(前回から読む)
池上:高度成長期に、自分の人生や存在価値の全てを「会社」に預ける。日本は伝統的宗教を事実上放棄して、効率、成長を教典とするいわば「会社教」一本に頼った。これが日本の唯一の社会システムでした。しかし、システムは必ずいつか破綻する。
文化人類学者。1958年生まれ。東京大学教養学部文化人類学科卒業、同大学院博士課程修了。愛媛大学助教授を経て東工大へ。「癒し」という言葉を日本に広め、日本社会の閉塞性の打破を、新聞、テレビ等でも説く。近年は沈滞する日本仏教の再生運動にも関わり、ダライ・ラマとの対談も出版。東工大では学生からの授業評価が全学1位となり、東工大教育賞最優秀賞を受賞。著書『生きる意味』(岩波新書)は2006年度大学入試出題数第1位の著作となる。その他、『生きる覚悟』(角川SSC新書)、『「肩の荷」をおろして生きる』(PHP新書)、『ダライ・ラマとの対話』(講談社文庫)など著書多数。(写真:大槻純一、以下同)
調子が悪くなったシステムの典型が、日本の高度経済モデルだったわけですね。もはや機能しないし、アベノミクスでちょっと景気が回復した程度でも、高度成長が復活することはまずあり得ない。にもかかわらず、日本では、宗教も含め、「もう1つの線」が復活しない。どうなってしまうのでしょう。
上田:非常に社会が危うくなります。いま、ものすごく短絡的なナショナリズムの声が大きくなっていますよね。あれは、単線化したまま、機能不全を起こした日本社会の病状のひとつだと思います。
池上:いわゆるネトウヨの台頭や、中国や韓国などに対するメディアから個人までの物言いが常軌を逸していたり。「余所の国に文句を言われる筋合いはない」というような雰囲気は、今、強く感じますね。
上田:2013年12月末、突然行われた安倍晋三総理の靖国参拝も同じ匂いがします。この問題を語るには、「靖国神社は果たして宗教施設なのか」ということをきちんと見ておかないといけません。
安倍首相は「宗教施設」だと思っていない
上田:まず、靖国というのは、比較的新しい神社です。
池上:明治2年、1869年に明治政府によって作られました。当時の名称は東京招魂社でした。明治維新の際、戦って亡くなった政府軍の軍人の霊を祭るためにできた施設です。
上田:そう、もともとは幕末から明治維新にかけての戦闘で亡くなった政府側の軍人を慰霊するための施設で、それがあとから神社に改称されたという非常に特殊な存在です。その後、日本が戦争を行うたびに戦死した軍人を祀る神社となった。第二次世界大戦のときには「靖国で会おう」と言葉を交わして亡くなった軍人がかなりいたと聞いています。
ジャーナリスト。1950年生まれ。慶応義塾大学経済学部卒業後、NHK入局。社会部記者として経験を積んだ後、報道局記者主幹に。94年4月から11年間「週刊こどもニュース」のお父さん役として、様々なニュースを解説して人気に。2005年3月NHKを退局、フリージャーナリストとして、テレビ、新聞、雑誌、書籍など幅広いメディアで活躍中。2012年4月より、東京工業大学リベラルアーツセンター教授として東工大生に「教養」を教える。主な著書に『伝える力』(PHPビジネス新書)、『知らないと恥をかく世界の大問題』(角川SSC新書)、『そうだったのか! 現代史』(集英社)など多数。
池上:日露戦争以来、戦争で死んだ軍人は靖国に祀られて「英霊」となる、ということになりました。
上田:死んだら誰もが神様になる。靖国神社では、お国のために死んだ軍人たちは誰しもが英霊になる。戦後連合国による極東裁判でA級戦犯として死刑になった人たちも合祀されているのは、誰しもが英霊になる、という靖国の原則に従っているわけで、その点で靖国神社はぶれていません。もちろん、「それはおかしいのではないか、日本を勝てない戦争に追いやって、戦後処罰された人間を祀るのは変じゃないか」と批判する人も一方でいるわけです。
池上:その通りですね。で、今回の安倍首相の公式参拝をどうとらえますか。
上田:さて、安倍首相が靖国神社に参拝しました。首相という立場で、お国のために死んだ人たちがみな祀られている宗教施設へ参拝する。これがどういうことを意味するのか。
池上:上田先生の読み解きが聞きたいです。
上田:僕が考えるに、安倍総理は、そもそも靖国参拝を宗教行為だと思っていないんですよ。靖国神社そのものを宗教施設だとも思っていない。
この連載を書籍化した『池上彰の教養のススメ』が発売になりました。2012年、池上彰さんが東京工業大学のリベラルアーツセンターの教授に就任して2年。以来、同僚である哲学者の桑子敏雄先生、文化人類学者の上田紀行先生、生物学者の本川達雄先生と一緒に、「教養」について考え抜いた本です。
「教養」なんて役に立たない。英語だのITだのすぐに役立つ実学が大事だ!といわれて久しい――。でも、時代の変革期に「本当に役に立つ」のは、新しいものを生み出すのは、むしろ「教養」の力です。これを読んで、皆さんもどうぞ「教養にまみれて」ください。