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Knight's & Magic 作者:天酒之瓢

第2章 魔獣襲来編

#23 家に帰り着くまでが

 ヤントゥネンから王都カンカネンまで通じる石畳の道、西フレメヴィーラ街道の上を馬車と幻晶騎士シルエットナイトが移動していた。
 馬車の群れはライヒアラ騎操士学園騎士学科の生徒達のもので、幻晶騎士はヤントゥネン守護騎士団のものだ。
 騎士団の騎士達は王都カンカネンで行われる叙勲式へと出席するため、ライヒアラの生徒の護衛をかねて移動している。

 馬車の列の中に1台、屋根の上に人を乗せた車両があった。
 日向ぼっこでもするかの様に座り込むその人物は、後ろに連なる馬車を眺めている。
 馬車の列の最後尾には回収された幻晶騎士の残骸を詰めた荷車が続いている。
 陸皇亀ベヘモスに倒された機体はほぼ例外なく屑鉄と化していたが、最悪でも幻晶騎士の部品でも最も高価な部品を積んだ胴体は回収されていた。
 損傷の程度にもよるが、魔力転換炉エーテルリアクタ魔導演算機マギウスエンジンが無事ならば本体の再生は比較的容易だ。
 最悪、新規の筐体に中枢部だけ入れてしまえばいいのである。
 ヤントゥネン守護騎士団の残骸はヤントゥネンへと送られたため、此処にあるのはライヒアラの物である。

 馬車の屋根に居る人物――エルは茫漠とした視線を後方に送っていた。
 この荷車のどこかにグゥエールの残骸もあるはずだが、幌を被せられているため場所までは判然としない。
 石畳を行く馬車の振動を感じながら、エルはベヘモスとの戦闘の最終場面を思い返していた。

「(思い返してみたら最後のアレは完全に運任せやったなぁ)」

 直接制御フルコントロールによる高機動戦法での負荷による機体の自壊。
 あの時は最も負荷の大きかった脚部の結晶筋肉クリスタルティシューが破断し、機動性を失ったエルは一か八かの賭けに出る羽目になったのである。

「(同じ轍を踏まんためにも、せめて全力で動かしても壊れん機体を作らんと。
 ……しかもこれはあんま他人任せにできんし)」

 現状、彼以外にこんな短時間で機体が限界を迎えるほどの操縦が出来る人間は居ない。
 となればこの問題を把握し、対策を考えることが出来るのも彼だけということになる。
 いずれ自身の機体を作成する時に向け、アイデアを練る必要がある。

「エル君、こんな所で考え事?」

 まとまるでもない思考で漠然と悩んでいると、後ろから誰かが抱きつきながら問いかけてくる。
 そんなことをする人間には一人しか心当たりが無い――エルは後ろに居るアディへと振り返った。

「ええ、こないだの戦闘で明らかになった欠点を改善しないといけませんから」
「まーたそんなのばっかりなんだー!」

 微妙に不機嫌そうなアディがそのままもたれかかる。
 アディのほうがエルより背が高いため、体重をかけられるとエルはあっさりと押し込まれてゆく。

「そ、そればっかりというか、こういうことは時間のあるうちに考えておかないと、次に困るのは僕自身ですから」

 ピクリ、とアディの動きが止まる。
 むすっとした表情が消え、代わりにアディが浮かべたのは何かを悩んでいるような顔。

「……エル君、やっぱりまた……。ねぇ、約束して欲しいことがあるんだけど」
「なんでしょうか?」
「今度は一人で飛び出していかないで、私達も連れてってよ」
「それは……」

 エルからは後ろに居るアディの表情は窺い知れない。
 そのまま何となく振り向きづらく感じ、正面を向いて少し悩む。

「確かに、私達じゃ役に立たないかもしれないわ。でも」
「そんなことは……場合によるのではないでしょうか」
「どうかな、私幻晶騎士乗れないし。それでもせめてエル君が何をするかくらい、教えてよね!」

 そこまで言われて、エルに反論の余地はなかった。

「わかりました……できるだけ。本当に緊急の時とかは、無理かもしれないですけど」
「むぅ。なーんかその言い方ずるい!
 そりゃ、私達が居たからって何かあるわけじゃないけど、絶対1人より3人のほうがいいんだから!」
「はは、そうですね。3人のほうが……3人?」

 苦笑気味に返答していたエルの表情が突如真剣味を増す。

「エル君?」
「1人より3人……1本より3本、1本の矢ならすぐに折れるが、3本なら折れない……。
 そうです、1本ずつだからもろひってはにふるんれふは」

 ジト目のアディがエルの頬をつまんでむにゅっと広げている。

「話してる最中に全然関係ないこと考えるとか、しつれーよね。うん」
「いたた……うぅ、そうですね、失礼しました」

 エルがつねられた頬を押さえているのを見ながら、アディはさも何かを思いついたように、ニイッと笑い出した。
 彼女はエルを横から覗き込むようにしながら満面の笑みを浮かべている。
 何故だか、エルはその笑みに嫌な予感が広がるのを抑えられなかった。

「そうだ、私達にも幻晶騎士の動かし方、教えてよ!」
「うわー、そう来ましたか」

 エルの操縦方法は余りにも特殊だ。
 完全に個人のパフォーマンスに依存したその方法は、エルの弟子とも言えるこの双子をしても利用できるかは微妙なところだ。
 それ以前に現状では手元に幻晶騎士がないのだから如何ともし難い。
 アディに苦笑を返しながら、内心でエルはどうしたものかと頭を悩ませるのだった。

 

 広めのテーブルの中央に置かれたポットローストから食欲をそそる香りが漂う。
 その周囲には所狭しと料理が並べられ、今もエルの母親であるセレスティナ・エチェバルリア(ティナ)がスープを大皿へと移している。
 その隣では双子の母親、イルマタル・オルター(イルマ)が焼きあがったパイを並べていた。
 普段の食事よりも豪勢な料理の数々が並ぶ中、彼女達は忙しくも楽しそうに盛り付けを進めている。

「そろそろアディさんにも料理を教えないといけないかしら?」
「ふふ、そうね、あの子ったらキッドと一緒にやんちゃなばかりなんだから」

 話しながらも鮮やかな手さばきで準備を整え、それが終わったところでそれぞれの家族を呼ぶ。
 エチェバルリア邸ではエチェバルリア、オルター両家の人間が集まり、子供達の無事帰還を祝ってささやかなパーティが開かれていた。
 元々子供達が野外演習から還って来たときはこうして迎える予定だった。
 それが今回はただの演習ではなく、魔獣の暴走、巨大魔獣の襲来と未曾有の事態に巻き込まれたのだ。
 突如降りかかった災厄は報せを受けた家族の顔色を真っ青に変じさせたものの、事態に比して被害は少なく、騎士学科の生徒の大半は無事に帰りつきその家族は慌てるやら喜ぶやらと大忙しであった。
 それはこの両家も例外ではなく、特にイルマは双子と3人で暮らしていることもあり、当時の心配様は生半可なものではなかった。
 さすがにその状態で一人で待つことはできず、暫くの間子供同士だけでなく親同士も付き合いの深くなっていたエチェバルリア家で過ごしていたのだった。

 子供達の全員が無事に帰りついたこともあり、久方ぶりの両家揃っての食卓は安堵に包まれている。

「でも全員無事で、本当に安心したわ」

 並べられた料理を端から平らげてゆく子供達を見、イルマは溜め息をつくように呟く。

「ご心配をおかけしました。この通り僕達は特に怪我もありませんでしたし(わりと奇跡的に)」
「いいのよ、無事に帰ってきてくれれば。それにこんなに料理をほおばる元気があるのですもの。
 本当、全然大丈夫そうね」
「「もみもんも」」
「二人とも、せめて飲み込んでから喋りましょう……」

 残る二人は無心に料理を頬張っている。
 何せ移動中は保存食を中心とした味気ない食事が多かったため、彼らはまず何よりも目の前の料理に関心が行っていたのだった。
 イルマはそれを気にする様子もなく、むしろせっせと料理を取り分けていた。

「大変な事になっていたと聞いたのだけれど、大丈夫そうね。
 エルは向こうではどんな事をしていたのかしら?」
「はい、ベヘモスと殴り合ってきました」
「ングッカッ、ゴホッゲホッ、ゲフゲフッ」

 そして母息子おやこの余りにもドストレートな会話にマティアスが食べ物を喉に詰まらせる。

「まぁ、とても大きかったのでしょう? 大丈夫? ちゃんと殴れたの?」
「先輩から幻晶騎士を借りたので、大丈夫です。
 少し危ない場面もありましたけれど、ちゃんと殴り勝ってきました」
「あら、幻晶騎士を貸してもらえたの? よかったわね、エル。
 でもあまり無茶をしては駄目よ。いつも貸してもらえるとは限らないのでしょう?」
「そうですね。その時はいい先輩(・・・・)がいて助かりました」

 マティアスは必死に明後日の方向を向いているが、この場にいる他の人はその会話を普通にスルーしているあたり、ある意味で訓練の行き届いている家庭なのだった。
 食卓にいる人物のうちでただ一人、エルの祖父であるラウリは食事中は特に喋るでもなく穏やかにそれを見守っていたが、食後にエルを呼び出した。

「それでだ、エル。明日のことなんだが、わしと少し出かけて欲しいんだが、よいか?」
「はい、お祖父様。何処へ行くのですか?」
「うむ、それはな……」

 

 
 フレメヴィーラ王国の王都、カンカネン。
 元々この街はオービニエ山地の山裾に前線基地として作られた要塞都市だった。
 その名残を残した町並みは堅牢な石造りであり、王城を中心として何重かの城壁がその周囲を囲んでいる。
 現在は最外周の城壁のみが防壁として機能し、内側の城壁は区分け程度の意味しかないが、それでもその存在がこの国の歴史を物語っている。
 街の中央にそびえるのがフレメヴィーラ王城、“シュレベール城”。
 前身たる砦としての風貌を色濃く残したその外観は、荘厳でありながらも無骨さを残し、現在でも十分に要塞として通じるだけの威容を誇っている。
 それは“騎士の国”であるフレメヴィーラ王国の気風に実に良く馴染み、カンカネンを訪れた者はみなこの城を誇りに感じていた。

 シュレベール城の中心部には王への謁見のための間がある。
 四方に豪奢な垂れ幕が掲げられ、巨大な柱が並び立つ。天井は高く、幻晶騎士自体が入れるだけの空間があった。
 中央には真っ赤な絨毯が敷かれ、その先には玉座がある。
 玉座の背後には恐ろしく巨大な座席がしつらえられ、そこには一機の幻晶騎士が周囲を見下ろすように座っている。
 国王専用幻晶騎士“レーデス・オル・ヴィーラ”
 フレメヴィーラに現存するどの機体よりも優美な姿に、国旗と同様の模様を編まれたマントを肩から垂らした様は正に騎士の頂点たる王の姿を体現していた。
 左右に近衛騎士団を配置し、中央にレーデス・オル・ヴィーラを据えたその光景は勇壮の一言に尽きる。

 時には兵士、幻晶騎士にて埋め尽くされる事もあるが、今この場所にはほんの数名の人間がいるばかり。
 レーデス・オル・ヴィーラの前にある玉座に座る壮年の男性は、フレメヴィーラ王国第十代国王アンブロシウス・タハヴォ・フレメヴィーラ。
 その横にはセラーティ侯爵領を預かるヨアキム・セラーティ侯爵が控えていた。
 そして玉座の正面にはヤントゥネン守護騎士団長フィリップ・ハルハーゲンの姿がある。
 本来ならば片膝をつき、頭を垂れるのが謁見の儀礼だが、この場では許しを得て頭を上げアンブロシウスに対して報告を行っていた。

「以上が、陸皇亀ベヘモスとの戦闘における報告になります」

 フィリップから報告を聞いたアンブロシウス王はふむ、と鷹揚に頷き返す。
 その手には報告内容をまとめた書類があり、アンブロシウスはざっとそれに目を通していた。

「ベヘモスの死骸の回収はどうなっておる?」
「は、さすがにベヘモスほどの大物になりますと回収者ガーベッジコレクタだけでは足りず、我が騎士団からもいくらか人手をまわしております。
 数日のうちには大半が回収されるものかと」
「此度の戦いでの損失を彼奴の死骸で少しでも埋めておきたいところじゃな。
 まぁ、師団級魔獣を相手取った被害としては、実に少ない被害と言うべきなのじゃがな」
「陛下、確かにヤントゥネンの戦力はいくらか減っておりますが、一時的に我がセラーティ領より騎士を回しておりますれば。
 埋め合わせを含め一月もあれば持ち直す範囲かと」

 報告を補足するヨアキムの言葉を聴きつつ、アンブロシウスの視線は報告書の一角で止まっていた。
 そこに記載されているのは紅い幻晶騎士(グゥエール)とそれを操ったエルネスティについての情報だ。
 彼の顔に浮かんでいるのはなんともいえない表情。

「エチェバルリア……ラウリめの孫か。よもや斯様な活躍をしようとは」
「陛下……」
「のうフィリップ。俄かには信じがたいことじゃが、こやつは本当にかの魔獣を圧倒して見せたのか」
「恐れながら、我が目で確かと見届けた事実でございます。お疑いになられるのも当然の内容とは思いますが……」

 さすがにこればかりはフィリップも強くは言えず、ヨアキムは表情を表には出さないが内心では大いに疑っていた。

「お主が斯様に益体の無い嘘をつくと思うてはおらぬ。おらぬが、こればかりはな。
 特にこのくだり。魔導演算機の術式をその場にて変更したと報告にはある。
 事実だとすればもはや正気の沙汰ではないぞ」
「半ばは伝聞ですが、実際に目撃した動きを見る限り……事実ではないかと」
「私のほうにも同様の報告が入っております……実際に目撃したのはハルハーゲン卿と守護騎士団のみになりますが」

 アンブロシウスは静かに眼を閉じ、その意味に悩む。
 束の間の思考の後、彼はポツリと呟いた。

「この者、危ういのう」

 それに慌てたのはフィリップだ。
 あの戦闘においてエルの働きは実質的に何十人もの騎士団員の命を救ったに等しい。
 さらには様々な事情からエルに褒賞を出すわけにも行かず、その上拍子抜けするほどあっさりとそれを承諾された事もあり、フィリップはエルに対して負い目に感じる部分がある。
 相手が遥かに年下の少年であろうと、共に戦い、さらには助けられた相手を蔑ろにするほどフィリップは薄情ではなかった。

「陛下、恐れながら申し上げます。
 この少年、10歳の年齢でありながらその知識は優れ、態度は聡明そのもの。
 また礼儀もわきまえ、周囲のものに聞く限り人物評は良好にございます。
 なにより彼はベヘモス戦で先陣を切り戦っておりますれば……」

 フィリップの言葉を、アンブロシウスが軽く手を振り遮る。

「案ずるな、今すぐにどうこうするつもりは無い。
 それに今はそれでよいかも知れぬが、聞けば齢10とな。
 にもかかわらず実に恐るべき能力というところじゃが……それでも所詮は10の童よ。
 いずれは己の力に溺れるやも知れぬ。わしが危惧するのはそこよ」

 アンブロシウスの懸念は尤もだ。
 どんなに有能であり現在は清廉潔白であろうと、時の流れにあって人は変わるものである。
 特に10歳ともなれば、精神的にもこれから多感な時期であり、ここで力に驕るようであれば有能さはむしろマイナスにしかならない。
 実際にはエルの中には40年近くの時を経た精神が存在するため、一般的な考えは当てはまらないのだが、そんなものは当然ながら彼らの想像の埒外である。
 故に彼らはその才が失われること、道を踏み外しはしないかと危惧する。

「それでは、如何いたしましょう」
「この心を失わぬなら良き騎士となるじゃろうが……導かねばならぬ。
 ラウリめの元にいるならば要らぬ心配やも知れぬがの。
 ふむ、そうじゃな……まずは時を設け、一度会って見ねばならぬな」

 アンブロシウスの言葉に、ヨアキムとフィリップは礼を以って返した。
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