従軍慰安婦問題、強制性を裏付ける証拠発見
編集部注:本記事は翻訳家・平井和也氏の寄稿。同氏は、人文科学・社会科学分野の日英・英日翻訳をおこなっている。
本稿では、日本の第二次世界大戦中の従軍慰安婦問題について取り上げたいと思う。まずは、3月7日にマレーシアの新聞「The Star」が報じた記事“Japanese historians slam sex-slave apology review”(日本の歴史家が政府の性奴隷への謝罪見直しを厳しく批判)について、以下にまとめてみたいと思う。
Photo : thestart.com
3月7日(金)、学者および人権活動家が集まって東京で開かれた会議で日本の二人の歴史学者が1993年に日本政府が発表した第二次世界大戦中の性奴隷制度に対する謝罪を支持する考えを示し、現在の安倍政権がそれを見直そうとしている動きに対して「許すことのできない行為」だとして厳しく批判した。
日本政府はいわゆる「河野談話」によって、日本が第二次世界大戦中にアジア各国の女性を強制的に売春制度に組み入れたことに対する共犯を公式に認めた。日本の戦時中のこの問題は特に韓国で激しい怒りを引き起こした。韓国の朴槿恵大統領は8日(土)に日本に対して、日本政府が河野談話を見直すことを強行した場合、「孤立」することになると警鐘を鳴らしている。
しかし、保守思想の持ち主である安倍晋三首相の現政権は、河野談話の根拠となっている「慰安婦」(日本軍の売春宿で強制的に兵士の性交渉の相手をさせられた女性に対する婉曲表現)によって示された証拠を再検証する必要があるという考えを表明している。
会議に出席した二人の歴史学者は、特に韓国を中心にして中国、インドネシア、フィリピン、台湾の200,000人の女性たちが戦時中、日本軍の売春宿で性奴隷として強制的に性交渉をさせられていたと述べている。
しかし、少数の右派の日本人は、日本が国として、または軍として公式に関与したことはないと主張しており、女性たちは一般の売春婦だったという論を展開している。
日本の現代史を専門としている中央大学の吉見義明教授は、次のように述べている。
「河野談話を撤回することは許せない。最新の歴史資料は、日本軍が多くの女性の名誉と尊厳を傷つけたことを証明していると言えます」
また、政治学を専門としている関東学院大学の林博史教授は、林氏自身を含めた複数の研究者が、日本軍が直接関与していたことを証明する少なくとも12種類の新しい文書を発見したとして、次のように述べている。
「日本政府はまだおそらく6,000以上の未公開の文書を保存しています。政府は現存する文書の中に軍の関与を示す文書はないという主張を繰り返していますが、この政府の態度は極めて不誠実だと言わざるをえません」
この二人の発言は、米国のキャロライン・ケネディ駐日大使が日本と韓国に対して関係修復を求めた翌日に出たものだった。ケネディ大使はNHKの取材に対して、次のように述べている。
「日本と韓国はこの問題に関して、先頭に立って行動すべきであり、またそうするだろうと思っています。米国は両国と緊密な関係を持つ同盟国として、出来る限りの方法で助力したいと思っています」
上記の記事に登場している吉見教授と林教授は今月10日に外国特派員協会で会見を行い、海外メディアを前に安倍政権に対して河野談話の継承や謝罪・賠償、さらなる調査の必要性を訴えている。(両氏は第一次安倍政権下の2007年にも会見を行っている。)
この会見の中で、吉見教授は次のように述べている。
これらは過去二十数年の調査研究はもとより、アジア各国での被害者の証言から明らかであり、すでに国際社会での共通認識になっています。軍・官憲による直接連行を示す資料は発見されていない、とする2007年第一次安倍内閣時の閣議決定が強制否定の根拠になることはありえません。2014年に入っても慰安婦強制を示す新資料が発掘されています。
(中略)
しかしながら、安倍首相が再び政権を取ると、河野談話の見直しや、慰安婦に対する強制を否定する議論が国会で繰り返され、3月14日には河野談話の見直しはないと安倍首相が言明されましたが、今も撤回を求める声が止むことはありません。安倍内閣は、河野談話を見直さないと言う一方で文言調整に絞った極秘検証を行おうとしていますけれども、なぜそのような検証を行う必要があるのでしょうか。
安倍内閣は河野談話の閣議決定を執拗に拒んでいますけれども、談話を事実上否定するか、再び撤回する動きを作る伏線ではないかという疑念を払拭することはできません。
また、外国人記者との質疑応答の中で、林教授は次のように述べている。
今日ご紹介した資料以外にも、法務省は2,000ファイル以上の資料を持っている。しかしながら河野談話を出すにあたり、この中から2点しか報じていない。ほとんどの文書を調査せずに放置している。したがって、河野談話を出した時点で日本政府がきちんと調査していない、というのは明らかである。
国会議員に対する答弁でも、河野談話公表までに見つかった資料ではこういう文書はない、という言い方をして、その後見つかった資料についても、ほとんど言及しないという姿勢を貫いている。なぜ日本政府がそういう態度を取っているのかわからない。みなさんにもインタビューをして聞いてもらいたいと思う。 私の推測では、そうした資料を認めるということは、強制を示す文書があったと認めざるを得ないからではないか。強制性を認めたくないので、新しく見つかった資料、持っている資料を無視しているのではないかと推測している。
2,000以上のファイルのうち、私がこれまで調査できたのは、まだ100ファイルにも満たない。個人ではとても無理なので、日本政府がこれらを調査すべきである、というのが私たちの要求でもある。
さらに、質疑応答の中で、吉見教授は次のように述べている。
オランダ政府は慰安婦問題について1994年に調査報告書を出しているが、それを読むと、オランダ人女性に軍・官憲が暴力を用いて連行したことを示す資料があるということが、いくつか例をあげて書かれている。それから、中国のケースでは、中国人女性たちが賠償を求めて日本の裁判所に訴訟を起こし、結果敗訴はしたが、判決の中で、中国で軍人が女性たちを暴力的に連行して慰安婦状態としたことを認定している。これも公文書と言えると思う。
もうひとつの焦点として朝鮮半島でどういうことが起こったのかということがある。朝鮮半島でもっとも一般的だったのは、軍、あるいは朝鮮総督府が業者を選んで、その業者に女性たちを集めさせていた。その業者はどういう方法で集めていたかというと、誘拐、あるいは人身売買がほとんどだった。このようなことが一般的であったということについては、国内で私と意見が対立している人との間でも、そこは共通の認識が成立している。
そのようにして誘拐、あるいは人身売買された女性は、業者によって戦地まで連れて行かれ、日本軍の作った慰安所に入れられるが、そこで軍は何をしなければいけなかったかというと、誘拐・人身売買は犯罪だとして女性たちを解放し、業者を逮捕しなければいけなかった。それをせずに軍の作った慰安所で兵隊の相手をさせれば軍の責任が生じてくるということになる。弁護士に聴いたところ、軍も共犯になるというのが弁護士の見解だった。 そもそも軍が慰安所というものを作らなければこのような問題は起こらなかったわけだから、最大の責任は軍にあるということになるのではないか。
私はこのBlogosの記事の中で紹介されている共同通信の二つの記事で報じられている一報に触れた時、いよいよそういう文書が見つかったのかと思った。というのも、従軍慰安婦の強制連行を認めない政府や論者は、それを証明する文書がないからだというのをその根拠にしてきたからだ。
どちらの記事にも林教授が国立公文書館に保管されている文書を発見したことが報じられており、一方(2013年11月21日)には旧日本軍が従軍慰安婦として海外の民間女性を強制連行したという記述がある法務省の資料6点、もう一方(2014年3月22日)には太平洋戦争中にインドネシアのバリ島に海軍兵曹長として駐屯していた男性が1962年の法務省の調査に対して、終戦後、慰安所を戦争犯罪の対象に問われないように軍から資金をもらい、住民の懐柔工作をしたと供述していたことを明記した資料が見つかったと書かれている。
マレーシアの新聞「The Star」の記事およびBlogosの記事の中で、日本政府がまだ何千という単位で未公開の文書を持っているという記述があるが、これに関連して、ニューヨーク市立大学の霍見芳浩教授は2001年に出版された著書『大変革 日本再生への処方箋』の中で、次のように述べている。(参考:霍見芳浩教授)
米国が1950年代に日本へ返却した帝国日本の陸軍省と海軍省の内部資料を、日本人だけではなく世界のジャーナリストと研究者へ公開することを政府に対して要求し続けることである。明治政府から1945年までの帝国軍部の膨大な内部資料であるが、新生日本とは無関係のはずだ。しかし、日本政府は同資料公開に対する米国政府の要請も、内外の学者やジャーナリストの要請も拒み続けている。何を隠したがっているのだろうか。
同資料には、「南京大虐殺」「日本軍慰安婦」「日米開戦」「昭和天皇の戦争責任」などの解明の手掛かりが含まれていると私は確信している。
ちなみに、私は霍見芳浩教授を大学生の頃から尊敬している。ハーバード大学やコロンビア大学を含めた米国の複数の大学で何十年にもわたって教鞭を執ってきた方であり、国際的な学識も人間性も優れた学者だと思っている。
1968年にハーバード大学で日本人初の経営学博士号を取得したという歴史もある。日米の政治や経済、社会、文化などに精通したまさにプロだと思っている。霍見教授は日米の経済摩擦が起こっていた時代に、日米双方に対して認識の間違いを指摘したり、助言を行ったりといったことを手弁当でしていた人であり、その指摘も問題の本質に迫る極めて鋭いものだった。ハーバード大学で教鞭を執っていた時代には、学生時代のブッシュ前大統領を教えた経験もある方だ。
霍見教授は第一次安倍内閣時代の2007年に発表した論考『日本人の安全と暮らしを損なう安倍「欠陥」首相』の中で、従軍慰安婦問題について次のように述べている。少し長くなってしまうが、引用させていただきたい。
3月1日、安倍首相は記者団に対して「帝国日本軍による慰安婦(性奴隷)はなかった」と語り、日本軍の蛮行を認めた93年の内閣了解にもとづく河野洋平官房長官談話を証拠の提示なしに否定した。しかも、昨秋の首相就任直後の訪中と訪韓では、95年の村山首相声明(「太平洋戦争は日本の侵略だった」)と河野談話を首相として再確認して、中国と韓国との関係改善を誓っていたのにである。公式訪問での日本の首相の誓いはこんなに軽いものなのかと中韓はもとより、米国も呆れている。
(中略)
この談話は外務省のホームページに載っているから、読者に御一読を勧奨したい。2年近くもかけた調査を土台にしたもので、国会決議に次ぐ重さをもたせたものである。「慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、その場合も、甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲がこれに加担したこともあったことが明らかになった・・・・」と認めて、「心からおわびと反省の気持ちを申し上げる」とも日本政府は公式に宣言している。
しかし、一議員時代ならいざ知らず、首相になった今、安倍首相は、自民党内外の国粋右派におもねって、「日本軍による慰安婦の強制拉致の命令書が無いから、日本軍の関与は認められない」などと詭弁をふりまいている。言うなれば、殺人に使った凶器を捨てておいて、「この凶器が見つからないから、殺人はしていない」と開き直り、多くの目撃者証言や物的傍証を「ねつ造」だと強弁するのと変らない。ドイツはじめ欧米のネオ・ナチ右翼達が「ナチス独によるユダヤ人大虐殺(ホロコースト)や性奴隷化はなかった」というウソ八百の詭弁と同じである。
河野衆議院議長に聞けば分かることだが、敗戦直前に、当時の内務省と陸軍省の高級幹部が植民地と占領地を飛び回って、日本軍による慰安婦拉致の証拠書類を焼却している。問題の証拠はまだ見つかっていないとしても、被害者や現地女性拉致に関与した元日本兵士の数々の証言で国際法廷の審議にかなうものがある。また、占領したインドネシアでは、捕虜にしたオランダ人女性を将校用の性奴隷にした証拠もあり、敗戦後に、オランダ軍事法廷は責任者の日本人将校を死刑にしている。フィリピンでも同じである。(中略)朝鮮人性奴隷を日本軍は軍用船で南洋の島々の基地に「移動慰安」をしていたのにである。
(中略)
口を開くと、安倍首相も自民党の大東亜聖戦信奉者も、「日本人の名誉の為に、日本軍による慰安婦拉致を否定する」と言う。しかし、国際法廷の審理に堪え得る動かぬ証拠や証言があるのに、河野談話を否定したり、大東亜聖戦説を一方的にがなり立てることほど日本人の名誉を傷つけているものはない。彼等は、「帝国日本の内外での蛮行を繰り返さない為にも、自分達の手で厳密に検証しよう」とする良心的な日本人を「自虐」と切捨てる。しかし、彼等が帝国日本の蛮行を勝手に隠したつもりで、否定するにつれて、日本は世界中から嫌われ、日本人の安全も暮らしも危うくしている。安倍首相以下、帝国日本の蛮行否定者こそ本当の自虐者であり、他の日本人も傷つけるサディスト(加虐者)である。
この問題に関しては様々な賛否両論があるのは私も重々承知しているが、私もそれを明記した文書がないから強制連行はなかったなどという詭弁は通用しないと思う。実際、上に引用した霍見教授の論考では、「敗戦直前に、当時の内務省と陸軍省の高級幹部が植民地と占領地を飛び回って、日本軍による慰安婦拉致の証拠書類を焼却している」とはっきりと書かれている。
そして今、証拠文書を発見した林教授と吉見教授の活動からさらに事態が進展していくことを私は願ってやまない。
私は右翼でもなければ、左翼でもなく、中道でもなく、純粋に歴史の事実と真実が明らかになることを願っているだけだ。そして、もしそこで自分が生まれ育った母国である日本にとってつらく、都合の悪い事実や真実が明らかになったとしても、それを真摯に受けとめたいと思っている。それこそが責任ある大人の態度であり、また責任ある日本国民の態度だと思うからだ。それこそが日本が世界から信頼される国になるための基礎となると思っている。過ちを犯して改めないことを過ちと言う。
【参照記事】
The Star: Japanese historians slam sex-slave apology review
Blogos: 従軍慰安婦問題、強制性はあったー吉見義明教授・林博史教授が海外メディアに訴え
共同通信:「軍の資金で慰安所口止め」 元日本兵、60年代に供述
霍見芳浩氏: 日本人の安全と暮らしを損なう安倍「欠陥」首相
Photo : commons.wikimedia.org