音楽制作技術メモ

音楽制作技術に関する話題を扱うブログ

ハイレゾ音楽配信に思う事

はじめに

最近、ソーシャルネット上で散見される事の多くなってきた"ハイレゾ音源"とは一体なんなのか。
言葉の解説、音楽制作の現場、現状にふれつつ、このブログなりの意見を付け加えて展開していきたいと思います。

記事の最後に、現在Maltine Records ("http://maltinerecords.cs8.biz")で好評配信中の「ラブリーサマーちゃん と 芳川よしの - はじめまして」のM1."はじめまして"の高音質wavファイルとちょっとしたクイズがあるので、是非トライしてみてください!


ハイレゾ音源ってなに?

ハイレゾ‐おんげん 【ハイレゾ音源】

音楽用CDを超える音質の音楽データの総称。従来の音楽用CDのサンプリング周波数・量子化ビット数(44.1キロヘルツ・16ビット)を上回る、48キロヘルツまたは96キロヘルツ・24ビット以上の音楽データを指し、情報量が格段に大きい。ふつうコンテンツ配信サービスで音楽データを入手し、パソコンからUSB DACなどを通じてオーディオ機器に出力して再生する。ハイレゾリューション音源。

ハイレゾ音源 とは - コトバンク

辞書的な意味では、CDのフォーマットを上回るものを"ハイレゾ音源"と呼ぶようだ。
CD(CD-DA)のフォーマットは上の引用にもあるように、通称レッドブックと呼ばれる仕様書に定められている。
具体的な数値は

サンプリング周波数 : 44.1KHz
量子化ビット数 : 16bit

とある。詳しくはWikipediaを参照して欲しい。
CD-DA - Wikipedia


ハイレゾ音源と配信音楽の現状

CDよりも音が良いとされるハイレゾ音源、残念ながら現在の所そこまで普及しているようには見えない。2014年現在、音楽の流通メディアとしては未だに1980年に策定されたCDが日本では広く流通していて、音楽配信iTunes StoreではAAC-LC 256Kbps、Beatport他の配信サイトではmp3 320Kbpsというフォーマットが主流である。(ただし、追加料金はかかるものの、wav等のいくつかのファイル形式から選ぶ事ができる。)しかしながら個人的な感覚からすると圧縮音源やCD音源への不満のようなものはあまり多く耳にしない。

日本ではOTOTOYやe-onkyoなどの、既に44.1KHz, 16bitを超えるファイルフォーマットをサポートしている音楽配信サイトもあり、ソニーがハイレゾリューション対応プレーヤーを発表し、iTunes Storeでもハイレゾ配信に対応するという噂もあり、今後一定の拡大はあるように思える。

ソニーのハイレゾ音源対応携帯音楽プレーヤー :日本経済新聞

アップル、ダウンロード売上低下の影響からiTunesミュージックストアの抜本的な見直しを検討中か? | All Digital Music
アップルがiTunesでのハイレゾ音源配信を検討中、って本当? : ギズモード・ジャパン



なお、圧縮音源と非圧縮音源の音質の差といった話題になったときにしばしば引用される、DJ Q'HEY氏によるMP3とWAVの感想記の記事のURLを参考までに記載しておく。興味のある方はチェックして欲しい。
検証:WAVと320kbps mp3はクラブで聴き分けられるのか!?:FLYING COW - DJ Q'HEY blog:So-netブログ



この手の議論は後を絶たないが、個人的見解を述べるとするならば、音楽は音を使って伝搬されるが、人間の心象風景に主観的に存在するものであり、物理現象そのものではなない。よって、シグナルノイズ比や歪率等の客観的指標を用いてオーディオの品質を分析する事は出来ても、すなわち音楽の品質を分析出来たとは言えない。平均オピニオン評点などの主観的な調査方法を用いても同様である。

従って、音楽としての音質の善し悪しを議論すると、多かれ少なかれ必ずその分野での活躍等により得た信用をベースに音の善し悪しを語る事になるため、あとは読者が信じるか信じないかという話になってくる。この記事も同様の制約を抱えることになることを留意して欲しいが、可能な限り中立な視点で語れるようつとめたいと思う。


ただし、それが故に、音楽というものは信じていることが全てだと言う事も出来る。その人にとって良いと思える音であれば、たとえS/N比の悪い音であっても、他のミュージシャンに否定されたとしても、それはその人にとっていい音ということには違いない。彼の中では"true”なのだ。ただしそういった価値基準を共有出来るかどうかは、また別の問題である。


ハイレゾ配信の形式の種類

ハイレゾ配信にはwavやaiffflacの他に、DSD形式といったものがあるがこれらの形式の主な違いは、量子化の方法の違いである。


音のデジタル化にもいくつか種類があるのだが、現在最も普及している方式がパルス符号変調, PCM(Plus Code Modulation)方式であり、おなじみwavやaiffもこの形式でエンコードされている。CD-DAもPCM方式を採用している。

おなじみPCM方式では、アナログのオーディオ信号をサンプリング周波数で定められた間隔で(44.1KHzであれば1秒間に4万4100回)連続量を離散的な値として記録する。そのときの音量は量子化ビット数で定められている精度でデジタル化する。16bitであれば、音量に対して65536段階の分解能があるということになる。24bitであれば、約1677万段階である。サンプリング定理により、ナイキスト周波数を超える帯域の信号を扱おうとするとノイズが発生し実用的でなくなる。

工学的には、原信号に含まれる最大周波数成分を f とすると、2f よりも高い周波数 f_s で標本化した信号は、低域通過(ローパス)フィルターで高域成分を除去することによって原信号を完全に復元することができるということを示している。たとえば原信号に含まれる周波数が最高で f=22.05kHz だった場合、f_s=44.1kHz よりも高い[2]周波数で標本化(1秒間に44100回超、値を取得)すれば、原信号を完全に復元することができる。原信号が復元可能な最大周波数 {f_s}/2 を「ナイキスト周波数」と言い、ナイキスト周波数の逆数を「ナイキスト周期」と言う。

標本化定理 - Wikipedia


人間の可聴域が20Hz〜20KHzと言われており、44.1KHzというサンプリング周波数では22.05KHzまで記録でき、人間のそれを網羅している。その他にもVTRで記録する場合の取り扱いの簡便さや、放送局の機材の都合で、44.1KHzや48KHz(ADATなどで使われる)といった規格が主流になっていたようである。

開発当初,PCM 化された信号は 1 MHz 以上の広帯域ですので,とてもアナログテープレコーダの方式で記録することは無理でした,そこで,すでに実用化されている VTR 方式(回転ヘッド方式)を利用することが考え出されました。商品化されたのは,VTR を記憶媒体とする PCM プロセッサで,VTR の機構には一切手をつけず,映像信号としてディジタルオーディオの信号を記憶する方式で,水平垂直同期信号などもそのまま使われていました。このときの標本化周波数が NTSC 方式 VTR を利用する場合,44.056 kHz,PAL SECAM (CCIR)方式 VTR を利用する場合 44.1 kHz でした。 そこで,CD のサンプリング周波数もこれと合わせておくと,ディジタル化したソフトの蓄積,システマティックな拡張に都合がよいというのが主な理由です。

社団法人 日本音響学会 -- The Acoustical Society of Japan --


一方、Super Audio CDで採用されたDSD(Direct Stream Digital)方式という規格もある。パルス密度変調, PDM(Pulse Density Modulation)の商標名だ。
アナログのオーディオ信号をΔΣ変換器に入れると、電圧0を基準として、+方向であればパルス密度が濃くなり、-方向ならパルス密度が薄くなるといった方法でデジタル信号にする。サンプリング周波数は2.8224MHz、量子化ビット数は1bit(2段階)となる。詳しい動作原理については、理系ではない筆者の理解を超えているが、原理上PCMより急激な音量変化に追従しやすいという特性があるように思われる。

ただし、DSDは音楽制作において不可欠なイコライジングやミキシングが出来ないとの事なので、実際の現場では高いサンプリングレートのPCM信号に変換してから処理しているようである。

またDSD信号は、パソコンではそのまま再生出来ないか再生するにしてもPCM信号に変換する必要があるため、専用のDSD対応サウンドカード等が必要なので追加の設備投資が必要になる。

Direct Stream Digital - Wikipedia
文献の少ない中、とても参考になったいい雑誌
トランジスタ技術 2013年 12月号 [雑誌]


PCMの場合も、サンプリング周波数が40Hzを超えた辺から、人間の可聴域の問題はクリアされるので、あとはサンプリング周波数を上げると音量変化に対するレスポンスの早さと、記録出来る音量の解像度が上がるといった認識でいる。


マスタリング等のダイナミクスを大きく変化させる処理を行う場合、DAWのプロジェクト設定やプラグイン内で高いサンプリング周波数で音を処理したり、オーバーサンプリングしてから処理を進める事は信号劣化を抑えるのに有意義であると思う。


音楽家としての体験を語るのであれば、オーバーサンプリングしてマスタリングした場合、リズムのキレが圧倒的に違うので、是非試してみて欲しいです。マスタリング後にダウンサンプリングした場合でも効果はあります。



ハイレゾ配信の問題点

ハイレゾ配信と言っても、ざっくりと、定義自体はCDのフォーマットを超えるものされている以外になにもない。故に、録音からTD、マスタリングまで一貫してハイレゾリューション環境で処理が行われていない音源も、最終的にCDフォーマットを超える形式で配信すれば"ハイレゾ"と言えてしまうという問題があると、この記事は指摘している。
「ハイレゾは高音質」の嘘~広がる高額な“ニセレゾ”、本物の見分け方と正しい鑑賞法は?(1/2) | ビジネスジャーナル

 実は、ハイレゾ音源の制作にはいろいろな方法がある。音楽制作のプロセスを大きく分類すると、レコーディング、ミキシング(各種楽器やボーカルなどをミックスして1つのサウンドに仕上げる)、マスタリング(仕上げたサウンドから配布用の原盤を作成する)となる。ハイレゾ音源には、おおまかに分類すると以下の種類がある。
(1)レコーディングからミキシング、マスタリングまですべてハイレゾで行われたもの
(2)ハイレゾ以外の音源を含めてミキシング/ハイレゾマスタリングしたもの
(3)非ハイレゾの原盤をリマスターしたものをハイレゾマスタリングしたもの
 これらの中でネイティブなハイレゾ音源と言えるのは(1)だけで、それ以外は、元々ハイレゾではない音源をスペックアップしてハイレゾと称しているのだ。ちなみにリマスターとは、オリジナルの原盤からノイズを取り除いたり、音質の味付けやレンジを広げるなどリファインしたものを指す。
 特に多いのが(3)のパターンだ。クレジットにはリリース日が書かれていることが多く、一見して最近の作品のように見えるが、実は1960~70年代の相当古いアナログテープ時代の録音のものもある。(1)のパターンでリリースされているタイトルは非常に数が少なく、ほとんどが(3)のパターンというのが現状だ。

ハイレゾ配信がなぜこれまで普及しなかったのか

結論から言うと、これまでリスナーがCD以上の音質を価値だと思わなかったからなのではないでしょうか。
音楽を媒介として伝えられる、アーティスト、実演家の感情、イメージを伝える事にフォーカスが絞られている現状のプロモーションの方向と、マスであるリスナーのニーズを考えた場合、音が良くなると言ったハイレゾのプロモーション方法はすこし違うのかと思う。かといって、感情をよりよく伝えたいのであれば、映像やファッション等を取り入れて行った方がはるかに多く伝わる。実際、インターネットの帯域幅Youtube等の動画サイトの視聴に使われている。これが現時点でのリスナーの選択なのだと思う。

私はハイレゾ音源をこれまであまり買った事がない。容量の軽い圧縮音源の方がストレージの中でかさばらず、iTunes in the cloudからも気軽に聴ける利便性の方が普段は音質に勝るからです。ただし、作曲者であり音楽家であり重度のAudiophiliaとしては、非圧縮音源で、マスキングされてない音を聴きたいのでiTunes Storeのオプションで48KHz24bit程度の非圧縮音源が落とせるようになると最高だと思う。


音質を価値にするには、音楽その物が価値を持つようになるのが一番よくて、レコードメーカーは実演家の感情にフォーカスをあてるところから、音楽そのものの美しさが価値を持つようなプロモーションを展開するべきだと思うし、チャートもシーンもそのように変化していかないと難しい。


ただ、ロックスターが生まれた時代からポピュラーミュージックでスターの感情が注目されなかった事の方が少ないので、今さら難しいのかとも思う。

感想

テクノロジの進歩とライフスタイルの変化が一番音楽に影響を与えます。そう言った意味でより多くの情報を扱える配信プラットフォームが整備されて行くのは大歓迎です。音質や音楽性を追求し続ける事そのもののがリスクになる、現在の日本のポピュラーミュージックシーンで、あえてそれに挑戦し続けるミュージシャンにも好感が持てます。ただ、現状のインターネット回線の帯域幅とストレージ容量ではハイレゾ配信は重い上に、形式自体もバラバラで、プラットフォームとしての完成度も低いです。もっとちゃんとした方が良いと思います。

Cloudから落とせない音楽なんて個人的にはもう信じられないです。フィジカルリリースやってないとやる気がないと言われてもピンと来ませんし、プレス費用出すくらいならhnnhnに頼んで歌舞伎なwebサイトを作って欲しいです。(私の作風に合うかは別として、とおもいつつ)ただ、CDを買う人は未だに多く、グッズとしても面白いなとは思っているので将来的にはまだ作る可能性もあります。



音楽は実は消費されていないという衝撃の事実を踏まえての感想ですが、私は音楽にしか興味がないです。根がひきこもりなんで芸能ちょっと怖いです。みんなごめんな、もっとちゃんとしてる人だとおもったろうに。ただ、そうも言ってられなくなってきたので今年は感情とイメージとどう向き合うか、ちゃんと考えて実行して行こうと思っています。ただし、感情だけにフォーカスされるのも悲しいし、音楽と音響が好きな一人の人間としては、引き続きどうやった形式や処理で届けるのが一番人間の生理的な好みに近づけるのかといったテーマで日々試行錯誤をしようと思っています。こっちの方が楽しい、絶対に楽しい。うん、よし。楽しい事をしよう。


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文:芳川よしの
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