東岡徹=珍島、武田肇 工藤隆治、斉藤佑介
2014年4月17日01時01分
修学旅行の高校生ら約460人を乗せた旅客船に何が起きたのか。16日、韓国南西部の珍島沖で起きた沈没事故。270人を超える乗客の安否が確認できておらず、大惨事となった。「船が傾き、急に水が上がってきた」。救出された乗客らは混乱した船内の状況を語り、恐怖に震えた。
船内に多くの乗客が残されているとの情報があり、16日は夜まで捜索が続いた。救助隊は転覆した船体をたたくなどして、内部からの反応を確かめた。
「窓越しに多くの高校生の姿が見えた。だが、分厚い窓ガラスを割ることができず、助けられなかった。船はあっという間に沈んだ」。珍島郡庁の女性職員(57)は朝日新聞の電話取材に、「救助に向かった漁船の船長から聞いた話」として、沈没時の状況を語った。
事故発生時の船内はどうだったのか。後部の客室にいた済州市の運送業、許雄(ホウン)さん(50)は、「ドーン」と大きな音を聞いて転んだ。下着のまま、仲間と一緒に部屋を飛び出した。船はすでに斜めに傾いており、廊下では乗客が右往左往していた。いったん部屋に戻り、服を着て再び船の外に出て、ヘリに救助された。「足が震えた。死ぬかもしれないと思った」
ソウルで製造業を営む金寛洙(キムクァンス)さん(48)は客室で妻と寝ていたところ、衝撃でベッドから落ちかけた。部屋を出るとすでに船は90度近く傾いており、壁を歩いたという。外に出るドアは届かない高さにあったが、自力で先に上がった近くの若い男性と協力し、消火用のホースを使って女性や高校生から順番に引き上げた。「助けられるまでは不安だったが、最後は妻や高校生を助けようという一心で力が出た」と語った。
乗客らが現地メディアに語った話によると、船が傾き始めると、乗客らが次々と転倒。壁などにぶつかってけがをした人もいた。複数の乗客が「『そのまま動かないで』という船内放送が繰り返し流れた」と話しており、避難指示の遅れを指摘する声もある。
現地メディアの報道によると、船内では浸水後、すぐに発電機が止まって停電になり、暗闇の中で脱出が遅れた人もいた可能性がある。けがをした乗客(59)は「船内のレストランや売店、ゲームセンターなどに学生が50人以上集まっていた。避難するのが難しかった」。男子高校生も「脱出できなかった人はどうなったか」と心配した。
乗客らの親族らの待機場所となった珍島の体育館。16日夜、玄関前には救助された人の手書きの名簿が掲示されており、親族らが安否を確認していた。
「ない、ない……。どうして……」。ある女性は一つひとつ名簿を手でなぞりながら、名前を探したが見つからなかった。掲示板をたたき、泣き叫び、関係者に毛布にくるまれると、ひざから崩れ落ちた。
体育館では100人を超す親族らが新しい情報を待った。ひざを抱えて座り込み、下を向いたまま動かず、すすり泣く声が響く。関係当局の幹部が体育館に説明に訪れると親族らが詰め寄り、怒号が飛んだ。
韓国観光公社によると、事故が起きた仁川発済州島行きの旅客船は、週2回の定期便。地元の人の移動手段として利用されるほか、修学旅行でもよく利用されている。ただ、約14時間もの時間がかかるため、日本人を含む海外からの観光客が利用することは少ないという。(東岡徹=珍島、武田肇)
■「航路変更した可能性」
なぜ、船は沈没したのか。大阪大大学院の長谷川和彦教授(船舶海洋工学)は「今回の航路が本来の定期航路かどうかが、焦点になる」と話す。旅客船の仁川港―済州島の定期航路は通常、珍島から沖合100キロほどだが、事故は珍島沖約20キロと近海で起きた。
現地報道などでは、旅客船が濃霧のため出航を3時間ほど遅らせたとの情報に加え、岩礁との衝突をほのめかす証言もあるという。長谷川教授は「珍島周辺は岩礁がある浅瀬。遅れを取り戻そうと航路を変更し、岩礁に乗り上げた可能性は十分考えられる」と話す。
おすすめコンテンツ
※Twitterのサービスが混み合っている時など、ツイートが表示されない場合もあります。
朝日新聞国際報道部
PR比べてお得!