精子と卵の融合は考えているよりもずっと壮大な話だと思う
正直なところ、この話は万人受けするとは思えないし、実際大きなニュースになっているわけでもないけれど、生物というものを捉えていく上でかなり重要な示唆を与えている仕事ではないかと思ったので、ブログで紹介してみることにする。
今回紹介したいのは、つい数日前にNatureの電子版に出た以下の論文。なんか今、雌ちんちんの発見(参考)といった"性"のことが話題に上がっているけれど、こちらは蝉コロンさん案件ではなく、至ってくそ真面目な話で精子と卵細胞が受精をするのに必要な、卵細胞側のタンパク質を見つけたという仕事だ。ただね、地味だけど凄いと思うのよ、これ。
→ Juno is the egg Izumo receptor and is essential for mammalian fertilization : Nature : Nature Publishing Group
今回紹介したいのは、つい数日前にNatureの電子版に出た以下の論文。なんか今、雌ちんちんの発見(参考)といった"性"のことが話題に上がっているけれど、こちらは蝉コロンさん案件ではなく、至ってくそ真面目な話で精子と卵細胞が受精をするのに必要な、卵細胞側のタンパク質を見つけたという仕事だ。ただね、地味だけど凄いと思うのよ、これ。
→ Juno is the egg Izumo receptor and is essential for mammalian fertilization : Nature : Nature Publishing Group
生命の誕生におけるギリシャ神話と日本神話の出会い
この論文の話をする前に、ひとつ前提となる仕事がある。それは2005年にNatureに報告された仕事で、受精時の細胞融合に必要な、精子側のタンパク質の発見だ。このタンパク質を欠損すると、精子の見た目や動きは正常だが、卵細胞と融合できなくなる。発見に携わった著者らは縁結び/結婚の神様として有名な出雲大社にちなんで、Izumoと名づけている。
→ Access : The immunoglobulin superfamily protein Izumo is required for sperm to fuse with eggs : Nature
そして、今回Natureに新たに出た論文では、このIzumoに対する卵細胞側の受容体を報告している。著者ら(Izumoを報告したところとは別グループ)はIzumoの結合相手を見つけるために、Izumoの細胞外ドメインを5量体として調製し、HEK293細胞に卵細胞のcDNAライブラリーを導入してタンパク発現を誘導。用意したHEK293細胞とIzumo細胞外ドメインの結合を指標にIzumo結合タンパク質を見つけ出した。
著者らはこのタンパク質を女性の結婚に関わるギリシャ神話の女神にちなんで、Junoと名づけている。さらにJunoが受精に必須であることや、受精が起こると卵細胞から消失し、多重受精を防いでいることも示した。
ちなみに余談だが、Junoという女神は6月の英名Juneの語源であり、またJune Brideは6月に結婚することで花嫁にJunoの加護を期待する風習だったりする。
日本神話に対抗して、ギリシャ神話から名前を持ってくるとは、なかなか面白いネーミングをするな、と個人的には思うのだけど、それにしても生命の誕生において、ギリシャ神話のJunoと日本神話の大国主大神(出雲大社の祭神)がxxしていると考えると、なんだか胸が熱くなる。
人為的な細胞融合
話は少し逸れるが、人為的に細胞融合を起こす技術がこれまでにいくつか開発され、有用なツールとして、研究だけでなく工業的にもよく使われてきた。
その主な応用目的には、農業方面での品種改良、ハイブリドーマを用いたモノクローナル抗体の作製、酵母菌や麹菌の融合による醸造への応用、あとはヒトゲノムが解かれた今となっては使われなくなってしまったが、染色体構造解析(ヒト細胞とげっ歯類細胞を融合するとヒト染色体が落ちていく。これを利用しヒト遺伝子座を決定する。)といったものがある。
細胞融合の技術として最初に確立されたのは、センダイウイルスを用いた細胞融合だった。センダイウイルスは現在もベクターとして分子生物学研究ではしばしば用いられているが、センダイウイルスは細胞と細胞とをブリッジすることで、細胞融合を引き起こすことが知られている。
その後は、高濃度のポリエチレングリコールを含む培養液で細胞融合を促進する方法や、電気パルスを用いて細胞融合を引き起こす手法が開発され、誰でも手軽に細胞融合を起こすことが可能になった。現在ハイブリドーマの作成などで用いられているのは、これらの手法だ。
<参考>
→ http://www.sc.fukuoka-u.ac.jp/~bc1/Biochem/celltech.htm
生体内の細胞融合
一般に自然界では細胞が融合することはない。だからこそ、上のような技術が開発されてきた。もし細胞が自発的に融合してしまったら、個体の形を保てない。そんなことになってしまったら、さながらエヴァンゲリオンの「人類補完計画(参考)」のようになってしまう。
しかし、自然界にもいくつかの例外はある。その例外のひとつがこの記事で紹介している受精。他には筋細胞、マクロファージ、破骨細胞、胎盤(母子間)などが細胞融合を起こすと知られている。こうした例外的に見られる細胞融合だが、実はその多くについて、メカニズムが未解明のままだ。
この中で解析が進むもののひとつが筋細胞の融合だろう。これについては昨年、筋細胞の融合に関わるMyomakerというタンパク質が発見され、Natureに報告された(参考)。Myomakerは筋細胞が融合する際に細胞膜を活性化すると考えられているが、その機構は分かっていない。隣接する細胞膜同士を結合させるタンパク質も未だ不明のままだ。
そんな状況での、このJuno-Izumoの報告である。もちろん受精は生命の根幹中の根幹をなす現象であり、そのものを解析するだけでも重要な意義があると思う。ただ、この仕事はそこからさらに他の細胞融合現象に対しても、大きな示唆を与えるものと言える。
Juno-Izumo, Myomakerはどちらも、単独の発現では細胞融合を引き起こせないそうだ。細胞融合に他のタンパク質を必要とし、したがって小胞輸送での膜融合に関わるSNAREタンパク質とは異なった機構によって膜融合を制御しているのでは、と考えられている。Juno-Izumoの報告を契機に、生体内に複数見られる特異的な細胞融合メカニズムは互いに似ているのか、どのように進化していったのか、といったことが分かるのでは、と期待している。ちなみに、Juno論文の著者らは現在、Juno-Izumoの構造解析に着手しているらしい(参考)。
それから、進化的な起源という観点で話をすると、胎盤での細胞融合を担っているSyncytinは面白い。このタンパク質はなんと、RetrovirusのEnv遺伝子由来だという(参考)。つまり、胎盤を進化するためにウイルスが欠かせなかったということだ。仮にウイルスがこの世に存在しなければ、脊椎動物は依然として卵を産む動物だけだったかもしれない。
<参考>
→ Unveiling the Mechanisms of Cell-Cell Fusion
自然界では起こらない、でも異常な細胞だったらどうだろう?
最後に与太話のようなものだけど、本来自然界では起こらない/抑えられているものをあえて活性化してしまっている異常な細胞というのが実は存在する。がん細胞だ。そんながん細胞の中に、上に挙げたような細胞融合の機構が働いているものがいる、なんてことはないだろうか。
例えば、増殖は速いが、移動が遅いがん細胞Aと、増殖は遅いが、移動が速い正常細胞Bがいたとして、がん細胞Aが正常細胞Bと融合することで、増殖も移動も速いがん細胞ABへと変化する、という、どこかの人造人間セルみたいなことはありえないだろうか。他には、抗癌剤感受性のがん細胞Aが、抗癌剤耐性のがん細胞Bと融合することで耐性を獲得するという可能性も考えられる。
がん細胞研究の先端を知らないので、見当違いなことを言っているかもしれないが、こうした可能性があってもおかしくないな、と個人的に思う。
まとめ
以上、色々ととりとめのない話になってしまったが、Juno-Izumoを起点に、細胞融合という軸でヒトを見れるのではないかと思い、書いてみた。いずれ、細胞レベルでの人類補完計画もどき実験(刺激を加えると細胞がどんどん溶けて1つになっていく)とか出来たりしちゃうんですかねえ。なんだかマッド・サイエンティストっぽいな。