現代に子どもを育てる親たちはワガママ? 子育て阻む「言論」の壁


by 編集部・小林明子 (更新 2014/4/14 15:17)

「出産したら会社を辞めなさい」
「泣く子には睡眠薬を飲ませろ」
子育て世代には時に、厳しい言葉も向けられる。
溝を埋めることはできるのか。
(編集部・小林明子)

 警備会社のステッカーが貼られた瀟洒な邸宅の壁面に、黄色の垂れ幕がかかっている。
<保育園建設 反対>
<税金のムダ遣い!!>
 東京都品川区の池田山は、JR五反田駅から歩いて5分ほどの高台にある高級住宅街だ。皇后美智子さまの生家・正田邸跡地にほど近い一角に認可保育園の建設計画が持ち上がったのは昨年夏。約300坪の土地に3階建ての園舎を着工し、2015年度に定員90人の園が開設される予定だ。
 計画しているのは、全国に約20の保育園を運営している兵庫県の社会福祉法人「夢工房」。数カ所の候補地の中から、区と協議して決めた。黒石誠理事長は、初めて経験する反対運動に困惑する。
「ビル内の園が増えている中、ここは園庭が確保できる理想的な土地で、地域に根ざした保育ができると考えたのですが」
 住民の「夢工房池田山保育所に反対する会」は今年2月、約1700人分の署名と要望書を都と区に提出した。朝夕に送迎の自転車が行き交うと、ペットを散歩させる高齢者が危険にさらされる。夜遅くまで開園すれば照明や騒音で睡眠を妨げられる。そもそも池田山は高齢者が多いが乳幼児は少なく、保育園のニーズはない──。
「反対する会」の代表、デザイン会社社長の船曳鴻紅さん(66)はこう話す。
「住民エゴだという人もいるが、私たちはこの閑静な環境のために高額な固定資産税や相続税を納めている。反対者の3分の2は女性です。子育ての苦労を想像できるし応援したいからこそ、なぜここに保育園をつくるのか理解に苦しみます。もしも災害が起きたら高齢者の避難に手一杯で、子どもまで助けられない。無責任に受け入れることはできません」
 品川区では14年度、認可保育園の1次選考に申し込んだ2532人のうち894人が選考に漏れ、集団異議申し立てもあった。20カ所以上の保育園を見学した会社員の女性(41)の長女(1)は認可に入れず認証保育所に決まったが、3歳になる前にまた預け先を探さなければならない。
「早く保育園を増やしてもらいたいのに、反対運動で水を差されるなんて」
 長男(1)が認可に入れなかったフリーランスの女性(39)には不安もある。
「大規模な保育園ができてくれたらどんなにありがたいか。でも、この池田山の地域は、母親が家で子どもの面倒を見るべきだと考えている人たちばかりなのでしょうか」
 杉並区では昨年2月、認可保育園に入れない窮状を訴えて抗議集会を開いた母親たちを非難する意見が、田中ゆうたろう区議のブログをきっかけに表面化した。
「『お願いです。私達の子育てをどうか手伝って下さい』、これが待機親に求められる人としてのマナー、エチケットというものではなかろうか」
 田中区議は、子どもは基本的には親が家で育てるもので、最低限の経済力や人間力の準備、覚悟がなければ子どもを持つ資格はない、と主張。寒空の下での抗議行動は、赤ちゃんにとって残酷だ、とも述べた。
 公共交通機関での赤ちゃんの泣き声をめぐる論争は何度も起きているが、周りに迷惑をかけるという点だけでなく、「親の都合で連れ回される子どもがかわいそうだ」という視点で論じられることがある。
 漫画家のさかもと未明さんは12年、飛行機内で赤ちゃんの泣き声に耐えられずに抗議した経験を書いた記事で、こうも述べた。
「乳飲み子を飛行機に乗せるのってどうかと思うわけよ。(中略)気圧の変化とか、大人でもつらいのに大丈夫なの? あの泣き叫んでいた赤ちゃんは、つらくて怖かったんだと思う」
 今年1月、新幹線で泣く赤ちゃんに「舌打ちするくらいはいい」とツイートした元ライブドアの堀江貴文さんも、こう続けている。
「なく子にイラつくんじゃなくて親の対応にイラつくんだよね」
 3月、ネット上のマッチングサイトに登録していたベビーシッターに預けられた2歳の男の子が亡くなった事件では、元衆院議員の鈴木宗男・新党大地代表が自身のブログで、
「子どもを簡単に知らない人に預けるのはあまりにも安易なやり方で無神経」
「子どもを預けて3日間、何をしていたのか」
 と母親を批判した。
 あなたは親なのに、子どものためを思っていない。子どもを優先できない事情などあるはずがない。そう断罪されることが何よりも、子育てをしている親の心を打ちのめすのではないだろうか。

●何が子どものためなのか、決めるのは誰ですか?

 金融機関で働く女性(39)は、夫が海外に単身赴任となってもう4年になる。長女が5歳の時、インフルエンザにかかった。仕事の納期日のため午後は出社しなければならず、名古屋から親戚が到着するまでの数時間、一人で留守番させた。心細くなった長女が何度も鳴らす携帯電話に出る暇もなく、トイレに駆け込んでかけ直した。
「ごめんね、ごめんね」
 この4月に長女が小学校に入学すると、さらに預け先に困ることになった。
 学童保育は午後6時半までで、保育園の延長保育よりも1時間短い。30分でも延長してもらえないかと区に申し入れたが、
「子どもの生活リズムを考えると、区が対応するのは難しい。塾に行かせたらどうでしょう」
 との答えだった。
「子どもに対して誰よりも後ろめたく思っているのは母親です。それでも帰れないという現実があるから、より安全な預け先を確保したいのに、締め出された子どもに何かあったら非難されるのも母親。何が本当に子どものためになるのか。それを決めるのは誰なんでしょうか」
 街はバリアフリー化が進み、子連れにやさしい店も増えた。ベビーカーは機能的になり、便利な育児用品が開発された。でも、それらを使って子育てを「ラク」にすることを許さない風潮は、まだ確実に残っている。子どものために母親は犠牲になるのが当たり前。親の都合を優先するのは子どもがかわいそう、という考え方だ。
 日本小児科医会は、子育てでスマホを利用することを控えるよう呼びかけている。昨年12月から小児科の待合室などにこんなポスターを掲示している。
「ムズがる赤ちゃんに、子育てアプリの画面で応えることは、赤ちゃんの育ちをゆがめる可能性があります」
 具体的にどのように発育に影響があるのかの情報はなく、親たちの混乱を招いている。
 昨年7月に長男を出産した会社員女性(34)には、ITが欠かせない。難産の後に意識がはっきりすると、たちまち不安になり、スマホに手を伸ばした。
「おっぱいって産後何日目から出るんだろう?」
 病室のベッドの上で検索。初めての育児は、スマホの先に広がる情報に頼ることから始まった。
 生後2カ月になると、夜も全然寝ようとしない長男の世話で体力的にも精神的にも限界に達した。IT企業に勤める夫(34)が、泣き声を感知したら携帯にメールが着信するアプリを開発。1階の寝室で長男を寝かせて2階のリビングで一息つけるようになった。メールは夫の携帯にも同時に届き、「今日はあまり寝なかったね」などと気遣ってくれるようにもなった。
 沐浴の方法や抱っこひもの使い方は「YouTube先生」を参考にし、夫婦で同じURLを共有する。育児書や育児雑誌では一つの標準例しか提示されておらず不安になるが、ネットには複数の情報があり、「範囲」として分かるのも救いだった。夕食の準備の15分間は動画を見せていると長男は泣かずに待てる。そのおかげで、落ち着いて離乳食を食べさせることができる。
「核家族のわが家にとって、『スマホ婆』は最強の味方であり、夫婦の心を病ませないための薬箱でもあるんです」

●育児がすべてと言えたらどんなに幸せか

 漫画家の田房永子さんは、近著『ママだって、人間』で、女性が出産した途端に心身ともに赤ちゃんから離れられなくなる状態を「マリオネット」にたとえている。
「母親は、欲望も意思も個性もない無機質な生き物とみなされている。耐え忍ぶことが『良き母』の理想とされ、夫婦でも妻だけに自由がなく、夜の外出もできなくなるのは、人権にかかわる問題だと思います」
 外出はもってのほか。母親が子どもを預けて働くことでさえ、わがままだと言われることもある。
 作家の曽野綾子さんが昨年8月に「週刊現代」に寄稿した文章は、「出産した女性は会社に迷惑をかけてまで働くべきではない」とし、物議を醸した。
「本来、子どもができたら自分勝手なことに使えるお金が減るのは当然なんです。(中略)ところが、いまの若い人は親と同居したくないし、収入が減るのも嫌だから、保育所に子どもを預けて働くのが当然というわけです。(中略)けれど、できるだけ長い時間、親は子どもと一緒にいるべきなんです」
 育児休業から復職する際にポストがなく、退職して専業主婦になった女性(39)は訴える。
「家庭にどっぷりつかり、私のすべては子育てです、と言い切れるならどんなに幸せか。そうは割り切れないからつらいんです」
 もともと働いていた外資系金融は、現場を1年離れただけで戦力外とされる。一度やめると保育園に入れづらく、3人の子どもを育てながらパートや在宅で働くのは難しかった。曽野さんは子育てが一段落してからまた働けばいいと言うが、10年超もブランクが空いた今は不安で仕方がない。
 息苦しいのは、個々の発言だけではない。そもそも、子育て支援を標榜しているはずの安倍政権の政策にも「違和感」は満載だ。大学講師の女性(40)はこんな印象を受けている。
「女性一人一人の生き方を尊重するというよりは、国のためにどう使っていこうかと考えているようにしか見えません」
 日本総研主任研究員の池本美香さんは、「子育て支援」「次世代育成支援」という言葉にひっかかりを覚えている。
「子育て世代は国の将来のために役に立っているので、困っているなら助けてあげましょうという思想が透けて見える。子育てが幸せで楽しいものとなるように政府が応援するというメッセージではないのです」

●良妻賢母? ごめんなさい、それ無理です!

 コピーライターの境治さんは今年1月、哺乳瓶にまち針を刺した写真とともに、
「赤ちゃんにきびしい国で 赤ちゃんが増えるはずがない。」
 というコピーをブログにアップした。フェイスブックなどで瞬く間に広まり、「いいね!」の数は16万を超えている。
「良妻賢母の幻想を女性たちに無理強いしてきたから子供が減った。『ごめんなさい、それ無理です』と女性たちが思っているのだ。そしてその押し付けは間違っているのだ」
 炎上する話題だとは分かっていた。ことさらに厳しい現実を取り上げることで、厳しさを助長してしまう懸念もあった。実際は批判的なことを言う人はごく一部なのに、ネットで話題になると、誰もが赤ちゃんに厳しいように受け止められかねない。そこで希望を託し、「赤ちゃんにやさしい国へ」というタイトルで発信を続けている。
 新幹線での子どもの泣き声をめぐって堀江さんとツイッターでやりとりをした病児保育のNPOフローレンス代表理事の駒崎弘樹さんも、子育て環境は変化するはずだ、と確信している。
「フィンランドが子育て先進国になったのはここ30年のこと。たった一世代分です。僕たちが変われば、僕らの子どもは楽になる。これは文化闘争ですが、決して勝ち目のない闘いではありません」
 声を上げる資格や権利は、誰にでもある。言論は子育てを阻むこともあれば、最大の味方になることもあるはずなのだ。

AERA  2014年4月21日号

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