それでも「鉄道が必要」──三陸鉄道に見る「三陸縦貫鉄道復活」への道と将来
【画像:鉄道として全線復旧した「三陸鉄道」、ほか】
「三陸縦貫鉄道」は、主に岩手県と宮城県の沿岸部をつなぐ鉄道路線だ。1896年(明治29年)の大津波の被害を教訓に、鉄道による交通網を整備する構想で誕生。複雑な経過によって全通までに約90年を要した。現在、三陸縦貫鉄道を構成する路線は、南からJR石巻線、JR気仙沼線、JR大船渡線、三陸鉄道南リアス線、JR山田線(沿岸区間)、三陸鉄道北リアス線、JR八戸線である。仙石線を含めて仙台―八戸間を指す場合もある。
これらの路線は東日本大震災で壊滅的な損害を被った。このうち三陸鉄道は、“鉄道”として全線復旧できた。しかしJR気仙沼線の一部区間、JR大船渡線沿岸部は「BRT(バス・ラピッド・トランジット)」(記事参照)による仮の復旧であり、現時点は鉄道の路線ではない。JR仙石線とJR石巻線の一部は代行バスが運行、JR山田線(沿岸区間)については代行バスも用意されていない状況で、従来併走している岩手県交通・岩手県北自動車のバス路線が振り替え輸送を実施している。「三陸縦貫鉄道」はまだ復旧していない。三陸を結ぶ、三陸と東京、仙台を結ぶという機能がないためだ。
三陸鉄道の全線復旧から2日後、2014年4月8日から9日にかけて、私は仙台から八戸へ北上するかたちで三陸縦貫ルートを移動し、取材した。代行バス、BRT、路線バス、鉄道を乗り比べて、改めて「鉄道で復旧させるべき」との結論に至った。
●「BRT」は地域交通手段として最善の選択
仙石線は高城町駅─陸前小野駅間が不通だ。この区間はバス代行運転となっている。ただし乗り換えの利便性を考慮して、代行バスの区間は少し広く、松島海岸駅─矢本駅間で運行している。加えて石巻線の浦宿─女川間も代行バスだ。どちらも観光バスタイプの車両のため、快適ではある。なお、両区間はJR東日本が鉄道路線として復旧させる計画だ。仙石線はルートを内陸部に変更して2015年度内に復旧予定。石巻線は女川駅を移設して再整備するがこの時期は未定だ。
気仙沼線の柳津駅─気仙沼駅間と、大船渡線の気仙沼─盛間はBRTで仮復旧されている。鉄道ファンとしては鉄道で復旧させてほしかった。しかし、復旧費用が膨大で、当然だが迅速な交通手段の復旧を優先するためにBRTが整備されたことが経緯だ。路盤が残っている区間はレールをはがし、アスファルトで舗装。路盤や鉄橋が流された区間は一般道を迂回する。
このBRTに乗ってみると、とてもよくできている。列車運行よりコストが低いこと、そしてバスの運用のしやすさもあって、震災前より運行本数が増えている。今まで線路だった部分にBRT専用道路を設けたので渋滞も発生しない。交差点は、鉄道時代と同じくBRTが優先される。交差点の300メートルほど手前にセンサーがあり、バスがそこを通過すると交差点へ到着するころに青信号になる。このため、運行時刻も正確だ。
BRT専用区間は1車線である。鉄道で言うところの「単線」で、道幅は狭くバスのすれ違いは難しいため、駅や駅間にすれ違いのための退避場所が作られている。これもどこかで集中管理されているようで、バスがいったん停止し、青信号が表示されると進行可能となる。ここはちょっと鉄道らしさを残していると感じる。整備されたばかりの道のため、バスの揺れも少なくて乗り心地は上々。トンネルで街と街を短絡するので、従来の路線バスより移動時間はずっと短い。
また、気仙沼線BRT区間には「ベイサイドアリーナ」、大船渡線BRT区間には「高田病院」など、メインルートから外れた駅も新設されている。これらの駅には役場や病院があり、地域住民にとっては鉄道時代より便利になったと言えるかもしれない。この区間の大船渡線はトンネルが多いので、これまでと違い、BRTは大きく迂回して国道を通る。そして住民(利用者)が多いのは国道沿い。鉄道ファンとしてはとても悔しいが、住民にはBRTのほうが使いやすそうだ。
JR東日本はBRTの運行開始にあたり、「新しい交通システム誕生」とかなり前向きにアピールしていた。このプロモーションは「鉄道は古い」というイメージを与える。鉄道を望んでいた人々も「新しいほうが便利で格好いいな」と思うだろう。
●路線バスは、遅く、直通しないという現実
JR山田線の釜石駅─宮古駅間は、地元自治体とJR東日本の話し合いが難航している。JR東日本は当初、BRTの整備を提案していた。しかし地元は鉄道復旧を固持した。最近になって、JR東日本は鉄道で復旧させる代わりに、運行から手を引くという条件を出した。設備を復元し自治体に譲渡するので、以後の運行は三陸鉄道が担当してはどうかという上下分離案だ。
ただ、2014年4月の時点で話し合いの決着がついていないので、JR東日本は復旧工事に着手できない。実際に路線バスから山田線の線路跡を眺めると、海に近い部分は路盤も破壊されており、元の線路がどこか分からない状況だった。
JR東日本は代行バスも用意していないが、これには理由がある。この区間は地元のバス会社の路線が併走しており、同じ道路で代行バスを仕立てると縄張りを荒らす形になってしまう。協調案として、山田線の乗客は路線バスへ振り替え輸送を行っている。ただ、この振り替え輸送は定期乗車券と普通回数乗車券を利用する人に限られる。私のような旅行者はJRのきっぷでは乗れない。青春18きっぷなども使えない。
しかも釜石駅─宮古駅間を直通するバス便がないので、必ず乗り換えが必要になる。途中の「道の駅やまだ」がバス会社の路線の境界になっているからだ。ちなみに釜石から「道の駅やまだ」への路線バスタイプの車両、道の駅やまだから「宮古」までは観光バスタイプの車両だった。
●観光用の装置としての鉄道、バスによる復旧は「過疎化する現状」に戻すだけ
復旧したばかりの三陸鉄道南リアス線、北リアス線に乗ってみると、改めて鉄道のよさが分かる。地域の交通手段はバスのほうが便利かもしれず、専用道を使うBRTのメリットもよく分かる。それでも私は鉄道が必要だと思う。その理由は「旅行者への訴求」「速度」「輸送量」そして「未来」だ。
旅行者にとって、路線バスの車両は居心地がよくない。客室が狭いので荷物の置き場も乏しい。車窓を眺めるとしても、列車のように車内で移動して左右の景色を楽しむというような行為は禁物。バスは着席が基本だからだ。そもそも都会から旅して来た人が、都会と同じきゅうくつな路線バスに乗って楽しいだろうか。私は乗り物好きだから、BRTがどんなものかと見物にきたが、多くの旅人にとってBRTは普通の路線バス、移動手段であろうため、興味の対象にはならないだろう。
このことはJR東日本も認識している。同社は観光層向けに「観光型BRT車両」を導入する予定だ。窓を大きくし、気仙沼線には4人向かい合わせのボックスシート、大船渡線には海向きのシートを用意するといったもの。とてもよいアイデアだが、JR東日本のプレスリリースを確認する限り、その座席は1〜2グループしか利用できないようだ。観光型をうたうなら、ハイデッカータイプの車両で全座席をボックスシートと海向きシートとし、気仙沼線と大船渡線を直通する急行運転を実施するとか、景勝地に立ち寄るとか、もうひと工夫がほしい。
「速度」と「輸送量」は、バスより鉄道が確実に優れている。それは誰でも分かる。
バスは例えば集落のひとつひとつにも立ち寄れる身軽さがある半面、所要時間はかかる。また、路線バス1台の定員は約50人、そのうち座席は半分以下だ。需要が増えれば増便するか積み残しとなる。一方、三陸鉄道の気動車は定員110人、そのうち座席は50人分ある。鉄道車両の定員は余裕があるので、突発的な需要が発生したとしても、乗車率200%でも運行できる。
問題は「鉄道の速度と輸送量の性能が、三陸地域に必要か」であろう。JR東日本がBRTを提案したのは、鉄道による輸送量が見込めないからだ。三陸鉄道の鉄道復活を批判し「BRTでもよかった」という意見も同様だ。確かに、現在の三陸地域の輸送量は少ない。鉄道の性能は過剰かもしれない。しかし、これらの意見は近視眼的である。過去と現在しか見ていない。あるいは三陸地域を「被災により人口が減り、今後も過疎が進む」のように考えている。私はこれらを、三陸地域を見下した考えた方だと思う。
三陸地域は、海産物が豊富で海岸線の景観はすばらしい。2014年4月現在は被災地視察ツアーなどで盛り上がっているようだが、それが落ち着いたとしても、観光需要を掘り起こす要素は多い。産業面においても、養殖業、水産加工業など、仙台または首都圏向けの需要がある。最近は潮力や波力による発電手段など新エネルギーの実験も行われているそうだ。交通インフラが整えば、新しいビジネスの掘り起こしも期待できる。
●発展する未来にとって「やはり鉄道は必要」
現在の三陸地方は鉄道の投資に見合わないかもしれない。しかし、この地域を観光、産業ともに発展させていくつもりなら、いずれバスやトラックの輸送力では足りなくなる。地域の将来の発展を見据えたとき、旅客、貨物の両面において、鉄道の輸送力が必要だ。
かつて仙台駅─三陸各地─八戸駅を結ぶ直通列車「リアスシーライナー」があった。観光客にとって、新幹線から仙台または八戸で1回乗り換えるだけで三陸の各地にアクセスできた。このような「仙台直通」「東京へ乗り換え1回で」という列車は、観光客だけではなく、移住希望者にとても重要な列車である。「新しい産業ができると決まったら、鉄道を整備します」では、ほかの誘致地域には勝てない。すでに直通列車があることが新産業の候補地選定とその決定に必要だからだ。
水産物、水産加工物の輸送については、貨物列車へのモーダルシフト(関連キーワード参照)を検討したい。現在、石巻から仙台へ、一日数本以上の貨物列車が運行されている。積荷は日本製紙石巻工場からの紙だ。紙を載せたコンテナ貨車は仙台で首都圏向けの列車に連結される。三陸縦貫鉄道を石巻までつなぎ、冷蔵コンテナを使えば、貨物列車の東京便に接続できる。
三陸縦貫ルートの車窓に、もはやがれきの山はない。見えない場所にはあるのかもしれないが、目にした元被災地はほとんど更地で、重機が活躍していた。復興住宅が散見される中、新築の戸建て住宅やアパートも多かった。少なくとも、私が見た三陸地域は荒野ではなかった。
とりあえずバスを通し、過疎化に手を打たず、静かにクローズしていくか。あるいは鉄道の再生をきっかけにさらなる発展を目指すか。三陸に住む人々、そして施政者は、郷土をどうするつもりだろう。
[杉山淳一,Business Media 誠]