邪馬台国(やまたいこく)の女王・卑弥呼(ひみこ)との関連が指摘され、脚光を浴びている奈良県桜井市の巨大前方後円墳「箸墓(はしはか)古墳」(3世紀中頃〜後半、全長約276メートル)は、初期ヤマト政権の都とされる纒向(まきむく)遺跡内にあり、政権トップの大王(だいおう)(天皇)の墓ともいわれる。三輪山の麓に悠然と存在し、現在は宮内庁管理の陵墓(りょうぼ)のため立ち入ることはできないが、昨年の研究者への公開や科学調査で、墳丘の姿が立体的な画像で復元されるなど、これまで謎に包まれた墳丘の様子が次第に明らかになってきた。(野崎貴宮)
箸墓に近い市立埋蔵文化財センターで、3月23日まで開催された特別展「HASHIHAKA」では、平成24年に橿原考古学研究所などが実施した最新の3次元航空レーザー計測の写真が展示された。
この調査で、墳丘は後円部5段、前方部3段とみられる段築(だんちく)構造で、後円部最上段の円丘は直径約39メートル、高さ約4・7メートルと判明した。
昨年2月に公開された箸墓古墳を見学した古代学研究会陵墓委員の今尾文昭・橿原考古学研究所調査課長は「段築であることは明らかで、最上段の円丘の中に被葬者を葬った埋葬施設があると思う。『箸墓段階』に王権が完成を迎え、墳丘を大きくすることで、強烈に権力の優位性を示そうとしていたのではないか」と推測する。
今年3月8日には、市民ら約30人が参加し、箸墓を検証する遺跡ウオークのイベントも開かれた。周辺部では、古墳築造のための土取り跡と考えられる落ち込みも確認されており、参加者はそうした場所も見て回った。
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