尼崎市 杭瀬

連続変死事件!少年監禁少女売春!擬似家族!家族喰いの街「尼崎」を知る


◆プチ角田美代子現る!尼崎中3監禁事件の現場を訪れた(1)◆

「尼崎連続変死事件」の真相を探るべく長期間の尼崎取材を敢行した渾身のルポルタージュ本「家族喰い」(小野一光著)の最後のくだりに書かれていた、尼崎のスナックのママの言葉。
『(角田美代子と)同じようなんはなんぼでもおるんやから…』

沖野容疑者その言葉を裏付けるかのように、2013年12月、同じ尼崎市内で一人の女が逮捕された。その名は沖野玉枝。43歳。逮捕容疑は「中学3年生男子生徒に対する監禁と強制わいせつ」というものだった。特異なのはこの女の他にも14歳から19歳までの青少年6人が一斉に逮捕されている事だ。

逮捕され警察によって連行される沖野容疑者の姿は、まさに角田美代子がそのまま若返って恰幅の良いオバハンになったかのような凶悪さを感じさせる。

「尼崎中3監禁事件」の全容が知れるにつれて、沖野玉枝の異様な生活ぶり、子供4人分の生活保護費(月額36万円!!)をのうのうと受け取りながらスナックを経営し、毎日何往復もタクシーで往復し派手な衣装に身を包み、家出少年少女達を長女の可愛い友達だからと自宅に住ませ、好き勝手にさせる一方で自分のスナックで働かせて売春斡旋までやっていたという、とんでもない実情である。

事件の被害者である中3男子は、沖野玉枝の長女に好意を寄せ告白した所で自宅に呼び出され「彼氏おんのに手ぇ出すんか」と激怒、全裸にさせてムチで叩いたりロウソクを垂らしたり変態行為に及びながら「奴隷になって住み込むか」と脅したとされる。

尼崎市 立花

我々は事件の一報を聞き、沖野や少年少女グループが生活をしている尼崎市の立花という街を訪れた。JR神戸線立花駅を中心とした一帯で、阪神沿線からは少し離れているが、駅前は尼崎らしく下町全開の住宅地が広がっている。

で、駅の北口の立花商店街を外れた先の所に、沖野玉枝が経営していたというスナックが入居する雑居ビルがそびえている。

尼崎市 立花

「サンプラザ立花」というスナックだらけの7階建てのペンシルビルは、貧民都市尼崎にふさわしいうらびれた佇まいを見せていた。沖野玉枝の経営するスナック「カラオケ尼っ子」はここの5階にある。看板もまだ残っていた。

尼崎市 立花

関西によくある下町のスナックテナントビル…見たところ1990年代くらいに建てられた印象があり、やや古ぼけている。エレベーターが一基あり、ボタンを押して5階へ。

尼崎市 立花

ドアにはこれまた下品な下町にはありがちな、オメコマークの落書きが。この時点で立花駅前の民度の度合いがすぐ理解できる。エレベーター内部のパネルも壊されていたりするし、かなり乱暴に扱われている。

尼崎市 立花

「サンプラザ立花」5階。報道にあった通り、確かに「カラオケ尼っ子」の看板を掲げるスナックを発見。沖野玉枝はこのスナックを2013年10月から始めたという。まだ出来て間もない店なのだが、本人が逮捕されてしまったので、実質開業後1ヶ月少々しか営業していないものと思われる。

尼崎市 立花

報道では沖野玉枝は山口県出身で、尼崎には2012年10月に引っ越してきた。ちょうど、杭瀬の連続変死事件が報道された時期である。店の名前をわざわざ「尼っ子」に決める辺り、尼崎への偏愛を感じさせる。行政も生活保護のチェックが甘く、警察もろくに仕事をせず、そしてワケありな人種を分け隔てなく受け入れるこの下町への愛情表現か。

尼崎市 立花

だが、実は2012年以前にも尼崎に住んでいた時期がある。元夫と子供を連れて5年前くらいまで尼崎市内で暮らし、離婚を契機にそれまで住んでいたマンションや経営していた居酒屋を引き払って山口県の実家に戻ったという。出戻りして、また帰ってきたという訳だ。

尼崎市 立花

いたずらされたのか定かではないが、事件当時「カラオケ尼っ子」の玄関ドアに貼り付けられていた手書きの「飲み放題」の張り紙は何故か3階のスナックの玄関ドアに貼り替えられていた。どしゃぶりの日はお休みです。これは恐らく沖野玉枝本人の字だろう。このスナックでは生活費を稼がせる為に働かせていた家出少年少女達も出入りしていて、特に少女達には「売春行為を強要」していたと報道されている。

尼崎市 立花

ちなみにこの雑居ビル、帰りに外階段から降りようとしたら、金属製の階段が錆びて穴が開いていたりして物理的にも精神的にもかなり危険な香りがする物件だった。そのうち酔っぱらいが踏み抜いて転落しそうな勢いである。

家族喰い――尼崎連続変死事件の真相
消された一家―北九州・連続監禁殺人事件 (新潮文庫)

ああそうや!また大阪や!悪かったな!