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先月、生まれて初めてリンゴ狩りを体験した。所は沼田市の県中山間地園芸研究センター。見学会で「スリムレッド」という品種の原木から一つだけもぎ取らせてもらった。ボールをつかむように握り、小枝に人さし指の横腹を当て手を回す。かじると甘酸っぱくておいしかった。
スリムレッドを含めて群馬県で育成した品種が7つもあると聞いて驚いた。「あかぎ」「陽光」は店で買った記憶があるが、他は初めて耳にする名ばかり。試食した「ぐんま名月」は甘くて歯ごたえもシャキシャキと非常によく、気に入った。
群馬の品種があまり知られていないのは農園でのリンゴ狩りと直販が多く、大型小売店にはあまり流通していないからだという。後日ある直売所で名月を所望すると、今年はすでに予約がいっぱいで売り切れとのことだった。密かな人気が広がっている。
研究センターの次に訪ねた鈴木政隆さんのリンゴ園は果実だけでなく加工品のジャムやソースも売っていた。もちろん通信販売も手がける。1次産業の農業、2次の製造業、3次の小売業を掛け合わせた「6次産業」の優等生といえる。
行政は今、盛んに6次産業化を農家に勧めている。ただ、加工にはそれなりの設備投資が必要で、リスクが伴う。鈴木さんは「そのまま食べてもらえることが大事。美味しさと品質にこだわりたい」と話していた。流行の政策に踊らされないように、しっかり足元を見つめる姿勢に好感を持った。(朝日新聞前橋総局長・高谷秀男)

行きつけの居酒屋が今月限りで閉店することになった。私の職場がある前橋市大手町から高崎問屋町に移るという。美味しくて、洋風メニューが充実していたので残念で仕方がない。同僚の提案で忘年会をそこで開き、別れを惜しんだ。
周辺では、私が赴任してきた昨年も飲食店がいくつか店終いした。県庁、市役所があり、マンションが増えたが、夜は閑散としており、客足が伸びなかったようだ。今、新しい合同庁舎が建設中だが、完成後に期待を寄せる声はとんと聞かない。
先月、近くで開かれた「前橋原風景写真展」に足を運んだ。昭和30年代、40年代の前橋を私は知らないが、当時の街の様子は実に懐かしい。大手町ではないが、とにかく人通りが多く活気にあふれている。昼間の写真が多かったが、夜もさぞかし賑わっていたことだろう。
昔はよかった……。そんな余韻がまだ頭に残っていたころ、写真コンテストの審査で、今年の前橋七夕まつりの1枚を目にした。商店街を埋め尽くす人また人の波。路面が見えない。アングルのなせる技でもあるが、前橋にもこんなに大勢人がいたのかと膝をたたく。
普段、商店街はがらんとしているが、ショッピングセンターはいつでも結構な人出だ。賑わいは消えたのではなく、移っただけともいえる。どうしたら呼び戻せるのか。誰もが長年知恵を絞ってきたが、特効薬は見つからない。年の瀬に、栄枯盛衰、抗いがたい時代の流れを感じた。(朝日新聞前橋総局長・高谷秀男)

特定秘密保護法案が6日成立した。行政機関が指定する「特定秘密」を漏らしたり聞き出したりしたら最高10年の懲役。秘密漏洩の共謀、教唆、扇動は最高5年の懲役だ。秘密を暴こうと話し合えば共謀、教えてと頼めば教唆、明らかにせよと呼びかければ扇動になりえる。
同じ日、札幌高裁が7月の参院選を違憲状態とする判決を下した。先月は広島高裁岡山支部が違憲・無効の判決を出し、最高裁が昨年末の衆院選について違憲状態と判示した。違憲状態の選挙で選ばれた国会議員に、国民の知る権利を制限し、知ろうとするだけで厳罰を科す法律を作る資格があるのか。
自民党の参院選のパンフ「公約2013」や比例区選挙公報に「特定秘密保護法」は載っていなかった。首相は臨時国会で同法制定を「喫緊の課題」と言ったが、本当に国民のためなら、なぜ堂々と載せなかったのか。違憲状態の選挙制度を改めることこそ喫緊だ。
同法は、参院では自民・公明の賛成で可決した。両党は今、両院で議席の過半数を占める。しかし衆院選も参院選も得票率は50%に届かなかった。「巨大与党」といわれるが、過半数の支持を得たわけではない。強行採決はファシズムの匂いがした。
巨大与党は、衆院小選挙区と多くの参院地方区が1人しか当選しないため生まれた。死票が多く、その分の民意は切り捨てられる。フェアな選挙制度だったら、特定秘密保護法はできなかっただろう。(朝日新聞前橋総局長・高谷秀男)

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