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コラム 
記者の目
正義と秘密 [10月25日号]

 訃報を聞いて思い出した。やなせたかしさんが作詞した「手のひらを太陽に」を小学校で初めて歌ったとき「生きているから悲しいんだ」の一節が飲み込めなかった。親に尋ねたのか覚えがないが、意味が判ったとき、ちょっぴり賢くなったような気がした。
 軍隊経験があるやなせさんの言葉は重い。「正義は逆転する。A国にとっての正義がB国にも正義だとは限らない。では、逆転しない正義は何かといえば、飢えている人を助けることなんじゃないか」「悪党をやっつけるためにぶちこんだミサイルで罪のない人も死んでしまうなら、それは正義ではない」。
 訃報が流れた日、臨時国会が始まった。安倍晋三首相はこの国会に特定秘密保護法案を提出する方針だ。所信表明では触れなかったが、翌日の代表質問に答えて「喫緊の課題だ」と述べた。やなせさんなら、このきな臭い法案について何と言っただろう。
 公表された概要によれば、法案は、行政機関の長が日本の安全保障に関する事項で特に秘匿する必要があるものを「特定秘密」に指定し、それを漏らすと最高で懲役10年の刑を課す内容だ。公務員以外も処罰対象になる。従来、自衛隊法などの刑の上限は5年だ。
 為政者にとっての正義が一般市民にも正義だとは限らない。悪党をやっつけるために国民の知る権利や言論の自由が制限されてしまうなら、それは正義ではない。やなせさんは、きっと、こんな風に話すのではないか。(朝日新聞前橋総局長・高谷秀男)

 

借金と資産 [10月18日号]

 消費税8%の来年4月実施決定と一緒に、政府の借金の残高が1千兆円の大台に乗ったと盛んに報道された。国内総生産の2倍を超え、先進国中最高で、第2次大戦末期の日本よりも高い。このままでは終戦直後のようなハイパーインフレに見舞われる、と不安をあおる。
 本当にそうだろうか。借金で兵器を作り、戦争という破壊活動を続けたのでは、ろくに資産は残らない。しかし、今は、無駄な公共投資が多いとしても、インフラや生産設備を壊しているわけではない。次世代の役に立つ、立派に引き継げる資産も多い。
 借金の大きさばかりに目を奪われて、資産を忘れてはいけない。財務省のサイトによると、政府が抱える総債務残高から、政府が保有する金融資産を差し引いた純債務残高は2013年で国内総生産の1・5倍にとどまる。政府資産は金融資産以外に不動産だってたくさんある。
 政府と自治体や民間を合わせて日本全体を見ると、金融資産は11年末で5720兆円あり、負債総額を265兆円も上回っている。日本全体では政府の借金を賄ってお釣りが来るということだ。おまけに、この超過額は01年末と比べると5割も増えている。
 借金は少ないに越したことはないが、危機ばかり強調して国民を脅かし、消費増税をやむを得ないと思い込ませるのはいかがなものか。消費増税は結局、必要な出費まで抑えさせ、過剰な倹約を強いて日本経済を縮小させ、財政危機の解決にもならないだろう。(朝日新聞前橋総局長・高谷秀男)

 

消費税8% [10月11日号]

 安倍首相が来年4月から消費税を8%に引き上げると発表した。増税分は年約8兆円で、うち約6兆円が家計の負担になるという。国民1人当たり5万円。朝日新聞の9月上旬の世論調査では、65%が増税後に家計の出費を「今より抑えるようになる」と答えた。
 6兆円でも国内総生産の1%を超える。昨年度の実質成長率1・2%に匹敵する。それだけ消費が削られかねない。導入前の駆け込み需要があってもその後、景気を冷やすのは明白だ。政府もそれがわかっているから、5兆円規模の経済対策を打つ。
 そうまでして増税を急ぐ必要があるなら、一時的でも法人税や高所得者の所得税を以前の高い税率に戻せばいい。今、法人税収はピークより年10兆円、所得税収は13兆円も減っている。バブル経済だったピークの回復は無理でも、消費増税分近くは出てくるだろう。転嫁対策も要らない。
 税は異なっても、収入に違いはない。にもかかわらず、政府もマスコミも経済界の一部も消費税が大好きだ。消費税が法人税や所得税と異なるのは、利益や所得が無くても、物やサービスを買う限り負担しなければならないことだ。経済格差を広げるのも明白だ。
 法人税や所得税を上げると、企業や高額所得者がどんどん海外に逃避するといわれる。本当だろうか。仮にそうなったとしても、円安になり、日本に投資する人はいくらでも現れる。捨てる神あれば拾う神あり。それが市場というものだ。(朝日新聞前橋総局長・高谷秀男)


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