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レジェンド 作者:青竹

0094話

 リッチロードであるグリムの手で作られた階段を下り、十数分。空間魔法によって本当の地下6階へと続く階段と繋げられたその階段を下りた先には、まるで当然のように地下6階が広がっていた。

「うわ、あの声の主の言ってたことって本当だったな。まさか空間をねじ曲げて好きな場所に繋げるとか……おい、キュステ。あの声の主と戦いにならないで本当に良かったな。お前が短気を起こしてあの研究所を破壊なんかしていたらどうなっていたことか……」
「……」

 さすがに目の前でこうも非現実的な光景を見せられ、そして体験させられればキュステにしても地下5階で聞いた声の主がどれ程に現実離れした化け物だったのかというのは理解出来た。それが数千年の時を生きたリッチ……否、リッチロードであると知らないのは幸運なのか、不運なのか。とにかく、キュステもまたあの声の主と敵対しないで済んだ幸運に内心で胸をなで下ろす。

「で、これが地下6階な訳だが……」

 エレーナの声が周囲へと響く。
 視線の先に広がっていたのは地下1階、2階、そしてたった今下りてきた地下5階と同様の普通のダンジョンだった。
 薄く光る壁や、セトですら自由に戦闘が可能な通路の広さ。少なくてもキノコの山や森といったような場所はではなく、普通にダンジョンと思い描くような場所だろう。

「とは言っても、この意地の悪いダンジョンの内容を考えるとこれが普通の場所だとは思えないんだよなぁ」

 ヴェルのしみじみと呟く声に、思わずその場の全員が頷く。

「それでも上の階みたいにゾンビやら何やらの腐臭が漂ってないだけまだいいだろうさ。暫くすれば麻痺している嗅覚も元に戻るだろうし」
「……そうだな、ではレイ、セト、ヴェルの鼻がまともに動くようになるまでここで少し休憩にするか。特にヴェルは上であの声の主の研究所に仕掛けられた罠を解除してから休憩も無しだったから丁度いいだろう。ただし、敵が来ないように警戒しながらだがな」
「え? マジ? ラッキー」

 エレーナの指示にヴェルが喜色の声を上げ、グリムと直接接触したレイやセトも表情には出さないが安堵しながらその場に腰を下ろす。
 幸い背後は階段であり、普通に通路で休憩しているよりは奇襲される可能性も少ないだろうという判断だ。

「いよいよ地下6階か。この階を無事クリアして地下7階に行けば継承の祭壇だが……」
「エレーナ様?」

 ポツリと呟いたエレーナに、アーラがどこか心配そうな顔を向ける。
 だがエレーナは小さく首を振って何でも無いと答え、少しでも体力を回復させるべく目を閉じるのだった。




「よし、皆そろそろいいか? 探索を始めるぞ」

 エレーナが全員へとそう声を掛けたのは、休憩を始めてから1時間程経った後のことだった。
 全員がその声に従い、座っていた石畳の地面から立ち上がる。

「ここにはアンデッドがいないようだから隊列を多少変えるぞ。前衛をアーラ、キュステ。中衛を私、レイ。後衛をセト、ヴェルだ」
「よし、前衛だ。エレーナ様の為に頑張って敵をこのパワー・アクスで粉砕してみせますね!」
「そうだな、頼りにしてるぞアーラ」

 笑みを浮かべてアーラに言葉を返し、その他は特に言葉も無く隊列を整える。

「ヴェル、罠の確認をしっかりと頼むぞ。また裏の空間に紛れ込むとかは正直御免だからな」
「あいよーっと。まぁ、あんな化け物のような奴がそんなにゴロゴロいるとも思えないけどね」
「それでもだ。油断はしないに越したことはない。皆も気を引き締めろよ。この階を突破すればいよいよ最下層、私達の目的地でもある継承の祭壇がある場所だからな」

 エレーナのその声に全員が頷き、つい数分程前まで休憩していたとは思えない程に真剣な表情になり探索を開始する。
 そしてその状態のまま地下6階の踊り場とも言える場所から歩を進め、いよいよ地下6階のダンジョンへと足を踏み入れた。
 だが……





「何か拍子抜けかも?」

 キュステの横でアーラが不満そうに呟く。

「アーラ、気持ちは分かるが油断はするな。いつモンスターが襲ってくるか分からないんだぞ」

 そんなアーラを窘めるようにキュステが注意するが、周囲を見回しながら肩を竦めるアーラ。

「地下6階に突入してからもう1時間近く経つのに、モンスターの1匹も出てこないんだよ? 罠の類も無いし、あると言えば分岐路だけ。これでどう警戒しろっていうのよ」

 そう。意気込んで地下6階へと踏み出したものの、アーラの言うようにモンスターの類は一切現れずに、同様に罠の類もない。あるのは数ヶ所の分岐路のみというありさまだった。

「……ねぇ、もしかしてまた無限ループに入ったとかじゃないわよね?」

 ボソリと呟いたアーラの言葉に、今度は後衛のヴェルが首を振る。

「その心配はないな。今の所は、と但し書きが付くが。レイもそう思うだろ?」

 自分と同じく感覚が鋭いというのは上の階で理解していたのか、レイへと同意を求めるヴェル。
 レイもまた、ヴェルの意見と同様なのか小さく頷く。

「そうだな。同じような通路に見えるが、微妙に違っている。少なくても上の階のような無限ループの類ではないだろう」
「グルルルゥ」

 レイの背後から同感だと言わんばかりにセトが鳴く。
 その様子からはつい1時間程前に遭遇したグリムに怯えていたような様子は既に微塵もない。

(……こういうのは立ち直りが早いというのか、それとも現金だというのか……ん?)

 内心でそんなセトの様子を考えていると、ふと隣から視線を向けられているのに気が付く。レイの隣にいるのはエレーナであり、当然視線の主もエレーナだ。

「どうかしましたか?」
「……いや、何でも無い。ちょっと考え事をしてただけだ」

 その言葉は明らかに何かを誤魔化すようなものだったのだが、エレーナの立場を思えばそれを無理に追究するのも気が引けそのまま流すのだった。
 そんな風に会話をしながら進むこと約20分。レイの背後にいたセトがピクリと反応する。
 それに10秒程遅れてレイが、そこからさらに数秒遅れてヴェルが気が付く。

「アーラが来て欲しいって言ってたおかげで、お客さんだぞ」
「……え?」
「モンスターだ。前方から数は4……いや、5か?」
「全員、戦闘準備だ。ヴェル、背後からは?」
「そっちは今の所問題無しかな」
「よし、ならば一気に殲滅するぞ。……アーラッ、防げっ!」

 指示を出した途端に前衛のアーラへと咄嗟に叫ぶエレーナ。そしてエレーナに心酔しているアーラは、何の疑問もなく手に持っていたパワー・アクスを盾にするように前へと突き出す。
 その瞬間、キィンッという金属音が周囲へと響き渡る。そして反射的に放たれるキュステの魔槍。
 だが攻撃してきた相手の一瞬の隙を突くかのようにして放たれた魔槍は、敵を貫くことが出来ずに空を貫く。

「気をつけろ、素早いぞ!」

 キュステの声が周囲へと響く中、それぞれが自分の武器を構えて敵を警戒する。
 やがて仄かに光っている迷宮の壁が照らし出すようにして現れたのは巨大な狼だった。足先から頭の高さまででレイの胸程までもある大きさを持っており、その上顎から地球では既に絶滅したサーベルタイガーのように長く鋭く深緑の牙が2本伸びている。そしてその背から触手のような物が左右で1本ずつ生えており、ヒュンヒュンと鋭い音を立てて空中を蠢いている。アーラを攻撃したのもその触手による一撃だったのだろう。
 そんな巨大な狼がヴェルが言ったように全部で5匹、隙を探し出そうとでもいうようにレイ達をその牙と同様の色を持つ深緑の瞳で観察している。
 目の前にいるモンスターの存在をレイは知っていた。例によってモンスター辞典に載っていたのだ。

「エメラルドウルフ……」
「レイ、知ってるのか? なら情報を頼む」

 連接剣をいつでも放てるようにしながらエレーナが尋ねる。その質問に、レイもまたデスサイズを構えながら全員に聞こえるように答える。

「エメラルドウルフ。個体ではランクCモンスターですが見ての通りに群れる習性があり、群れた場合はランクB相当となります。最大の武器はその牙……ではなく背から伸びているあの触手らしいので気をつけて下さい。生きている鞭のようなものと考えて貰えればいいかと。その触手を自由自在に操って敵にダメージを与えて最後の一撃としてあの牙を突き立てます。また、身体能力も非常に高く初歩的な風の魔法を使って来ます」
「……なるほど、かなり厄介な敵って訳ね」

 レイの説明を聞き、パワー・アクスを構えるアーラ。他の者達も同様にいつでも攻撃を仕掛けられるよう各々の武器を構えている。

「ガアアァァァァッ!」

 先制の一撃はエメラルドウルフから。その吠え声と同時に、突風が吹きつけてレイ達の視線を塞ぐ。そして感じる2つの殺気。

「はぁっ!」

 殺気に咄嗟に反応し、周囲にいるパーティメンバーに命中しないように魔力を通したデスサイズを振るうレイ。

「ギャンッ!」

 そしてその一撃は、壁を蹴って三角跳びの要領でレイへと襲い掛かったエメラルドウルフの1匹を見事に真っ二つに斬り裂いていた。だが、今の一撃で倒したのはあくまでも1匹だけであり、残る1匹は……と視線を周囲へと巡らせると、前方には5匹いた筈が、現在では2匹しか存在していなかった。1匹はレイの持つ魔力に惹かれて襲い掛かり逆に斬り裂かれ、残り2匹はエレーナ達の背後。突風を目隠しにしてレイに斬り裂かれたエメラルドウルフ同様壁を蹴って回り込んだのだろう。セトとヴェルと向かい合っている。

「ランクCモンスター相手にヴェルでは近接戦闘は無理だ! レイ、ヴェルと入れ替わってセトと共に後方に回り込んだ2匹に対処しろ。ヴェル、お前は中衛でレイ達に弓で援護を。アーラ、キュステ。私達は前方の2匹を片付けるぞ!」

 エレーナの指示に従い、素早く隊列を入れ替えるレイとヴェル。そのまま入れ替わった勢いを利用してデスサイズでエメラルドウルフへと斬り掛かるが……

「グルゥッ!」
「ちぃっ!」

 死角から襲い掛かってきた触手の一撃にセトが吠え、咄嗟にセトの隣まで跳躍してその攻撃を回避する。
 そのタイミングに合わせるようにしてレイへと向かってその素早い動きで襲い掛かる2匹のエメラルドウルフ。だが……

「グルルルルルルルゥッ!」

 その俊敏さも、セトの使う王の威圧を発動されれば1割程は下がることになる。

「エレーナ様、セトが雄叫びを使いました。エメラルドウルフの速度が落ちたので今のうちになるべく数を減らして下さい!」

 襲い掛かってきた触手をデスサイズで一刀のもとに斬り裂き、背後で連接剣を操りアーラとキュステの2人を援護しているエレーナへと声を掛ける。

「そうか、雄叫びか! 助かる。ヴェル、今なら矢も回避されにくい筈だ。撃て!」
「了解っと!」

 エレーナへと返事をするや否や、矢筒から数本の矢を取り出して続けざまにエメラルドウルフへと撃ち込んでいくヴェル。
 本来の速度ならその矢を回避するなり触手で叩き落とすなりといった迎撃行動を余裕で出来たのだろうが、セトの王の威圧の効果により速度が落ちている今はそれも難しく、アーラが振り下ろすパワー・アクスやキュステの魔槍を回避して一気に後方へと跳躍して距離を取り、矢の回避に専念している。この状況判断の早さがランクCモンスターである由縁なのだろう。
 レイとセトを相手にしているエメラルドウルフも自分達の身体の動きが鈍ったのを理解したのか、一旦距離を取りながらレイ達を観察している。

(だが、その躊躇いこそが俺達が付け入る好機!)

 内心で呟き、地を蹴り右側のエメラルドウルフとの距離を詰めるレイ。

「セトッ、お前はもう片方を!」
「グルゥッ!」

 レイの意図を汲み取ったセトが短く鳴き、指示された左のエメラルドウルフへと飛びかかっていく。

「ガ……ガアアアァァァァッ!」

 自分達の動きが鈍いというのに向こうは全く何の躊躇いも無く距離を詰めてくるレイに一瞬困惑したエメラルドウルフだったが、それでもその触手を使い迎撃を試みる。何しろレイの武器は巨大な鎌が1つであり、自分達は触手が2本あるのだ。それも、並の刃物は跳ね返す硬度を持っている。そう判断したエメラルドウルフは間違っていなかっただろう。……相手が普通の冒険者、あるいはレイの振るっている武器がデスサイズで無ければ。何しろ100kgオーバーの重量があり、それをレイ自身の人外の膂力で振るわれているのだ。しかもデスサイズは魔力を流し込まれており、その刃の鋭さは金属すらもあっさりと切断するような鋭さを持つ。レイという存在を知らないのが、このエメラルドウルフ最大の不運だった。

「ギャンッ!」

 一閃。デスサイズを無造作に振るったその一撃で、エメラルドウルフ最大の武器である触手が2本とも斬り飛ばされる。
 本来ならあり得る筈の無いその痛みに思わず悲鳴を上げ……気が付いた時には既に自分の眼前までデスサイズの刃が迫っており、それがレイと相対したエメラルドウルフがこの世で最後に見た光景だった。

「ガアアァァッ!」
「グルルルゥッ!」

 エメラルドウルフの頭部を切断したレイは、首から吹き出す血を避けるようにして距離を取る。そのままセトの方へと視線を向けると、そこではエメラルドウルフが放った風の刃とセトの口から吐き出されたファイアブレスが正面から衝突し……その火力と威力で風の刃を燃やし尽くし、同時にエメラルドウルフをもその炎で包んだのだった。
 セトの使うファイアブレスはLv.2とそれ程高レベルな訳では無いが、それでもエメラルドウルフが使う簡単な風魔法と比べるとその威力は段違いだったらしい。
 そしてレイの背後では、こちらもまた1匹のエメラルドウルフの頭部へと刀身が鞭状になった連接剣の先端が突き刺さりその命を奪っており、最後の1匹もキュステとアーラ、そしてヴェルによる連係攻撃で胴体に横からパワー・アクスを振り下ろされて身体を上半身と下半身に分けられていた。
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