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Knight's & Magic 作者:天酒之瓢

第2章 魔獣襲来編

#22 戦いの結果

 ミシミシッ パキィッ!

 枯れ木を折るような音が断続して周囲に響く。
 音の発生源は小山の如き巨大な塊……陸皇亀ベヘモスの死骸だ。
 死亡し、魔力マナの供給と身体強化フィジカルブースト魔法の維持が途絶したため、50mを越す巨体が自重に耐え切れず崩壊を起こしていた。
 戦闘により多くのひびが刻まれた甲殻が崩れ、内部の骨格が砕けたためにその高さが徐々に低くなる。
 特に重量の集中する胴体付近は完全に下面が潰れ砕けていた。

 地に沈んだ巨獣を包囲した布陣のまま、騎士団が勝ち鬨を上げている。
 槍にも似た魔導兵装シルエットアームズ・カルバリンを高々と掲げ、巨獣に対する勝利を誇る。
 犠牲も大きかった。だが犠牲が出たが故にその勝利を捧げるが如く示していた。

 

 歓声止まぬ騎士団から離れ、3機の幻晶騎士シルエットナイトが歩いていた。
 大多数をカルダトアで構成された騎士団の中にあって、3機とも機種が違うその集団はある種の異彩を放っている。
 1機は騎士団の長たるフィリップの専用機“ソルドウォート”。
 実用性を最重視したカルダトアに比べ豪奢な外見をしており、さらには外部につけた外套型追加装甲サー・コートにより集団の中でも特に目立っていた。
 その脇を行く副団長ゴトフリートが乗るのはカルダトアをベースにしながら一回りがっしりとした機体、“カルディアリア”。
 彼らの後ろを進むもう1機はライヒアラ騎操士学園の実習機である“アールカンバー”。
 全身を純白の装甲に包まれ、無骨でありながら整った形状はカルダトアとはまた別の機能美とも言えるものを感じさせる。

 彼らは地に倒れるベヘモスの横を通り過ぎ、その先にある物体に近づいてゆく。
 近づくごとに、紅い塗装を施された金属片が地面に散らばる様子が見えてきた。
 ――そこに散らばっているのは、幻晶騎士・グゥエールの残骸だった。

 先頭を行くフィリップの視界に飛び込んできたのはグゥエールの腕だ。
 骨格部分が崩壊したそれは、元の形を想像することが困難なほどに破壊されていた。
 それを横目に見ながら彼らは無言で先に進む。
 そして、ついに目的の物へと辿り着いた。
 四肢と頭部を失った胴体部分。
 装甲はところどころ剥離し、内部の結晶筋肉クリスタルティシューは粉砕されている。
 胸郭を形成する骨格が崩れ、全体的に形が歪だった。
 さらに正面装甲は歪んでおり、それが受けた衝撃の凄まじさを物語っている。

「(もしやと思ったが、この様子では中の騎操士ナイトランナーは……絶望的か……)」

 言葉にはしないが、全員の胸中に大差はない。
 一縷の望みを抱いてはいたが、原形を留めぬほどの衝撃を受けながら、内部の騎操士が無事などとは到底思えなかった。

 
 フィリップとゴトフリートは、無言で幻像投影機ホロモニターに映るそれを見ている。
 ライヒアラ騎操士学園高等部に所属し、ベヘモスの襲撃から後輩を守る為に最後まで立ち向かった機体。
 ベヘモスの攻撃に圧倒される騎士団よりも前に立ち、烈火の如く巨獣に立ち向かい、そして相討ちに散った機体。
 フィリップは思う。
 この機体に乗っていた騎操士はどんな人物だったのだろうかと。
 乗っていたのは学生のはずだ。それならば、彼はどれほど将来有望だったことだろうか。
 巨獣を圧倒する高い技量、他人の為に命を賭して戦う高潔な姿勢、不利を跳ね返す強靭な精神力、どれをとっても騎士として理想的なまでの姿だ。
 一言も交わしていない相手ではあるが、巨獣の襲来に果敢に立ち向かい、そして散った英雄に、彼は静かに黙祷を捧げた。

 
 アールカンバーが、グゥエールの傍らに膝をつく。
 圧縮空気の噴出音が響き、アールカンバーの正面装甲が開いた。
 エドガーは装甲の上に立ち、しばし静かに眼下の残骸を見つめていたが、ゆっくりとそれに話し掛け始めた。

「ディー……最早、手遅れだが俺はお前に謝らねばならん。

 ……俺はあの時、お前が俺たちを見捨てて逃げたと思った」

 それを語るエドガーの静かな口調とは裏腹に、彼の表情は後悔に歪んでいる。

「一瞬、俺はお前を見損なったんだ。……だが同時に納得もした。
 あの状況は絶望的だった。ディーならそんなことには付き合わないだろうと。
 だが……お前は、戻ってきた」

 握り締めたエドガーの手が震える。

「そして……お前は……。

 すまない、ディートリヒ。
 お前が何故これだけの力を隠していたのか、俺には想像もつかん。
 それでも、お前が命をかけて俺たちを助けt」

 ガボォッ!!

 独白を遮るように、突然の炸裂音と共にグゥエールの(・・・・・・)胸部装甲が高々と宙を舞った。
 そのまま放物線を描いて飛んだそれは、くわんくわんと音を立てて地面を転がる。
 3機そろって呆然と吹っ飛ぶ装甲の軌跡を目で追い、そして足元の残骸に視線を戻した。
 呆気にとられる彼らの前に、操縦席から小柄な人影がひょっこりと顔を出す。

「やれやれ、正面装甲が歪んで開かないなんて、お陰で外に出るのに苦労しまし……
 ええと? 皆様どうなされたので?」

「「「…………えっ?」」」

 

 
 守護騎士団が全軍で出撃し、厳戒態勢にあったヤントゥネンは、今その城門を大きく開き、彼らの帰還を受け入れていた。
 凱旋を飾った守護騎士団が整然と列をなし、行進する。
 騎士団の出撃と共にベヘモス襲来の報が伝えられていた市民は、無事に帰って来た騎士団へと惜しみない喝采を浴びせていた。
 まるで戦争に勝利したかのごとき熱狂ぶりだが、実際にベヘモスに対する勝利はそれと同等以上の価値がある。

 そして列が進み、門をくぐった物体を見て市民がどよめく。
 それは、幻晶騎士の胴体よりも巨大な魔獣の首――ベヘモスの頭部だ。
 台車に乗せて運ばれるそれは、圧倒的な迫力で直接それが動くところを見ていない市民にも、魔獣の脅威をまざまざと知らしめた。
 一瞬の静寂が観衆の間を走り、直後、それまでに倍する歓喜が爆発した。
 市民は口々に巨獣を打ち破った守護騎士団へ賞賛を浴びせ、彼らの守護たる騎士団への尊敬を深くする。
 ヤントゥネンの興奮は頂点に達していた。

 
 騎士団が行進する中央通から少し離れた場所に、町中の熱気から外れるようにひっそりと喫茶店が存在していた。
 市民の大半が大通りに居る状態では店の中は閑古鳥がないており、客らしきものは数名の少年少女が居るだけだった。
 彼らはライヒアラの生徒だ。
 騎士団が街に戻ってきたため、彼らも数日のうちにはライヒアラへ戻る手はずになっている。
 それまでは街中であれば自由行動を許されていた。
 今は大半の生徒は中央通りで市民と共に騎士団の凱旋を祝っている。
 ここにいるのは喧騒を逃れた一部の生徒。
 その中でも今回の事件の関係者を含むエドガー、ステファニア、キッド、アディ、そしてエルだった。

「全く、出鱈目にも限度がある……」

 溜息と共にエドガーは手に持つ紅茶をおろす。
 彼の言葉はその場に居るエル以外の全員の心境を代弁したものだ。
 陸皇亀事件でのエルの行動について、軽く説明した直後の言葉だった。

「むしろ巻き込まれた・・・・・・ディーに同情したくなってきたぞ……」

 魔導演算機マギウスエンジンのハッキング、幻晶騎士の直接制御フルコントロールによる機動戦闘。
 それだけでも常識が金切り声を上げて悶死しそうな話だ。
 エドガーは頭を抱えてしまい、ステファニアも目を見開いて驚きをあらわにする。
 キッドとアディも呆れ気味ではあったが、何かを納得すると顔を見合わせて呟いた。

「「ほらやっぱり幻晶騎士奪ってた」」
「二人とも、やっぱりとは何ですか。その通りですけど」

 エルは少しムスっとしていたが、双子に睨み返されついと視線を逸らした。
 エドガーはこの中でエル以外で唯一実際に幻晶騎士を操縦したことのある人物である。
 それだけにエルの説明はショッキング極まりなかったが、実際に彼の記憶にあるグゥエールの機動はそれくらいの無茶をしないと実行不可能なものだ。
 何度も頭を振り、何とか自分を納得させていた。
 そして彼はふとある可能性に思い至る。

「エルネスティ、あの時ディーが逃げなかったらどうするつもりだったんだ?」
「どうもしませんよ、あれは半ば勢い任せな行動でしたし。そのまま皆と一緒に馬車で逃げていたでしょうね」

 エドガーの表情が苦々しいものになる。
 あの戦闘でエルとグゥエールの存在が無かったらどうなったか。
 少なくともここにエドガーはおらず、騎士団が被ったであろう被害は数倍に跳ね上がっていたであろうことは容易に想像できる。
 下手をするとベヘモスを倒せていたかどうかも怪しい。
 今回の戦闘の殊勲賞は間違いなく目の前の小柄な少年なのだ。
 しかし、それだけの功績がありながらも彼自身の立場が事態を複雑にしていた。
 エドガーは一つ溜息をつくと意を決し本題へと入る。

「我々……高等部の生存者は、このあと王都カンカネンにて行われる叙勲式へ出ることになっている」

 語る内容に反して、エドガーの心中はどこかすっきりとしなかった。

「ヤントゥネン守護騎士団からも代表が、恐らくハルハーゲン卿と何名かが出るだろう。
 師団級魔獣の討伐ともなれば国中、いや諸外国へ喧伝してもいいレベルの話だ。
 かなり大々的に執り行うらしい」
「そうですね、おめでとうございます……という割には表情が晴れないようですが?」
「この事件における紅い幻晶騎士(グゥエール)の存在は、恐らく伏せられる。
 ……つまり、エルネスティとディーの功績が評価されることは、ないだろう」

 キッドとアディが睨むようにエドガーへと振り向く。
 ステファニアは申し訳なさそうな表情のまま、手元の紅茶へと視線を落としていた。
 一人エルだけが全く気にするそぶりも無く平然と頷いていた。

「やはり、ですか。これが騎士団の一員か、正式に高等部の騎操士ならば問題は無かったのでしょうけどね」
「おいおい、エルがいなけりゃやばかったんだろ!?
 どうしてそこで評価されねーなんてことになるんだよ!!」

 思わず立ち上がったキッドをステファニアが目線だけで抑える。
 一つ息を吐くと、彼女はゆっくりと説明を始めた。

「落ち着きなさい。
 正騎士が活躍したのなら昇進や褒賞が出るわ。高等部の生徒なら正騎士に取り立てることになるでしょうね。
 ……でも、今のエル君を同じように騎士にするわけにはいかないの」
「どうして? エル君その辺の騎士よりよっぽど強いのに!?」
「騎士になる、と言うことは騎士団に入るということなのよ。
 飛びぬけて強いだけなら何とかなるのでしょうけど、10歳の子供と一緒に働ける騎士は、多分居ないでしょうね。
 組織に所属するということは、片方だけがいいと思っていてもままならないことなの」
「せめて成人していればやりようはあっただろうが……。
 それに仮にも正騎士たる騎士団を差し置いて10歳の子供が殊勲賞などと言ってみろ、彼らの面子がズタボロになる。
 彼らの面子は国の面子だ。誰もそんなことは望むまいよ」

 エルはくい、と首を傾けながら、微笑を浮かべつつ聞き返した。

「なるほど。それで、先輩達はその説得を頼まれたのですか?」

 エドガーとステファニアの表情が僅かに引き攣る。
 エルはそれには頓着しないまま言葉を続けた。

「さておき、僕としては実際に幻晶騎士を操縦できたのである程度満足しましたし。
 褒賞関係で下手にこじれるよりは何も無いほうがましです。
 勝手に首を突っ込んだのはこちらですしね。ただし」

 すっと、紅茶を一口飲みながらエルの瞳が細められる。
 年下の少年を相手にしているというのに、エドガーもステファニアも圧されるような感覚を覚えていた。

「この後、勝手に利用されるようなことは、防いでおきたいですね」

 ステファニアが力強く頷く。

「そんなことはさせない。セラーティの名においてそれは保障するわ」
「ああ、それについてはハルハーゲン卿にも一言言い添えておこう」

 頷くエルに対し、キッドとアディは納得しかねる表情だ。

「いいのかよ、エル?」
「そうよ、そもそもエル君は騎士になって幻晶騎士に乗るのが夢でしょ?
 ここで退いてもいいの?」
「今回は言わばイレギュラーです。報酬をたかる・・・つもりはありませんよ」

 不満たらたらのキッドとアディを宥めつつエルが締めくくったことにより、エドガーとステファニアはこっそりと安堵の吐息をついた。
 実際にグゥエールはベヘモスとほぼ相打ちになっており、エルが受けた危険に対してなんの褒賞も無いというのは彼らにとっても心苦しい。
 反面、騎士団側がエルというイレギュラー要素を扱いかねているのも理解できるため、彼らはせめて命令ではなく直接説得し、エルにも納得してもらおうとこうして説得役を買って出たのだ。
 二人ともエルが暴れるとまでは危惧していないが、話の内容が内容である、拗れることを覚悟していただけに予想以上に物分りのいい彼の姿勢はありがたいものだった。

「(いやーあっぶな。今回は突発暴走やったしなぁ、縊られんかっただけありがたい所やな)」

 傍から見れば平然と紅茶を含むエルだが、内心ではかなり冷や汗をかいている。
 実を言うと今回の決着に悩んでいたのは彼も同様だ。
 しかも立場的にエルから働きかけることは容易ではない。
 そういう意味でも、相手が穏当な手段に出てくれたのはエルにとってこそ僥倖と言えた。

「(実際に動かした上になによりも魔導演算機マギウスエンジンの制御術式を入手できた訳やから報酬という意味では悪うない。
 今回の件にしても考え方によっちゃ騎士団への貸しになるやろし。
 これ以上下手に突っ込むには話がでかすぎるし、向こうを立てておこう。
 後は騎士団とか、現場の人間に多少のコネもつけれたら、結果オーライてところやろ)」

 にこやかな微笑の下で今回の事件の処理を考えつつ、エルはゆっくりと紅茶を飲み干す。
 緊迫した話を通り過ぎ、全員の間には落ち着いた空気が流れていた。
 遠くから響く、パレードの歓声は今だ途切れることは無い。
 それから暫くは全員でゆっくりと雑談に興じるのだった。

 
 …――…

 ゆっくりと、意識が浮上する。
 最初に感じたのは疑問。

「(私はどうなったんだ? あの時……魔獣に……)」

 次に感じたのは苦痛。
 全身あちこちから鈍い痛みを感じ、その刺激で彼の意識がはっきりとする。

「くっ……うう……」

 呻きながらディートリヒは目を開いた。
 目に入るのは木造建築の天井だ。
 横を見れば、清潔な白いシーツが視界に飛び込む。
 彼は軽く混乱しているものの、何となく状況が理解出来た。
 どこかしら病院のような施設に収容されている――つまり彼は救助されたのだろう。

「(……と、言う事は戦闘は終わったのか……)」

 記憶に残る巨獣の姿を思い出し、彼は身を震わせる。
 アレを放っておいたまま彼が助け出されるのは困難な状況だった。
 ならば戦闘は何らかの決着を見ており、そして彼がこうして生存している以上、勝利という形であろうと予測できる。

「あら、気が付いたのね」

 安全圏に居ることがわかり、彼が呆けた様子で寝転がっていると、横から声をかけられた。

「ここはヤントゥネンの騎士団詰め所よ。あなた、戦闘の終了から一日以上気を失っていたの」

 振り向いたディートリヒが目を見開き、その体が小さく震え始める。
 かけられた言葉の内容が原因、ではない。
 その言葉をかけてきた相手が

「打撲が何箇所かあったけど、そんなに大した事なかったから安心していいわ。
 君、若いんだから怪我の治りも早そうだしね」

 頑強そうな体躯を白衣に押し込め、頭はさっぱりと刈り上げ、内股気味にしなを作りながら、野太い声で女性の口調で喋る――男性だったからだ。

 医務室の一角から悲痛極まりない声が響いた。

 
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