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時論公論 「危機深まるウクライナ」2014年04月18日 (金) 午前0:00~
石川 一洋 解説委員
ウクライナの危機、出口は全く見えません。
東部では、親ロシアの住民や武装集団が地方政府庁舎などを占拠する動きが拡大し、これに対して暫定政権は軍も投入して強制排除するとしています。ウクライナ情勢をめぐり米ロの対立は深まるばかりです。
その中で、17日ロシア、ウクライナ、アメリカ、EUの4者協議が始まりました。きょうは東部を中心にウクライナで何が起きているのか、なぜこれほどまでに対立が深まっているのか、そして危機脱出への出口はあるのか、そうした点を考えてみます。
●まずウクライナ東部の状況です。親ロシア派のグループが蜂起し、事態が緊迫しています。
特にドネツク州では州都ドネツクの州政府庁舎が親ロシア派の住民に占拠されたのをはじめ、
交通の要所スラビャンスクで警察署が武装勢力に占拠されるなど、町役場や警察署そして空港などおよそ10か所が親ロシアの住民や武装勢力に占拠される事態となりました。
これに対して暫定政権は武装集団による占拠はテロ行為だとして、軍隊をも投入して反テロ作戦を開始し、占拠されていた空港を奪還しました。
●何故暫定政権は軍隊を使ってまで強制措置に乗り出したのでしょうか。4月6日に東部諸州で州政府庁舎を1000人程度のデモ隊に占拠されて以来、まさに暫定政権の統治能力が疑われるような事態が起きていたからです。つまり占拠の動きの拡大に何の対処もできず、中には警察さえもデモ隊に投降していました。暫定政権としては権力のありか、暫定政権として力を行使する能力も意思もあることを示す必要があったのです。
●ただ軍を投入したにもかかわらず、ウクライナ軍の兵士が装甲車とともに親ロシア派に寝返るなど暫定政権の統治機能の弱体化が続いていることです。果たしてこの中で力の行使ができるのか、無理な行使をして住民に多くの血が流れることになればさらなる抗議を呼び起こすことになるでしょう。
●ではロシアはどのように動くでしょうか。ウクライナの暫定政権とアメリカは、東部での親ロシア派の蜂起、特に武装勢力の背後にはロシアがいると非難しています。確かにロシアが背後にいるのではと疑わせます。またNATOは、ロシア軍はウクライナ東部の国境付近に4万人余りの軍を集結し、いつでもウクライナに侵攻する態勢を整えているとしています。ロシアはクリミアのように東部ウクライナ編入に動くのでしょうか。私はその可能性は少ないとみています。一つはクリミアとウクライナ東部の状況には大きな違いがあるからです。
クリミアでは、ロシア軍の支援を受けた自警団が議会や空港を占拠すると共に、自治共和国政府、議会も住民が一体となって住民投票に突き進みました。ドネツクなど東部では、正式な州政府や州議会はウクライナの統一を守るという立場ですし、多くの市民も過激な行動からは距離を置いています。
軍事介入すれば戦争となるのは確実で、しかも欧米との関係は決定的に悪化するでしょう。
プーチン大統領もそこまでのリスクは冒さないように思えます。
ただ不安は東部、特にドネツクで親ロシアのグループや武装勢力による役所や警察などを占拠する動きが止まらないことです。ウクライナ暫定政権の指導部は自らドネツクに行き、ドネツクの多数の住民の支持を得る努力をすべきでしょう
●ウクライナの危機の本質は国民の分断が深まっていることです。
この二つのシンボルをご覧ください。右の「ゲオルギーのリボン」と呼ばれ、第二次世界大戦中、
ナチスと闘ったソビエト軍の象徴となり、ソビエトの勝利を誇りに思う東部の人々の連帯の印となっています。左の「赤と黒の旗」、これは第二次世界大戦中のウクライナ西部を中心としたウクライナ民族主義者の軍隊の旗印です。
一部はナチスに協力したこともありましたが、ウクライナの独立を掲げ、ナチスともソビエト軍とも戦い、ウクライナ民族主義にとって独立の象徴となっています。
東部の親ロシア派にとっては赤と黒のウクライナ民族主義の旗はナチスと共に忌むべき敵の象徴であるのに対して、西部の民族主義者にとっては、ゲオルギーのリボンをつけたソビエト軍は占領者に他なりません。歴史問題にまで遡った東西の対立が深まり、西部、東部共に武装化が進むことは、もしも血が流れれば内戦に陥る危険さえあるでしょう。
●緊張を緩和に向けて、危機を抜け出すためにはどのような措置が必要でしょうか。
まずロシアです。17日、国民との対話でウクライナ東部はクリミアとは状況は異なると述べました。
しかしロシアも東部の情勢安定化に大きな責任を負っています。
プーチン大統領も武装勢力の支援などを一切やめるとともに、国境からの軍隊の引き離しなど、国際社会の不安を取り除く具体的な行動を取るべきでしょう。
●次にウクライナの暫定政権も武力による強硬措置の前にやるべきことはたくさんあります。まず東部の声を聞くことです。東部、特にドネツクは、GDPの13%を生産するウクライナの工業の中心地です。しかし東部は、二月のキエフでの革命以来、東部の声は暫定政権には反映されていないという不満が強まっています。ウクライナの統一を支持しながらも、地方への権限委譲を求めるこうした東部の声にキエフに基盤を置く暫定政権も真摯に耳を傾けるべきでしょう。
●さて国際社会は何をすべきでしょうか。
17日、ジュネーブで、ロシア、ウクライナ、アメリカ、EUの4者協議が行われました。
ウクライナが崩壊することはロシアにとっても、アメリカにとっても、EUにとっても利益となりません。
協議ではロシアは、「ウクライナは地方が外交権をも持つ連邦制を採用すべきだ」と要求しています。
ウクライナが外部からの干渉は撥ねのけるのは当然です。ただウクライナは、地方ごとにその歴史も、民族構成も大きく異なります。今は地方の知事がすべて中央の任命制であるようにキエフに政治経済の権限が集中していますが、ウクライナ自らが国に統一の維持と国民の和解を進めるために地方に権限を委譲した新たな国家体制を考えるべきでしょう。
そして4者協議の枠内で、こうしたウクライナ国内の対話を支持していくべきでしょう。
●最後にウクライナへの支援についてです。ウクライナは巨額の債務を抱え、経済の危機も深刻です。ワシントンで開かれたG20ではロシアも含めてウクライナを支援していくことで合意しました。
巨額のガス代金など債権を持つロシアとしてもウクライナに破綻されては困るという事情はあったのでしょう。
しかし私にはIMF中心の支援の枠組みに懸念があります。ウクライナは、政治は混乱し、さらに国民の分断も深まっています。いわば重病人です。その重病人にIMFは国家公務員の大幅削減、ガス料金など公共料金の大幅な値上げ、年金の値下げなど、厳しい融資の条件を突きつけています。IMFも政治的な安定が先決としていますが、経済政策としては正しい条件であっても、重病のウクライナに受け入れ可能なのかどうか、手順や手法を十分考えるべきでしょう。
●さて最後に日本の対応です。今欧米はウクライナ危機に対してロシアへの制裁とウクライナへの支援という二つの対応を並行して行っています。
日本は制裁ではなく、むしろウクライナ支援で主導的な役割を果たすべきでしょう。
ウクライナを破綻から救う金融支援については、日本は非常に大きな力を持っています。
しかそれだけに限らず、日本はウクライナ国民の生活レベルの向上に役立つ具体的な支援をすべきでしょう。例えばウクライナのエネルギーのロシア依存を減らすために豊富な石炭を利用した効率的な最新の石炭火力発電所の導入を支援したり、また草の根無償支援の枠組みでウクライナの農業や中小企業の育成を助けたりしてもよいでしょう。
ウクライナの崩壊を食い止めることができるのはウクライナだけです。ウクライナのあらゆる政治、経済エリートに国の統一維持のためにあらゆる意見の違いを乗り越え団結するとともに、責任ある行動を取るよう望みます。
(石川一洋 解説委員)