土石流災害半年 歯科医の闘い 遺体の歯型確認、想像以上の負荷…
あの日以来、訪れる患者は思い出すのを避けるかのように、当時の記憶を語ろうとはしない。
歯科医の岡山歩さん(53)は、その様子に災害の大きさを痛感する。
自宅は土砂が流れ込んだ島の中心部、元町地区にあった。たたきつけるような雨音は、今も耳に残っている。翌朝、庭を埋め尽くした土砂と流木に言葉を失った。「初めは何が起こったのかもわからず、ただあぜんとして変わり果てた近所の様子を眺めていた」
◆想像以上の負荷
しかし、本当の闘いは、ここから始まった。犠牲者の遺体は損傷が激しく、身元の確認には、歯型の照合が有効な手段の一つとなった。開業以来、5500人を超える患者を診察、膨大なカルテを備える医院にも警察からの要請があった。「身元確認に加わっていただけませんか」。そう語る電話口の警察官に、二つ返事で協力を約束した。
「少しでも早く家族の元に帰してあげたい」「なんとか力になりたい」。その一心で向かった遺体安置所。損傷した遺体の治療痕を確認する作業は、想像していた以上に、心に負荷がかかった。学生時代の昭和60年には日航ジャンボ機墜落事故で先輩の助手として確認作業にも携わったが、「遺体と本格的に向き合う作業は今回が初めて。歯科医にこんな仕事があるんだと身をもって知った」。
6人の遺体を調べ、男女2人の身元を確認。うち1人は高齢の男性で1カ月半前に治療を終えたばかりだった。「これで楽になりました。ありがとう」。そのときの穏やかな笑顔は、今もはっきりと覚えている。
◆一時は無力感も
その後、自ら遺族に身元確認を知らせた。「間違いありません」。そう告げると、遺族は泣き崩れた。掛ける言葉が見つからず、ただその場に立ち尽くした。
20年以上前に都心から移住し開業。豊かな自然と温かい人々に囲まれ、のんびり暮らしながら診療を続けてきた。そうした中で起こった想像を絶する自然災害。一時は無力感に包まれたが、今思えば自分の役割は果たせたと思う。
「あの教訓を語り継ぐことで、年をとっても、誰もが楽しく暮らせる島にみんなで戻していきたい」。愛する島は、必ず復興できると信じている。(野田佑介)
【用語解説】大規模災害時等の身元確認
遺体の身元の確認は通常、所持品や発見場所から氏名や住所を特定して遺族らに確認してもらうが、所持品を持たなかったり、遺体の損傷が激しい場合は、指紋や歯の記録、DNA型鑑定などを行い特定する。警察は、医師やカルテなどの記録を持つ歯科医らに協力を求めるケースもある。