0104話
沈黙を続けるレイとアーラ。そしてただ目を瞑ってレイの体重を受け止めるセト。
そんな2人と1匹の前にある魔法陣の中心で、まるで眠っているように目を閉じていたエレーナが目を覚ましたのは砂時計の砂が5回目に落ちきりそうになった時……即ち約10時間が経った時ののことだった。
「……ん……」
「エレーナ様っ!」
魔法陣の中央で静かに気を失っていたエレーナの声が、静寂に包まれていた継承の祭壇の間に小さくだが確実に響く。
その声に反応して思わずエレーナに掛けようとしたアーラ。だが、そのアーラの手をまたしてもレイが掴み止める。
「レイ殿っ!」
「落ち着け! 周囲を良く見てみろ!」
邪魔をするなとばかりに怒鳴ったアーラだったが、レイから返ってきたのはそれに負けない程に切羽詰まった声だった。
そのレイの声に周囲を見回すアーラ。
「これは……」
そしてアーラもまた、目の前で起きている光景を目にして思わず言葉を詰まらせる。
継承の祭壇と呼ばれるようになった原因でもある、エレーナのすぐ近くにあった祭壇。儀式の途中でヴェルによりエンシェントドラゴンの魔石が砕かれたままになっていたその祭壇が、まるで今までそこに存在していたのは幻だったとでも言うように霞へと姿を変えていく。
継承の祭壇、三方向に存在していた魔法陣。……そしてエレーナが倒れ込んでいた魔法陣。その全てが霞へと姿を変え……次の瞬間、まるで吸い込まれるようにエレーナの体内へと吸い込まれていったのだ。
「アーラ、これは継承の儀式では普通の出来事なのか?」
「い、いえ。すいませんが私は継承の儀式には詳しくないのでなんとも……」
「そうか。これが正常なプロセスなのかどうか分からないのは不安な所だが」
そうレイが呟いたその時。
「心配するな。儀式前にも言ったように、継承の祭壇で儀式を行えるのは一度きり。その理由がこれだ」
魔法陣のあった場所、今は既にそこに魔法陣があったとは思えない石畳の上でエレーナが上半身を起こしながら口を開く。
「エレーナ様!」
眼に涙を浮かべながらエレーナへと抱きついていくアーラ。
その様子を見ながら、レイもまたエレーナへと向かって歩いて行く。
「どこまで覚えてる?」
「……ヴェルか」
「ああ」
「奴が祭壇の上にあった魔石を破壊した所までだな」
呟き、周囲を見回し……布を掛けられている存在へと目を止める。
「……キュステ、か?」
「ああ。ヴェルのゴーレムからお前を守ってな」
「そう、か。……ヴェルの裏切りに気が付かなかったのは指揮官としての私のミスだ」
キュステの顔の部分に掛かっている布を取り、数秒だけ目を瞑って鎮魂を祈りレイへと視線を向ける。
「レイ、キュステの遺体をアイテムボックスに収納してくれ。せめて家族の元に遺体だけでも届けてやりたい」
「分かった」
エレーナの頼みに小さく頷き、ミスティリングへと遺体を収容する。
「……で、結局継承の儀式とやらはどうなったんだ? 本来ならエレーナが吸収する筈の魔石は途中でヴェルに破壊されてしまったんだが」
「ちょっと待て」
そう返事をし、目を瞑り自分の身体の調子を確かめるように確認していく。
「……完全にエンシェントドラゴンの力を継いだとは言えないが、7割程は何とかといった所だな」
「7割か。それが高いのか低いのかは分からないが」
「儀式を途中で邪魔されてしまった結果としてはそう悪い物では無いだろう。最悪継承の祭壇が壊れて、尚且つエンシェントドラゴンの魔石も破壊されて何一つ得る物は無く、それなのにキュステが死んでいた危険性も考えるとな。奴の失敗は継承の祭壇ではなく魔石を破壊したことだ。継承の儀式では魔石よりも祭壇の方が重要なのだから。……ヴェル・セイルズ。この借りは貴様に必ず返させて貰うぞ」
最後の部分だけを自分の口の中で呟くエレーナ。その目には強い決意の光が宿っており、同時に獲物を狙う狩人のような雰囲気を放っている。
「エレーナ様、それでエンシェントドラゴンの力を継承したとのことですが……具体的にはどの辺が変わったのでしょう? 少なくても見た目は今までのエレーナ様のままですが」
アーラの恐る恐るといった様子の質問に、つい数秒前まで浮かべていた獰猛な雰囲気を消し去り笑みを浮かべながらその頭を撫でるエレーナ。
「そうだな。ヴェルの妨害で儀式が失敗していれば、もしかしたら私自身が人の姿を捨てて竜そのものになっていた可能性も捨てきれないからな。だが安心しろ、幸い私はエンシェントドラゴンの持つ肉体的な強さ、強力な魔力を人の形のまま手にしたらしい。……今はまだ無理だが、初歩的な竜言語魔法の類も使えるかもしれないな」
右手を握りしめると、無意識にだろうが魔力を周囲へと放射するエレーナ。
その魔力の大きさは明らかに儀式前のエレーナを越えており、魔力を見るという能力の無いレイにも受け継いだ力がどれ程の物であったのかが理解出来た。
「……私に関してはこれでいいとして。レイ、私が気を失ってから何があったのかを詳しく教えてくれないか?」
放出していた魔力を消し、レイへと視線を向けるエレーナ。その視線を受け、レイもまた頷き先程アーラに話した内容をより詳しく語るのだった。
「そう、か。キュステは満足して逝ったか」
「ああ。気に食わない奴だったのは間違い無いが、それでも騎士として守るべき者を守って死んでいったよ」
「……そうか。なら私も奴が満足して逝ったのに相応しい存在でなければならないだろうな」
「エレーナ様……」
気遣わしげに自分を見てくるアーラに淡い笑顔を浮かべて頷き、気分を変えるようにして部屋の出口へと視線を向ける。
そんなエレーナを見ながらレイが口を開く。
「それよりも儀式が終わった以上はダンジョンから脱出しなければならないのだが……3人、か。来た時のことを考えるとちょっと厳しいかもしれないな」
呟くレイに、エレーナが笑みを浮かべて首を振る。
「確かにヴェルとキュステがいないというのは手数的には問題だろう。だが、現在の私の力は以前よりもかなり強くなっているのが自分でも分かる。ダンジョンの核を守っている銀獅子は無理だろうが、ランクAモンスターなら独力で何とか出来るだろう」
連接剣の柄を握りしめながらエレーナが呟く。
確かに今のエレーナからは儀式を行う前以上の力強さを感じさせた。見る者を引き込むような美しさはそのままに、より深い存在になったかのような印象をレイにも感じさせる。
「エレーナがそう言うのならそれもいいだろう。今のうちに戻れば、地下6階辺りならまだモンスターの再召喚は行われていない可能性もあるしな」
「よし、では行くぞ。隊列に関しては、連携を考えて前衛がレイとセト。後衛が私とアーラとする。なるべく早くこのダンジョンを出て、父上にヴェルの裏切りについて知らせねばならん。……キュステも家族の元に返してやりたいしな」
「エレーナ様が行くというのなら、私はどこまでもお供します!」
アーラもそう宣言し、セトもまた喉の奥で鳴いて賛成をしめして継承の祭壇の間を出るのだった。
「ギャンッ」
地下6階の通路に出た途端に現れたエメラルドウルフ3匹の群れ。レイ達を見かけた途端襲い掛かってきたそのモンスター達に対して即座にセトが王の威圧を使用して動きを鈍らせる。
そうして動きの鈍ったエメラルドウルフは、既にレイとエレーナにとってはカモにしか過ぎず、残った1匹もセトが振るう前脚の一撃で頭部を叩き潰されてアーラが動くより前に……接敵してからほんの30秒程度で文字通りに瞬殺されたのだった。
「ふむ、まだ身体に馴染んではいないか」
連接剣の刀身を鞭状にしてエメラルドウルフの攻撃を回避して首を切断したエレーナが、刀身に付いた血を振り払いながら呟く。
その不機嫌な様子からは、自分自身が新たに得た力を十分に使いこなせていないのが不満だというのが在り在りとしていた。
「でもエレーナ様、今のは凄かったですよ。敵に対する反応速度も、連接剣を振るった時の威力も」
アーラの言葉に笑みを浮かべつつも首を振るエレーナ。
「いや、まだ得た力に振り回されている印象があるな。このダンジョンから出たら最初から訓練をする必要があるだろう。それよりも時間が惜しい。先へ進むぞ」
「そうだな、不幸中の幸いと言うべきか、ヴェルが解除した罠はまだ修復されていなかったからな。これがダンジョン核の仕業か、あるいは他のモンスターの仕業かは分からないが、その前になるべく距離を稼いでおきたい所だ」
エレーナの言葉に応えつつ、素早く3匹のエメラルドウルフをミスティリングへと収納するレイ。
「よし、行くぞ!」
レイの言葉に頷き、走って移動を始める一行。その速度はこの中で一番足が遅いアーラに合わせているが、それでもグリフォンのセト、人外の身体能力を持つレイ、エンシェントドラゴンの力を継いだエレーナの3人に比べればの話であり、普通の人間としてなら十分早い方に入る速度だ。
尚、一行が最初にここに降りてきた時はこれでもかとばかりに罠が仕掛けられていた地下6階だったが、レイが口に出していたようにヴェルが解除した罠はまだ再設置されておらず、それが走って移動出来る大きな助けになっている。
そして道の途中で現れた数匹のモンスターはその殆どがレイ、セト、エレーナの2人と1匹に出て来るや否や斬り裂かれ、燃やされ、砕かれるといった無残な姿をダンジョンに晒していく。
「階段が見えました!」
アーラの声に、地下5階へと続く階段を視界に入れて安堵の息を吐く一行。だが、その地下5階がどんな場所であったのかを思い出すとすぐに憂鬱そうな表情になるのだった。
「……これは、きついな……」
地下5階に上ったエレーナがそう呟く。
継承の儀式によって肉体的な意味でも強化されたエレーナだったが、同様に五感も強化されておりレイやセト同様地下5階に広がっている腐臭が嗅覚を直撃したのだ。
「慣れろ、としか言えないな」
「グルゥ」
レイが腐臭に顔を顰めつつも、どこか諦めの表情でそう告げる。そして隣にいるセトもまた同様だと言うように喉を鳴らす。
この一行の中で最も五感が鋭いのはセトなので、嗅覚に受けているダメージも相当なものなのだろう。
「うーん、そこまで臭いとは思わないんだけど」
唯一人間らしい身体能力や五感のままのアーラは軽く首を傾げてそう呟くのだった。
「臭いはしょうがないとして、だ。この階層をどうするかだな」
そう言いつつも、やはり臭いが我慢出来ないのか眉を顰めながらエレーナが口を開く。
「どうするかって、どうしたんですか?」
エレーナが何を言ってるのか分からない、とでも言うように聞き返すアーラ。その様子に苦笑しながらレイが口を開く。
「降りてきた時は裏の空間とやらに入り込んでしまった為に、あの声の主の力で地下6階への階段を作って貰っただろう。つまり地下6階や7階と違って俺達はこの階層を自力で突破した訳じゃないから地下4階への階段がどこにあるのか分からないんだよ」
「……あ!」
数秒程レイの言葉を考え、何を言っているのかを理解したアーラは思わず叫ぶ。
「ど、どうすれば!?」
「どうするも何も、大人しく……いや、待てよ?」
その時、レイがふと思い出したのはグリムから貰ったマジックアイテムである対のオーブだ。
それを使ってグリムに連絡を取れれば空間魔法を使いこなすグリムなら、それこそ地上まで送ってくれるかもしれないことを思い出したのだ。
(だが……)
対のオーブを使うということは、即ち自分とグリムの関係を知られてしまうと言うのを意味している。
「レイ殿?」
レイの様子に声を掛けてくるアーラ。
それに何でも無いと首を振ろうとして……この場にいるのは自分、セト、エレーナ、アーラの3人と1匹であると思い出す。
そう。即ちここには裏切り者であるヴェルにしろ、レイに対して嫌悪感を抱いていたキュステにしろ存在していないのだ。いるのはエレーナと、エレーナからの命令なら殆ど無条件で従う程に心酔しているアーラの2人のみ。
(それなら『戒めの種』で口止めをすればいける、か? どのみちヴェルやキュステの件があって継承の祭壇で『戒めの種』を使っていなかったのがこんな所で役立つとはな)
「セト、周囲の警戒を頼む。エレーナ、ちょっと話がある」
「グルルゥ」
セトに周囲の警戒を頼み、その後にエレーナを呼び寄せる。
突然の呼びかけに首を傾げながらも近付いてくるエレーナ。
「どうした? なるべく早く地上に戻りたいのだから、あまり時間を浪費したくはないのだが」
「その件に関してだ。上手く行けば一瞬で地上に戻れる……かもしれない方法がある」
「……何?」
「ただしその方法を使うには俺の隠しておきたい秘密を色々と教える必要がある。……地下4階で話した『戒めの種』について覚えているか?」
「ああ。そう言えば確かに色々とあってその魔法を受けていなかったな。その魔法を使う前にヴェルを逃がしてしまったのは非常に痛い失態だったが。……今使うか?」
エレーナの言葉に小さく頷くレイ。
その様子を見て、真面目な話だと理解したのだろう。エレーナもまた表情を改めてレイの言葉を待つ。
「その魔法が発動する範囲をセトについての情報から、俺とセトにとっての不利益な情報へと変えてもいいと言うのならこのダンジョンから普通に出るよりもかなり早く脱出出来ると思う。……どうする?」
そこまで告げると、決めるのはお前だとばかりに黙り込むレイ。
(ヴェルに『戒めの種』を使えなかったのは確かに痛いが、不幸中の幸いなのは魔獣術の特性である魔石の吸収を知られていないということか。グリフォンの希少種という認識でまだ助かったという所だな)
内心でそう呟き、エレーナの返事を待つ。
そんなレイの様子を見ながら顎に手を当てながら10秒程考え……エレーナが口を開く。

+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。