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レジェンド 作者:青竹

0122話

 レノラから貰った地図を頼りにギルムの街を進んで行くレイ。基本的にギルド周辺の、いわゆる冒険者達が集まる界隈ならレイにしても良く出歩いているので迷うことはないのだが、現在レイが進んでいるのは大商人や金持ち、あるいは貴族達のような富裕層が住んでいる一画だ。一種の貴族街と言ってもいいだろう。

「そう言えば、この区域に来るのは初めてだったか」

 渡された地図の通りに街中を歩きながら呟くレイ。
 さすが貴族街と言うべきか、土が剥き出しになっている他の場所の道路と違って石畳が敷かれており、ゴミの類も殆ど落ちていない。時折地面に捨てられているゴミの類も見つけるが、そのゴミに関しては専門に雇われているであろう者が集めて回っている。
 また石畳で覆われていない通路の両脇には景観を考えて街路樹の類が植えられており、その点でも質実剛健と言ってもいいギルド周辺とは全く違っていた。
 露店の類もなく、代わりと言う訳ではないだろうが各々の家の前には門番として数名の兵士が佇んでいた。あるいは貴族や商人の私兵達が警備兵代わりに見回っていたりもする。

(……下手をしたらラルクス辺境伯の屋敷よりも警備が厳しいんじゃないか?)

 集団で見回っている私兵達を見ながら、内心で呟くレイ。
 だがそれも意味もなく行われていることではない。何しろこのギルムの街があるのは辺境であり、冒険者の数も多い。そして冒険者の数が多くなれば自然とその中には質の悪い者も増えてくる。そういう者達が徒党を組んで盗賊へと身を落とすというのは頻繁にある訳ではないが、そう珍しくも無い。そんな者達に対抗する為に富裕層の者達が協力して私兵を雇うというのはおかしな話ではなかった。
 ギルムの街を治めるダスカーにしても、貴族街の警備に自分の手持ちである警備兵や騎士団を回さなくてもいいというのはそう悪い話でも無かったので、貴族街の警備に関しては私兵が行うというのが暗黙の了解となっていた。
 そしてそんな場所にローブに身を包んだ、あからさまに冒険者と思われるレイが立ち入ったのだから注目を集めない訳が無かった。

「坊主、ここに何か用事か?」

 最初に声を掛けて来たのは動きやすい緑色に染めた皮鎧に身を包んだ20代程の男。その腰にはロングソードがぶら下がっており、年齢は20代の後半くらいか。
 声を掛けて来た男の背後にも数人の男達の姿があり、その全てが男と同じ緑色に染めた皮鎧を身につけている。
 男達が雇われている貴族、あるいは金持ちが同一人物である証なのだろう。
 そんな男達に、レノラに渡された地図を見せる。

「アゾット商会の会頭に呼び出されたんだが、この地図の場所を知っていたら教えて欲しい」

 堂々と要求したのが、逆に男達に対しての警戒心を解かせたのだろう。もし何らかの企みを抱いて偵察なり何なりに来たのなら自分達を見て逃げ出したり、慌てたりする筈だという思い込みもあったのかもしれない。

「ここは……ボルンターさんの屋敷か。それならこの道を真っ直ぐに進んで行けば右手に見えてくる。屋敷の屋根が金色に染まっているから一目で分かる筈だ」
「……金色?」

 男の言葉に思わず尋ね返すレイ。
 何しろ今いる位置からも数軒の屋敷が見えるが、その殆どは落ち着いた色の屋根となっている。そんな中に金色? と不思議に思ったのだ。
 そんなレイの内心が理解出来たのだろう。男もまた、苦笑を浮かべながら頷く。

「まぁ、あれだ。金持ちともなれば俺達とは感性って物が違うんだろうよ」
「……なるほど」

 そう男の言葉に相づちを打ちつつも、決して同意した様子ではないままに頷く。
 そんな反応も男の予想した通りだったのか、ローブで覆われたレイの頭をガシガシと撫でてくる。

「そう言うことにしておけ。まぁ、とにかくこの道をまっすぐ行けば坊主の目的地には辿り着くって訳だ。じゃあ俺達は見回りがあるから行くけど、ここで騒ぎは起こすなよ。面倒臭いことになるのは間違い無いから」

 軽く手を振って去っていく男の背を見送ってから溜息を一つ吐き、男に教えられた通りに道なりに進んでいく。

「……確かに貴族街だな」

 道の両脇に建っているのはそのどれもが立派な建物であり、レイが泊まっている夕暮れの小麦亭よりも大きい物が殆どである。その建てられている屋敷にしても、奥へと進めば進む程により金が掛けられているのが分かる。例えば今レイが通りかかった屋敷の壁には何らかの模様が刻み込まれているが、その建物よりも奥に建てられている建物の壁には同じような模様であっても、より細緻な模様が彫られていると言う風にだ。
 そしてそんな道を歩くこと20分程。貴族街の中でもどちらかと言えば奥の方になるだろう場所にその屋敷は建っていた。

「金色……だな」

 その屋敷の屋根を見て、思わず言葉を漏らすレイ。
 周囲に建っている屋敷がどちらかと言えば落ち着いた佇まいであるだけに、余計にその金色に染められた屋根を持つ屋敷は目立っていた。ただしその目立ち方は悪い意味の目立ち方でしかなかったのだが。
 そしてその屋敷へと続いている門の前には、他の屋敷同様に門番が槍を持って立っている。

(まぁ、ここで見ていてもしょうがない。結局行くしかないんだから早めに用事を済ませた方がいいだろ)

 内心で呟き、その門へと向かって歩いて行く。
 するとやがて向こうでもレイの姿に気が付いたのか、自分達へと近付いてくるレイに向かって胡散臭そうな視線を投げかけていた。
 お互いの視線が交わったままやがて距離は近づき……門番達の前でレイの足が止まる。

「ここはアゾット商会の会頭、ボルンターの屋敷で間違い無いか?」
「……そうだが、お前のような小僧が何の用件だ? ボルンター様は忙しい。お前のような存在に構っている暇はないのだ」

 門の右側に立っている男がそう告げると、それに応じるように門の左側に立っている男も口を開く。

「お前の年齢からすると、大方冒険者としてやっていくのが難しくなったのでアゾット商会に雇って貰いに来たとか、そういう理由だろう? だがアゾット商会はそれなり以上の精鋭が集まる場所だ。お前のような子供を雇う程に門戸は広くないんだ」

 その、あまりと言えばあまりの言葉に頬をピクリと引き攣らせたレイだったが、それでも一応とばかりに口を開く。

「アゾット商会の会頭から呼び出しを受けて来たんだがな、それが客に対する態度か?」
「あぁ? お前みたいなひょろい餓鬼がボルンターさんに呼び出される? 冗談にしても笑えないぞ」

 門の右側に立っている金属鎧を身につけた男が、不機嫌そうに言いながら持っていた槍の穂先をレイへと向ける。
 左側の、こちらも金属鎧を身につけた男は相棒のいきなりの行動に舌打ちしながらも、同様に槍の穂先をレイへと向けながら口を開く。

「……確かにこいつはやり過ぎだけど、悪いがお前みたいな奴を追い返すのも俺達の仕事なんだよ。何しろアゾット商会はこのギルムの街でもかなり大きな商会で、武器の取引を一手に引き受けてるからな。怪しい奴を通す訳にはいかないんだ。帰ってくれないか?」
「おい、サンカント。お前は親切すぎるぞ。毎回毎回この手の奴等に言い聞かせてやがるが、こいつらはこっちが隙を見せればすぐにその辺に潜り込んで来るんだ。わざわざ親切にしてやる必要なんかねえだろ」
「フェーダー、お前は物騒過ぎるんだよ。以前にも今回と同じように職を求めて来た相手に凄んで騒ぎを起こしていただろ? お前が騒ぎを起こすのは勝手だけど、それならせめて俺を巻き込まない場所でやってくれ」

 サンカントと呼ばれた男が相方にそう告げると、フェーダーは周囲に聞こえるように舌打ちをした後に険悪な目つきでレイを睨みつける。

「いいか、餓鬼。今から10数えるうちに消えろ。さもないと俺の槍が血を吸うことになるぞ」

 脅しつけるようなその言葉に、溜息を一つ。

「分かった、帰ればいいんだな? じゃあ残念だが俺は戻るよ」

 そう言いながら元来た方へと振り向くレイ。口では残念だと言っていたが、その笑みに浮かんでいるのは紛れも無い笑みだ。

(少なくても俺はボルンターとかいう男の屋敷に来た。それで追い返された以上は、この件で責められても非は向こうにあると言い訳出来る。……まぁ、昨日会ったフロンやミレイヌから聞いたような性格をしているのならそんなのは関係無いとか言いそうな気もするが。とにかくこのまま俺のことを忘れてくれれば助かるけど……また一騒動あったりするかも、な)

 内心で呟き、貴族街から出て行くレイ。
 その後ろ姿を見送っていた2人の門番のうちサンカントは無駄な騒ぎにならないで済んだという安堵の息を。そしてもうフェーダーは自らの暴力衝動を発揮させる格好の相手が消えたことに不満気に舌打ちをするのだった。

「あのなぁ。お前が騒ぎを起こしたら、俺まで巻き添えになるんだぞ? それにあんな子供相手に何をムキになってるんだよ」
「分からねぇよ。ただ、あの餓鬼の目を見た瞬間に殆ど反射的にムカついただけだからな」
「……フェーダー、お前もしかして何か変な病気とか持って無いよな?」
「何でそうなるんだよ!」

 僅かに1歩引いて尋ねるサンカントに、反射的に怒鳴りつけるフェーダーだった。





 時は流れて、夜。既に秋へと季節が移り太陽が沈むのも早い。その為、まだ午後6時の鐘がなったばかりだと言うのにギルムの街は既に闇に包まれていた。ポツポツと明かりも点いているのだが、それすらも圧倒的な闇の前には微かな抵抗でしかない。
 ただ、そんな中でもギルムの街の数ヶ所では盛大に明かりが灯っている場所がある。このギルムの街の心臓部とも言える領主の館。冒険者達が今日の仕事の成功を祝う酒場。人肌の温もりと一夜の恋人を求めて男達が集う娼館。……そして、自分達は平民や貧乏人とは違うんだと主張するかのように煌々と明かりを照らしている貴族街。
 そんな貴族街の中でも、奥まった場所にある屋敷の一室で怒鳴り声が響く。

「ええいっ! レイとか言う冒険者は何故儂の命令に従わんのだ! 今日中に儂の所へ顔を出せとギルドを通して連絡した筈だろう!」

 怒声と共に壁へとコップが投げ付けられ、中に入っていた酒共々砕け散り、ガラスの破片と酒が踏み込むと沈むような高級なカーペットへとその残骸を散らす。
 カーペットにしろ、投げ付けられたガラスのコップにしろ、その中に入っていた琥珀色の酒にしろ。そのどれもが平民からすれば数年は遊んで暮らせる程の価値を持つ物であったのだが、投げ付けた男はそんなことは気にした様子も無く苛立たしげに椅子へと体重を掛ける。
 ギシッという音と共に椅子の背もたれが男の体重を受け止めるが、それでも男の苛立ちは収まらない。
 既に初老と言ってもいいその男は、一見するととても商会の会頭を勤めているようには見えなかった。60代程の年齢に達しているにも関わらずその瞳には精力的な光が宿っており、傲岸不遜とも言える顔付きをしている。他者は全て自分の思い通りに動いて当然だと心の底から信じているのだ。
 この男こそがギルムの街の武器屋達の総元締めであるアゾット商会の会頭、ボルンターだった。
 ボルンターの視線を避けるように部屋に待機していた数人のメイドが壁と床に散らかったコップや酒の後始末をする。そんな様子を苛ついた視線で見ていたボルンターだったが、やがて詰まらなさそうに鼻を鳴らして新たなコップへと酒を注いで一息で飲み干す。

「おいっ! レイとかいう冒険者はこっちが優しく動いているのが気に入らないらしい。明日辺り何人か連れて儂の前に連れてこい! いいな、たかが冒険者の……それもランクD冒険者風情が儂の命令に従わないとかふざけた真似をしやがって。儂の前に引きずって来る前に少し身の程を教えてやれ!」

 酔っ払っているのだろう、赤ら顔でそう叫ぶボルンターに近くに控えていた執事が口を開く。

「ですが旦那様。そのレイとかいう冒険者はグリフォンを連れているとか。グリフォンと言えばランクAモンスターだと聞いております。アゾット商会で雇っている冒険者は最もランクの高い者でもランクB。グリフォンに対抗出来るとは思えまえん」
「あぁ!? そりゃなんだ? 儂がランクDの冒険者如きに舐められたままでいいってのか!?」
「そうは申しておりませんが、噂によるとそのレイとかいう冒険者はラルクス辺境伯から指名依頼を受ける程の者だとか。そうなると当然領主様との関係もありますので、手荒な真似は控えた方が……」
「ちっ、そうか。そっちから手を回してくる可能性もあるか」

 舌打ちをして、手に持っていたコップを勢いよくテーブルに叩き付けるように置き、空になったコップへと新たな酒を注ぐ。
 一般的な平民では到底手が出ないような値段の酒なのだが、ボルンターはそんなことを意にも介さず、まるで水でも飲むように口の中へと流し込む。

「かと言ってギルドを通しての呼び出しだと今日みたいに無視されるし……しょうがねえな。おい、明日にでも商会で雇っている冒険者を何人かそのレイとかいう奴の元に向かわせろ。グリフォンがいる以上は……いや、待て。そうだな、明日儂の元に来なかったら以後ギルムの街でそいつは武器を買えなくなるとでも言ってやれ」
「旦那様……先程も言いましたように領主様と繋がりがある以上は、そこまであからさまに脅してしまうと……」
「ちっ、しょうがねぇな。なら臭わせる程度にしておけ」
「かしこまりました。そう言いつけておきます」

 執事が一礼し、部屋から出て行くのを見送ると再び腹立たしそうに酒を呷るのだった。
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