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吉祥寺バウスシアター閉館

バウスシアター閉館にみる映画文化の現在と未来、そして「爆音上映」のこれから

バウスシアター閉館にみる映画文化の現在と未来、そして「爆音上映」のこれから

テキスト:森直人 (2014/04/17)

惜しまれながら幕を下ろす、風変わりな「街の映画館」


1984年3月にオープンした映画館・吉祥寺バウスシアター(以下、バウスシアター)が、この5月末日をもって閉館となる。30年の歴史の中で同館に親しんできたファンは多く、インターネット上などでも惜しむ声が膨大に寄せられた。直接の原因は建物の老朽化とのことだが、改装する経済力と展望が確保できなかったのは、筆者もファンの一人としてひたすら残念だ。

しかし映画文化の現在と未来を考察するうえで、バウスシアターの「闘いの軌跡」が示唆するものは大きい。それは同館が極めて特異なポジションの映画館だったからだ。

例えば吉祥寺を舞台にしたドキュメンタリー作品『ライブテープ』などをバウスシアターで上映してきた映画監督の松江哲明は、5月1日刊行予定の書籍『吉祥寺バウスシアター 映画から船出した映画館』に寄稿したエッセイの中でこう記している。同館に観客として通い始めた頃を振り返り、「(当時は)メインの1とJAV50(現パート2)しかなくて、大きい映画と小さい映画をごっちゃにやっているというイメージだった」と。

確かにバウスシアターは、いわゆる拡大系と単館系の映画両方を上映している(2000年4月以降は3館体制)。東京・神田の岩波ホールや渋谷のユーロスペースなど、アート志向、あるいはマニアックな映画に特化した単館系劇場をミニシアターと呼ぶなら、バウスシアターはその範疇に当てはまらない。ハリウッドメジャーから日本のインディペンデントまで包括する、風変わりな「街の映画館」なのだ。


シネコンでもなく、ミニシアター系でもない特殊な「場」


ここで現在の日本の映画館状況をざっくり整理してみよう。映画観客全体の減少が叫ばれる中、それでも休日などには賑わいを見せ、都市・郊外共にメインとなっているのはシネマコンプレックス(以下、シネコン)と呼ばれる大型施設だ。

シネコンはヒット作ほど座席の多いスクリーンで延長上映され、集客が悪いものは早い段階で打ち切られるという明快な競争原理が働いている。だが同時に、最近はある程度の多様性を担保するシステムにもなっている。例えば新宿バルト9は大小9スクリーンを備えて幅広く作品を拾い、深夜枠ではマニア向けの特別企画を組むといった具合に。

そうなると、かつて拡大系のカウンターとして機能していたミニシアターの存在意義が揺らいでしまうのは否めない。1980~90年代、「ミニシアターブーム」と呼ばれた頃に気を吐いていた劇場の多くはゼロ年代以降バタバタと姿を消し、今は少数精鋭の劇場だけが、シネコンからはみ出すオルタナティブな映画文化の紹介を志して必死に闘い続けている現状だ。

そんな中、バウスシアターがシネコンでもミニシアターでもない「街の映画館」のまま、むしろ奇跡のような大健闘を見せたのは、やはり「場」としての固有の魅力を持っていたからだろう。同館の閉館が、例えば笹塚のピープルや高円寺のオービスといった、コアな名物レンタルビデオ店の閉店時と似た寂しさを抱かせるのは、特殊な磁力を発していた「場」の喪失感ゆえだと思う。

そしてバウスシアターの「場」の力を大きく支えていた要素として挙げられるのが、映画館の枠を超えたイベントの数々。中でも特筆されるべきなのが、後期バウスシアターの目玉企画となった「爆音上映」だ。


「爆音上映」とは何か?


爆音上映はレーベル「boid」主宰の映画批評家・樋口泰人が2004年からスタートさせた企画であり、ライブ演奏用のサウンドシステムを使って映画を上映する画期性が話題を呼んだ。2008年からは『爆音映画祭』を展開。バウスシアターのファイナルを飾るイベント『THE LAST BAUS』でも、『第7回爆音映画祭』が4月26日から5月31日までという最大の期間を取って催される。

爆音上映は、単にシネコンのドルビーシステムに負けないような「爆音」で映画を観るだけの試みではない。アナログ機材を駆使した音響セッティングには樋口氏自身がすべて立ち会い、映画の音が繊細にリミックスされ、まったく新たな貌に変容して立ち上がってくる。例えば通常上映では気にも留めなかった現実音が意味を持ち、観客を不意打ちすることもあるだろう。樋口氏は爆音上映の醍醐味をこう説明する。

爆音の場合は、「聴くことで観ることが変わる」ということが一番の面白さ。自分がすでに観たはずの映画が爆音で上映された時、自分の観たことのない映画になっている。ひとつの映画の持つ様々なギャップに襲い掛かられて自分が崩壊する、というのが爆音上映の面白さだと思っています。

樋口氏は2010年の著作『映画は爆音でささやく』(boid刊)でも、爆音上映は批評活動の延長であり一環だと記しているが、爆音上映が誰でも汎用可能なシステムではなく、個人の能力や感性を核にした一種の「パーティー」であることは極めて重要だ。言わば樋口泰人という凄腕DJがいて、独自に再生される映画を観る/聴くために、時には遠方からも「場」に集まってくるという発信と受容の回路。これは映画上映でありながら、ほとんどライブ的なコミュニケーションの形に接近している。


「爆音上映」を支えたバウスシアターの閉館と、これからの展開


樋口氏いわく、爆音上映を始める際にはバウスシアターという「場」、建物としての具体的な条件と、「無茶」を成立させるための自由な精神が不可欠なものだったという。

他の東京の映画館は音漏れの問題で苦情が来たり、別のスクリーンに影響が出たりして、爆音は不可能。またスピーカーを置くスペースがなかったり、物理的条件を満たす劇場がほとんどない。また、機材代が半端ではない。映画祭の度に借りたのでは、毎回超満員でも赤字になる。これを回避するためには、機材は買って常設するしか方法はないのだが、その投資をしてくれる劇場が見つからない。またライブハウスでは、音楽映画か、あるいは皆で騒ぎながら観ることの出来る映画しか上映できない。

ついシステム論ばかり語りがちな我々は、こういう「場」の持つ具体的な機能を見落としてしまう。他のところでやればいいじゃん、的な外野の軽口を瞬時で殺す厳しさが、現実にはいつも待ち構えているものだ。

これまでも爆音上映は、フェス的な感覚で地方での劇場・ライブハウスでの開催を展開してきた。今後は海外展開も視野に入れているという。それでもやはり樋口氏は「ホームがなくなってしまうのは残念で仕方がない」と語る。その残念な想いは、むろん我々ファンも同じことである。

さて、バウスシアターという固有の「場」が存在するのは、残りわずかな期間だ。今からでも現場で体験して欲しい。脳と身体に刻んで欲しい。「場」の記憶を継承し、また新たな「場」を作るのは、「人」しかいないのだから。

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『THE LAST BAUS~さよならバウスシアター、最後の宴』

2014年4月26日(土)~6月10日(火)
会場:東京都 吉祥寺 バウスシアター

[Aプログラム] 『バウスを巡る映画たち』
2014年4月26日(土)~5月16日(金)
[Bプログラム] 『第7回爆音映画祭』
2014年4月26日(土)~5月31日(土)
[Cプログラム]
『ラスト・バウス/ラスト・ライヴ』
2014年6月1日(日)~6月10日(火)

吉祥寺バウスシアター

1951年に開館した「ムサシノ映画劇場」を前身とし、1984年に開館。30年にわたってエンターテイメント作品からインディペンデント作品まで様々な映画を幅広く上映、また独自の映画祭の企画や運営、演劇やコンサート、落語会の開催など多岐に渡るエンターテインメントを提供してきた。2014年3月1日付けで、5月末をもって閉館することを発表した。

(写真:鎌倉あすか)

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