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痴呆
「…………」
昼下がりの台所のテーブルで沢口律子は片肘をついていた。
その目は空を見つめ時折深いため息を吐いていた。
律子は23才で結婚して今年で7年目になる専業主婦である。
夫との生活も子供のいない暮らしにも何も不満があるわけでなく
過ごしてきたが同居している義父の事で頭を悩めていた。
今年で76才になる義父の敬三が最近物忘れが激しくなり
医師に診断してもらったところ老人性痴呆症との診断がくだされていた。
出張の多い夫に相談したが在宅で生活させてやりたいという夫の強い希望もあり
入院や特養ホームなどの施設ではなく律子が敬三の世話をみていた。
先週、夫がニューヨークに長期出張で旅立った事でさらに律子は疲れていた。
会社が休みの日などは夫も律子を気遣い敬三の世話を手伝ってくれてはいたが
今日からは一人でしなければならない憂鬱さが律子を襲っていた。
(ちょっと…様子を見にいってみよう…)
1階の8畳の和室が敬三の部屋であった。
「うっ…何…この匂い…」ドアを開けた律子は部屋に立ち篭っている強い異臭を感じた。
薄暗い部屋の中央に敷かれた布団の中義父は体を丸くしていた。
律子は部屋の照明をつけて敬三の枕もとに座った。
「お義父さん…お義父さん…どうしたんですか…」
布団に顔を埋めたまま敬三は言葉を発さなかった。
律子は異臭が義父の布団から漂ってくるのを感じ言葉を掛けながら捲っていった。
「あっ……」
敬三が着ている寝巻きの股間部分に黄色い染みが大きく広がり
布団のシーツにまで広がりを見せていた。
「お義父さん…」律子は義父が失禁した事にショックを受けていた。
確実に義父の痴呆が進んでいる証しを目の前に突きつけられている気がしていた。
「昨日まではこんな事無かったのに……ともかく着替えさせないと…」
律子は申し訳なさそうに身を小さくしている敬三の姿を見下ろしていた。
新しい下着と寝巻きを用意した律子は敬三のもとに近寄った。
「さあ…お義父さん…着替えましょ…」だいぶ前に言葉を失った敬三が小さくうなった。
「良いのよ…そのままじゃ気持ち悪いでしょ…」
律子は笑顔で敬三に言った。
「うううううっ…」律子は敬三の寝巻きを脱がせると少し躊躇いながら下着を降ろした。
初めて目にする義父の男茎に律子は思わず目を逸らしながら
尿で汚れた股間をタオルで拭っていった。
「………お義父さん。」
義父の下の世話をする事になるとはつい3年前には
考えもしなかった律子は驚きとともに寂しさを感じていた。
萎びた陰茎を恐る恐る持ち上げながら律子はタオルで辺りを拭いていった。
新しい下着を穿かせた律子は心地良さを訴える義父の表情を見ながら汚れたシーツを変えていった。
夕方になって居間で洗濯物をたたんでいた律子は
敬三の部屋から騒がしい物音がしてくるのを耳にした。
ドアをあけた律子は敬三が激しく部屋の中を走りまわっている姿を目にした。
「お義父さん!!どうしたの!!」
叫び声をあげた律子は着ている寝巻きがはだけてしまっているのにも
構わず奇声を発し走り続ける敬三の前に近づいた。
「逃げなきゃ…逃げなきゃ…飛行機が…爆弾がくる…」
敬三は時折、身を守るように頭を押さえながらつぶやいていた。
戦時中の恐怖妄想が義父を襲っているのであった。
「お義父さん…大丈夫…大丈夫よ…飛行機は来ないわ…」
律子は思わず恐怖に怯えている敬三の前に立ちはだかると
頭を押さえたままひざまずいている敬三を優しく抱擁した。
「本当に…本当に…大丈夫…」
幼児退行の兆しが出始めている敬三は母の胸に甘えるように律子の胸にすがりついた。
敬三が自分の乳房に頬寄せしてくるのに律子は戸惑ったが
その安心しきった表情にそのまま敬三を抱きしめていた。
夕食を敬三に与えながら自分も取った律子は洗い物を済ますと
寝室に向かおうと階段を上ろうとしたが律子は気になって敬三の部屋にいった。
ドアを開けると部屋の隅で震えながら膝を抱えている敬三の姿があった。
「……。」律子は敬三の押し入れを開けると一組布団を出して敬三の布団の横に敷いた。
「私もここで寝るから…安心して…」敬三は嬉しそうな顔をして布団に潜り込んでいた。
「おやすみなさい…」律子は照明の紐を引いた。
敬三が寝息を立ててる横で律子は考え事をしていた。
まるで子供のようになってしまった義父に対して自分は違和感なく対処している。