2014年04月16日 (水) | Edit |
ちょっと実生活の方で動きがあってこんなことを書いている暇はないのですが、備忘録的にいくつか書いておきます。

以前、欧米では経済学というのは社会科学の基礎的な学問分野であって、学部レベルの学生が経済学だけを履修する「経済学部」があるのは日本の大学の特徴だという話を聞いたことがあります。拙ブログでも経済学の議論に特化した方々というのは、「経済学的な正しさ」の他の学問分野に対する優位性を過剰に強調したがるのではないかという趣旨のことを書いたことがありまして、「経済学部」という学部が存在することがそのようなシンプルマインデッドな思考方法を身につけてしまう原因なのかもしれません。

でまあ、そうした基礎的な学問分野である経済学の世界では、ミクロ経済学を応用した経済学はその分野の名前を冠して「○○応用経済学」と呼ばれることが多いわけですが、どうもこの国では、その基礎的な学問分野の専門家の方が、経済学的見地としてだけではなく政策論として、社会政策的な分野に口を出す傾向があるように思います。私の関心分野である労働とか社会保障についても、ご多分に漏れず経済学を専門とされる方があれこれと口を出されているものの、労働にしても社会保障にしても、それを論じるためには制度とそれを規定する法律への理解が最低限必要です。さらに、その制度が法制化された歴史的経緯についての理解も不可欠なところでして、こうした理解を欠く口出しには見るべきところはほとんどないというべきでしょう。

ところが、そうした制度に利害調整の過程を落とし込むのが仕事のはずのキャリア官僚ですら、ご自身の専門外のことになるとそうした経済学者の口出しにいとも簡単に乗せられてしまいます。

 今のうちに社会保障制度を改善しておかないと大変なことになると思う。厚生労働官僚もしっかりしてほしい。次世代の若者に自信をあたえられるような制度設計をちゃんとしてほしい。

 自分はほかの経済学者の本も読んでみる。八代尚宏『社会保障を立て直す』小黒一正『アベノミックスでも消費税は25%を超える』とか。

鈴木亘『社会保障亡国論』を読んで、厚生労働省は情報をオープンにして、本当に社会保障は持続可能なのかを国民に開示すべき。(2014-04-12(04:13) 革新的国家公務員を目指してー自由と民主主義を信じ国益を考えるー)
※ 以下、強調は引用者による。

鈴木亘氏、八代尚宏先生、小黒一正氏ですか…orz。利権陰謀論で社会保障を語る経済学者と、新自由主義的な市場万能論で社会保障を語る経済学者と、世代間格差論で社会保障を語る経済学者の豪華揃い踏みですね(棒)。まあ八代尚宏先生は労働法に関しての現状認識はまだいくらかまっとうだと思うのですが、結論部分ではあらぬ方向に展開してしまうようにお見受けします。その他の方々はそもそもの法律や制度に対する理解が怪しい方々でして、「経済理論に基づいてリフレーション政策を主張することはある程度経済学に素養があれば可能としても、それを現実の立法府の中で実現するためには、少なくとも立法の制度を知る必要があ」るにも関わらず、「経済学的にだけ正しい議論」に終始する一部のリフレ派と呼ばれる方々とも通じますね。

で、上記の国交省のキャリア官僚氏が八代先生の著書を読んだ感想は、

 この八代先生の本を読んで、痛切に感じるのは、消費税の引き上げ3%とか5%とかは焼け石に水で、根本的に現在の世代の負担を増やし、現在支援を受けている高齢者などの支援を減らすという抜本的な対策が必要なのに、それについて、真剣担当官庁の厚生労働省が考えていないこと。

 これは同じ役人としてがっくりくる

 国民年金の保険料の未納率が半分近くになっていて、それを他の年金の基礎部分が合体して未納率を低く見せている話などは、本当にモラルの問題だと思う。保険料をきちんととれないのであれば、年金目的税にして、きちんと国税庁にとってもらった方がいい。

 まさか、社会保険庁、今は年金機構かもしれないが、その組織を守るためにそんなせこい戦略をとっているのではないだろうな。

 医療も介護も生活保護も、細かな制度設計の改善点については自分は自信がないが、持続可能な制度ではなく、このままでは次世代にツケを残すことは必然。これを、厚生労働省内の縦割りとか、既得権とかいってメスを入れないのは、本当になさけないと思う

 厚生労働官僚、しっかりしろ。

八代尚宏『社会保障を立て直す』を読んで、責任官庁の厚生労働省が次世代への負担を意識していないことが恐ろしい。(2014-04-12(05:21) 革新的国家公務員を目指してー自由と民主主義を信じ国益を考えるー)

だそうで、レベルは遠く及びませんが、私も同じ公務員としてがっくりきますね。制度設計の改善点について自信がないとおっしゃる割に、厚労省内の縦割りとか既得権に矮小化する議論に何の疑問も挟まずに乗っかるところが、「「行政の縦割りの弊害」とされているのは、単に建築住宅部局が住宅建設のことしか考えていないということではないかとも思うのですが、当事者にとっては、調整や協議は時間がかかってかえってマイナス」といってしまう国土交通省らしいというところでしょうか。

その鈴木亘氏については、hamachan先生も引用されているdongfang99さんのご指摘が的確だと思います。

 高橋洋一氏が典型的だが、経済に関する説明ではそれなりに説得的なのに、肝心なところで中二病としか言いようのない官僚への既得権批判や陰謀論になだれこんでしまう。社会保障の専門家である鈴木亘氏もそうだが、既得権批判を持ち込まなくても十分説得的な議論ができるはずなのに、もっとも肝心要の部分でそういう批判を繰り出して全ての議論を台無しにしまう

 既得権批判や陰謀論は、まともな学者と思われたいのであれば徹底して禁欲すべきなのだが、何でそうなってしまうのかと言えば、それが日本の読者に「受ける」ことを実感としてよく理解しているからだろう。節度のある学者であれば、そこにむしろ危険性を感じて一歩引くべきなのだが、一部の人は積極的に乗っかって自説の正当化に利用してしまうわけである。

 日本の「新自由主義者」が嫌いなのは、そこに日本人の中にあるドロドロとしたルサンチマンがこびりついており、当人もそれを積極的に利用しようとしている点にある。この意味で、フリードマンなど筋金入りの「新自由主義者」が必ずしも嫌いではないのは、そういうルサンチマンがほとんどない点にあると言える。

■日本の新自由主義は集団主義的(2010-05-23 dongfang99の日記)

まあ日本的な新自由主義に基づいて議論を展開される方については、その議論に巻き込まれないように読む側が注意すればいいのでしょうけれど、そのスキルが身についていると思われるキャリア官僚ですら、ご自身の専門外の分野については易々と陰謀論に乗っかってしまうところが難しいところです。

この点については、jura03さんのご指摘が参考になります。

そこで、なぜ人は陰謀論を信じるのかということだが、理由の一つとしては、合理的にロジカルに考えようとして、陰謀論にはまると言うことはありがちなことではないか

たとえ物理学の大家であっても、たとえば歴史や社会の問題について合理的に考えるというそのやり方を知らない場合、「ロジカルに」考え、ある現象の理由を探し求めた結果、陰謀論にはまるということは大いにありうることであり、そう考えないと筋が通らない。そして、歴史や社会の問題について合理的に考えるやり方を知らない科学の先生というのは、決して少なくないのである。

そして、当の本人はロジカルにものを考える訓練を経ているのだから、自分は論理的科学的思考ができていると信じ込んでしまっていると、自分が信じている陰謀論はロジカルなのであって、私が悲劇というのはここのことである。

(略)

つまり問題は、自分は論理的科学的思考ができるという安易な確信だ。あるいは、単にある特定の対象について論理的に考えることができているにすぎないものを、あるいはそういったことができるように訓練によって獲得した能力に依存しているにすぎないものを、一般的に通用する能力であると錯覚したうえで、他者を批判することができると信じているその態度だ。

なぜ人は陰謀論を信じるか:安易な俗論を排す(2014-04-12 今日の雑談)

国交省のようなミクロ官庁では、マクロ官庁が行うような各省協議の矢面に立つことはあまりないのかもしれませんが、同じキャリア官僚として法案作成過程を熟知しているという意識が、厚労省の縦割りとか既得権という安易な利権陰謀論に対するハードルをかえって下げてしまっている可能性もありそうです。実をいえば、私自身、周囲の公務員よりは比較優位を持つと思っている労働とか社会保障の分野について、思い込みで間違った認識を持っていることが少なくありません。上記のキャリア官僚氏を他山の石としたいと思います。

ついでに、「自分は論理的科学的思考ができるという安易な確信」に陥っていると思われる方の例をもう一つだけ挙げておきます。「文系は「データ」の意味がわかっていない」というエントリを書いた方が、その数日後にこんなエントリを書いていらっしゃいます。

確かに上記のデータだけ見れば、1976年は8~10時間働く労働者が一番多かったのが、2006年では10時間以上働く労働者が一番多くなっている。だがちょっとまってほしい。同じページに「(1)週当たり労働時間」が載っている。男性の部分を抜粋する。
(略)
週当たりの労働時間は増加していないのに、1日当たりの労働時間が増加しているのは、ようするに週休2日制のためだろう。むかしは土曜日出勤だったのが、休むようになり、代わりに1日の労働時間が増えた。週休2日制が導入され始めたのがちょうど1980年代。

   *   *   *

なんかtwitterでは冒頭のグラフだけ見て、「むかしのサラリーマンよりも現代のサラリーマンの方が働いている」とか言ってる人たちがいるけれど、そういう単純な問題ではないだろう。

休日が21日増えているので年間の労働時間は減っている。p.4に「1970年以降の労働時間の推移」のグラフがあるが、1970年は約2250時間だったのが、2010年には約1750時間になっている。年間で見れば2割労働時間は減っているわけだ。

昭和の頃より現在の方が労働時間が多い?(2014/04/08 22:46:00 疑似科学ニュース )

とされていますが、統計上の労働時間について留意すべき点として、

いずれの統計を利用する場合でも留意すべきなのは,1 人当たりの平均労働時間を算出する際に,労働時間の長い正規雇用者と短い非正規雇用者が加重平均されている点である。日本の労働市場では非正規雇用者比率の上昇が著しいため,正規雇用者の労働時間に変化がなくても,非正規雇用者と平均した 1 人当たり労働時間は減少する傾向が強い。実際,『社会生活基本調査』を利用し,就業形態や年齢などの構成比変化を固定して平均的な労働時間を推計した場合,長期的にみて労働時間に大きな変化はみられないという研究結果も報告されている(Kuroda 2010)。つまり,マクロでみた平均労働時間の変化には,構成比変化の影響が含まれている点は留意すべきといえる。

労働時間(山本勲(慶應義塾大学准教授)日本労働研究雑誌2013年4月号(No.633) )注:pdfファイルです

とされているとおり、統計上日本の総労働時間が減少した原因の一つとして、短時間労働に従事する非正規労働者の割合が増加したことも大きく影響しています。黒田先生の論文で指摘されているのは、非正規労働者の増加によって総労働時間では減少しているのにも関わらず、就業形態などで調整すると、フルタイム男性雇用者(その大半はいわゆる正社員やフルタイムパートと思われます)の中では、10時間以上働く割合が倍増している状況があるということです。

つまり、非正規労働者の割合が増加して労働者全体の総労働時間そのものは減少する一方(ただし、非正規労働者の基幹化に伴うフルタイム化が進んで減少には歯止めがかかってしますが)で、(男性)正社員には長時間労働が課せられていて、しかもその中にはサービス残業も含まれていることによって、使用者側は支払賃金を節約しながら労働時間を増やすことができているわけです。その長時間労働を課せられた(男性)正社員や一部の非正規労働者が心身を病んで、メンタル不調とか過労死につながり、それが社会問題としてようやく認識されつつある中で、減少している総労働時間を取り上げて「年間で見れば2割労働時間は減っているわけだ」などとお気楽なことを言っている場合ではないんですね。まあ、私も理系の方のデータの理解には足元にも及ばない分際ではありますが、文系なりのデータの理解とか分析方法というものもありまして、そういえばそもそも文系と理系に分かれているという時点で、日本の大学そのものがシンプルマインデッドなのかもしれません。
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