかったのだ。そしてその結果が、1部屋分の距離を吹き飛ばされ、そのダメージで動くに動けない今の状態に結びついていた。

「……」

 一瞬だけ破壊された壁へと視線を向けるレイ。その動きを止めた一瞬をチャンスだと思ったのだろう。先程までの傲岸不遜な態度がどこにいったのかと思える程に顔を引き攣らせたボルンターが口を開く。

「き、貴様。いきなり何をする! 儂が誰か知っての狼藉か!」
「……お前も俺の前に立ち塞がるのか」

 甲高い声で叫んでいるボルンターを無視し、チラリとその視線を自分の背後にいるムルトへと投げかける。

「っ!?」

 視線を合わせたその瞬間、殆ど反射的な勢いで首を激しく左右に振るうムルト。自分では目の前にいる男に勝てない。それどころか道端を歩いている虫の如く踏みつぶされると本能的に察知した故の行動だった。

「……そうか。ならいい」

 最早ムルトに興味は無いとばかりに視線を逸らし、その視線を目の前で恐怖で青く染め、あるいは怒りで赤く染めているボルンターへと向ける。

「おい、き、聞いているのか! 儂が誰か分かった上での狼藉だろうな!」
「俺のことは別にいいんだよ。この見た目だし、それで侮られるというのはギルムの街に来てから何度か経験しているしな」

 ボルンターの言葉を無視したかのように口を開いて言葉を発するレイ。

「それに俺の持っているマジックアイテムを狙ってくるという奴だって初めてじゃない。夜闇の星のようにな」

 そのパーティ名はレイの持つミスティリングを奪おうと暗躍し、その結果オークの集落で逆にレイに全滅させられた愚か者達の名。

「だが、お前はグリフォンを……セトを、俺の相棒をどうすると言った? 売り飛ばす? 殺して素材を剥ぐ?」

 手の中でクルリ、クルリとデスサイズを回転させ、その刃が触れた部屋の家具が砕け、斬り裂き、破壊されていく。そしてそんな風に手の中でデスサイズを回転させつつも1歩、1歩とレイは椅子に座ったまま黙って頬を引き攣らせて身動きが出来ずにいるボルンターへと近付いていく。

「貴様、貴様ぁっ! たかが冒険者風情が、このギルムの街で儂に逆らって無事に済むとでも思っているのか! 儂はアゾット商会の会頭だぞ!」
「それがどうした? ならそのアゾット商会の権力や何かで自分の身を守ってみろよ。ほら、もうお前の死はすぐそこまで近付いているぞ?」

 手の中で回転しているデスサイズの速度はより早くなっていく。そもそもガラハトですらまともに受け止めることが出来ずに吹き飛ばされた程の威力を持つデスサイズだ。それが、さらに回転による遠心力で威力を増しながら突き進んでいく。その恐怖に、ようやくボルンターは自分が決して踏んではならない虎の尾を、これでもかとばかりに踏みにじったのだと理解する。
 だが既に遅い。自分に死を与える存在はボルンターの前にある執務机を……そう、刺客に襲われたようないざという時、咄嗟に下へと潜りこめば攻撃を防いでくれる筈の特別製の執務机すらも、まるで熱したナイフでパンを切るかのように容易く斬り刻んでいるのだ。

「ひっ……ひぃっ!」

 ボルンターが悲鳴を上げたその時。

「……待って、くれ」

 微かに……そう、微かにだが確実に聞こえてきたその声に、恐怖で醜く歪んだボルンターの顔面まで残り数cmといった所まで迫っていた死の旋風はピタリと動きを止める。
 ガラッ、という壁を崩すような音と共に姿を現したのは、つい数分前にレイの一撃を受けて隣の部屋まで吹き飛ばされた筈のガラハトだった。
 皮鎧で守られていた筈の胴体は吹き飛ばされた衝撃で既に鎧の残滓しか残っておらず、それ程の一撃を受けたのだから当然無事で済む訳がない。肋骨が砕けて内臓に突き刺さり、顔色はもし身動きをしていなければ死体と見間違えてもおかしくない程に蒼白だ。同時に口の端には血の跡が付いている。吐き出した血を強引に拭き取ったのだろう。
 だがそれでも……それでも、ガラハトはまだ生きていた。それどころか身動きさえも出来ていた。殆ど手加減をされていないレイのデスサイズによる一撃を食らったにも関わらずだ。例え刃ではなく柄の部分による一撃であっても、デスサイズ本来の重量とレイの腕力。その2つが組み合わさった一撃は通常の人間ならほぼ確実に死ぬ一撃であった筈なのに。
 そんなガラハトの様子に、表情を消して目の前に存在するボルンターを処分しようとしていたレイは思わず驚きの表情を浮かべる。

「頼む。その人の……兄貴の命を奪うのは止めてくれ」

 だが、そんな驚きもガラハトの口から出て来た言葉を聞いた次の瞬間には消え去っていた。

「何故そこまで庇う? こんな無駄に長く生きているだけの老害を」
「ろっ!」

 今まで面と向かってそんな言葉を言われたことは無かったのだろう。ボルンターが反射的に何かを言い返そうとするが、それより前にガラハトが口を開く。そう、目の前にいる人物は容易く死を運ぶ死神なのだ。迂闊なことを言えば、ボルンターの首は直ぐに胴体と離れることになるだろうと理解した為に。

「そんな人でも……例え片親でも、俺と血の繋がっている兄貴なんだよ。……ごふっ」

 内臓が傷ついているのに無理に動いたからだろう、その口から血が吐き出される。だがそれに構わずに、ここを逃せば後はないとばかりにガラハトは口を開いて血と共に言葉を紡ぎ出す。

「それに、そんな兄貴でも……このギルムの街ではそれなり以上の地位を築き上げているのは、事実だ。そんな奴を殺したりしたら……お前が賞金首として、ギルドに追われる事に……なるぞ」

 情では決して兄を助けることが出来ない。そう判断したガラハトは咄嗟にそう告げる。情で動かないのなら利害。そう考えた咄嗟の判断はさすがランクB冒険者と言うべきだろう。事実その面倒な未来が脳裏を過ぎったレイは、微かに眉を顰めながらもデスサイズを引いたのだから。

「だがここで見逃しても、結局俺をどうにかしようとするんじゃないのか? ならここで処分してしまった方が早いと思うが」
「……止める。俺が、止める。次に兄貴が何かしようとしても、俺が必ず止める。だから……今回だけは目を瞑ってくれないか」

 まるで嵐が吹き荒れたかのようなボルンターの執務室。無事な家具は殆ど残っていないその部屋で、レイとガラハトの視線は交わる。
 部屋の入り口で半ば腰を抜かしているムルトに、椅子に座ったまま直前の恐怖を忘れられず身動き出来ないボルンター。そんな2人をそのままに……やがて、レイは溜息を吐いてデスサイズをミスティリングの中に収納する。
 その行為が何を意味するのか分かったのだろう。蒼白なガラハトの顔が安堵に包まれる。

「一度だ。取りあえず今回だけは見逃す。これ以降俺やセトに余計なちょっかいを出さないのなら何もしないと約束しよう」
「……すまない……」

 激痛が走っているのだろう。最後にそう口に出すと、そのまま床へと倒れ込む。

「ガラハトさんっ!」

 ムルトが半ば腰を抜かしたままではあるが、それでも這ってガラハトに近付いていくのを眺めていたレイは、やがてもうここには用は無いとばかりに部屋を後にする。
 ……その背にありったけの憎悪を込めたボルンターの視線を感じながら。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
▲ページの上部へ