精神科医 福井裕輝
 
 ストーカー被害者に対する、国レベルでの更なる支援の充実が必要なのは、言うまでもありません。一例として、早急に、警察以外の公的な被害者相談窓口を作るべきだと思います。一般市民にとって、警察への相談はハードルが高いです。また、ストーカー事件に対して、警察に、適切な判断・対処が求められるのも当然です。これまで起こしてきたような失態は決して許されません。
そのためには、必要に応じて、ストーカー規制法の法改正もどんどん進めていくべきでしょう。
 しかし、それだけではストーカー重大事案を防ぐことはできません。 

 警察の口頭・書面警告などで、ストーカー行為の約8割は収まると言われています。ですが、逆に言うと、残りの2割は、変わらず続けるか、あるいは逆上して一層激しい行動を取ります。長崎ストーカー殺人事件、逗子ストーカー殺人事件は、いずれもそれに該当します。全面的に、警察などの刑事司法だけに委ねるのは危険なのです。

 これまでに私は、警察庁からストーカー等の被害者・加害者に関する3000件近いデータの提供を受け、解析を行いました。また、100名以上のストーカー加害者の治療に携わってきました。そこから見えてくるストーカー加害者の精神病理は、非常に似通っています。多くは、失恋直後の状態がずっと続いているようなもので、とても苦しんでいます。揺るぎなき被害者感情、激しい思い込み、愛憎入り交じった執拗さ、飛躍した衝動性などが、一貫して見られます。
 私は、それを「ストーカー病」と呼んでいます。病気と捉えることで、新たな視点を加えることができます。

 「ストーカー病」には2つの大きな特徴があります。
 一つは、「他人の不幸は蜜の味」という心境にあることです。相手に拒絶されることで加害者は苦しみます。恨みが深くなったストーカー加害者は、相手が不幸に陥り、苦しむ姿を見ることで自分の苦しみが和らぎ、快楽のように感じるのです。逆に、相手が生き生きと輝いている姿を見ると、裏切られたように感じ、許せないと考えます。
 もう一つは、「感情の整理ができない」ことです。人は、悲しい出来事が起きると悲しみに浸りますが、やがて時間とともに立ち直っていきます。でも彼らにはそれができません。なぜ悲しいのか、怒っているのか、混乱しながらもずっと苦しみのなかにいて、5年も10年もつきまといを続けてしまうのです。
 そのことにより、いわば「恨みの中毒状態」となっています。脳の病態としては、線条体及び前帯状皮質と呼ばれる部位の機能的障害が関与していると推定されます。
 
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これまでに、同様の殺人事件が何度も起きてきたことからも分かるように、自暴自棄に陥っている人には、刑罰は十分な抑止力になりません。彼らを、悪人、変人として社会から切り捨てても根本的な解決にはなりません。

 では、どうすればストーカー病者による重大事件を防ぐことができるのでしょうか?
 彼らには、医学的・心理学的治療を施す必要があると考えられます。
 彼らの思い込みがどんなに間違っていても、それを正そうと指摘するだけでは、反発を招き逆効果です。かといって、肯定すれば、思い込みを助長させることになります。まずは、相手の話をじっくりと聞き、症状の重さや被害者との関係性などを整理して、治療の方針を立てます。加害者自身も、多くは、苦しい状況を変えたいと思っています。そこを手がかりに、法律に違反する行為を止めさせることが当面の目標になります。
 治療には、薬物療法と精神療法の2つを用います。
 
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一部には、抗うつ薬や抗精神病薬などの薬物療法が有効です。ただ、多くは、それだけでは改善はみられません。彼らには、認知行動療法あるいは弁証法的行動療法と呼ばれる精神療法が有効です。
 多くのストーカー病は、治療可能だと考えています。事実、アメリカ、イギリス、オーストラリアなどの西欧諸国においては、ストーカー加害者に治療を行うのがスタンダードになっています。
 認知行動療法では、カウンセリングによって、思い込みと現実のギャップを認識させ、「認知の歪み」と呼ばれるものを変えていきます。加害者の考え方や感情に働きかけて、問題行動を引き起こさないよう、歯止めとなるような経験や行動パターンを増やして、少しずつ依存の対象から離れさせていきます。
 さらに、病の根源を改善するためには、弁証法的行動療法が必要です。より心の内奥に踏み込んで、パーソナリティの歪みを治していく治療法です。
 加害者の多くは、相手との関係以前に、不安や孤独、家族との関係など根本的な問題を抱えていることが多いものです。
 神奈川県逗子市で起きたストーカー殺人事件の場合、被害女性を殺害して自殺した加害者は、非常勤職員で、不安定な状況にありました。契約更新の時期となる年度末になると、気持ちが不安定になり、被害者に何百通もメールを送っていたと伝えられています。こうした様々な不安要素が、ストーカー行為の土壌になっています。格差や孤立など、社会がはらんでいる問題が、ストーカーの背景にはあります。

 こうした実情を受けて、警察庁も、医学的・心理学的知見を有効に使おうとする試みが始まろうとしています。
 一つは、ストーカー相談で、危険度を判定するチェック票の導入が全国の警察で始まりました。これは、被害者の申告を元に、加害者の危険度を図るものです。逗子の事件の加害者に対して、危険度評価を試したところ、4段階のうち最も危険度が高いという結果がでました。今後、効果的に活用されれば、ストーカー犯罪の予防に大きな役割を果たすことができると期待しています。ただし、このチェック票に過度に頼ると、冤罪や見落としを招く可能性があります。開発者としては、警察には、杓子定規でなく参考にしていただきたいと考えています。
 もう一つは、危険度の高い加害者に対して、警察庁が治療を促す試みを始めようとしています。まずは、東京都を中心として行われますが、数年後には、全国に広がることが望ましいです。法務省には、特に小児性愛者など性犯罪累犯者に対して、ホルモン療法を含めた医学的治療の必要性を、度々訴えてきました。しかし、動きは全く見られません。今回、警察庁が、民間との連携を決断したことは画期的だと思われます。
 
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 刑事司法と精神医療は、考え方もアプローチの仕方も全く違います。お互いが補い合うことで、解決の道が開けると考えます。
 それぞれが連携することで、多くのストーカー重大事案を防ぐことができると私は信じています。被害者をなくすためには、加害者をなくすしかないのです。