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レジェンド 作者:青竹

0103話

「うわああああああああああああっ!」

 左腕を肩から斬り飛ばされ、血を止めどなく吹き溢しつつも残った右手でその醜く溶け爛れた顔を押さえているヴェル。
 一瞬だけその醜い顔に驚き動きの止まったレイだったが、自業自得だとばかりにデスサイズを振り下ろそうとして……

「グルゥ!」

 背後から聞こえてきたセトの切迫した叫び声を聞き、同時に自分へと向かって来る何かに気が付き咄嗟にデスサイズを振り下ろす。

「……」

 だが、その向かって来た相手。即ちセトと戦っていた筈のゴーレムは回避行動すらまともにせずに、まるで自分からデスサイズに当たりに行ったかのように刃へとその身を晒して魔力を通されたデスサイズの刃にその身を2つに斬り裂かれる。

(やばい!?)

 殆ど反射的な勢いで後方へと距離を取るべく跳躍するレイ。だがそれよりも一瞬早く、デスサイズの刃によって真っ二つに切断されたそのゴーレムは眩く光り……

 轟っ!

 と、爆風を周囲に撒き散らしつつ爆発する。
 その一撃を至近距離で受けたレイだったが、爆炎が晴れた後に全くの無傷と言ってもいい状態で姿を現す。そして代わりとでも言うように、レイの周囲に浮かんでいたマジックシールドが霞のように消えて行く。

(まさか自爆とはな。マジックシールドのおかげでダメージはないが……っ! ヴェルは!?)

 デスサイズを振るい、しつこく残っている煙を吹き飛ばしてヴェルの姿を探す。
 左肩から先は無くなり、顔面が醜く溶け爛れている状態で逃げられるとは思えないが、それでも息の根を止めるまでは油断出来ないと素早く周囲を見回すが、まだ煙が残っている場所からその声は聞こえてきた。

「はっ、はははは。ちょ、ちょっと油断してしまったかな。……けど次はこうはいかないよ」

 左肩の激痛に顔を歪め……ただでさえ溶け爛れている顔をさらに醜く歪ませながらヴェルはそう宣言する。
 そして唯一残ったその右手には宝石のような物が握られ、地面へと叩き付けようと……

「逃がすかっ!」

 素早くミスティリングのリストを脳裏に展開。そのリストの一番先頭に表示されていた針を取り出し、宝石を地面に叩き付けようとしていたヴェルへと目掛けて素早く投擲する。
 空気を斬り裂くかの如く鋭さと素早さで放たれたその針は、毒液を滴らせながらまるで獲物に喰らいつく猛禽類の如く一直線にヴェルの右太股へと突き刺さった。
 奇しくも今レイが投げた針はこのダンジョンの地下5階、アンデッドの蔓延る階層で罠として放たれそうになっていたのをヴェルが解除してレイが貰ったという物だった。

「ぐっ、最後の最後までやってくれるね。けど、この勝負は俺の勝ちだよ!」

 レイの力で投擲された毒針はヴェルの着ていた皮鎧を貫通してその右太股へと突き刺さっていたのだが、それに構わずに持っていた宝石を地面に叩き付け……先程のゴーレムが放ったものと同等、いやそれ以上の眩い閃光を周囲へと撒き散らしす。

「ちぃっ、セト!」
「グルゥッ!」

 何が起きてるのかは分からないが、このまま逃がす訳には行かないとばかりにセトへと声を掛ける。
 その声に反応したセトはウィンドアローを放ち、それに負けじとレイもまた飛斬を放つ。
 だが……

「……消えた、か」

 周囲を照らした眩い閃光。その閃光が消えた後にはヴェルの姿は何処にもなく、ただつい先程までそこにヴェルがいたことの証拠であるかのように、地面に左腕を切られた際に流れた血と、少し離れた場所には切断されたヴェルの左腕が転がっていた。
 そして部屋の奥、ヴェルが立っていた先の壁には飛斬によって斬り付けられたと思われる大きな傷跡と、セトが放ったであろうウィンドアローが抉った傷跡が複数残っている。
 ヴェルが何を使ったのか、その答えにレイは辿り着いていた。恐らく地面に叩き付けた宝石には空間魔法が封じ込められていたのだろう。それも空間移動、いわゆる転移魔法と呼ばれる類の物が。アイテムボックスの希少価値を考えるまでもなく、マジックアイテムに空間魔法を付与するというのは非常に難しい。だが採算を度外視し、尚且つ1度だけの使い捨てであるならベスティア帝国の技術でも可能だったのだろう。

(それでも魔導都市オゾスとやらと同等の錬金術のレベルがあってこそだろうが……な)

 溜息を吐きつつ、とにかく獅子身中の虫でもあるヴェルを撃退したことでこれ以上の危険は無いと判断して急いでエレーナの元へと向かう。
 首筋に指を当て、脈があることを確認して安堵の息を吐く。そしてその視線はエレーナの隣に横たわっているキュステへと向ける。

「……キュステ」

 エレーナの側で横たわっていたキュステが事切れているのは、その開いたままの目を見れば明らかだろう。ただしその顔に浮かんでいる満足気な笑みを見る限りでは恐らくレイがヴェルを撃退したのを確認してから逝ったのだろうと予想は出来た。

「気に食わない奴だった。……それは間違い無い。だが、お前はきちんとエレーナの護衛としての役割を果たして逝ったんだな。それだけは認めてやるよ」

 胸の上で腕を組ませ、兜を外して目を閉じさせる。
 身体を覆っていたフルプレートメイルはその殆どがレイのデスサイズによる一撃で砕かれており、残っているのは手足に装備されている手甲、脚甲。そしてたった今外した兜くらいだ。

「グルゥ」

 レイはキュステを空気の如く無視していたが、セトはあからさまに敵意を持っていた。それでも、先程のやり取りを見て思うところがあったのだろう。喉の奥で小さく鳴くその様は鎮魂を祈っているかのようにレイには見えていた。

「問題は……継承の儀式がどうなったのか、だな」

 呟きつつ、視線は継承の祭壇へ。
 本来ならそこにあった筈のエンシェントドラゴンの魔石は、ヴェルの一撃により砕け散り破片となって周囲へと散らばっている。
 不幸中の幸いなのは、7割程が既にエレーナに吸収されていたことか。しかし……

(全てを吸収するのが継承の儀式の筈だ。それを7割程度までしか吸収出来なかった。これがどういう結果になるか)

 視線の先には未だに気を失っているエレーナの姿がある。意識を失い目を閉じている姿は、それでも尚エレーナの美しさを際立たせている。

「とにかくアーラとエレーナの2人が目を覚まさないとどうにも出来ないな。このまま運んでもいいのかどうかも分からないし」

 魔法陣の中で気を失っているのというのが儀式にどう影響するのかも分からない為、レイとしては2人が目を覚ますのを待つしか無かった。
 そしてミスティリングから清潔な布を取り出し、キュステへと掛けてから数時間。

「ん……」

 最初に目が覚めたのは、エレーナではなくアーラだった。

「……起きたか、アーラ」
「レイ……殿?」

 目が覚めたアーラが、一瞬状況を理解出来ないまま周囲を見回す。

「っ!? エレーナ様は!?」

 自分が気を失う寸前の出来事を思い出したのだろう、素早く起き上がって周囲を見回す。
 そして継承の祭壇の側で気を失っているエレーナの姿を見つけ、駆け寄ろうとしてその手をレイに掴まれる。

「アーラ!」
「レイ殿、離して下さい! エレーナ様が!」
「いいから落ち着け! エレーナは継承の儀式を途中で強制的に終了させられている! その状態で迂闊に魔法陣から身体を動かすのは危険だ! 何が起きるか分からないぞ!」

 半ば殺気の混じった眼でレイを睨みつけたアーラだったが、エレーナが危険という言葉に反応したのだろう。徐々にその身から溢れている殺気を収めていく。

「……すいません」
「気にするな。お前がどれ程エレーナを慕っているかは知っているからな、無理もないさ」

 ようやく落ち着いたアーラに、気付けとばかりにミスティリングの中から瓶を取り出す。ギルムの街で購入した葡萄酒だ。
 レイ本人はそれ程にアルコールに強い訳ではない。それでも嗜むという程度には飲むこともあるし、いざという時の為――それこそこういう時の為――に気付けとして買っておいたものだ。
 瓶からコルクを力尽くで抜き、コップへと注ぎアーラの方へと差し出す。

「取りあえず飲め。少しは落ち着くだろう」
「……すいません」

 チビリ、チビリと黙って葡萄酒を飲むアーラ。その顔は物憂げであり、ヴェルの裏切りについて考えているのだろうというのはレイにも容易に想像がついた。そして……

「……あれ? レイ殿、ヴェルが裏切った。それは分かります。……じゃあ、キュステは? もしかして、キュステも……」

 キュステも裏切ったのか。そう続けようとしたアーラを言葉を遮り、エレーナの近くにある清潔な布で覆われている方へと視線を向けるレイ。

「グルゥ……」

 セトもまた、地面に寝転がってレイの体重を受け止めながらもキュステの遺体へと視線を向ける。

「え? ……そ、そんな、まさか……嘘でしょ!?」

 両手で持っていたコップを地面へと置き、恐る恐るキュステの遺体へと近づき、覆っている布をそっとずらす。
 そこにあったのは満足そうに笑みを浮かべつつも口の周りに血が付いている、安らかと言ってもいいキュステの死に顔だった。

「何で……何でなのよ! 何でキュステが死んでるのよ!」

 激情に身体を突き動かされたかのように、石畳を殴りつけるアーラ。その剛力により頑丈な筈の石畳にはヒビが入り、砕けた破片が周囲へと飛ぶ。
 そのまま幾度も石畳を殴りつけ、数分。ようやく落ち着いたのかその涙を強引に拭き取り、視線をレイへと向ける。

「レイ殿……教えて下さい。これをやったのは……ヴェル、ですか?」
「……ああ」
「キュステは……どんな最期でしたか?」

 その拳からは皮が破け、肉が見えた状態で血が滴っていた。それにも気が付かないかのように拳を強く握りしめ……手の甲からだけではなく、爪が掌の皮を破り、そこからも血がポタポタと零れ落ちている。

「このダンジョンに潜ってから、ヴェルが何度かキュステに自分の水筒を飲ませていたのを覚えているか?」
「……はい」
「その水筒の中身には魔法薬が入っていたらしくてな。その魔法薬の効果でキュステはヴェルの操り人形になった」
「そんな! ですがヴェル自身もあの水筒を飲んでいたのに!?」
「解毒薬の類を用意してあったらしい。そこにさらに身体能力を上げるマジックアイテムを使われて俺と戦いになって……」

 そう呟いた時だ。アーラの視線が殺気を帯びてレイへと向けられる。

「それでは、キュステを殺したのはレイ殿だと?」

 全身に浴びせられる殺気を感じながらも、首を左右に振る。

「その状態でもキュステより俺の方が戦力は上だったからな。デスサイズの柄で思い切り殴って胴体の部分の鎧を破壊して吹き飛ばしたよ。で、その後キュステがまた襲い掛かって来る前にヴェルを片付けようとして俺とヴェルの戦いになったんだが……戦闘のドサクサに紛れてヴェルがいつの間にか小さいゴーレムを放っていてな。あそこに転がってるだろう」

 そう言いレイが向けた視線の先には、胴体を短剣で突き刺さり機能を停止しているゴーレムの姿があった。
 ゴーレムの手には未だに長剣が握られている。

「あのゴーレムがエレーナへと攻撃を仕掛けようとした時、キュステがどうやったのかは知らないが魔法薬の束縛を破ってエレーナを庇って……」
「レイ殿の実力ならっ!」

 血を吐くような叫びとでも言うような声を上げるアーラ。だが、すぐにその糾弾の叫びを止めて下を向く。
 今までよりもさらに強く手を握りしめたのだろう。その手から地面へと零れ落ちる血の量が多くなっている。

「……いえ、気絶した私がどうこう言える話ではないですね。それにキュステの顔を見れば満足して逝ったのは確かなのですから、私がここでレイ殿を責めた所で意味は無いのでしょう。仇を討つのなら私がこの手で……ヴェルを討ちます」

 決意を込め、自分自身にその言葉を刻みつけるように口に出したアーラを見ながらミスティリングからポーションを取り出すレイ。

「取りあえずその傷を癒せ」
「はい、申し訳ありません」

 ポーションの入っている瓶を利き腕の右手へと振りかけると、30秒も経たないうちにアーラの右手は元の傷一つない状態に回復する。

「それで、エレーナ様はどうするべきなんでしょうか」

 自らの手でヴェルを討つという決意を固め、手の傷も回復してようやく落ち着いたのか魔法陣の中央で未だ目を覚まさないエレーナへと視線を向けるアーラだったが、レイはただ首を左右に振る。

「継承の儀式がどういう儀式か知らない以上は、俺にもどうにも出来ん。脈があるのは確認してあるから、後は自然と目を覚ますのを待つのがいいと思う。幸い、この最下層には通路を徘徊しているモンスターの類もいないようだしな」
「ですが、ずっとこのまま待っているという訳にもいかないのでは?」
「まぁな。食料に関してはまだまだ余裕があるし、モンスターの肉もアイテムボックスには入っているが……ここで寝ているのが健康にいいとはとても思えないしな。……後半日程待っても目を覚まさないようなら危険を承知で連れ出すとしよう」

 アイテムボックスからマジックアイテムでもある砂時計を取り出すレイ。

「この砂時計は砂が落ちきるのに2時間掛かる。これで半日を計って、それでもエレーナが気が付かなかったら……」

 レイの言いたいことが分かったのだろう。アーラは小さく頷く。

「分かりました」

 こうして、お互い言葉も発さないまま時が過ぎていくのを待つのだった。
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