ダンプ
バケツをひっくり返したような突然の豪雨の中、仁恵は一人でバス停に立っていた。
(もう…25分か…こんなに遅れちゃうなんて…大誤算も良いとこ…)
バス停に記してある時刻表を見て仁恵はため息をついた。
(待ち合わせ…3時だっけ…間に合うかなぁ…)
大学のサークル仲間と駅前で会う事になっていた仁恵は
一向に来る気配の無い路線バスにやきもきして何度も腕時計に目をやっていた。
(こんな雨じゃなかったら…自転車で行ったのに…)
時計の針はすでに2時40分をまわっていた。
(やばい…やばいなぁ…遅刻したら…先輩に叱られる…)
大学の美術サークルに今年入ったばかりの新入生の仁恵は
今日の美術館見学に遅れてしまう事だけはさけたかった。
(どうしよう…)時間だけが刻々と過ぎていく中仁恵は通り過ぎていく車を眺めていた。
(もう…タクシーでも良いから…通りかかって…)
祈るように車の流れを見つめていた仁恵に前に突然大型のダンプが止まった。
泥があちこちにこびりついた黒色のダンプから男が顔を出した。
「どこに行きたいんだい…」額にタオルを巻いて汗臭そうな作業服を来ている男の姿に仁恵は少し緊張した。
「まだまだ…バスは来ないよ…この先の事故で渋滞してるんだ…」
「……。」「桜王子駅なら…通るけど…乗っていくかい…」
普段の仁恵だったら絶対に野蛮な様相の男からの誘いには応じなかったが
今の仁恵には集合時間に遅刻してしまう事が一番気がかりであった。
「良いんですか…」
「ああっ…乗んな…」
車高のあるダンプの助手席にどうやって乗れば良いのか躊躇している仁恵の姿を見て運転席から男は降りてきた。
40歳〜50歳くらいの日焼けした男は雨に打たれながら仁恵の前に出てきて助手席のドアを開けてくれた。
男の風貌から想像できない親切さに仁恵は感謝して小さな梯子に足を掛けた。
膝上ミニを履いている仁恵は下から見上げる男の視線を感じて後ろ手を回し裾を押さえた。
「大丈夫かい…」心配そうに声を掛けながら男は仁恵に寄り添うように一緒に階段を上がっていった。
「それっ」男が仁恵の尻に手を当てて助手席に押し込んだ。
「キャッ…」小さな悲鳴をあげた仁恵に男はにやついた顔で謝っていた。
(やっぱり…怖い……)
考え直した仁恵がドアに手をやるよりも早く男は運転席に滑り込むとアクセルを踏んだ。
急発進したダンプの助手席で仁恵は身を硬くしていた。
渋滞が切れた道路をダンプは猛スピードで走っていた。
大型のシートに座った仁恵に男は不敵な笑みを浮かべながら視線を投げつけていた。
「姉ちゃん…幾つだい…」
「……。」
恐怖のあまり仁恵は声を発する事はできずに自分の軽率さをかみ締めていた