米国の陰謀?TPPお化け
- 中立かつ客観原則
- TPP総論
- 稚拙な陰謀論
- 通らなかった米国要望
- 捏造された米国要望
- 諸刃の剣
- 自国の都合
- 米国にも予想外
- 御粗末な陰謀論の例
- 数字のトリック
- ゼロ・サム?マイナス・サム?プラス・サム?
- 陰謀論の偽根拠
- 米国の正体
- 米国の本音
中立かつ客観原則
ここでは中立的な立場で事実関係を検証する。 賛成か反対かという結論は先に立てず、現実に起きた出来事、確実に起き得ること、一定程度の期待値を示す根拠のあることを中立かつ客観的に検証する。 可能性レベルの物事を論じるためにも、無視できない可能性があることを示す根拠を重視し、根拠のない当てずっぽうや思い込みや伝聞等の不確かな情報は、それが妄想に過ぎないことを示した上で門前払いとする。 賛成論でも間違いは間違いと指摘するし、それは反対論でも同じである。 ここでは賛成論にも反対論にも与しない。
TPP総論
長期的視野では話は別だが、短期的視野で見ればTPPに参加するかしないかは大きな問題ではない。 それよりも、TPPとは全く無関係な混合診療完全解禁がもたらす患者の治療機会喪失の危険性やイレッサ訴訟の行く末によるドラッグラグ・未承認薬問題の悪化の方が、遥かに大きな問題であろう。 だから、TPPよりも重要な争点において国民に不利益をもたらす政策を党員に強要する日本維新の会は落選運動の対象とせざるを得ない。 混合診療の完全解禁を公約とする日本維新の会およびみんなの党には一切の主導権を握らせてはならない。 そのためには、これらの党に対する落選運動が必要なだけでなく、与党とこれらの党との連携も絶対に阻止しなければならない。 具体的運動の詳細は自民党への抗議方法を見てもらいたい。
稚拙な陰謀論
TPPに限らず、米国の陰謀論は巷にあふれている。 しかし、そのいずれも荒唐無稽過ぎて、世の中の基本を分かってない者が捏ち上げたことが丸わかりだ。 たまには、基本を分かった者が唱える陰謀論を聞いてみたくもなる。 しかし、そうした真っ当な陰謀論はめったに聞けない。
通らなかった米国要望
日本政府が7月から参加する環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)交渉で、米国が難色を示していた遺伝子組み換え食品の表示義務を受け入れる方針であることが15日、分かった。 日本にとっては、一部で指摘されていたTPP参加による「食の安全」への懸念が払拭されることにつながる。 政府は7月の交渉参加を見据えて情報収集を強化するため、「TPP政府対策本部」の本格稼働を前倒しさせる検討にも入った。
TPPにおける遺伝子組み換え食品の表示義務化については、豪州やニュージーランドが賛成の立場を表明。 米国は遺伝子組み換え食品の輸出大国として義務化には反対だったが、TPP交渉全体の進展を重視し妥協を受け入れた格好だ。
遺伝子組み換え食品の表示が本当に食品の安全性につながるのかは、衛生植物検疫措置/貿易の技術的障害の問題であるので、ここでは論じない。 重要なことは、米国側の要望である「遺伝子組み換え食品の表示義務化」の廃止がTPP交渉では通らなかったことである。 この事実は、米国陰謀論では説明がつかない。
捏造された米国要望
米国政府がTPP交渉で、公的医療保険の運用で自由化を求める文書を公表していたにもかかわらず、日本政府が「公的医療保険制度は交渉の対象外」と国民に説明していた問題で、小宮山洋子厚生労働相は27日、「9月16日に外務省を通じて受け取っていた」と述べ、入手していたことを明らかにした。 公的医療制度の根幹である薬価の決定方法が交渉対象になる可能性も認めた。
外務省を通じて受け取っていたとする「公的医療保険の運用で自由化を求める文書」とは、医薬品へのアクセスの拡大のためのTPP貿易目標のことである。
しかし、「医薬品へのアクセスの拡大のためのTPP貿易目標(仮訳)」 - 外務省には、どこにも公的医療保険の自由化を意味する文言はない。
実は、年次改革要望書でも米国が混合診療解禁を要求していると言われていた。
しかし、日米規制改革および競争政策イニシアティブに基づく日本国政府への米国政府要望書2008年10月15日(仮訳) - 在日米国大使館では、医薬品の価格算定方法や承認への規制緩和、医療機器の保険償還対象の拡大等を求めているものの、国民皆保険制度には一言たりとも言及していない。
また、
USTR日本担当のカトラー代表補が現地時間18日、西村氏に対し「日本の皆保険制度について米国が何かを言うことはない」と明言。公的保険に“介入”しない意向を示した
米、TPPで「皆保険不介入」の意向 事前協議前に駆け引き 焦点は自動車 - SankeiBiz
ので、米国は最初から最後まで混合診療解禁を要求しないままであった。
それなのに、米国が混合診療解禁を求めたかのようなデマが真しやかに流布されている。
米大使館のサイトにその和訳が掲載されている。 「運輸・流通・エネルギー」欄の「自動車の技術基準ガイドライン」には次のように記載されている。
「革新的かつ先進的な安全機能を搭載した自動車に関する自主的ガイドラインを定める際の透明性を高め、また自主的ガイドラインが輸入を不当に阻害しないよう確保することで、米国の自動車メーカーがこうした自動車を日本の消費者により迅速かつ負担のない形で提供できるようにする」
これに対する民主党関係者と自動車業界関係者に共通する解釈は、要求されているのが「ハイブリッドなど最先端の低燃費車で日本メーカーが開発した安全機能などに関する情報開示」であり、「米国に技術情報を無条件に開示せよ」というものだ。
恐るべき支離滅裂・無理難題の要求だが、これがもし当を得た分析であれば、ここであらためて米国の交渉戦術を冷静に見据えておかねばならない。
どう読んでも「民主党関係者と自動車業界関係者に共通する解釈」は日本語の読解はおかしい。
- 「革新的かつ先進的な安全機能」が「民主党関係者と自動車業界関係者に共通する解釈」では何故か「ハイブリッドなど最先端の低燃費車で日本メーカーが開発した安全機能」になっている。
- 「自主的ガイドライン」が「民主党関係者と自動車業界関係者に共通する解釈」では何故か「技術情報」になっている。
「革新的かつ先進的な」を「ハイブリッドなど最先端の低燃費車で日本メーカーが開発した」と解釈するのは明らかに飛躍し過ぎである。 普通に読めば、純粋に「安全機能」として「革新的かつ先進的」なことを意味しているのであって、「ハイブリッド」や「最先端の低燃費車」などの単語が出てくる余地はない。 また、「安全機能」の「自主的ガイドラインを定める際」に必要な情報は、その「安全機能」として必要な性能要件であって、「安全機能」をどのように実現しているかの「技術情報」ではない。 どう読んでも出てくる余地のない「技術情報」という単語を無理矢理引っ張り出すことで、「透明性」を「技術情報を無条件に開示」という解釈に無理矢理繋げているのだ。 「日米経済調和対話」の「自動車の技術基準ガイドライン」の項目は、何度読んでも「輸入を不当に阻害」するような日本独自の安全基準を作るなとしか読めない。 つまり、「日本独自の安全基準を作るな」という要求であるのに、日本語的にかなりおかしな解釈を無理矢理行なって「米国に技術情報を無条件に開示せよ」という「支離滅裂・無理難題の要求」に作り替えているのである。 そうやって、「民主党関係者と自動車業界関係者」は米国の「支離滅裂・無理難題の要求」を捏造しているのである。
以上のとおり、米国の要求は頻繁に捏造されているようである。
諸刃の剣
TPPの履行義務は全加盟国に義務化されるのだから、当然、米国にとっても諸刃の剣になる。 たとえば、関税撤廃の原則はスーパー301条(日米スパコン貿易摩擦において日本企業は454%もの報復関税をかけられた)を無力化してしまう。
TPPで米国が一方的に利益を得るかのように言う人は、事実を一部分だけ切り出して、他の部分を無かったことにしてしまっている。 日本の利益・米国の不利益を無かったことにしてしまえば、米国が一方的に利益を得るかのように偽装するのは容易である。
自国の都合
米国が自国の都合で要求を突きつけてくると文句を言う人がいるが、それは全く馬鹿げた主張である。 国家の代表として参加しているのだから、自国の都合で物を言うのは当然のことである。 日本だって交渉に参加すれば、当然、一部農産物の関税例外化等の要求を突きつけるはずだ。 それとも、日本は、自国の都合で物を言うべきではないと言うのだろうか。 自国の都合を全く主張しないなら、国家の代表として失格だろう。 そもそも、各国が自国の利益を全く主張しないなら、国家間の話し合いは不要だ。 各国の利害の折り合いを付けるために話し合いをするのである。 真に考えるべきことは、協定の落とし所が何処になるかであって、特定の参加国が何を要求しているかではない。 自国に不利な結果になる見通しを理由に参加を見合わせるのであれば、それは、外交戦術として間違ってはいない。 しかし、交渉にすら参加しない口実として、特定の参加国の一部の要求内容が気に入らないことを挙げ、その要求が通る確率や取引の余地を全く考慮しないのでは子供の理屈だろう。
米国にも予想外
NAFTAの仲裁定事例では、米国企業に有利に解釈した2件の事件について米国内を中心に批判の声が挙がったらしい。
(5)その後の展開
上記のような公正待遇義務に関する仲裁判断に対しては、米国内を中心に批判の声が挙がった。 その趣旨は、NAFTA11章の曖昧な内容の規定によって、国内裁判所であれば認められないような当事国に対する訴えが仲裁によって許容されたという点等にあった(III.2.参照)。 このような批判を受ける形で、2001年8月1日に、NAFTA自由貿易委員会(NAFTA Free Trade Commission)は、NAFTA11章について覚書(Notes of Interpretation of Certain Chapter 11 Provisions)(「貿易委員会覚書」)を公表した。 貿易委員会覚書は、1105条について次のように述べる。
- 1105条1項は、外国人の待遇の国際慣習法上の最低基準を、他の当事国の投資家の投資に与えなければならない最低基準として課している。
- 『公正かつ衡平待遇』並びに『十分な保護及び保障』は、外国人の待遇の国際慣習法上の最低標準によって要求される待遇に付加又はそれを超える待遇を要求してはいない。
- NAFTA上の、又は独立した国際協定の他の規定の違反があるとの決定によって、1105条1項の違反があったことにはならない。
これは、S.D.Myers事件、Pope and Talbot事件において、NAFTA上の公正待遇義務が国際慣習法を越える内容をもつと判示したことに対して、NAFTA加盟国が危機感をもって対処した結果である。
米国企業に有利に解釈した事例であるにも関わらず米国内を中心に批判の声が上がった点がポイントである。 つまり、NAFTAの毒素条項の影響は米国人にとっても予想外だったのである。
御粗末な陰謀論の例
また、ある米国の廃棄物処理業者が、カナダで処理をした廃棄物(PCB)を米国国内に輸送してリサイクルする計画を立てたところ、カナダ政府は環境上の理由から米国への廃棄物の輸出を一定期間禁止した。 これに対し、米国の廃棄物処理業者はISD条項に従ってカナダ政府を提訴し、カナダ政府は823万ドルの賠償を支払わなければならなくなった。
メキシコでは、地方自治体がある米国企業による有害物質の埋め立て計画の危険性を考慮して、その許可を取り消した。 すると、この米国企業はメキシコ政府を訴え、1670万ドルの賠償金を獲得することに成功したのである。
米国の狙いは、このISD条項をねじ込み、自国企業がその投資と訴訟のテクニックを駆使して儲けることなのだ。
どうせ陰謀論を唱えるなら、もう少しそれらしい陰謀論を唱えられないのか。 京都大学大学院工学研究科准教授の肩書きでここまで御粗末で低俗な陰謀論を堂々と唱えられるのは、ある意味立派であろう(笑)。
米国のGDPは10兆ドル以上ある。 823万ドルや1670万ドル程度では、両者合わせても0.0002%程度しかない。 これらの賠償金のために国際社会の反発を買えば、米国のGDPに何らかの悪影響はあるだろう。 政府機関による制裁は協定が食い止めても、個人の買い控えや不買運動などは止められない。 国際社会の反感によりGDPが1%減少すれば結果的に米国の大損である。 そもそも、そんなことをして国際社会のリーダーとしての地位を失えばどれだけ米国の国益を失うか、常識が分かる人ならば言うまでもあるまい。 よって、割に合わない「自国企業がその投資と訴訟のテクニックを駆使して儲けること」が「米国の狙い」であるはずがない。
「自国企業がその投資と訴訟のテクニックを駆使して儲ける」ためには、米国が圧倒的に有利でなければならない。 しかし、問題とされたNAFTAにも特別に米国が有利になるようなルールはない。
NAFTAのISD条項について、我が外務省のサイトにはこう記述されています。
(6)投資
投資に対する締約国の障壁・規制を減らしていく。具体的には、(a)締約国の投資家に対して原則として内国民待遇を供与する、(b)投資を認める条件として輸出義務、現地調達義務を課してはならない、(c)投資によって設立される企業の上級役員の国籍指定を禁止、(d)投資から生じる利益、配当等の送金制限をしてはならない、(e)締約国による収用の原則的禁止及び例外的に収用する場合は公正に補償しなければならない、というもの。
締約国の違反により損害を受けた投資家は、当該国と交渉を行い、解決を見ない場合仲裁を求めることができる。
この内容であれば、日本がASEAN各国と締結済のEPAに定められた条項と、おおむね同じです。
米国に一方的に有利なルールがあるとすれば、どこに仕込まれているんでしょうか? 私も気になります。
ISD仲裁事例を見れば分かるように、勝率で見ても、とくに米国が有利とする根拠はない。
数字のトリック
実質的に日米FTAだからTPP参加にはメリットが無いとするのは数字のトリック。
個人的に一番ミスリーディング(多分意図的)だなあと思ったのは、
この円グラフを出して、 「アメリカと日本しかいないんすよ」 と言ってしまってる点。 確かにこのグラフを見れば実にTPP市場の91%を日米が占めています。 僕も現場で椅子に座ってたら咄嗟には指摘できなかったとは思いますが、 TPPの議論をする時にGDP規模を直接比較しても、全くの無意味ではないが、 実は貿易に関するマーケットの規模を示していることにはならないです。 というのは、仮にGDP規模が巨大であっても、貿易を一切していない鎖国状態の国であれば、当然貿易額もゼロになります。 実際問題名目GDPではアメリカ日本は巨大だけれども、貿易依存度は10%前後であり、 発展途上国は100%を超える国もちらほらあります。 つまり経済が巨大であっても、アメリカや日本なんかは、 90%程度は「国内でつくったものを国内で消費する」ということです。
だからTPPの議論で、GDP比較することはミスリーディング極まりない。 何を考えなければいけないかというと、貿易額。 GDPでいくら比較しても無意味なんですね。
正しく貿易額で見た割合はこうなります。 ちなみに数字は全て「日本から見ればTPP市場はアメリカが85%である事実」の中で使っている数字をそのまま使っています。
○輸入割合
○輸出割合
まず一つ指摘できるのは、中野剛志が番組内で散々アピールしていた 「TPP市場は91%が日米」 という円グラフがとんでもない暴論で、実際はTPP参加(予定)国の輸入総額の75%。 いやもちろんそれでも日米の貿易規模は大きいですが、その他の国々も合わせれば25%くらいになります。 番組内で中野剛志は、 「東北の被災地の一次産業は、たぶん0.5%ぐらいですよね。ああそうですか、残りの99.5%(の方)がいいんですね。犠牲にするんですね。東北の被災地の一次産業は犠牲にするんだ。スゲーな、最低だよ、日本人って。そういうことですよ」 と言ってましたが、25%を無視する日本人は最低じゃなくて低能というべきでしょう。
だそうだ。 文章では輸入割合にしか触れていないが、図では輸出割合の日米合計は66%になっている。
第二の反米感情に移ろう。 よくTPP反対派は、TPP交渉国のGDPを比較して、加盟国中日米のGDPが圧倒的に多いことを指摘し、これは実質的に日米自由貿易協定(FTA)であり、アメリカが日本の市場を狙っているのだ、という。 本当を言えば、貿易額でみるとアメリカにとって日本の占める割合は40%弱にすぎないから、日本のアメリカにとっての重要性は誇張されている感がある。 逆に貿易額でみると日本にとってアメリカは60%程度を占める(TPP研究会最終報告書にまとまっている。http://www.canon-igs.org/research_papers/pdf/111025_yamashita_paper.pdf)。
しかし、かりに実質的日米FTAだとしても、そのどこが問題なのかがよくわからない。 TPPのかわりに日米FTAを進めればよいというのは、反対派の論拠としては説得力がない。 というのもその日米FTAは、まさにTPP反対論者が挙げる議論によって頓挫してきているからだ。 TPPが望ましいのは、二国間のFTAよりも有利に交渉し、実現できる可能性が高いことにある。
TPPに反対するならば、味方の居ない日米FTAはもっとダメなはずである。
反対派議員がよく使う「問題すりかえ」の手口だが、自ら墓穴を掘っていることがわかっていない。 TPPのような「多国間」より、FTAやEPA等「二国間」の方が、はるかに反対派の懸念する具体的案件が提起される可能性、危険性が高いからだ。
少しでも通商交渉や多国間交渉をした人なら容易にわかることだが、FTAやEPA等二国間交渉は「何でもあり」の世界だ。 二国間の「力関係」「特殊な事情」等がストレートに反映される。 米韓FTAが象徴だ。
それに比べ、WTOやTPPのような多国間交渉では、一国で提起できる問題にも自ずから限界があり、そして、その合意は、当然のことだが「最大公約数」の範囲内にとどまる。
ちなみに私が通産大臣秘書官として携わった日米自動車交渉(二国間)は、世界の耳目を集める一大ニュースとなり、日米交渉では稀な「ガチンコ」の「熾烈な」交渉となったが、そのわけは、米国が、あろうことか市場経済のルールに反する「数値目標」を要求してきたからだ。
すなわち、「日本車に占める米国製の部品のコンテンツ(含有)率をいついつまでに何%にまで増やせ」「米国車を扱う日本でのディーラー数を何年までに何店舗にしろ」といった理不尽な要求だった。 およそ、自由主義経済国で政府のコントロールの及ばないことまで要求してきたのだ。 これも「二国間」だからこそ、である。
この時も、米国相手に突っ張ると日米同盟、安全保障に悪影響を及ぼすといった、いつもながらの外務省からの横やりはあったが、当時の橋本龍太郎通産大臣のぶれない対応もあり、この数値目標をはねつけた。 こんな要求を日本がのめば、「明日は我が身」のEUやASEANとの共闘を取り付けたことも大きかった。 あの散々米国にやり込められたSII(日米構造協議・これも二国間!)の悪夢は避けられたのだ。
だから、反対派が懸念する「食品安全」「医療」等の問題も、TPPなら議題にならなくても、日米FTA交渉なら「何でもあり」だから、提起される可能性はある。 この脈絡で、よく反対派は、米韓FTAで韓国が米国から押し込められた例を引き、「だからTPPでも懸念あり」という説明をするが、まったく理由になっていない。 「二国間がそうだから多国間でもそうなる」という理屈は、以上述べた「二国間「多国間」の国際交渉の枠組み、ルール、プラクティス(交渉の現実・現状)への無知からくる。
先週開かれた民主党政権のTPP会議でも、あの緒方貞子さんが、反対派議員へ、この無知に基づく主張の誤りを指摘したところ、その議員は窮して「二国間ならいつでも抜けられる」と答えたという。 そう、反対派は「貿易自由化」は必要だと口では言いながら、本音は貿易自由化などやる気がないのだ。 「TPPではなくFTAやEPAでやるべきだ」という反駁は、農協等の「目先の百票」がほしいだけの、反対派議員の「逃げ口上」であることがわかった一瞬だった。
江田けんじ議員が指摘するように、二国間協定では米国がどんな理不尽な要求を押しつけて来るか分かったものではない。
ゼロ・サム?マイナス・サム?プラス・サム?
ゼロ・サム(和)やマイナス・サムの協定を仕掛けて他国から搾取する類いの陰謀論は、あまりに荒唐無稽すぎる。 政治や経済の基本を知っていれば、そんな荒唐無稽な陰謀論は恥ずかしくて口にも出来ないだろう。
こうした陰謀論を唱える人達は「権力者は偉そうにして弱者から搾取するだけ」という誤った認識を持っているのだろう。 しかし、歴史を見れば良く分かるが、他人から搾取して自分だけ美味しい思いをしている人は、長く権力に留まれない。 江戸時代も後期になると、財政難による増税や飢饉による生活苦によって、何度も一揆が起こっている。 非支配階層でさえ生活が成り立たなくなると反乱を起こす。 武力で抑圧しようとしても非支配階層にそれ以上の動機があれば反乱を防げない。 反体制派を徹底的に弾圧したカダフィ大佐も最期には反政府運動の前に敗れた。 何でも武力で支配できると思うのならば大間違いである。 反乱を防ぐためには非支配階層を武力で抑圧すると同時に彼らの不満もある程度解消する必要がある。 そもそも、武力も人の力の集まりである以上、武力を支える人達の支持がなければ成立しない。 徳川家が長きに渡って将軍職に就き続けることができたのは、武士達の一定の支持があったからに他ならない。 そして、江戸時代末期に討幕運動が起きたのも、武士達の支持を失ったからである。 一人では権力の座にはつけないのだから、支える人達の支持なくして、権力を維持することはできないのである。
それは、米国が国際社会のリーダーとしての地位として君臨することにも言える。 反米勢力に対しては武力で牽制しつつ、親米勢力に対しては繁栄・共存の仕組みを提供する。 米国は、そうやって国際社会のリーダーとしての地位を維持して来た。 米国は自国の長期的利益を守るためには、今後も、国際社会のリーダーとしての地位を守らなければならない。 一方で、自国の短期的利益も追求する必要がある。 ゼロ・サムやマイナス・サムで自国の短期的利益を追求すれば、他の国に損をさせることになる。 そんなことをしていたら、国際社会のリーダーの地位から引きずり下ろされるだろう。 以上の基本が分かっていれば、米国がゼロ・サムやマイナス・サムで他国から搾取するという陰謀論の稚拙さは説明するまでもない。 米国が今後も反映を続けるためには、自国の利益を追求するとともに、同盟国にもある程度の利益のお裾分けをする必要がある。 だから、必然的に、選択肢はプラス・サムしかない。 そんな基本すら理解しない者が陰謀論を捏ち上げても、笑い話にも満たない非現実的かつ幼稚な三文小説にしかならない。
誤解のないようにいうと、アメリカにとってTPPの交渉参加にメリットがあるのは明らかだ。 そもそもTPPはシンガポール、ブルネイなどの4か国から始まり、それにアメリカが乗った経緯がある。 しかし、ゼロサム的世界観に立つのでないかぎり、アメリカがトクをするから、そこに入ると日本がソンをする、あるいはアメリカが日本にソンを押し付けようとしているというのは短絡的である(先に挙げたTPP研究会報告書は、アメリカ内部の利害対立について言及している)。
TPPは、参加国全員を拘束するルールをつくらなければならない。 アメリカは強力に自国の利益を追求する交渉を進めるが、他の国も強力に交渉をしてくる。 そこにはベトナムのような手ごわい国もある。 オーストラリアやニュージーランドのように交渉に手なれた国もある。 各種国内規制は今回のTPPでも維持されるし、民主党政権のアメリカが国内の労働規制や環境規制を開発途上国並みに引き下げることができるわけがない。 アメリカがいろいろと注文を出してきたとしても、アメリカの思い通りになりにくい仕組みがまさに今回のTPPだ。
これはメリットでもあるし、デメリットでもある。 アメリカが求めるルールがそのまま実現しないならば、日本が求めるようなルールづくりもできないかもしれないからだ。 忘れてはならないことは、共通のルールづくりという点で、日本はアメリカとの利害の共通性があるということだ。 今後、共通のルールづくりにおいて目標としなければならないのは、中国である。 ベトナムと国有・国営企業の透明性確保について議論を進めていくことは、対中国交渉の前哨戦であり、このルールづくりに成功することでメリットはデメリットを上回る。
ちなみに、これはアメリカの政策担当者がこれまでも、あるいはこれからも「理不尽なこと」、「ヘンなこと」をいわないことを意味しない。 まず交渉を有利に進めるためにさまざまな牽制球を投げてくるであろう。 しかし、そもそも日本の政策担当者ですら「理不尽なこと」「ヘンなこと」を言わない保証がない。 オバマ大統領がアメリカの輸出を増やそうというときに、彼は先にあげたゼロサム的、重商主義的、戦略的通商政策的世界観に染まっているのかもしれない(オバマ大統領の経済観に問題があることは、今回の経済危機をめぐる過程で明らかにされた。 以下のブログ記事を参照のこと。http://www.washingtonpost.com/blogs/ezra-klein/post/could-this-time-have-been-different/2011/08/25/gIQAiJo0VL_blog.html)。それでも、TPPから日本は利益を得る可能性がある。
“陰謀”を企むうえでは、日本も米国もその他の国も全く対等である。 だから、ゼロ・サム的世界観やマイナス・サム的世界観に立てば、TPPは何処の国にとってもメリットがなくなる。 TPPは何処の国にとってもメリットがないなら、どうして、他の参加国はTPPに参加したがるのか。 このように、ゼロ・サム的世界観やマイナス・サム的世界観では、多くの国が自国の損になる協定にこぞって参加したがるという矛盾が発生する。
仮に、ゼロ・サムやマイナス・サムで米国の一人勝ちになることが事前に分かっているとしよう。 それならば、何故、他の参加国は米国を追い出さないのか。 何故、最初のTPPの4カ国(シンガポール、ブルネイ、チリ、ニュージーランド)は米国の参加を認めたのか。 米国に一方的に搾取されることが分かっているのに、どうして、米国の参加を認めるのか。 他の参加国は、そんなに米国に搾取されたがっているのか。 このように、米国による一方的搾取という条件までつければ、米国以外のTPP参加国は全てマゾになってしまう。
陰謀論の偽根拠
ところで、このページの下のほうの、「3.個別交渉分野に関する資料」の最下段にある「投資仲裁の事例(平成23年10月25日)」を見たら、実に興味深い内容だった。 簡単に言えば、TPP反対三馬鹿トリオ(中野・東谷・三橋)や、その尻馬にのった自民党尊農攘夷派(笑)が大合唱している文言、
「ISDSに基づく国際仲裁のうち、NAFTAでアメリカの関わる訴訟では、アメリカが有利な方に可決されたものしかない。」
(参照: http://komoriy.iza.ne.jp/blog/entry/2507017/allcmt/#C2355071 など)
が誇張、あるいは間違いであることを示す内容なのであった。
たった6ページの資料なので、実物を見てもらったほうが早いとは思うが、簡単にまとめておこう。 NAFTA(北米自由貿易協定)は、米国・カナダ・メキシコの3カ国が締結国である。 よってISD条項を行使するのは、この3カ国の企業である。また、提訴されるのはこの3カ国の政府である。 その組み合わせは、以下の6パターンとなる。
- (1)米国企業vsカナダ政府
- (2)米国企業vsメキシコ政府
- (3)カナダ企業vs米国政府
- (4)カナダ企業vsメキシコ政府
- (5)メキシコ企業vs米国政府
- (6)メキシコ企業vsカナダ政府
このうち、米国が関わっているのは、(1)(2)(3)(5)の4パターンだが、それぞれの勝敗状況はといえば‥‥
- (1)米国企業vsカナダ政府
米国企業5勝、カナダ政府1勝、不明1件、係属中(未結審)9件、計16件- (2)米国企業vsメキシコ政府
米国企業3勝、メキシコ政府6勝、不明2件、係属中(未結審)3件、計14件- (3)カナダ企業vs米国政府
カナダ企業0勝、米国政府6勝、係属中(未結審)8件、計14件- (5)メキシコ企業vs米国政府
係属中(未結審)1件、計1件つまり、カナダ政府やメキシコ政府が勝った例もあるし、全体の46%(45件のうち21件)は、まだ係属中で結果が出ていない。 たしかに、いまのところ企業が勝った事例はアメリカ企業のものしかなく、カナダ企業とメキシコ企業が勝った例はない。 しかし、
「アメリカが有利な方に可決された物しかない。」
というのは、誇張、そしてデマゴキーであることは明白だろう。 せいぜい、「これまで、企業が勝った事例は、アメリカ企業しかない」あるいは「アメリカ政府が負けた事例はない」にしとけ、って気がする。
ちょっと説明が足りてないような気がする。 既にデマを見抜いている人には「ああ、やっぱりね」という内容だろう。 デマに騙されて人は「米国政府が負けなしなら、やっぱり陰謀じゃないか」と言い出すに決まってる。
仲裁判断で企業が勝って政府が負けるのは、政府側に協定違反があったと認定されたからである。 また、仲裁判断で企業が負けて政府が勝つのは、政府側に協定違反がなかった、あるいは、協定違反の影響がなかったと認定されたからである。 つまり、政府の勝率の妥当性を論じるには、それぞれの政府が協定違反を行なったのかどうかを調べなければならない。
仲裁判断でカナダ政府やメキシコ政府が負けているということは、それらの事例では協定違反が認定されたことを意味している。 仲裁判断が信用ならんと言うなら、各国が自分で違反を認めた事例を見ればいい。 (1)の「米国企業5勝」に和解事例3件が含まれている(「TPP反対三馬鹿トリオ」に有利にカウントしている)。 和解事例のうち2件は賠償金を支払っている。 残り1件は和解内容が不明だが、賠償金を全く払わずに和解が成立するとは思えない。 賠償金を支払うということは、政府側が自らの非を認めたわけである。 つまり、カナダ政府が自ら協定違反を認めた事例が存在する。 経済産業省の資料には、メキシコ政府が自ら協定違反を認めた事例が記載されている。
(3)Feldmann事件
メキシコでタバコの輸出業を営む米系企業(CEMSA)が、従来は消費税還付を受けていたが、制度変更によって生産業者から直接タバコを仕入れた輸出業者のみが消費税の還付が受けられることになったために、小売り業者から仕入れていたCEMSAへの消費税還付は認められなくなり、この点が問題化した。
仲裁廷は、「同様の状況の下」にある会社の母集団は、タバコの再販売/輸出事業を営むメキシコおよび外国系企業であるとし、そのうえでメキシコ系企業を優遇したと判断し内国民待遇待遇違反を結論した。
この事件でタバコの再販売/輸出事業を営むメキシコおよび外国系企業を「同一の状況の下」にあると解釈したのは、メキシコ政府がこの主張に同意したためである。本件は、「同一の状況の下」にあることが肯定されれば、内国民待遇違反は当然に認定されるケースであった。
以上のとおり、カナダ政府やメキシコ政府が協定違反をした事例があることは明らかだろう。 だから、カナダ政府やメキシコ政府は負けることがある。 では、米国政府はどうか。 これについては資料が見当たらなかったので何とも言えない。 ただ、米国政府がこれまで一度も協定違反を犯していないなら、無敗のままであっても、何ら不自然なことではない。 つまり、米国政府の6勝0敗という勝敗数だけから、米国政府に有利な仕組みがあると結論づけることはできない。
米国の正体
Iさんは、厳しいところもあるが、気配りが出来て、面倒見も良い。 ある日、Sさんが「Iさんは優しいIさんと怖いIさんの二人居る」と言い出した。 Sさんによれば、Iさんから理不尽な怒られ方をしたことがあると言う。 話を聞くと、確かに、理不尽な怒られ方だった。 と、ここまで前振り。米国には、公正な米国と我が侭な米国の二つの米国がある。 自由主義として公平なルールを求める米国と、民主主義として国民の意見を代表する米国、どちらも紛れもない米国の一面である。 米国が押しつけるルールは、米国流の偏った正義ではあるが、誰にとっても公平なルールである。 米国のやり方を真似る限り、何処の国にも等しくチャンスが与えられる。 その証拠に、戦後の焼け野原だった日本は、米国の陣営に加わってから米国を脅かすほどの経済大国にまで成長した。 その過程でスーパー301条などの我が侭な米国も時折顔を覗かせるが、それでも、全体的には公正な米国を貫いてきた。 あれから米国が変わっていないなら、TPPでも、米国の姿勢は基本的に同じはずである。
ちなみに、日本は、公正さも我が侭さも米国の劣化コピー。 中国には、我が侭はあるが、公正さはない。
米国の本音
栗原 世間ではTPPはアメリカが主導して作った協定だと思われてますけど、そうじゃないんですね。
若田部 違うんだよね。
栗原 アメリカが日本に「入れ」と言ったわけでもない。
若田部 そうそう。むしろ、アメリカのなかには日本の参加を警戒している人たちもいる。 11月8日には、アメリカ上下両院の超党派の議員たちが、TPPを含む通商交渉の窓口であるアメリカ通商代表部代表に書簡を送っていて、日本が参加するというがそのときはきちんと議会で議論させろよな、なにしろ日本は自分の市場を閉ざしている名うてのワルだからなと文句を言っている(笑)。
まず、当初、米国はTPP参加には消極的だった。 提唱国(P4)、特にシンガポールは熱心に米国を説得したがつれなかった。
それが変わったのが中国の台頭である。 アジア太平洋地域において、軍事的経済的に影響力を増大させている中国とどう対峙するか、向き合うか? WTOドーハラウンドが頓挫し、中国主導の「東アジア自由貿易圏構想」や「ASEAN+3」といったブロック経済圏構想が出現し、このままいけば、アジア太平洋地域の経済・貿易秩序ですら中国に握られてしまう、、、。
中国といえば、レアメタルの輸出停止や投資規制の突然の変更など、西側諸国、資本主義国で市場経済を信奉する国とはやはり違う、、、。 こうした国にこの地域を主導されて良いのか。 この危機意識が米国を変えた。
元々、米国は日本のTPP参加には消極的だった。 今でも米業界は消極的である。 例えば、先般、農協のボスが渡米し、米国の農業のボスに会った時、露骨に「日本が入ると、また農業の問題で自由化が阻害される」と言われたという。 オバマ民主党政権を支える米製造業労働組合も、日本のようなモノづくりの先端国が入ることは、逆に米にはマイナスと懸念している。 あくまで本音は、発展途上国、特に、世界のライジングスター、東アジアの市場を狙いたいということである。
そのためには、日本には入ってもらわない方が良い。 これから米国の輸出倍増政策の実現のためには、日本が入って自由化率が下がるより、東アジアの国々に理想の開国をさせた方がマシだ。
この方針を変えたのが、この中国への「危機意識」だったのである。 オバマ政権の経済部門より、安全保障部門の意向が優先されたとでも言おうか。 そう、このTPPは米国のアジア太平洋地域での安全保障戦略でもあるのだ。
先の日米首脳会談で、オバマ大統領が野田首相に、「日中韓自由貿易協定は進めて、TPPに消極的」な日本に懸念を表明したのは、この理由による。
だから、「日本狙い撃ち」はお話にならない。 言うなら「中国狙い撃ち」だ。 日本への輸出戦略、そういう意図がまったくないとは言わないが、今の米国輸出に日本が占める比率はたったの5%。 一体、今さら、米国が日本に何を売り込もうというのか(個別品目については後に考察)。
米国は戦略的な国だから、もちろん、米国の国益に基づく、それなりの意図はある。 当たり前の話だ。 多国間の交渉では、各国が国益を背負い、虚々実々の駆け引きを繰り広げる。 たとえ、米国がどういう意図をもってTPPを推進しようとしているにせよ、それが日本の国益に合致するものであれば協調すればいいし、合致しないなら拒否すればいい。
米国にとって日本の参加は迷惑らしい。
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