人工世界にいってきます
やくざ「模放組」は祖父の代から続く長いのか、そんなに長くないのか際どい辺りの組織で、これまでは順当に祖父から親父へと受け継がれていた。構成員は本部だけで200人を超え、傘下の組織を含めれば4桁を超す。しかし父、模放 礫が抗争中に死んでからは勢力を縮小せざる負えなくなっていた。当時は俺が5歳だったので、現在実質「模放組」を仕切っているのは義理の父模放 派栗である。親のネーミングセンスはともかくとして、彼は以前に模倣 礫から組の指導の術を教わって以降、豪快な指導によって「模倣組」の勢力拡大に尽くしていた。そんな中でも俺は、隠居していた孫に超絶甘い祖父の元で、のんびりとやりたいことをしながら暮らしていたわけだ。
その結果が、俺こと模放 紅煉がネットにおいてありとあらゆるオンラインゲームで上位プレイヤーに食い込む事となった。もちろん勉学だっておろそかにしていたわけじゃない。祖父には「そんなことやらんで、遊んでおればいいのにのぉ」と言われていたが、毎日1時間の自主学習の末、県内で最下層の商業系の高校に入学したのである。ちなみに偏差値は44。自慢じゃないが、我ながら誉められたものだと思う。
そんな頭脳を持った俺でもゲームの中では最強クラス。全てのゲームでパラサイトしながらも、相手が汗水たらして考えたかもしれないカスタマイズを、かけらたりとも敬意を払わずにコピーするという勤勉さだ。
超一流の模倣プレイヤーとなった俺は、周囲にほとんどロクな人間を寄せ付けず、罵詈雑言も無視してオンラインプレイを楽しんでいる。
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魔山町 覚佐はメインコンピュータと呼んでいる巨大なモニターの前で不敵に笑った。悪役さながらのほほ笑みは、長年つき添ってきた部下さえも恐怖する。
「ようやくだ。ようやく、この実験を始めることができる」
覚佐はそう言って、モニターの前に広がるキーボードを連打した。
「プログラミングはオーケー。あとは集めるだけでいい。リストを持ってこい! 」
背後で別のコンピュータを操っていた部下はびくっと体をよじると、覚佐が求めている書類を取りに行った。
数分とかからず、部下は覚佐にリストを渡す。
「くふふ。彼らには実験隊になってもらおう」
覚佐が目を落としたファイルの一覧には、紅煉の名前もあった。
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「本当に行くんですかい? 」
「無論だろう? 」
「いや、しかし……お父様からの承諾を得ておりやせん」
「どうせ、本当の父ではない。過保護な義父だ。祖父からの許可は取っている」
俺は強情に意思を変えようとしなかった。
「怪し過ぎますぜ。いくらなんでも」
揉めている内容はこうだ。先日、差出人が魔山町 覚佐という人間から手紙が届いた。そこには「あなた方、オンラインゲームの上位プレイヤーたちを新たなる世界へ導きます。それはここでしかできない貴重な体験であり、選ばれたあなた方にしかできない事なのです。この手紙を受け取った方は3人までなら、共に来ても構いません」と書かれていて、ある場所と日時が指定されていた。普通は中二病以外の人間なら、気味悪がってしまうだろう。ただし俺は違う。何より自分が上位プレイヤーにされていたことが嬉しい。選ばれたという響きも格好良くて、今すぐにも家を飛び出したい。そんな気分にさせられた。
そのとき、ふと玄関の扉が開いた。顔を出したのは他でもない、義父だ。
「もうすぐ私の跡を継ぐというのに……危険なことをするのか」
「分かっていますが。大丈夫です、2人も連れて行きますよ」
義父の言葉に、俺は両隣で困り果てていた組員2人の肩に手をまわして答えた。
「ああ。だが、どうも嫌な胸騒ぎがするもんでな」
そう言って義父は左手で額を押さえた。
「そ、そうですよ。組長の胸騒ぎは本当に当たっちまうんです。ねえ」
俺に肩を組まれた組員がウィンクした。
俺は味方にならない組員をきっと睨みつける。
「大丈夫ですってば。ほんの遊びですし、同級生1人を連れて4人で行ってきますよ」
「しかし、この違和感は」
義父はさらに顔をしかめて、自分の体を確かめるように押さえる。
俺はわざとらしく時計に目をやった。
「そろそろ時間ですから、行かねばなりません。行くぞ」
「へい」
肩を組まれた2人はやるせない表情で俺に従った。
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車に揺られること数十分。目的地は都会のど真ん中。ビルとビルとに挟まれた妙な小屋のような場所だった。
「ここだよな? 」
「間違いありやせん」
俺は組員に念のため確かめてから、小屋のような扉を開いて見る。
「階段だ」
「大丈夫なのか? 紅煉」
俺の後ろまで来ていた同級生肝威 例折が小突く。
コンクリート製の階段は暗闇に溶け込むまで続いていた。
「行くしかない」
紅煉は3人を引き連れて、階段を下りていく。
ろくな運動もしていなかった紅煉の足が4人中、最速で痛みを発しだしてから数十分が経って、ようやく灰色のぼろくさい扉が現れた。
きいいぃと音を立てて紅煉が扉を開くと、その中はこれまでのボロくささとは一変して、未来的な研究所を思わせる作りになっていた。1フロアしかないようだが、広い部屋の前面には巨大すぎるモニターがあって、その手前にはコントロールするのであろうコンピュータが列を作っている。
部屋にはまばらに人がおり、数はおよそ50名。それでも見渡せるほどの空間を持つ部屋は広いとしか形容できない。
「君たちで最後だ」
扉の手前には、白衣を着た青年が立っている。大方、主催者か何かなのだろう。
「あんたが魔山町 覚佐か? 」
「いや、僕はここの研究員さ」
青年はそう言うと、部屋へ入っていくように4人を促した。
部屋内が騒々しい雑音を出している。人間の喋り声のせいだ。
その内、一声のスピーカで大きくされた音が雑音を消し飛ばす。
「静かにしたまえ」
40歳ほどの男だ。遠目には白衣を着ていることしか分からない。部屋が静まり返ると、男は続けた。
「私こそが魔山町 覚佐だ。私は1つの世界を作り上げた。仮想世界なんかじゃない。本物の世界だ。生き物が生き、食べ、眠り、産み、死ぬ。時間もある。時間がたてばあらゆるものが変化する。この世に永遠にその形を保つ存在はないのだからな。仮想世界と世界の差とは何だ? 知るか、そんなもの。だから私が作り上げたのは本物の世界だ。生命の1つ1つが意思を持ち、性格を持つ。人の手によらずとも子を産んで、新たな存在を作りだす。君たちを私の世界へ誘おう! 」
覚佐が水晶体のようなものを片手で振り上げた瞬間、部屋中に光が蔓延した。俺たちはとっさに目を覆う。すると意識が離れていくのを感じた。
「安心したまえ。続々と後輩もやってくる。それでは……さらば……」
魔山町の声を聞きとれたのはそこまでだ。
俺の意識は飛んでしまった。そして、まさか体までも飛んでしまうとは思わなかった。
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