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この春、前橋に越してきた時、群馬大橋を渡りながら「これが利根川だったか」と少し驚いた。30年近く前、東京から新潟へ国道17号を車で走ってスキーに向かい、古めかしい洒落たトラス橋を渡った記憶は残っていたが、川にはさっぱり覚えがなかった。
私にとっての利根川は、もっとゆったり流れる大きな川だ。以前、千葉県に住んでいたので、銚子や佐原、鹿島、印旛沼に出掛けるたびに、川幅1キロはある河口近くの橋を渡ったり、車を止めて堤防に駆け上がったりしたものだ。
先週、ホルムアルデヒドの問題が起きて、下流の風景を思い起こした。上流と下流で様子はずいぶん異なるが、利根川に変わりはない。流れは埼玉や千葉とつながっている。あらためて感じた。
群馬県の幹部が記者会見で、問題が伝わった直後の動きの鈍さを釈明して「県民には迷惑をかけなかった」と漏らしたという。下流では一時、千葉県だけでも35万世帯が断水した。給水に長蛇の列ができ、ボトルの水が各地で売り切れた。汚染源が群馬と決まったわけではないが、下流の住民が聞けば、腹の虫が治まらないだろう。
上流の責任は大きい。県は、埼玉県から17日午前11時過ぎに報せをもらったのに、浄化前の水のサンプルを最初に採ったのは丸1日経った18日午前11時半だった。素早く的確に検査していれば、逆に群馬県の評価は上がったかも知れない。原因究明に尽力し、挽回して欲しい。(朝日新聞前橋総局長・高谷秀男)

マンションの自室の合鍵を家主と不動産会社が持っていることが分かった。留守中、自由に部屋に入れるわけで、気持ちのいいものではない。先月この欄で書いた通り、私のマンションは過剰なまでの防犯装置を売り物にしている。それと裏腹の、ブラックジョークのような話だ。
賃貸契約書に鍵の条項はない。こちらが入居後に気づいて指摘するまで不動産会社から説明はなかった。合鍵を差し出すよう求めたが、拒まれた。不動産会社は「これまで事前に説明したことはないが、苦情も問題もなかった。鍵を持つのはうちのルール」という。
私の家主と不動産会社が悪用するとは思わないが、別の誰かが合鍵を盗む可能性はある。実際、そうやって他人の家に侵入した事件が2006年に鹿児島市であった。敷金、礼金なしで入居者を集め、家賃を滞納すると法外な金を請求して問題になった「ゼロゼロ物件」は、家主が合鍵を使って勝手に入居者の荷物を運び出すのが手口の一つだった。
ネットで検索すると実に多くの人が合鍵に不満や悩みを抱えていることが分かる。ひとり暮らしのある若い女性は、不在時に、一方的な連絡だけで男性の大家らが部屋に修繕に入るのが耐えられないと嘆いていた。
住居の不可侵は憲法35条が定める国民の権利だ。家主や管理会社が当たり前のように鍵を持つのは時代遅れではないか。都市再生機構は住宅公団だった1964年には賃貸住宅のマスターキーを廃止している。事件や事故の場合は、警察官立ち会いのもと、鍵を壊す。それで何ら問題はないという。(朝日新聞前橋総局長・高谷秀男)

関越道で高速ツアーバスの大惨事が起きて、10日余りが経った。亡くなった7人の方々のご冥福と、けがを負った皆さんの早期の回復を心からお祈りし、ご家族にはお見舞いを申し上げたい。
テレビのニュース番組を見ていて、一つ気になったことがある。乗客の家族のひとりが「安かったからではなく、出発時刻がちょうどよかったので乗った」としきりに強調していたことだ。「安いバスを選んだのだから自己責任だ」とささやく人がいるのだろう。痛々しかった。
言うまでもなく、惨事の責任はまず運転手にある。彼は自分でもバスを所有しており、事故前日は自分のバスの修理の手配で満足に眠れなかったらしい。彼に事故便を1人で運転させたバス会社の責任も重大だ。社長は、運転手が直前3日間休んで休養十分と説明してきたが、実は運転手は日雇いだった。これでは運転手が「休日」に別の仕事をして疲れても、管理できないだろう。
バス会社のお目付け役のはずの国土交通省がまたひどい。運転手が1人で運転できる上限の670キロを見直すよう総務省が勧告したにもかかわらず、放置していた。事故を起こしたバス会社を監査して36件も違法を指摘したというが、いったい今まで何をしていたのか。
安いから乗ったとしても、安全は守られて当然だ。「自己責任」という言葉は、被害者や家族をさらに苦しめ、本当の責任の所在をあいまいにし、再発防止策を甘くさせかねない。(朝日新聞前橋総局長・高谷秀男)

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