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V字回復!離島の高校改革

4月15日 20時30分

木村祥子記者

少子化による児童・生徒の減少に伴い、学校教育そのものが維持できなくなっている地域が増えつつあります。
こうしたなか、自治体ぐるみの思いきった改革で廃校の危機にあった高校の生徒数を劇的に回復させた取り組みが注目されています。
どのような改革が功を奏したのか。
松江放送局の木村祥子記者が解説します。

離島の高校の危機

東京からおよそ600キロ。
島根県の隠岐諸島の海士町と西ノ島町、それに知夫村の3町村は「島前(どうぜん)」地域と呼ばれています。

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改革の舞台となった島根県立隠岐島前高校は、この地域にあるただ1つの高校です。
高校がある海士町は人口が2300人余り、少子高齢化が進んでいます。
高校では、新入生の数が年々減少して平成20年度には28人となり、学校の存続さえ危ぶまれていました。
ところが、ことしの入学者は59人と6年前の2倍以上に増え、見事な「V字回復」を果たしたのです。

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生徒数が減少していた6年前、高校では教員の数も削減されていたため、通常の教育課程にある地理や物理が教えられない状況に陥っていました。

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科目の選択の幅が狭まってしまうと生徒にとっては将来の進路選択にも影響が出ます。
島を出て進学せざるをえない生徒もいました。

高校の魅力を高めるために

「このまま学校がなくなってしまえば、島の活気はますます失われてしまう。」島全体に危機感が広がりました。
そこで、島前地域の3町村が6年前から取り組んだのが、「島前高校・魅力化プロジェクト」です。

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過疎の島と悲観することなく、豊かな自然などの魅力を発信することで、外から入学者を呼び込もうと考えたのです。
島外からの入学は「島留学」と名付けられました。
プロジェクトが進めた主な取り組みは次の3つです。
1つ目は「授業改革」。

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島に眠る資源を再発見し、それを生かす取り組みです。
島で続いてきた昔ながらの有機農業の体験など、都会では味わえないさまざまな経験を通じて、幅広い知識と考え方を身に付けることができるような授業を始めました。
こうした独自の授業を参考にしようと、全国の多くの自治体が視察に訪れています。
2つ目は「学力の保障」。

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大学進学を目指す生徒のために学校と自治体が協力して公営の塾を開設。
塾がなかった島のデメリットを克服しました。
費用も自治体が補助を出すため、月8000円から1万円と格安です。
塾の講師は、プロジェクトの存在を知って、都会の教育にはない可能性を感じ、島にやって来た人たちです。
有名大学を卒業した講師の徹底した個別指導を売りにしています。
そして、3つ目は「寮の完備」です。

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島にやってきた生徒は、用意された寮に入ります。
費用は3食つきで月4万円。
ここで共同生活を送り、さまざまな経験を積みながら、学力も高めていきます。

『島前』を守るために…

一連の制度を維持するため、3つの町村は、今年度、6000万円の予算を組んでいます。
このうち、海士町は、財源を確保するために町長がみずから給与の50%をカット、職員の給与も最大で30%、削減したことがあります。

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高校を存続させるための苦渋の決断でしたが、海士町の高校魅力化プロジェクトの吉元操担当課長は、「自分たちの給与をカットしてでも島前の魅力につなげていく。それが島前を守ることになるという一心でした」と当時を振り返っています。
また、東京や名古屋などで開かれる「U・Iターンフェア」などに関係者が出向いて学校説明会を開き、一連の改革や「島留学」の魅力を訴えました。
こうした努力が実を結び、6年前の2倍以上の59人に増えた入学者。
およそ半数の31人は島外からの生徒でした。

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この春、京都から島留学した男子生徒は、「人と地域で地域一丸となって何かをする、何かを楽しむ、都会ではできないことがここでは体験できるので、ここを選びました」と話しています。

地元の子どもに刺激も

こうした改革は島留学した生徒だけでなく、島で生まれ育った子どもたちの学習意欲にも影響を与えています。

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海士町出身の高校3年生、井筒翔太さんは、中学生のころは学年で上位の成績でしたが、今は、島外からきた生徒がクラスの半分を占め、上位になるのが難しいと言います。
しかし、生徒が増えることで切さたく磨し、自分も成長できると感じているそうです。
また、井筒さんの父親も、「昔からもっとよい高校に行きたいからよそに行くというのはあるが、よそに行かなくても島前高校でそれができる、十分なんだと親が言えるようになってきたと思う」と話していました。

離島の高校の未来

今回の取材を通して、島の外の子どもを呼び寄せようと始めた試みが、結果として、地域の教育の質の向上につながっていると感じました。
一方、軌道に乗り始めた「魅力化プロジェクト」ですが安穏としてはいられません。
今後はさらに人口減少が加速し、少子化も深刻化して行きます。
子どもたちから選んでもらえる学校になるように、さらに魅力を高めていかなければなりません。

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離島だからと諦めるのではなく、一見デメリットに見えることも逆手に取って発信し、島全体で学校を守ろうという取り組みは、地域の教育の新しい可能性を示していると思います。