【欧米は悪 ロシアを正当化するプーチンのプロパガンダ】


こんにちは、今回も激動の2014年、国際情勢の変化について書きます。

クリミアの併合に始まり、ウクライナ各地に広がるロシア編入ムード。

すっかりロシアの正当性がまかり通っている状況となりました。

プーチンの思惑通り、ロシアのプロパガンダ運動が成功しています。


ロシアの反プーチンデモにしろ、エジプトの革命にしろ、シリアの内戦にしろ、インターネットをはじめ、世論はアメリカが陰謀を仕掛けているということが定説になりつつ有ります。

その中心人物がロスチャイルドやロックフェラーであるというお決まりのパターンで落ち着いているようですが・・・

このブログに何度も書きましたが、彼らはマスターマインドではありません。

今回のプーチンのプロパガンダは、一昔前のオレンジ革命、一昨年前のプーチン大統領再選時に起きた欧米によるプロパガンダの逆手を取るようなものです。

このプロパガンダのネタはお決まりの反ユダヤ主義、ファシストによるロシア系住民の迫害。

ロシア系住民を守るんだという大義名分を掲げている訳です。

ADL(名誉毀損同盟)に代表される、弱者の振りをし、ユダヤを批判する者に因縁をつけるやり方と同じです。

日本にもそういう団体がいますね?


このやり口でプーチン・ロシアは欧米を悪者にしたのです。


特に冷戦時に大きく差をつけられた経済的発展の遅れによる劣等感。

そして、欧米(NATO)による軍事的なプレッシャー等からの解放を求める心情をうまく利用した訳です。

欧米=旧西側諸国ですから、日本に米軍基地が有り、それをもってアメリカの支配下に有ると感じるのと同じような反感が有るのでしょう。

しかし、いまのところ大成功したように見えるプーチンのプロパガンダは諸刃の剣でもあります。

どういうことかというと、抜いた剣を鞘に納めたとたんに、弱腰、腰抜けのレッテルを貼られる可能性が高いから。

これまで強気で欧米と渡り合って来たプーチンが冷静になり、国際的に平和的解決を選択したくても出来ない。

国民の支持率が一気に下がるからです。

強いリーダーを望む国民感情は、第二次大戦前、ヒトラーを望んだドイツ国民と同じ。

例えプーチンが危険な方向にロシアを導いていくという危険性を察知する一部の知識人がいたとしても、それら優秀な人材の意見等、空気を読めない人間として無視されるか、迫害されるのがオチです。


さて、ここからが今回の記事で本当に書きたかった事。


プーチンの本当の狙いです。


何故、プーチンはここまでしてウクライナを手に入れたいのか?


答えは他聞に漏れず、カネです・・・


ロシア経済を強くする。

ロシア経済を強くしないければ、プーチンが「ロシアの王様」として君臨する事は不可能です。


その為にもプーチンは、高い単価で天然ガスを売れる領土を増やしたいということ。


ものすごく単純。


ロシアはウクライナを編入することではなく、強制的にガスを売る対象とすること。

ウクライナの財政難は知れ渡っています。

そこに多額の支援を決めたのが日欧米。

そのカネの使い道はロシアへの借金返済。

ロシアは、借金の型も含め、かなりの影響力を持ったままウクライナに高価なガスを売り続ける。

ロシアの天然ガスを買い続けるようにさせなければならない。

読者の皆さんもお分かりだとは思いますが、ロシアの産業は天然資源しかないと言っても過言では有りません。

しかし欧州にガスを売るのはロシアだけでは有りません。

ロシアは約3割、3割は欧州地域、残り4割は北アフリカ、ノルウェーから供給されています。

現在はまだ影響は出ていませんが、将来的に安価なアメリカのシェールガスの脅威が有る訳ですし、同技術を用い、東欧各国がシェールガスの開発に成功すればロシア経済は壊滅状態。

また、ドイツ等はカタール産のガスとロシア産ガスを天秤にかけて値引き交渉をしています。

ロシアは将来を見込んで、ウクライナをロシアのガスしか買わないお得意さんにしたい。

ロシアがウクライナを経由して欧州にガスを販売していることも考慮すると、ロシアに取ってウクライナという土地は非常に重要です。

今回のプロパガンダですっかり悪者となったのは欧米=旧西側諸国です。

ウクライナ国民は欧米よりもロシア。という気運になりました。

でも、やはり国際的にクリミアの編入は認められない。

目的がウクライナの平和では無く、ウクライナの属国化なんですから。

まるで冷戦時代に逆戻りの構図です。



中央ヨーロッパ・ブルガリア、ルーマニア、ハンガリー、チェコスロヴァキア、ポーランド・・・

ハンガリー・・・天然ガス消費量の65%以上及び石油の80%以上はロシアから供給され、輸入依存度はきわめて高い。

ルーマニア・・・2011年現在、ルーマニアの天然ガス埋蔵量は1,090億m3で、石油同様に生産量は年々減少。1980年代前半と比較して3分の1に近い落ち込みである。不足分はロシアから輸入している。

ブルガリア・・・ブルガリアはロシアから西欧、バルカン諸国までの立地を活かし、大型発電施設、公的電力供給、配電活動、天然ガス供給網などエネルギー部門の一体化を図ることで、石油・天然ガス供給パイプラインの主要拠点となっている。

スロヴァキア・・・スロバキアは天然ガスと原油消費量の全てを実質的にロシア一国から輸入しており、備蓄率も低いため、2009年のロシア・ウクライナのガス紛争から波及した天然ガスの供給停止は大打撃となった。これにより、エネルギー供給の多様化が求められ、エネルギーの安定供給がエネルギー政策の最優先課題と位置づけられた。

ポーランド・・・ガス供給多様化に関しては、目標として、国内ガス生産 30%、、ロシアからの輸入 40%、、その他からの輸
入 30%とすることしている。

チェコ・・・チェコは天然ガスの大半をロシア、ノルウェーから輸入しているが、ロシアに100%依存していない。


そして、これらを経由して旧西側諸国への販売。

これらの地域にガスを売り続けられればロシア経済は安泰。

しかし、当の旧東欧各国は、再生可能エネルギー、シェールガスの開発等、力を入れています。

これは当然の事で、ロシアが天然ガスの供給をコントロールすることで政治的圧力を加える事に対する警戒です。

(転載開始)


中欧4カ国が米議会に天然ガス輸出求める、ロシア依存減らすため

2014年 03月 10日 09:56 JST

[プラハ 8日 ロイター] -ポーランド、チェコ、ハンガリー、スロバキアの4カ国は、ロシア産天然ガスへの依存を減らすため、米国からの天然ガス輸入が可能になるよう米議会に要請した。チェコ共和国の外務省が8日明らかにした。

4カ国は、ロシアが天然ガスや原油の輸出をコントロールすることで政治的圧力をかけることを警戒しており、ロシア以外の供給源を確保しようとしている。

チェコ外務省によると、4カ国それぞれの駐ワシントン大使は共和党のベイナー下院議長に書簡を送り、官僚的なハードルを取り除き、米国産シェールガスをこれらの国へ輸出し始めるよう求めた。

4カ国は書簡で「米国のシェールガス革命を背景に米企業は欧州など海外への輸出を検討している。ただ、ヴィシェグラード4カ国のように自由貿易協定を結んでいない国への輸出許可には官僚主義的ハードルが高い」としている。

この要請に対してベイナー下院議長は、オバマ大統領はこれを聞き入れ、エネルギー長官が天然ガスの輸出を即座に承認するよう促し、欧州や各国がロシアへの依存を減らすため米国内のエネルギー源を活用できるようあらゆる手段を講じるべきだ、との見解を示した。

(転載おわり)

これをロシアが放っておくはずが有りません。

ブルガリアのシェールガス開発に対して、環境保護団体などはフラッキング(水圧破砕)法と呼ばれる天然ガス採取法で地下水が汚染されたり地震が誘発されたりする恐れがあることを理由に大々的なデモが発生。

このデモの陰にロシアの動きを感じざるを得ません。


英国が考えだした地球温暖化説と同様の環境保護に訴える手法。

これらの一連の問題がウクライナで表面化したのは今回が初めてでは有りません。


ロシア・ウクライナガス紛争(ロシア・ウクライナガスふんそう)とは、ソ連崩壊後、ロシアとウクライナ両国間で継続して生じている一連の天然ガスの供給・料金設定をめぐる争いのことである。両国とも当事者は政府ではなく、ガス供給事業者であるガスプロム社とナフトハス・ウクライナ社であるが、両社とも国営企業であり、二国間での争いと見ることもできる。

ウクライナという土地は、対立軸も含め、このような宿命を持っているのです。

(ロイターより転載)


欧州への天然ガス供給契約を順守=ロシアのプーチン大統領

2014年 04月 12日 02:45 JST

[モスクワ 11日 ロイター] -ロシアのプーチン大統領は11日、欧州への天然ガス供給契約を順守し、ウクライナへの供給を停止することはしないと述べた。ただウクライナに対し、天然ガス料金を先払いするよう要請する可能性があるとした。

同大統領はテレビ放映された安全保障会議の会合で、「ウクライナに対するガス供給を停止する意向はないことをあらためて表明する」と述べた。

ただ、ウクライナは22億ドルのガス料金をまだ支払っておらず、プーチン大統領は同国に対しガス料金を先払いするよう要請することを提案したことを明らかにした。

プーチン大統領は前日、ドイツを含む18カ国の首脳に書簡を送り、ウクライナが天然ガス料金を支払わなければ、ロシアは同国に対する供給を削減する可能性があり、その結果ウクライナを経由したロシア産ガスの欧州への供給も減少する恐れがあると警告。

これに対し米国は、ロシアはエネルギーを利用して圧力をかけていると批判している。

(転載おわり)


ガスを供給します。だから、借金の返済もお願いしますね・・・


(ロ朝日新聞デジタルより転載)



IMFのウクライナ支援策を歓迎 G20共同声明

2014年4月12日02時34分

 米ワシントンで開かれていた主要20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議は11日(日本時間12日未明)、「ウクライナ情勢の経済への影響を注視し、国際通貨基金(IMF)による支援策を歓迎する」とした共同声明を採択して閉幕した。ウクライナ問題で政治的には対立する欧米とロシアも、世界経済の混乱を避けることで合意した。

 ウクライナ支援をめぐっては今後、IMFが表明していた2年総額140億~180億ドル(約1・4兆~1・8兆円)の金融支援策の実行が焦点となる。

 共同声明ではこのほか、2月の豪シドニーG20で合意した「世界の経済成長率を5年間で2%底上げする」方針についても確認した。9月のG20財務相・中央銀行総裁会議で各国の具体的な対策を精査し、11月に豪ブリスベンで開くG20首脳会議(サミット)までに実行可能な計画をつくることも盛り込んだ。(ワシントン=斎藤徳彦)

(転載終わり)


さて、IMFがウクライナに金融支援すればロシアからの借金は返済できるのでしょうか?


ここで名無し先生からの情報です。

先生は現在、昼と夜の区別もつかぬ程、大忙しの状態です。

その中で一言。


「プーチン・ロシアの真の狙いをバラす動きが出始めています。」


ということで、ロシア、ウクライナ情勢は今後の国際秩序維持派による制裁が期待できそうです。


話は変わり、マレーシア航空機の真相

これは次の記事で詳細を書きたいと思いますが、現時点で言える事。


マレーシア航空機は墜落していません。


他にもいろいろありますが、日本企業乗っ取り計画阻止、日銀法43条のこと、あまり軽卒には書けませんので、別記事で。


それでは


FC2 Management

【第三次世界大戦への火種 フィリピン シエラ・マドレ号への圧力 おまけでフィリピンの日本米不足騒動】

こんにちは、4/3日ようやく退院できました。

私にとって4年ぶりの入院でした。4年前は東京の千駄木の有名な大学付属病院に入院したのですが、義母の時もそうでしたが、医療界というのは、なんだか世界統一されたというか、個性も何も無く、とにかく抗生物質等の薬物投与に明け暮れているように思います。

製薬会社との関係、保険との関係、先生のおっしゃる、既得権益というものをヒシヒシと感じ、射たれたくもない注射を射たれ、薬物を流し込まれるのです。

こちらの場合は、会社で民間保険に加入しているのですが、よく空港にあるカウンター海外旅行保険同様、掛け捨て保険なので、この分野は相当収益性が良いらしく、そこに目を付けたサードパーティーのエージェンシーが、ご親切に各病院に日本人スタッフを配備していて、入院から退院まですべて手続き代行してくれます。

当然ですが、そのエージェントがドクター、病院側とつるんで高額請求していることは言うまでも有りません。

なんと、手術も何も無しで、薬物投与とCTスキャンのみで80万円の請求でした。

見事な癒着構造です(笑)。

さて、今回は前回の記事の続きという訳では有りませんが、第三次世界大戦に向けて、世界中で紛争の火種が蒔かれている一例として、フィリピンで起きている事象をご紹介したいと思います。

フィリピンにおける紛争について、日本ではあまり知られていないでしょうから、あまり期待するような内容ではありませんが、読者様のご考察の参考にでもなれば良いかと思います。

(転送開始)

荒れる南シナ海:シエラ・マドレ号に対する圧力:JBpress(日本ビジネスプレス)

(英エコノミスト誌 2014年3月22日号)

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座礁した船が南シナ海の最新の火種になる危険をはらんでいる。

ある意味では、東南アジア諸国連合(ASEAN)と中国の政府高官が3月18日にシンガポールで開いた会合は、これ以上ないタイミングで訪れた。何しろ激しい領有権争いが繰り広げられている南シナ海の海域で危険なまでに緊張が高まっており、今回の会合は、衝突の危険性を減らすための「行動規範」で合意しようとする、果てしなく続くように思える試みを再開しようとしていた。

 そのわずか9日前、中国海警局は、フィリピン船舶が南シナ海で係争中の島の1つに近い座礁船に物資を運ぶのを阻止した。

 そしてフィリピンは3月30日までに、中国が南シナ海の大部分に対する領有権を主張する根拠は国際法に照らして無効だと主張し、国連の仲裁裁判所に証拠を提出することになっている。

 だが、座礁船と裁判の双方に対する中国の態度は、行動規範で合意に達しようとするには、今がどんな時にも劣らないくらい悪い時期であることを意味している。どちらのケースでも、中国は妥協には関心がないように見える。

 南シナ海はこの先何年も、この地域の不安と米中の対立の源泉であり続ける運命にあるように見える。

フィリピン海兵隊員への物資供給を中国が阻止

 もともと第2次世界大戦中に米国が建造した船であるシエラ・マドレ号は、フィリピンでアユンギン礁、中国で仁愛礁として知られるセカンド・トーマス礁で1999年に意図的に沈められた。今ではこの船は水漏れする老朽船だが、この海域が国連海洋法条約(UNCLOS)に基づいてフィリピンが主張する排他的経済水域(EEZ)内にあることを象徴するため、一握りのフィリピンの海兵隊員が配置されている。

 しかし、中国もこの海域の領有権を主張しており、以前フィリピンとの間で見られたように――1996年にミスチーフ環礁で、そして2年前にスカボロー礁で――、とにかく支配権を確立することに専念しているように見える。

 中国が物資を供給する船を阻止したのは今回が初めてだ。中国は、物資供給船が建築資材を運んでいると主張し、建造物ができれば現状を変更することになり、将来の行動規範についてASEANと中国が2002年に調印した「宣言」に違反すると主張した。


だが、シエラ・マドレ号が2002年に既に今の場所に存在していたことから、多少修理することは許されるように思える。フィリピンは、自国の船が阻止された後、駐留する海兵隊員に空から食料と水を補給した。フィリピンは今、再び船で物資供給を試みるという危険を冒すことを検討している。

 こうした中国の攻撃的なアプローチは、小さな成り上がりの隣国(人口は約1億500万人)がUNCLOSの下で中国に挑戦するという向こう見ずな行動に対して中国がフィリピンに加えている懲罰の一環だ。中国は、UNCLOSはそもそも主権の判断を下すことを目的としていないと指摘し、裁判所がこの訴えを受理し、フィリピンに有利な判断を示したとしても、それを無視すると言っている。

 だが、国際弁護士の優秀なチームを雇ったフィリピンは、間違いなく核心を突いている。中国はUNCLOSの締約国だが、1940年代の地図で示された「九段線」に基づいて南シナ海での領有権主張を展開している(九段線は実質的に南シナ海全体を中国として表している)。

 UNCLOSは、領海やEEZは国が主権を持つ陸地に基づいて与えられると規定している。九段線――中国は一度もそれを完全には説明していない――は、それとは逆の原理を示唆し、どうやら南シナ海と、その結果その中にあるすべてのものに対して中国に主権を与えているようだ。

 フィリピンにとっては、最近の出来事は中国のいじめのパターンの一部をなしており、スカボロー礁の近くで漁をするフィリピンの漁師に放水砲を向けることもあった。こうしたいじめがとりわけ怒りを買うのは、中国が南シナ海の豊かな漁場や豊富にあると言われる炭化水素資源へのフィリピンのアクセスを脅かしているように見えるためだ。

フィリピンの孤立化を図る中国だが・・・

 中国の軍備増強は、フィリピンに無力感と不安感を感じさせている。フィリピン海軍の最新の船は、退役した米国沿岸警備隊の2隻の小型船とかつて香港の海域のパトロールに使われていた3隻の英国海軍の船だ。フィリピン空軍は戦闘機も爆撃機も持っていない。空軍とは名ばかりで力が伴わない、とフィリピン人たちは言う。

 外交的には、中国はフィリピンを孤立させようとしてきた。ASEANの残る加盟国9カ国のうち、2カ国(マレーシアとベトナム)も南シナ海で中国と領土問題を抱えており、中国の九段線はその他2カ国(ブルネイとインドネシア)のEEZを侵害しているが、中国政府はこれら9カ国のご機嫌を取ってきた。だが中国は、フィリピンのベニグノ・アキノ大統領は仲間外れにし、非難している。

 しかし、この戦略はうまくいっていないかもしれない。中国の行動は、他のASEAN諸国を不安にさせているからだ。

 中国との紛争がより広範にわたるベトナムは、漁をするのに中国の許可を得るよう外国船に求める、中国海南省が今年導入した新たな規制や、1974年に旧南ベトナム政府の駐屯地を強制退去させてから中国が支配している係争中のパラセル諸島(西沙諸島)近辺で行っていると伝えられるベトナム船への攻撃に危機感を募らせている。


そして、南シナ海で中国との領有権争いを抱えていないことから、自国を潜在的な仲介者と表現するのを好んできたインドネシアも、今は九段線の範囲が原因で、中国と係争中であることを認めている。

 マレーシアは奇妙なことに、同国が領有権を主張する島嶼近くで、1月に同国の軍艦3隻が九段線の南縁をパトロールしていたという中国の主張を否定した。だが、いずれにしろマレーシアの中国との関係は、マレーシア航空370便失踪事件のマレーシア側の処理を巡る中国高官からの厳しい批判によって悪化している。

ヤンキー、カムバック!

 中国のアプローチがもたらしたもう1つの結果は、この地域の他のところで見られる、米国が宣言したアジアへの「ピボット(旋回)」への歓迎だ。特にピボットの軍事的側面は、フィピンでさえ――いや、条約同盟国であるフィリピンではとりわけ――歓迎されている。

 フィリピンでは、一般市民の反米感情が1992年、米軍基地――米国の植民地支配の最後の名残――の撤去につながった。だが、フィリピン政府は国内に米軍を「ローテーション」配備させる取り決めについて協議しているが、今は一般市民の反発には直面していない。

 中国は、今のところ米国が、もう1つの支配的な地域大国が欧州で行ったもっと大きな領土強奪のことで頭がいっぱいであることも承知しているはずだ。米国は最近、九段線を非難する姿勢を明確にしており、UNCLOSの法廷闘争でフィリピンを支持している。だが、中国は、シエラ・マドレ号の戦いについては、米国はフィリピンに挑発的態度に出るよう煽り立てるよりも、フィリピンを抑制する可能性の方が高いことを知っている。

(転載おわり)

如何でしょうか?

クリミア問題に隠れてあまり目立ちませんが、フィリピンでは連日新聞の一面を飾っております。

ご存知のように、フィリピンには以前、米軍が駐留していました。

しかし、沖縄で見られるように、市民の反対を受け1992年、いとも簡単に撤退。

その直後から中国の脅威が増し、今日に至っています。

皆さんが想像される通り、フィリピンの軍事力は中国とは比較にならぬ程、みすぼらしいものです。

写真のからも良くわかりますが、錆だらけのポンコツ船で中国と対峙できる訳も無く、完全になめられていますが、国の為なら命も惜しまないと、国歌を合唱し、国旗を掲げています。

なんか、嘆かわしくないですか?


1947年、独立を果たすも比米軍事基地協定により、日本同様、反共主義の前線基地として位置づけられ、実質的な独立を達成できなかったフィリピン。

その後、米比相互防衛条約を1951年8月に調印。

(Wikipediaより)


この体制は、1989年の冷戦終結から1991年末のソ連崩壊によって見直しが図られる。緊張緩和による米軍兵力の削減と、91年のピナトゥボ山大噴火によって基地が被災したことにより、両政府間で在比米軍の撤去が決定した。まずクラーク空軍基地から撤収を始め、1992年にスービック海軍基地からも撤収して、フィリピンはアメリカの軍事的な影響下から離脱した。また、ビル・クリントン米大統領が軍事費削減を政策としたため、1995年を最後に米比共同の軍事演習も取りやめとなった。

ところが、この米軍撤収の直後から、南シナ海で中国と東南アジア各国が領有を主張する南沙諸島(スプラトリー諸島)において、中国軍の活動が活発化し、フィリピンが領有権を主張する環礁(ミスチーフ礁)を占領して建造物を構築した。また米軍・米政権内でも中国脅威論を唱え始め、2000年に共同軍事演習を再開した。

2001年にアメリカ同時多発テロ事件が発生すると、同年1月に就任したグロリア・アロヨ比大統領はクラーク・スービック両基地の再使用を承認し、アメリカの対テロ戦争に協力した。また、2000年半ばからマニラなどで爆弾テロが頻発していた。これをイスラム原理主義過激派「アブ・サヤフ」と見ていたアロヨは、軍によって掃討を行っていたが、米軍もこれに参加して、陸軍特殊部隊などがミンダナオ島などで軍事活動を行っている。しかしながら、アブ・サヤフはフィリピン軍の攻撃や内部分裂で組織としては崩壊状態であり、米軍の行動は、フィリピンを再び軍事的影響下に置くことで、中国を牽制する目的があると考えられる。

(Wikipediaおわり)

この事例を持って、「日本もフィリピンと同じように米軍に出て行ってもらおう!!」という、機運を高めようとする勢力があります。

国際情勢評論家の田中宇氏などは、その急先鋒で、中国は次の覇権国である。米国、ドルの崩壊は時間の問題であると言った主張をもっともらしく配信しています。

こういう主張をする人たちの事を反米主義者と呼びますが、言い変えれば、反日主義者ですね。

アメリカを排除することにより、結果的に日本を引きずり込む訳ですから。

それは米軍の傘を外して戦争できない弱い日本を中国の目の前に晒すという意味では無く、むしろ逆で、国内の戦争やる気満々の勢力、ネオ満州国推進勢力、三国人支配勢力が大喜びするという意味です。

尖閣諸島等のちょっかいに刺激され、憲法改正し、戦争出来る国にしよう!!という流れに持っていこうとする連中です。

それこそ、安保が無くなり、米軍が出て行けば、ベルファシ側の春ですよ。

ベルファシはこの手法で、ずっと世界に戦争を起こして来た勢力じゃないですか。


はっきり断言しますが、日本に米軍が駐留している理由は、日本内外に、日本を戦争の火種にしようとするベルベット・ファシストが存在しするので、それらを牽制する為なのです。


中国、韓国の背後にいるベルファシ。

また、日本国内にいるベルファシ。

メディチ=パイク流れのベルファシ。

これらベルベット・ファシストが米軍の駐留、自衛隊との協力体制、日本が独自の軍隊を持つ事を恐れ嫌うのです。

だからオスプレイ反対であり、基地移転問題が有り、米軍をなんとか追い出そうと、日本人の振りをして騒いでいるのです。

ソビエト+中国による共産化(コミュニスト=ベルファシ)を食い止める役目を担っていた米軍。

しかし、1991年のソ連崩壊後、相次ぐ『偶然の災難』により、ついにフィリピンから米軍を撤退させてしまいました。

ピナツボ火山の噴火、その直後の台風、軍事費削減・・・

果たしてこれらは偶然の出来事だったのでしょうか?

ここでは割愛させていただきます。

とはいえ、中国の脅威が明確になった現在、やはり米軍はフィリピンに戻って来て、空母上に駐留しているという現実。

一方、日本はソ連崩壊のタイミングでも米軍を撤退させなかった。

何故でしょうか?

答えは撤退してくれない・・・です。


仮に安保理闘争の時代、左翼に圧されて米軍を撤退させてしまったとしたら、今頃日本は共産化されていたかもしれませんね。

でも、ソビエトの崩壊で冷戦も終わり、共産化の脅威は激減したのにも関わらず、米軍の撤退は有りませんでした。

それは日本国がベルベット・ファシストに侵されているということが明確だったから。


この時期、日本で起きた事。

バブル経済の崩壊・・・そして、表には出ませんが、国際的に大きな決断がくだされました。


先進国の中で裏から経済を動かしているグループをネットでは米国であるとか、ユダヤであるとか、ロックフェラーやロスチャイルドであるとするのが定番です。

しかし、こうした特定国家や一個人ではなく、ある目的をもった国という単位を超えた特定グループで、何重にも傀儡組織を構成し、日本のヤンゴトナキ血筋の一部もそこに入っています。


太平洋戦争を起こした派閥が日本にいる事も過去に書きました。


戦後の日本には対共産主義という大前提の下で簿外資金が歳入されました。

この額は想像よりも大きく、トータルでは軽く国家予算を上回ります。

これが、ここ20数年日本国には歳入されなくなっています。


何故でしょうか?この答えはもう何度も書きました。


日本国の裏の統治者の一部に嫌疑がかかっているからです。


太平洋戦争を引き起こした日本の勢力がいた。

売国奴とも言える、ルーズベルト達と目的を同じくしていた者達の殆どは戦後、無罪放免。


戦後、戦犯でさばかれたのは国士ばかりだった。


その後、国際秩序維持派による資金歳入と技術投入により、経済成長を成し遂げた日本。

しかし、日本の皇族の一部が共産主義側と組んでいる事が分かり、国際秩序維持派側の資金が歳入されなくなったのが20数年前です。

バブル崩壊と簿外資金歳入停止のダブルで日本経済にダメージが来ました。

日本をアジア地域を牽引する為の原動力として、国際秩序維持派が資金歳入を続ければ、バブル後は軟着陸したでしょう。

その余波が現在の経済情勢に出ていますが、未だ護送船団方式が無くなったからだと誤解する者が多い。

国際秩序維持派が資金を入れるのは産業振興の目的です。


つまり、基幹産業や製造業です。


例えば、ある繊維業(名前が短いので伏せ字でも書けません)を本来の開発力を持った、企業に生まれ変わらせる目的で資金を投入した例があります。

その企業はこの資金で研究開発を行い、良い方向に繊維業を導きました。

このような用途に使われることを前提として国際秩序維持派の入れる資金があるのです。

ですので、日銀法43条を悪用して企業を乗っ取るという行為は以ての外。

産業を振興するどころか、一部の人間(外資、主に三国人)にのみ利益をもたらし、戦争の火種を作る結果になるからです。

これに歯止めをかける事が最優先です。

現在、フィリピンで起きている中国との戦争の火種。

全く関係無いように思えるかもしれません。

しかし、もたらす結果は同じです。

昔からの読者の方はご存知だと思いますが、フィリピンの産業はすでに中国人=客家支配です。

フィリピン人の中国人に対する嫌悪、最近の韓国人に対する嫌悪、ものすごいものがあります。

日本人が抱いている三国人に対する感情と同じ感情を持っています。

前回の記事で書いたように、外資(アメリカ)や中韓の資本(三国人)による日本で企業の乗っ取りが起きている事。

これは反米、反中韓という、まるで太平洋戦争に突入した当時と同じ感情を芽生えさせる動きです。

アメリカ(欧米)も嫌いだし、中韓も嫌い。

となると、孤立しちゃうじゃないですか?

ABCD包囲網アゲインです。

韓国が中華思想丸出しで反日活動を大々的に行ってる事。

目的を考えてみましょう。

日本が嫌いだからですか?

何故、日本が嫌いなのでしょうか?

こんな子供染みた事をしても何の意味も有りませんし、誰も得をしません。

唯一、思惑が有るとすれば、中韓の国民を反日にすること。

そして将来、日本に対する嫉妬、憎悪を募らせた中韓国民をもって戦争をする事。

それ以外に目的は考えられないのではないでしょうか?


さて、オバマ大統領が国賓で24、25日に来日します。その後、韓国に訪問するらしいですが、それに対して、韓国メディアは「たった一日とは何だ!」と騒いでいる様子です。

日本が少しでも有利になると怒りだす韓国、いや、韓国メディア。

このように、日本も韓国もフィリピン同様、米軍に撤退してもらっても、結局は米軍の力無しにこの地域からベルファシを排除する事は困難なのです。


そういうことが、今回のフィリピン、シエラ・マドレ号に対する圧力でも分かると思います。


私は別にアメリカ崇拝主義者では有りませんが、冷静に考えれば考えるほど、この地域における、米軍の必要性を感じます。


ここまで書いても、理解されない方もいると思いますので、一言書かせてください。


戦争を回避することが、ベルファシ撃退へと繋がるのです。


冷戦に逆戻りするような世界情勢に仕掛けられている。

名無し先生の告知通り、2014年は勝負の年となりました。

この勝負の当事者が紛れも無く、日本であるという事。

今回の記事はこの部分だけを強調する目的で書いた訳です。

ポイントは、間違ってもアメリカ北軍派の意思を無視し、敵対するような煽動に乗らない事。

在日米軍に紛れ込んだベルファシの手下が仕掛けてくるであろう事件に一喜一憂しない事です。

巷でも、ネットでもアメリカの覇権は失墜したというデマが流れています。

今回のクリミア編入がロシアに勢いを付け、アメリカは失墜するという構図です。

すでにアメリカの時代の終焉を告げる記事がネットに氾濫しています。

では、アメリカが戦争を仕掛ければいいのでしょうか?

やったらベルファシの思うつぼです。


以上です。


さて、ここからはおまけ情報


実は、フィリピンである事件が起きています。日本米の品切れ現象です。

これはフィリピン政府が米自給率100%を目指し中国産米の輸入規制を強化した結果です。

いままでは中国産、タイ産米が正規、密輸を含め相当量、フィリピン国内に流通していました。

それが規制実施後、ピタッと止まってしまい、結果的に日本米が品薄になり、スーパーはおろか、日本食材店からも姿を消し、挙げ句の果てには日本レストランにも影響が出ています。

中国米、タイ米の輸入規制がどうして日本米不足に繋がるのでしょうか?

フィリピンで流通する日本米、コシヒカリ、ササニシキなどは、フィリピン国内で生産されています。

これらは品種は日本米ですが、生産地はフィリピンなので国産米として規制対象外です。

それでは何故、フィリピン国産の日本米が不足するかというと、中国産のジャポニカ米、つまり、なんちゃって日本米の輸入規制が原因なのです。

それまで、ホテルや日本料理店、観光料理店で、フィリピン産ロンググレインは不味くて使えない為、中国産ジャポニカ米を混ぜて使用していたそうです。

それが輸入規制にあい、正規、密輸米、共に入ってこなくなりました。

よって、現地で生産されるコシヒカリ、ササニシキを大手ホールセラー(問屋)が買い占めてしまったそうです。

フィリピンの保護政策がもたらした結果でしょうが、中国との関係悪化もその要因である事が伺えます。

かつてはロックフェラーによる、国際稲作研究所が誇っていた米の生産技術をASEAN諸国に指導までしていたフィリピンですが、産業の転換期にすっかり時給率を下げてしまいました。

これを回復させる国策としては間違っていませんが、輸入規制してまで実施することに、どこか、日本が採って来た政策との酷似性を感じるのです。

日本と全く同じ悪循環です。

輸入米が安いので国産米の値段も下がる。

値段が下がればバカバカしくて米作などしない。

そこで政府が出て来て云云かんぬん・・・・

こうして強固な既得権益ルートが出来上がります。

現大統領アキノの実家はコファンコという客家系大規模農園主の一族です。

Wikipediaで客家を調べると、そこにはアキノをはじめ、様々なアジアの支配者が名を連ねています。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%A2%E5%AE%B6%E4%BA%BA%E3%81%AE%E4%B8%80%E8%A6%A7

要は、保護政策は日本だけでは無く、特に発展途上国ではガシガシな訳です。

ここで、第三者として、こういったフィリピンの現状を眺めていると、日本も間違いなくそうであると確信できるようになります。

日本の米は世界一ですから、文句を言う日本人はいませんが、フィリピンでこれをやられたら、舌の肥えた外国人、裕福なフィリピン人はタマッたものでは有りません。

で、結局は密輸が横行。

何をやっているのか、本末転倒になる訳です。

結局は空・海・各港の主、マフィア=既得権益者を儲けさせるだけなのです。

去年のフィリピンの台風で送られて来た救援物資だって、末端には届いていませんからね。

現地では赤十字も信用していません。

港の主=マフィアに横領され、商品としてさばかれているのが現状です。

物資を送られて来ても、それを陸上で運ぶボランティア企業なんていませんからね。


さて、日本人以上に米を何よりも愛するフィリピン人。

一日三度の飯は、必ずライスが出ないと怒りだすほどです。

それ以外に午前10時と午後3時にパンを主食にした食事をとるのがフィリピン流。

フィリピン人は一日5会も食べるんです。

だから、収入にしてはみんな太っています(笑)。

そしてエンゲル係数が非常に高い。

日本の23%程度に対してフィリピンは50%以上と言われています。

これは全国平均ですから、最低賃金で生活する層はもっともっと高いはずです。


エンゲル係数

20%未満は・・・かなりゆとりがある
25%未満で・・・十分楽に生活できる
30%未満で・・・若干ゆとりがある
50%未満は・・・なんとか生活ができる

日本の23%が十分楽に生活できるというレベルらしいですが、所得から所得税、厚生年金、市県民税、健康保険、雇用保険等々で30%ぐらい引かれているはずです。

そこから家賃もしくは住宅ローン、衣料、光熱費ですから、お金など全く残らない。

そして消費税8%です。

これでも日本は福利厚生の行き届いた住みやすい国なのでしょうか?

こんな国の制度、特に医療保険の部分がTPPで壊されると騒いでいる訳です。

農産物に関しても、特に米の関税撤廃は以ての外だと言っている。

いま、フィリピンで起きている事、日本米に似た中国産、タイ産等のジャポニカ米の輸入規制が産業に大きな打撃を与えている。

フィリピン米では種類が違うし、はっきりいって、不味いので代替えが効かない。

こんな粗悪品を保護をしているのですから、消費者はいい迷惑です。

最も問題なのは、国で保護されちゃいましたから、価格は上がれど下がらないということです。

保護されてますから、努力をしなくても売れる訳です。

これは日本の農協がやっている事、また、東日本大震災で露呈した、東電の料金体系と一緒です。

かかった経費+利益=売値・・・という、堕落した産業に成り下がるのです。

そして、それを維持する為の族議員の存在。

日本の保護政策もそういうことなんです。


さらにおまけ

退院後、健康の為にと思い、フィリピンでは非常に安価なオートミールに嵌っています。

IMG_2604.jpg

上段左〜 チョコ、チョコ&ミルク、フルーツ&ナッツ
下段左〜 リアルバナナ、リアルイチゴ、リアルコーン
各20円〜30円、33~40g、カロリー135kcal〜161kcal。
毎朝一袋だけでお腹ふくれます。

それでは

【クリミア問題と日本で起っている事・・・関係無いでしょ? いや、有るでしょ?】


こんにちは、皆様、更新が大変遅くなり申し訳ございませんでした。

不摂生を止めると年頭表明しましたが、先日の帰国でハメを外し、病院からの更新になります。

さあ、久々の更新ですので、ちゃんとした記事を書かないと、といろいろ迷っておりましたが、今回はクリミア問題に繋がる流れに関してです。

まずは、クリミアとはまるで関係ないと思われるでしょうが、近年我々の生活を変えてきた改革、変革といったものを考えます。

例えば小泉純一郎時代、郵政民営化は結果として国費注入後の外資売り渡しになりましたが、主導したのはハーバード出の竹中蔵相です。

郵政族議員の既得権益解体を目的に表で旗を振ってる間に、裏でブッシュ竹中路線でやられた可能性があります。

正義感から既得権益を壊す作業をする者と、破綻企業に国費歳入後、外資に売り飛ばす作業は、別部隊が動くということ。

既得権益を壊す正義の味方、そして壊した後、それを受け取る新たな特権者。

そしてTPPもそう。私たちがTPPの何に用心しなくてはならないのか?

富の再分配を何処に持って行くかを国民が監視する事こそ重要だということは、名無し先生が何度も繰り返されるお言葉。

例えば日本の健康保険は医療機関のレセプト請求と結びつき、日本医師会と繋がる族議員を形成している訳です。

しかし国民にはTPPに参加すると国民皆保険が廃止され医療費が上がるのではないか?と宣伝する。

また、何度も説明しました農協もそうでしたね?

これが国民の不安の真相です。

外資を主とする外敵で不安を煽り、既得権益を守る側と、壊れた後の新たな特権者。

手を変え、品を変え、既得権益を貼りめぐらしており、医療、農業だけではないのです。

これは銀行界でもそうです。

日本長期信用銀行の事件は1998年、8兆円もの公的資金を入れるも10億円で外資に買収されたことで有名です。

その後、社名を変えて誕生したのが新生銀行。

(Wikipediaより)

長銀破綻処理をめぐる批判

長銀破綻から新生銀行誕生に至る一連の処理への批判には、次の2点がある。

* 瑕疵担保条項の積極的行使
旧長銀の売却契約の中に、瑕疵担保条項(新生銀行が引き継いだ債権が、3年以内に2割以上下落したら、国に買取請求を行う)があった。新生銀行にとり、有効期限内に不良債権を一掃し、かつこれにより貸倒引当金戻入益を計上できるメリットがあったため、積極的にこれを行使した。この結果、ライフ、そごう、第一ホテル、エルカクエイなど、長銀をメインバンクにしていた企業が破綻に追い込まれ、社会的非難を浴びることにもなった。


* これと関連し、長銀の破綻処理で金融再生委員会のアドバイザリーに指名されたゴールドマンサックスに対して、『瑕疵担保条項の危険性を忠告する義務があった』と与野党から批判が集まった。このほか同社は、日債銀売却に際しても、買手側のソフトバンクサイドのアドバイザリーに就いていた他、長銀子会社の日本リース売却の仲介や日本ランディックの資産買取などに関与しており、利益相反の観点から批判があがった。2000年(平成12年)7月、国会は金融庁・金融再生委員会幹部職員、八代・新生銀行社長(当時)と共に、ゴールドマンサックス担当者も参考人招致をしたが同社はこれを拒否している。


* 東証再上場
2004年(平成16年)2月20日、投資組合側は、新生銀行を東証一部に再上場させ約2300億円の売却益を手に入れた。出資金を含めた諸費用は約1210億円で、1000億円以上の純益を稼いだ。


* これに対し、国民負担が巨額(旧長銀に投入した公的資金は約7兆9000億円、そのうち債務超過の補填分約3兆6000億円は損失が確定。さらに、前述の瑕疵担保条項の行使で、預金保険機構を通じ国が買い取った債権も将来的には損失が予想され、最終的な国民負担額は4 - 5兆円に達することが予想される)の上、その売却益に課税できない(投資組合は本拠地が海外にあるため、日本政府はその売却益に課税できない)ことが報道され、前回以上の批判が沸き起こった。そもそも約8兆円もの公的資金を投入し特別扱いで救う価値があったのかと自民党、民主党の一部議員からも疑問や批判が出された。特に民主党衆議院議員の仙谷由人は瑕疵担保条項に強い疑問を投げかけた。


(Wikipediaおわり)

有名な事件ですから説明する必要はありません。


ところでWikipediaで新生銀行の主要株主を見ますと・・・

主要株主

サターン・フォー・サブ・エルピー 15.67%

預金保険機構 13.06%

整理回収機構 9.70%

サターン・ジャパン・スリー・サブ・シーブイ 5.36%

となっています。

サターンとは?・・・・調べました。

サターンIVサブ・エルピー(Saturn IV Sub L.P.)

ケイマン諸島KY1-9002、グランドケイマン、ジョージタウン、メアリーストリート87、ウォーカーハウスウォーカーズ・エスピーブイ・リミテッド

c/o Walkers SPV Limited, Walker House, 87 Mary Street, George Town, Grand Cayman KY 1-9002, Cayman Islands

設立年月日 2007年10月29日

代表者氏名 J. クリストファーフラワーズ(J. Christopher Flowers)
ジェネラル・パートナーサターンIVジーピー・エルピー
ジェネラル・パートナーケイマンIV(ケイマン)エグゼンプト・リミテッド
代表者役職

(Director of Cayman IV (Cayman) Exempt Ltd., the general partner of Saturn IV GP L.P., the general partner of the submitter)

ケイマン諸島のエグゼンプテッド・リミテッド・パートナーシップ法(その後の改正を含む。)の下で創設されたエグゼンプテッド・リミテッド・パートナーシップが従事することのできるあらゆる合法的な行為に従事すること


サターンとはケイマン諸島にある外資です。

漫画みたいなネーミングで笑ってしまいますが、まじめにサタンです。

このケイマンにある外資系の会社が新生銀行の筆頭株主ですね。

ところで、最近の先生のコメントで劣後ローンというものがありました。

劣後ローンについて少し説明します。

過去に、阪神、東北に地震がありました。

その際に悪用の簿外資金を含む様々な資金が集まりますが、この集まった資金の使途の一つで、企業乗っ取り用途に使うのが、日銀法43条、永久劣後ローンを通した融資です。


表向きの理由は、被災地に一支店でも、工場でもあれば復興救済事業です。

これをして、日銀法43条の規定に在る「社会秩序の維持を目的とする」と無理やり解釈させる訳です。

劣後ローンとは、返済順位を劣後する(遅らせる)と言う事。


永久劣後ローンは、返済順位を永久に劣後する。つまり返さなくて良いと言ってるのと同義。

言い方を変えれば、預託して寄託すると言う事。

ただし、一つ条件が付く。


それを実行するには第三者割当増資により、全体の三分の1以上の株を寄託者に渡します。

つまり子会社と同じ状態になると言う事。

従って返済順位を永久に劣後するのは、当然であると言う事。


長銀破綻から新生銀行へ移る過程でも、預金者から集めた資金をヘッジファンドへ投資する為に、出向。

こうしてサターンは株主総会介入で日本長期信用銀行(新生銀行)の代表権を取りました。


破綻させる準備、と国費を入れて救う準備をしていたグループが財務省金融庁内に居たんです。

当時の首相はこれらのカラクリを分かってやっていた訳ではなかったのです。

これは現在の首相も同じ事。


当時、名無し先生は、サターンの傀儡になって乗っ取りばかりやって来た日本人からのコンタクトを受けました。


そこで、背景を調査している時点で、新生銀行(日本長期信用銀行)破綻前にリーマンの社員が送り込まれていて、預金をリスクファンドに投資させていた事実が判明。

その当時、内部にリーマンから出向で来ていた職員の中に、ラ◎ジットというフィリピン-インドのハーフが居ました。


この人間は新生銀行が新体制に移ってからも職員に残り、旧第一勧業銀行・いすゞ自動車出身の当麻茂樹が頭取になった時点でも務めていました。

彼自身もこの裏のからくりを分からずに与えられた職務をしていただけです。

先生が彼にカラクリを伝え、陰謀の生き証人として頭取に返済不要な、実質経済創造の為の善用の簿外資金を受け取らせ、信用創造を使わぬ銀行業務をさせようと動かした事が在ります。

途中で元金融庁参事官を務め天下ってきていた人間に、動きを察知されラ◎ジットが左遷され、家族の事を考えると協力できないという話で終わったのです。


これらの動きを事前諜報活動する機関が日本はないんです。


金融機関に関しては、無いと言うよりキツネが鶏小屋の番人をしている状態なんです。


結局は旧五摂家で新体制で上に立てなかった処、四カ所を含む勢力が、新規既得権益を持った勢力の一つ(財閥)を解体しようとしている訳です。

その後ろでナッサウ=ヘッセン側が糸を引いて、日本国内に対立軸をいくつも作ろうとしている。

今回の件は日本国内既得権。

TPPに関しても対立軸が選定品目によって作られています。


この現在進行形版の乗っ取りトラップに、昭◎◎工の高◎会長、日◎の中◎会長は、まんまと政府を通した竹中側の申し出に乗ってしまいました。

日本経済は混沌に持ち込まれようとしています。

これは民衆が政府への不満を募らせる材料造りです。

ヒトラーがドイツで台頭した時の状態が、日本で作られつつあります。

第一次大戦で敗戦国となり、膨大な賠償金を課せられ、苦しむ庶民。

ユダヤ人に向けられた憎悪。


ところでエルサレム王国というのが在りましたね。

十字軍がゴルゴダの丘の辺りに作った国。

この王位継承権を今でも争っている奴らが居る訳です。

もちろんサヴォイも入ってます。

(Wikipediaより)


エルサレム王位請求者 (1291年から今日まで)

王位請求の起源

幾年にも渡って多くのヨーロッパの支配者達がエルサレム王位請求の正当な相続人として主張してきた。これ等の請求者の誰もではないが、しかしながら実際にはエルサレム王国の一部を支配してきた。:

* ブリエンヌ伯ユーグはエルサレム王国の摂政を請求し、キプロス王アンリ1世とイザベル1世の二番目の娘であるアリス・ド・シャンパーニュの年長の相続人として1264年に間接的にこの地位を継承した。ユーグの地位は有力者会議によって自らが支持するユーグの従兄弟である将来のキプロス王ユーグ3世の手に渡った(エルサレム国王ユーグ1世)。 ブリエンヌ家による請求は続いたが、一族は後にウトラメールに関心を持たなくなった。


* 王国滅亡後もアンリ2世はエルサレム国王の称号を使い続けた。アンリ2世没後はこの称号は直接の相続人であるキプロス王が請求した。


* エルサレム国王の称号はまたマリー・ド・アンティオキアから王位請求権を得たカルロ1世を祖とするアンジュー=シチリア家のナポリ王が継続的に用いていた。それ故にこのエルサレム王国の請求権はナポリ王位に付属するものとして扱われていたが、これは直接の相続よりも遺言ないしは征服によって大概所有主が変わった。ナポリはローマ教皇の封土であり、ローマ教皇はナポリ王位と同様にエルサレム王位を保証し、エルサレム王位請求の歴史はナポリ王位請求の歴史と重なる。

以降、長いので エルサレム王国王位請求権 を参照。

(Wikipediaより)


イエスの後継者を自称する連中です。


また、今回北朝鮮にミサイルを打たせているのは、旧KGB側が後ろに居る訳です。


プーチンが旧KGB=正教会流れのバチカン勢力=アルメニア流れという勢力が後押ししている。

バチカンの内部に、これを後押しする勢力が在るんです。

バチカンの3色の法王。

白は表法王、黒はイエズス会、赤はフリーメイソン。

このブログで何回か取り上げましたが、フリーメイソンがロシア革命、日露戦争でロマノフを崩壊させた。

ロマノフを裁判無しで殺害したのが旧KGB。

プーチンは旧KGB出身。

3法王のうち、赤のフリーメイソンが旧KGBのバックです。


日本は今、戦争にもって行かれそうな要因が複数存在する訳です。

ネオ満州国だけではないのです。

安倍首相が、プーチンにくっ付いて行けば、また違う局面が待っています。


そして国内経済はサターン同様、外資が株主になり、高給を取るのはその傀儡の渡来人(三国人)になる。庶民は韓国、中国を憎み戦争ムードが高まると言う図式です。

大戦前にドイツ人がユダヤ人を憎んだ図式です。

皆さんは現在の韓国企業の現状をご存知でしょう。

もはや韓国企業は韓国人のための企業ではない。

外国人と一部の傀儡財閥の所有物です。

韓国人大学生の就職率、社会保障にもそれが現れています。

日本にも同じようなシチュエーションが待ち受けています。

一方、中国にも一部の大富豪、共産党による腐敗支配に対し、最低賃金では生活できない10億人の民衆。

これが第三次世界大戦の準備だということです。

ですので、クリミアの情勢を傍観していても、見えてくる事は少ないのです。

世界大戦への誘導は過去の事例、日本国内で今現在起きている、外資による乗っ取り、そしてクリミアでの出来事、多発的に起きている訳です。

過去の大戦前の状況に持っていかれているというのは、過去の大戦前の状況を知らない、もしくは忘れ去っている私たちには思いもしない事です。

戦争はシリーズであり、経済危機はもちろんのこと、企業乗っ取りも最終的にはその目的で行われているという事がわかりました。

名無し先生のお仕事は、日本企業、日本経済の保護ではなく、ベルベット・ファシストの計画を阻止する為にあるという事が良くわかりました。

私のつたない記事では物足りないでしょうが、他のブログでも十字軍、イエズス会、フリーメーソン、いろいろなことが書かれています。

しかし、名無し先生のおっしゃることは、これらを一つに繋げる貴重なお言葉の数々なのです。

それでは

【お詫び及びハッキリしておきたいこと】

こんにちは、今回は前回の記事でブログ閉鎖を臭わせるようなことを書いた理由。

他のブログでいろいろ見当違いの事が書かれているので、それに対する意見。

まず、私は名無し先生に出会うまではヘッセン、イエズス会等、全く知りませんでした。

それは去年の4月のこと、先生から突然、カダフィーの記事について、良い分析だと言う評価をいただきました。

それから、数回、メールでのやり取りが続き、その後はチャットによる勉強会が始まりました。

先生の時間が許す限り、深夜までチャットする事が有りました。

しかし、科学、経済学、歴史、政治、建築、等々の先生の多岐にわたる知識に着いていけず、度々先生をいらつかせた事が有ります。

私の理解力が本当に低いので、記事をアップする前に先生に添削をしてもらうこともありました。

その証拠にチャットの履歴を公開します。

貼り付けた画像_2014_03_17_15_26


私は本来、ロックとサッカー好きなただのおっさんですから、ヘッセンがどうした、イエズス会がどうしたと言った話はどうでも良かった訳です。

Facebookもやってますし、普通のバカ親父です。

それが世界統一を目論む勢力である事を理解してしまった今では、放っておけない問題として真剣に考えている訳です。

その中で読者様らいただく様々な知識、アドバイス、うれしいお言葉に支えられてきたというのが本音です。

先生から教えていただいた真実を書いていく役目を担ったのですが、私もいつかは先生に見放され、先生が来なくなる日が来るのではという気持ちで怯えていたのも事実です。

先生が予告した通り、今年は先生にとって忙しくなる年だということで、最近、先生からのチャットが少なくなりました。

添付の写真も2/28〜3/12まで音沙汰がなかったことを示しています。

そこで勝手に、「ああ、もう切られたんだな」と判断し、前回の記事を書くに至った訳です。

それを読んだ先生から、何を一人でメソメソしてるんだ?と連絡が有りました。

先生はタガログ語でクーラン・サ・パンシンという言葉を教えてくれました。

恥ずかしながら、私はフィリピンに18年も住んでおり、配偶者もフィリピン人なのにタガログ語を話しません。

ロンドンに留学したということもありますが、フィリピンの上流階級は好んで英語を使うので、家内からもタガログを話さない方が良いと言われ、それに同意した結果です。

クーラン・サ・パンシンとは、構ってほしい人、空気が読めない人、人に気にして欲しい人、目立ちたい、チヤホヤされたい人という意味です。

略してKSP

日本で言うKYと似てますね。

これはフィリピンにおける日本人の評価でもあります。

フィリピン人は外人にやさしいですからね。

チヤホヤするわけです。

そうするのは表面で、裏ではクーラン・サ・パンシンだと言っている訳です。


先日までの私は典型的なクーラン・サ・パンシン=KSPでした。

今の先生は本当に大忙しだったのです。

その内容をチャットで聞きましたが、ここに書ける内容では有りません。

何せ、実際にバルファシによる乗っ取り事案に対処していますから、過去の事案しか書けません。

向こう側に手の内を見せる事になりますから。

それで納得しました。

まだ切られてはいない事を。

一日のアクセスが2000件を超えるようなブロガーがこのブログを読んでいただいている事もわかり、うれしい限りです。

かつては20〜30アクセスしかなかった弊ブログも、今では600アクセス、時には1000アクセスを超える日が有ります。

政治経済のランキングも最高で8位、現在は10位あたりを上下しています。

ここまで真実を伝える役目をしておきながらやめてしまうのは、一度しかない人生でつかんだ大きなチャンスを手放す事。何かの役に立ったという業績を残すのを放棄する訳ですから。

何の為に非常に危険な情報を見てきたのか?

よく考えたら、やめるにやめられない情報を知っているのです。

記憶を消すことは死ぬ事でしか出来ない訳です。

それと、私の記事や説明で抜けているところは、単に私の勉強不足であり、名無し先生の知識に欠陥があるわけではありません。

むしろ、私が理解しやすいように、あまり情報を詰め込まず、調整していただいていると言った方が良いでしょう

皆様にはブログ閉鎖を仄めかすような記事を書いてしまい申し訳ございません。

しかし、言い訳になりますが、本当に切られたと思ったのです。

これからもブログは継続しますが、更新の頻度は下がる可能性があります。

それは、基本的に先生から教わった事しか書かないからです。

前回の記事は自分で考えて書いた記事ですから、マーシャルの部分で真逆の説明をしてしまい、先生から注意されました。

一週間に一度は記事を更新しなければという使命感に自ずと追い込まれていました。

精神的に弱いということです。

これからもよろしくお願いします。

また、これから先も、弱々しい事を書いてしまうかもしれませんが、お許しください。


それでは


追伸:

なお、このブログを自作自演だと分析するKYなブロガーがいますが、マヨさんのところに来ていたS氏と名無し先生が同一人物であり、マヨさんとのやりとりを見れば、これが自作自演だという分析には辿り着かないのですが、世の中には変わった人がいるものです。

【そろそろ、私も引き時が来ました。米軍が駐留している理由】

こんにちは、今回は繰り返し書いてきたベルファシによる日本支配に対抗している勢力である、在日米軍としての北軍派について書きます。

別に新しい話題ではありませんが、日本国民は世界で好感度が高く、自信を持って生きていくために、書かなくてはならないと思いました。

日本人にかけられた催眠術、洗脳、見えない仕掛けに気付き、正しい社会作りをはじめましょう。

そして、私の役目も終わろうとしているのが今回の記事です。

三国人というと、戦後の在日韓国、朝鮮、台湾人らを指しますが、日本の歴史にはもっと古い時代からこれらの民族が入り込み、日本の中枢を乗っ取ってしまっています。

このブログでは、もう何回も書いていますが・・・

この記事では分かりにくくなるので詳細は書きませんが、ヤタガラスが客家等であり、神社、寺院といったタックスヘブンで堂々と日本国民の誕生から死まで、冠婚葬祭に関わり細部にわたる支配をしています。

企業も支配下においています。

みなさんの働く会社は支配されていないかもしれませんが、税金、厚生年金等でさっ引かれる部分が多く、これで彼らを食わせているのが現状です。

テレビをつけ、新聞を開けばマスコミ、メデイアも彼らの選んだ内容だけを流しています。

インターネットが唯一の支配されない世界と思いきや、陰謀論、スピリチュアル、オカルトですっかり日本人を洗脳し、支配下に置いています。

日本を真っ二つにしようと企む輩が現在進行形で活動しています。


ベルベット側の民衆扇動手法の一つに、差別撤廃というスローガンの下、情報操作、金融機関統合、用地法操作、国家予算操作・・・様々な活動が行われてきたのは、このブログの読者様はよく理解できると思います。

例えば米国ではブナイ・ブリスが、ユダヤ人実業家(ADL等)に不利な事件が暴かれると、人種差別の捏造であると騒ぎたてたり、モルモン、エホバなどの宗教活動と武器、麻薬商人の繋がりにも同様の情報操作が行われてきました。

この役割を日本側で果たしてきたのが同和です。

下記は先生から聞いたお話です。

同和にも部落解放同盟、全日本同和会、都県連同和会など複数の団体が存在します。

部落◎◎◎盟のトップに居たのが、兵庫県選出の衆議院議員を4期務めた上◎◎◎。

基本的には差別撤廃を訴える思想団体ですが、実際は何でもありの総会屋といったところでしょう。

後に分派として中小企業連合、略して中企連を結成し、部落出身者でなくとも大手との差別を受けている中小企業経営者が加入できる団体を作りました。

公的資金貸し付けを受ける資格のない企業などが加入し、差別をネタに政府系金融機関、保証協会などにねじ込みに行く訳です。

保証協会には同和対策窓口が別にある位です。現在は名称をティ◎◎(スペイン語の虎)に変え、官庁街にビルを一本所有して活動しています。

ユダ族、ロスチャイルド、オランダサッカー代表チーム、天皇家の紋章の虎です。

全日◎◎◎会は暴力団、総会屋とメンバー的にもダブる事が多く、裏仕事全般を請け負うケースが多いです。

関東では稲◎会系と、関西では山◎組系と土地がらみで、国土法操作や、地上げ作業を頻繁に行っていました。

また乗っ取りたい金融機関の指令が来ると、部落民100人程を融資依頼に行かせ、断られると100人全員が10円で新規口座申し込みをし、窓口に行列を作り他者の利用を阻み、通帳が出来たら解約手続きを100人が行い、業務が立ち行かなくなるまで、毎日繰り返すという行動もしていました。

都県◎◎◎会は、政治的スタンスが強く表向きの顔は正当な主張をします。

東京都、各県に分かれて政治団体として存在し、外務省、厚労省・・・等と政治的交渉を行います。官僚側も後ろに欧州勢力がいて、ユダヤと同様の少数民族保護を謳っている事を承知していますから、第二次大戦の敗戦国としては、やり辛い相手です。

都連のトップに斎◎◎というベレー帽をかぶった醜い太った老人が居るのですが、彼は墨田区などの日本皮革協会の役員で、皮のなめしや、堵殺、食肉業界の大御所です。

彼が操って来た外務官僚たちがODA予算を操作し、フィリピン・パラワン島に作ったのがアリゲ―タ・リゾートです。

ワニの養殖をし、一定頭数以上になれば、ボストン条約に関わりなく輸出しても良いという事です。

この安値のワニ革は斎◎の日本皮革協会が一手に輸入し、大儲けをする訳です。

このようにして、ベルベット側の差別撤廃というスローガンの下、情報操作、金融機関統合、用地法操作、国家予算操作・・・様々な活動が行われてきたのです。

特に重大な問題として、日本の国防に関わる部分があります。

憲法9条を守り、平和な国、日本になろうと言っている連中です。

そして、米軍を追い出してしまえと主張する連中です。

日本に軍隊が無く、米軍も撤退したなら、あからさまな中国、韓国、朝鮮による挑発が始まり、戦争に追い込まれる可能性が高いのが日本です。

自衛隊の実力、米軍との連携組織のことを知らないからナメてかかっているのでしょう。

中華思想というものがあり、中国がトップで、韓国の宗主国は清(中国)、日本はその下の位なのです。

だから、遣隋使、遣唐使があったし、漢字を使用しているし、鎖国時代も中国とは取引をしていたのです。

そこへ西洋列強という一見別の勢力が入り込み、日本をアヘン漬けになった中国と戦わせ、中国(清王朝)を叩き落としました。

余談ですが、このアヘンの商売で儲け、後にアメリカに移住したイギリス人について、別記事を執筆中です。

その辺の記事を書いて、このブログの更新を一旦、やめようと思います。

ものすごい労力を必要とされ、絶対に間違ってはいけないのですから、単なるサラリーマンには無理です。

このままでは、書いては行けない事を書く危険性が高くなり、名無し先生に多大な被害を与えてかねません。

かくしてフランス、イギリス、ロシア、ドイツといった列強に加え、日本が中国を分割統治。

ちょうど南北戦争後、明治維新があり、日清戦争があり、日露戦争があったのは偶然ではなく、計画です。

世界の資本家による資金援助がありました。

ドイツ陸軍、イギリス海軍による支援がありました。

中国が負けても、日本の客家支配は覆りません。

実は、日清戦争の戦場は、ほとんどが朝鮮半島だったのですから。

つまり、仕掛人である中枢の客家には何の被害も出さなかった。

むしろ列強に加担して売国行為を行っていたという話は、中国に限らず、あらゆる国に存在します。

その後の日本は日露戦争、第一次世界大戦、第二次世界大戦へと突き進んでいく。

これも仕組まれていた計画です。

日清戦争で中国から朝鮮を切り離し、すぐに大日本帝国に吸収し、満州国の建国につながります。

要するに、日本という国家を使い、千年王国を建国したということです。

その間、多くの三国人が日本に流れ込みました。

しかし、満州国は日本の敗戦により潰されました。

中国はその後、共産党が勝ち中華人民共和国となり、ユーラシア大陸の半分が真っ赤になりました。

これにはある人物が関わっているのですが、これがジョージ・マーシャルです。

マーシャル・プランで有名ですね。

彼は単なるソ連のスパイというだけでなく、コミュニスト(後のベルファシ)側の人間?

(Wikipediaより)

中国共産党

国共内戦

1945年に日本が第二次世界大戦で敗北し、中国国内の日本軍隊が全面降伏すると、それまでの中国国民党との妥協的態度から、ソ連の後押しで国民政府打倒共産党政権設立に動いた。内戦を回避したいアメリカ等の意向もあり、毛沢東と蒋介石の会談による双十協定などでの妥協が図られたが、結局は国共内戦に突入させた。

満州を占領したソ連の後押しで東北から南下して国民党軍を圧倒し、最終的には国民政府を倒して中華人民共和国を建国した。国民政府は台湾へ遷都した。

内戦でのアメリカの傍観への疑義

1945年12月、ジョージ・C・マーシャル将軍はトルーマン大統領から中国における全権特使に任命され、13ヶ月中国に滞在したが、ソ連とアメリカで世界分割を行う密約を行っていた外交問題評議会(CFR)、太平洋問題調査会(IPR)の勢力に組した彼は、内戦において本来劣勢であった共産党が優勢となるような行動を意図的に取った、と言う主張があり、下記の点が指摘されている。この疑惑は、後にアメリカ政界でジョセフ・マッカーシー議員によるマッカーシズム(赤狩り)にまで発展した。

* マーシャルは、国民党が有利な状況となると蒋介石に圧力をかけて再三停戦命令を出させ、国民党の優勢がピークとなった1946年末には、無条件の即時停戦命令まで下した。
* マーシャルは中国での武器や弾薬の通商禁止措置を実施したが、それにより国民党が弱体化する状況で、ソ連が、旧日本軍が満州地域に残した物資やアメリカからの援助物資を、共産党に横流しするのはまったく黙認した。
* 1948年3月にアメリカ議会が国民党に対して、2億7千5百万ドルの経済支援と1億2千5百万ドルの緊急軍事支援を議決したが、マーシャルと国務省の親中国派(=世界分割派)は、同年11月まで実施を意図的に遅延させた。この間に、国民党軍の敗北が決定的となった。
* 国務省官僚を含む太平洋問題調査会(IPR)は、アメリカ国内で積極的な中国共産党擁護プロパガンダを展開した(IPRはマッカーシズムで攻撃され解散した)。

(Wikipediaおわり)

当然、CFRの中にも秩序維持派、ベルファシ派が存在します。

CFRの立場を利用し、我田引水をする連中がいるという事です。

そして中国十数億人の運命が決まったのです。

日本は勝利した連合軍のうち米国が占領、これ以上の共産化を食い止める為の防波堤となりました。

これにはナッサウ・ヘッセン側の洗脳、正反合を見破り、命を賭けて日本を守った人たちがいました。

その後の朝鮮戦争の結果、朝鮮半島が南北に分断されているのと同じように、日本は分断されていたかもしれなかったのです。

これはドイツが分割された歴史をみれば、嘘でも何でもない事が分かるでしょう。

朝鮮戦争はコミュニスト同士の戦いでもあり、北軍派と南軍派の戦いでもあったのです。

結果、韓国にも米軍が駐留しています。

まだ続いているんです、コミュニストの、ベルファシの目論みは。

日本は国土的に分断こそされてはいませんが、精神的に分断されていると感じることはありませんか?

東西に、左右に、政党すらプロパガンダで分断されています。

これが日本人なのに反日な、日教組のような人たちがいる理由です。

話をマーシャル・プランに戻しますが、この計画はアメリカが欧州の戦後復興のために無償贈与を中心に100億ドルを超える援助を供与した対外政策です。

ではこの資金は実際、アメリカの財政から出ていたのでしょうか?

中国を共産化した張本人が、今度は欧州復興の計画を言い出す訳です。

予言は計画です。


311地震後の忍耐強い日本人が世界中から評価されていますが、感情の抑制力が高い国民ということです。

これは非常に良い特徴だとは思います。

しかし、この性格が徴収令状をありがたくいただき、神風特攻隊で自爆攻撃した原因でもあるわけです。

戦死した先人の方々には心から敬意を表します。

ですので、日本人は二度と同じ罠にはまらぬよう、注意して情勢を考察しなくてはなりません。

米軍は決して一枚岩ではなく、ベルベット側の動きと分からずにベルベット側に利する判断をしてしまうこともあります。

イラク、アフガニスタンでわざと失策をし、戦争、駐留を長引かせる指揮官がいます。

ほとんど世界中で米軍は批判されてますね、それでも、日本に米軍が駐留しています。

(Wikipediaより)

2011年(平成23年)の東北地方太平洋沖地震の直後は、在日米軍各部隊はトモダチ作戦(Operation Tomodachi)を展開した一方、日本におけるアメリカ軍人や軍の文民従業員の家族9,720人が日本から主にアメリカへ脱出した。

(Wikipediaおわり)


ベルファシが人工地震を起こし、在日米軍を追い出したと仮定したら・・・

”東日本大震災”、この地震のネーミングになにか意図を感じるのは私だけでしょうか?


それでは


追記:記事とは関係ありませんが、毎回なんらかの噂の真相を書くようにしています。

今回は、日本政府の311後の復興活動と違い、主に米国からの災害後の救済処置が迅速だった理由です。

これはネットで悪の組織とされている、CFRが裏政府としてちゃんと機能していると言う事の証しです。

【ウクライナという対立軸の宿命】


こんにちは、気が向いたので記事を書きます(笑)。

今回はウクライナについて書きます。

まず最初に、戦争、紛争、金融危機はシリーズであるということ。

これを忘れてはなりません。

全部つながっています。

今回のウクライナは、ユーロ危機のギリシャが破綻しなかったこと、ロシアのプーチン政権が転覆しなかったこと、キプロス問題でもユーロが崩壊していないこと・・・etc

ユーロに関しては、ストリクト・オブザーバンツの時代から存在した、ドイツ統一、ユーロ統一=世界統一政府の試みだということ。

であれば、いったん、財政破綻させ、破綻した国の基幹を乗っ取るのが簡単。

ですが、破綻していません。

それで、今度は紛争を起こすというオプションです。

それには対立軸が必要です。


対立軸というのは日本国内の南北朝派閥の争いが良い例ですね。

そのうち、北朝側はネオ満州国構想=世界統一政府。

これを当てはめれば、ウクライナも対立軸があり、それが事態を悪化させていることがわかります。


さて、ウクライナ人はイラン系のスキタイ人やサルマタイ人、ゲルマン系のゴート人やノルマン人、スラヴ系の諸部族、ブルガール人、ハザール人、クマン人などの混血によって形成されたと考えられている。


現在では、ウクライナ人、ロシア人、その他、ベラルーシ人、モルドバ人、クリミア・タタール人、ブルガリア人、ハンガリー人、ルーマニア人、ポーランド人、ユダヤ人、アルメニア人、ギリシャ人、ドイツ人等で占められています。

このブログの読者様の興味をそそる人種ですね。

ヤぺテからでた、テラス(エーゲ海周辺のエントラシア人)、メセク(モスクワ人)、ヤワン(ギリシア人)、マダイ(メディア・ペルシア人―ゲルマン、アーリア人)、マゴク(スキタイ人)、ゴメル(アルメニア人の先祖であるフルギア人やハザール人の先祖であるアシケナズ)という古代史の舞台を作り上げた民族。


このウクライナ問題を考える場合、東西に分けて、それぞれの立場を考える必要があります。


■西側

西側のウクライナは当時、一部がポーランドでした。

この地域ではユダヤ人がウクライナ人(ポーランド人)に虐殺されました。

(Wikipediaより)

13世紀のカリシュの法令によって権利および安全をシュラフタ(ポーランド貴族)およびポーランド王の庇護のもとに保障されたことから、ユダヤ人はポーランドに集まり生活していた。

1543年にプロテスタント運動の創始者の一人であるマルチン・ルターが著書『ユダヤ人と彼らの嘘について』においてユダヤ人への激しい迫害及び暴力を理論化し熱心に提唱した。

17世紀ウクライナ・コサックのフメリニツキーの乱で起こったポグロムはその犠牲者の数で最悪のものとなった。

1795年の第三次ポーランド分割によりポーランド・リトアニア共和国が完全に消滅してその東部(旧リトアニア公国領)がロシアに併合された。もはや消滅したポーランド国家による庇護を受けることができなくなったポーランドやリトアニアのユダヤ人はハプスブルク家に庇護を求めたが、ウクライナ人・ベラルーシ人には裏切り行為と受け取られた。

1819年、ドイツのヴュルツブルクでポグロムが発生すると瞬く間にドイツ文化圏の全域に大規模な反ユダヤ暴動が広まった(へプへプ・ポグロム(英語版))。1821年、オデッサ・ポグロム(英語版)。

19世紀後半になると、主に旧リトアニア公国の領域(ベラルーシ・ウクライナ・モルドヴァ)で、ウクライナ人・ベラルーシ人農民、コサックなどの一揆の際にユダヤ人が襲撃の巻き添えとなった。1881年にアレクサンドル2世が暗殺されると、ロシアで反ユダヤ主義のポグロム(1881年-1884年)が起こった。後にはロシア帝国をはじめ各国でユダヤ人殺戮のポグロムが盛んに行われた。

帝政ロシア政府は社会的な不満の解決をユダヤ人排斥主義に誘導したので助長されることになった。1903年から1906年にかけての度重なるユダヤ人襲撃はユダヤ人の国外脱出の引きがねとなりシオニズム運動を招くことになった。第二次世界大戦でもポーランド東北部の村落を中心にユダヤ人がソ連および赤軍と密通しているとの疑いを掛けられ、時にはポーランド人やウクライナ人などナチス・ドイツ支配下に置かれた民族によってポグロムが起こされている。その代表的なものにイェドヴァブネ事件が挙げられ、数百人のユダヤ教徒の村人たちが近隣のキリスト教徒に殺された。ユダヤ教徒の住民の一部は実際にソ連側と密通していたとされているが、罪のない住民も同様の疑いを掛けられて巻き添えとなった。

このような暴動を起こす人物は「理性をなくした、へべれけに酔っ払った農民」だという者もいるが、実際には計画的、組織的に徹底して行われた。

(Wikipediaおわり)

しつこいですが、ソビエト政府はユダヤ人で構成されていました。

だから、わざとユダヤ人を迫害し、イスラエル建国の理由付けに一役買った。

正確にはユダヤ人という表現ではなく、コミュニストが正しいでしょう。

共産勢力を維持している側は、イスラエルを作っている側と同じと言う事です。

要は、ロシア帝国、帝政ロシア時代にポグロムで虐殺の対象となっていたユダヤ人がロシア革命によりソビエト政府を樹立した。

そしてロシア正教をはじめとする、キリスト教=宗教の信仰を禁止。

恐怖政治が始まります。

これは世界統一政府のテスト国家だったと考えれば、中国の文化大革命で行われた徹底的な知能の破壊もワン・ワールドの試みだったと納得がいきます。

話がそれました。

西側でのユダヤ人迫害は東側でのウクライナ人絶滅計画につながります。


■東側

ウクライナ人は、ソ連の時代、ソビエト政府の計画的飢饉(ホロドモール)で国民の1/4が死亡しました。

当時のソビエト政府は、ほとんどがユダヤ人で構成されていました。

ユダヤ人がウクライナ人より偉かった。

ユダヤ人がウクライナ人を差別していました。

ですので、ウクライナ人はロシア人とユダヤ系住民を嫌う傾向があります。

1917年のロシア革命以来、ウクライナはロシアからの独立を巡り、激しい戦いを繰り返し、1922年のソビエト成立、1927年のスターリンの登場で再び飲み込まれてしまいました。

安い食料を労働者の居住する都市へ供給するため、また輸出へ食糧を回すため、国家による統制を行い易い自営農家を国営農場(ソフホーズ)や集団農場(コルホーズ)に集団化し、農民を土地から切り離すという政策が採られました。

そして、ホロドモールという、計画的な飢餓=大虐殺をしかけられます。

(Wikipediaより)

ホロドモール(ウクライナ語: Голодомо́р[1];英語: Holodomor, Famine Genocide)は1932年から1933年にかけてソビエト連邦のウクライナ社会主義ソビエト共和国をはじめ、カザフスタン共和国および現ロシア連邦のクバーニ、ヴォルガ川沿岸地域、南ウラル、北シベリアなど、ウクライナ人が住んでいた各地域でおきた人工的な大飢饉である[2]。ウクライナ人たちは強制移住により、家畜や農地を奪われたために400万人から1,450万人が死亡した[3][4]。また、600万人以上の出生が抑制された[4]。

この大飢饉が当時のソ連の最高指導者ヨシフ・スターリンによる計画的な飢餓ではないかとする議論が長年続いていた。2006年にウクライナ議会は、「ウクライナ人に対するジェノサイド」であると認定した[5]。また、米英など西側諸国においても同様の見解が示されており、ソビエト連邦による犯罪行為であるとしている[6]。

アルメニア人虐殺、ホロコースト、ポル・ポト派による虐殺、ルワンダ虐殺等と並んで20世紀の最大の悲劇の一つ[要出典]である[7]。

(Wikipediaおわり)

この計画飢饉で、ウクライナ東部のコサックが絶滅状態になり、ロシア人が流入しました。

なので、現在のウクライナ東部の人間は元々ロシア人ですから、ホロドモールに対して批判的な者が少ないわけです。

これが、親ロシア勢力であり、現在の東部代表のヤヌコヴィッチ氏が親ロシアである所以です。

さらに、東部には豊富な資源と農地が広がっています。

ロシアにとっても重要な地域です。

だから、ロシアはウクライナ人を殺してでも手に入れたい。

ウクライナ人には、この反ロシア感情が強く残っています。

現在のウクライナの存在意義はガスのパイプライン。

それと財政破綻とロシアからの借金。

財政破綻に追い込まれるとロシアへの返済ができなくなります。

ウクライナをユーロに取り込むか、ロシアに取り込むか?

そういう駆け引きもありますが、ロシアにとってはウクライナの財政破綻はなんとしても避けたい。

オバマとプーチンが電話会談を行っています。

おそらく、国際秩序維持の目的でロシアとアメリカは協力することでしょう。

ロシアのガス価格とアメリカのシェールガス価格の開きが影響しないように。

ユーロ側にロシアのガスが売られ続けるように価格調整しバランスを保つことでしょう。

煽動しているのがベルファシなら、彼らは両方に入り込んでいますから、アメリカ、ロシアと言ってはいけないのですが、いまのところ、両国内のベルファシは優勢ではないようです。

主にユーロ側の混乱を引き起こそうとしているものと思われます。

しかし、神聖ローマ帝国を滅亡させ、ユーロになっていく経緯を見ると、この問題はウクライナだけの問題ではないのです。

戦争、紛争、金融危機はシリーズですから。

ということで、ウクライナは紛争の種として、いつでも混乱に陥れるという宿命を背負っています。

それでは


それと余談ですが、ウクライナでオレンジ革命がありました。

シンボルとしてのオレンジ。

アメリカにはオレンジ郡がいくつも存在しますが、オラニエ=ナッサウに由来しています。

下記はその一例です。

オレンジ郡 (ノースカロライナ州) - Wikipedia

ja.wikipedia.org/wiki/オレンジ郡_(ノースカロライナ州)

オレンジ郡(英: Orange County)は、アメリカ合衆国ノースカロライナ州の中央部に位置する郡である。2010年国勢調査での人口は133,801人であり、2000年 ... オラニエ公の母アンはイギリス王ジョージ2世の娘であり、ウィレム5世は当時ネーデルラント連邦共和国の総督だった。 ... アメリカ独立戦争の時は、ヒルズボロがノースカロライナ議会の本拠に使われた。1781年2月下旬には、イギリス軍チャールズ・コーンウォリス将軍の軍事 …

オレンジ郡 (インディアナ州) - Wikipedia

ja.wikipedia.org/wiki/オレンジ郡_(インディアナ州)

元々オレンジという名前はオランダのプロテスタントであるオラニエ公から来ており、オラニエ公は名誉革命の後の1689年にウィリアム3世としてイングランド王になった。... アメリカ国道150号線が西のマーティン郡から入ってオレンジ郡内を横切っている。ウェスト …

オレンジはオラニエ=ナッサウのことです。

オレンジ・ボランティアというアイルランドのテロ組織があります。

Orange_Volunteers_logo.png


これはプロテスタント原理主義 民兵組織です。

オレンジはプロテスタントの象徴です。

オレンジけっしゃ【オレンジ結社 Orange Order】

プロテスタントの優位体制を維持し,イギリスの立憲君主制を守ることを目的とした,北アイルランド・プロテスタントの組織。1795年結成。オレンジ公ウィリアム(オラニエ公ウィレム)にちなんで命名された。1791年のユナイテッド・アイリッシュメンの結成,93年のカトリック救済法の成立に危機感を抱いたプロテスタントが,カトリック組織との武力抗争ののちに結成した。ユナイテッド・アイリッシュメンの運動,D.オーコンネルのカトリック解放と合同撤廃の運動,パーネルの土地戦争,グラッドストンの自治政策など,アイルランドの自主自立の方策にことごとく反対し,1913年にはアルスター義勇軍を組織してアイルランド自治法案に徹底抗戦する態度を示した。

【良い王様と悪い王様】

こんにちは、今回は、シンプルに書きます。

名無し先生は、古代から、現代につながる、あらゆる知識で私に様々なことを教えてくださります。

しかしながら、先生のおっしゃることは、一貫して、ある定義があります。

それは、非常にシンプルなのです。

世の中には、王様がいます。

その中に、良い王様と、悪い王様がいます。

これだけです。

日本の王様である天皇陛下はどうでしょうか?

フィリピンの王様はどうでしょうか?

リビアの王様、カダフィーはどうだったのでしょうか?

ヨーロッパの王様はどうなのでしょうか?

アメリカン王様は誰なのでしょうか?

これにて、いったん、このブログの更新を終えます。

気が向いたら書きます。

みなさん、いままでありがとうございました。

なんちゃって・・・

まだ、書きますよ、でも、これからは、自分で書きます。

それでは

【ポツダム宣言に謳われた現在でも有効な法律・政令・省令】

こんにちは、愛用のMacのマザーボードが故障し、交換に出しています(高い)・・・

今回は、ポツダム宣言に現在でも有効で、非常に重要な部分がありますので、それをご紹介します。

それと、読者の方から日本はなぜ情けないのか?ドイツは何故あれほどに堂々としているのか?についての疑問がありましたので、それについて書きます。

ポツダム宣言は大昔の事なので、今は失効してしまっていると思っている方も居ると思いますが、現在でも有効な法律・政令・省令が多く有ります。

(Wikipediaより)

主な現行「ポツダム命令」

現在もいくつかのポツダム命令が、法律・政令・省令としての効力を持って存続している。これらは、現に法律・政令・省令のいずれかの効力を有しているかにかかわらず、法令番号は制定時のものがそのまま付されることになっている(つまり法律としての効力をもっていても政令第○○号のように表記する)ので注意が必要となる。以下は、法律としての効力を持つものである。

* ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件に基く大蔵省関係諸命令の措置に関する法律(昭和27年法律第43号)によるもの
* 明治三十九年法律第二十四号官国幣社経費に関する法律廃止等の件(昭和21年勅令第71号)附則第6項
* 軍需金融等特別措置法等の一部を改正する勅令(昭和21年勅令第283号)附則第2項及び第3項
* 閉鎖機関令(昭和22年勅令第74号)
* 旧日本占領地域に本店を有する会社の本邦内にある財産の整理に関する政令(昭和24年政令第291号)
* 国外居住外国人等に対する債務の弁済のためにする供託の特例に関する政令(昭和25年政令第22号)
* 閉鎖機関の引当財産の管理に関する政令(昭和25年政令第369号) ※存続措置当時の題名は「特定在外活動閉鎖機関等の引当財産の管理に関する政令」
* 特別調達資金設置令(昭和26年政令第205号)
* 会社の解散の制限等に関する勅令を廃止する政令(昭和26年政令第247号)附則第8項
* 持株会社整理委員会令の廃止に関する政令(昭和26年政令第261号)
* 外貨債処理法等の廃止及び外国為替管理法等中改正の件(昭和20年大蔵省令第101号)附則第2項及び第4項
* ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件に基く中国銀行(中華民国法人)大阪支店の業務及び財産の管理に関する省令を廃止する省令(昭和24年大蔵省令第10号)附則第3項及び第4項


* ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件に基く運輸省関係諸命令の措置に関する法律(昭和27年法律第72号)によるもの
* 航海の制限等に関する件(昭和20年運輸省令第40号)


* ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件に基く文部省関係諸命令の措置に関する法律(昭和27年法律第86号)によるもの
* 明治三十九年法律第二十四号官国幣社経費に関する法律廃止等の件(昭和21年勅令第71号)附則第3項
* 学校施設の確保に関する政令(昭和24年政令第34号)


* ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件に基く経済安定本部関係諸命令の措置に関する法律(昭和27年法律第88号)によるもの
* 物価統制令(昭和21年勅令第118号)
* 外国政府の不動産に関する権利の取得に関する政令(昭和24年政令第311号)


* ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件に基く連合国財産及びドイツ財産関係関係諸命令の措置に関する法律(昭和27年法律第95号)によるもの
* 連合国財産上の家屋等の譲渡等に関する政令(昭和23年政令第298号)
* 連合国財産である株式の回復に関する政令(昭和24年政令第310号)
* ドイツ財産管理令(昭和25年政令第252号)
* 連合国財産の返還等に関する政令(昭和26年政令第6号)


* ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件に基く厚生省関係諸命令の措置に関する法律(昭和27年法律第120号)によるもの
* 死産の届出に関する規程(昭和21年厚生省令第42号)


* ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件に基く外務省関係諸命令の措置に関する法律(昭和27年法律第126号)によるもの
* 出入国管理及び難民認定法(昭和26年政令第319号) ※存続措置当時の題名は「出入国管理令」


* ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件に基く法務府関係諸命令の措置に関する法律(昭和27年法律第137号)によるもの
*
* 政治犯人等の資格回復に関する件(昭和20年勅令第730号)
* 沖縄関係事務整理に伴う戸籍、恩給等の特別措置に関する政令(昭和23年政令第306号)
* 会社等臨時措置法等を廃止する政令(昭和23年政令第402号)附則第5条、第7条及び第9条

(Wikipediaおわり)

残念ながら、私に許されている事は、Wikipediaの記事を貼ることだけです。

上記に関する質問に答える事は禁じられています。

現在でも有効な法律・政令・省令が多く有るということです。

さて、日本と同じ敗戦国ドイツは、表立った覇権を握る事はありませんでした。

しかし、彼らはイギリス、オランダ、デンマーク、ギリシャ、スウェーデン・・・・と、あらゆる国の王族に入り込んでいます。

ここが日本とは大きく違いますね。

パリ協定以降、現在のユーロに至る迄、ヨーロッパは原子力共同体、石炭鉄鋼共同体、経済共同体、欧州共同体、NATOと、一貫して協力関係に有ります。

これがドイツの堂々たる姿の裏付けです。

勝った連合軍ですが、東西に分けられ、ソ連がお化けになった。

ドイツの脅威よりもソ連の脅威の方が強くなったわけです。

というか、ナチス後の脅威が必要なので、そうした訳です。

相反する勢力を作り、互いに争わせる。

一方、日本人は朝鮮、中国の王族に入り込んでいません。

逆に入り込まれています。

主導権はイスラエルから中国、朝鮮を経由して来た渡来人が握っています。

彼らの中にベルベット・ファシストがいるということ。

アフリカで奴隷が取引されていた時代、直接、白人が鞭を振るっていた訳ではなく、同じアフリカ人の中にいた支配者が鞭を振るい、売り渡していたと私は考えます。

これは現代のフィリピンにおける、人身売買、臓器売買でも同じ事が言えます。

臓器を欲しているのは外国人ですから。

以前、書きましたが、アジアのすべての国は客家に乗っ取られています。

日本に於いても同じで、三国人がヤクザになり、カラスがおり、そのてっぺんに3トップ。

日本の為ではなく、彼らの利権ですべてを判断します。

大変残念ですが、ネットで噂されている、在日によるマスメディア支配。

これは事実です。


電通、をはじめとするマスメディアは彼らが仕切っています。

なんとその権益は中国も含めアジア全域です。

55民族会議には、この中から多くの人間がトップ権限で参加するんです。

この組織のトップが3トップ。

そんな方々に仕切られている日本は、真の民主主義国家では無い訳です。

現代の会社組織もそうですね?

過労で死ぬ人も出る。

これが日本社会が、まだ真の民主主義ではない現象の一つです。

理不尽ないじめがありますが、これも現象の一つです。

第二次大戦後、実は日本も東西に分断される予定でした。

それを回避したのがインドネシアの金塊の所有権を手にした組織です。

例の四日市コンビナートの記事を過去に書きましたが、ちょうどその辺で分断しようと言う計画でした。

朝鮮半島も、ベトナムも南北に分断されました。

対立軸を作り、その対立でいっぱいいっぱいにする。

しかし、現在のベトナム経済は再統合されすっかり資本主義になっています。

韓国、北朝鮮は、まだ対立しています。


分断の罠から抜けだせない国は間抜け。


ドイツは見事抜け出しました。

そしてユーロという世界秩序を作りました。


しかし、再統合されユーロの中心は事実上、ドイツです。

各国の王族がドイツ諸侯の血縁関係でつながっているのですから。

【日本が役割を果たしていないからG20、BRICSな訳です】でも書きましたが、世界の市場は日本、イギリス、アメリカと開いてゆく訳です。

インドネシアに集められた金塊を日本のある組織が番狂わせ的に手に入れ、所有者である、ヘッセン、オラニエ等を命だけは助けてやり解放しました。

この判断が現在まで影響しています。

これが敗戦国日本と、勝者イギリス、アメリカこの三国で世界経済を回す事が決まった理由。

(Wikipediaより)


1975年に、フランス大統領ヴァレリー・ジスカール・デスタンは工業化された4つの主要民主主義国(米・英・西独・日)の首脳をフランス・ランブイエに招待し、フランスを含めて5カ国ではじめての首脳会議を開催し、定期的に首脳会議を持つことを提案した。このときの出席者は、主催国を交代しつつ年1回会議を持つことに合意した。こうしてフランス、アメリカ、イギリス、西ドイツ、日本で構成されるいわゆる「G5」が生まれた。しかし、これを不服としたイタリアの首相が第1回会議に乗り込んで来た為、イタリアを加えG6となる。しかし、これでは欧州に偏る為、翌年のプエルトリコの首都サンフアンでのサミットでアメリカのジェラルド・フォード大統領の要請によりカナダが参加したことにより、「G7」となる。

(Wikipediaおわり)

フランスが加盟するより以前に日本が入っています。

順序的に敗戦国が入っているのはおかしいですね?

しかも黄色人種です。

インドネシアの事件で優位に立った日本、というか日本のある組織。

名無し先生のコメントから、ある組織が何を指しているのか解ると思います。

これら、国際秩序維持派が世界経済を回そうと決めた訳です。

しかし、日本国内にベルベットにベタベタな連中がいるわけです。

それらが日本の中枢にいるわけです。

そして、東西分断を免れて来たのに、その恩恵を知らない、日本人。

日本に対する米国、国際秩序維持派の対応は必然的に冷たくなりますよね?

これが、日本が情けない理由です。

ドイツは分断されましたが、ソ連の崩壊をもって、コミュニストが負けたタイミングで再統合されました。

その後、ドイツが再び台頭し、ユーロ統合。

ドイツには、世界を動かす力があるのです。

それに比べ、日本はどうなんでしょうか?

大本さん、これでも日本は世界のひな形だとおっしゃるのですか?

それでは。

【十字軍が潰され、大航海時代も終わり、マフィアになったイエズス会】


こんにちは、前回の記事で十字軍という略奪集団だったローマン・カトリックが潰され、今度は大航海時代のイエズス会となり世界中で植民地を作り、略奪(奴隷売買も含め)を行ったと書きました。

まあ、オランダ、イギリス=プロテスタントも同じ事をしていますし、カソリックVSプロテスタント、そういう括りで考えないでください。

いずれにしても、正反合のヘッセン、ベルベット・ファシストのやり口の一例です。

さて、今回は全然関係ないと思われている事が繋がっていることの一例として、マフィアについて書きます。

最近、イエズス会に関する記事をたて続きに書いていますが、この記事で一旦締めくくります。

アルメニアン・マフィア。

アルバニア・マフィアじゃないですよ。

あまり聞き慣れない言葉ですが、先生の現場や、MI6、CIA、ペンタゴン、FBIでは知らない物は居ない程の犯罪組織です。

米国の犯罪調査ではアルメニアン・マフィアという括りを良く使うそうです。

客家人等と同じ単位ですが、こうした集合分けが諜報上必要。

アルメニア人とは世界で最初にキリスト教を国教化した人種です。

ローマ帝国より前です。

先史時代にはクラ・アラクセス文化があったことが知られており、文明の早い時期から車輪が使われていた。紀元前6世紀頃には国際的な商業活動を盛んに行っていたと言われ、紀元前1世紀にアルメニア高原を中心に大アルメニア王国を築き繁栄した。

しかしローマ帝国とパルティア、サーサーン朝ペルシア帝国の間で翻弄され、両国の緩衝地帯として時に属州となることもあった。

1世紀頃にはキリスト教の布教(十二使徒聖タデヴォス、聖バルトゥロメウスが伝道し、殉教した。)、2世紀にはアルメニア高地の各地にキリスト教徒がかなりの数に上ったと伝える(カエサリアのエウセビウス(260–339年)『教会史』)。紀元301年には世界で初めてキリスト教を国教とした。405/406年、アルメニア文字がメスロプ・マシュトツ(361–440)によって創始された。

その後サーサーン朝ペルシアの支配下に入り、更にアラブの侵攻を受けるが、9世紀半ばにはバグラト朝が興り、独立を回復。しかしバグラト朝も長くは続かず、セルジューク朝、en:Zakarid Armenia、モンゴル・ティムール朝などの侵入が相次いで国土は荒廃。このため10世紀に多くのアルメニア人が故国を捨てる(ディアスポラ)ことになった。

1636年にアルメニアはオスマン帝国とサファヴィー朝ペルシャに分割統治された。

1826年に始まった第二次ロシア・ペルシア戦争の講和条約・トルコマンチャーイ条約(1828年)によってペルシア領アルメニアはロシア領となる。19世紀後半になるとオスマン帝国の支配下にいたアルメニア人の反発も大きくなり、トルコ人民族主義者との対立が激化。20世紀初頭に至るまで多くのアルメニア人が虐殺され(アルメニア人虐殺)、生き残ったアルメニア人も多くは欧米に移住するかロシア領に逃げ込んだ。

ロシア革命後に民族主義者によりアルメニア民主共和国が樹立されるが、赤軍の侵攻により崩壊した。ザカフカース・ソビエト連邦社会主義共和国の一部となった後、1936年にソビエト連邦を構成するアルメニア・ソビエト社会主義共和国となった。1988年にアゼルバイジャン共和国にあるナゴルノ・カラバフ自治州でアルメニアに帰属替えを求めるアルメニア人の運動が起り、これに反発したアゼルバイジャン人との緊張の中で衝突が起り、両国の本格的な民族紛争(ナゴルノ・カラバフ紛争)に発展した。これを契機としてアルメニアは独立を宣言したがソ連軍の侵攻を受けた。しかし1991年にソ連保守派のクーデターが失敗した為、同年9月にアルメニア共和国は独立を遂げた[6]。10月17日、大統領選挙でテル・ベトロシアアンが圧勝した。 しかしナゴルノ・カラバフ自治州を巡るアゼルバイジャン人との紛争は現在も続いている。1991年12月21日、独立国家共同体(CIS)に加盟。同年12月31日付で、ソ連邦は解体・消滅した。アルメニアは、独立国家となった。

現在の米国で起きる猟奇事件、シリアル・キラー等はアルメニア人による犯行が多いとされます。

こうした括りが犯罪心理学上存在する位です。

麻薬の元締めも多い。

アルメニア人はノアの3人の息子、ヤペテの子孫。

ヤぺテからはテラス(エーゲ海周辺のエントラシア人)、メセク(モスクワ人)、ヤワン(ギリシア人)、マダイ(メディア・ペルシア人―ゲルマン、アーリア人)、マゴク(スキタイ人)、ゴメル(アルメニア人の先祖であるフルギア人やハザール人の先祖であるアシケナズ)という古代史の舞台を作り上げた民族が勢ぞろいです。

と、昔先生に教わりました。

このアルメニアン・マフィアはあまり日本人には知られていません。

ご存知かもしれませんが、大抵のマフィアのバックはイエズス会なんです。

しかし、例えばコロンビア・マフィアとメキシカン・マフィアの後ろにはイエズス会が居るんだよと、公の場、国際機関では言えない訳です。

なにせ、カトリック・キリスト教の中心バチカンのイエズス会ですから、バチカン側が黙っていません。

それこそ、地球がひっくり返るような大スクープですが、いまのところ、イエズス会とマフィアのつながりを明確にする決定的な証拠が上がらないんですね。

ですのでアルメニアン・マフィアという呼び方をします。

その証拠が在った場所がニューヨークのワールドトレードセンターでした。

911事件はその証拠を消す為に起こされたわけです。

キリスト教では神と敵対する悪魔が存在します。

この悪魔が非常に重要で、非常に重宝されています。

宗教上の理由から、シリアル・キラーに対する言い訳をし易い訳ですから、連続殺人に異次元の理由付けをします。

そこで悪魔に取り憑かれたとか、そういう話にすり替える。

人間に悪魔という存在を信じさせるのが、彼らにとって最も巧妙なアリバイ作りです。

アルメニアが世界最初のキリスト教国である由縁です。

悪魔に取り憑かれたとして精神異常で済ませてしまう。

並行して、昔から精神に異常をきたす薬物開発に余念がないのです。

この辺りの元祖がメディチと考えられています。

歴代教皇暗殺の為の毒薬開発の大御所ですからね。

これらがヴェルフに受け継がれ、欧州オカルトを創成していく訳です。

ヴェルフも歴代教皇を操りました。

ボルジア教皇

ボルジア家(Borgia)は、スペイン・アラゴン州(アラゴン王国)のボルハを発祥とし、15・16世紀に栄えたイタリア貴族の家系。

その一族にはローマ教皇カリストゥス3世、アレクサンデル6世、ロマーニャ公爵にして教会軍総司令官チェーザレ・ボルジア、フェラーラ公妃ルクレツィア・ボルジア、スクイッラーチェ領主ホフレ・ボルジアらがいる。

アレクサンデル6世の息子フアン・ボルジアの系統にあたるガンディア公家は1748年に断絶した。ガンディア公家からはイエズス会の第3代総長フランシスコ・ボルハが出ている。スクイッラーチェ侯家はボルジア家の子孫である。今日、ボルジア家を名乗る家系には、ボルジア・デ・ミラ家、ボルジア=ランソル家、ボルジア=マトゥッティ家があり、これらはボルジア家の女系にあたる。

なお、日本では慣習的に「ボルジア」の表記が用いられているが、実際には「ボルジャ」の表記の方がよりイタリア語の原音に近い。

ボルジア家のイメージ

アレクサンデル6世は世俗化した教皇の代表的存在であり、(本来なら持つべきではない)息子のチェーザレや娘のルクレツィアを使って政治的な辣腕を振るい、一族の繁栄と教皇領の軍事的自立に精力を注いだ。これによって、ボルジアの名前は好色さ、強欲さ、残忍さ、冷酷さなどを代表するものとなった。カンタレラと呼ばれるボルジア家独特の猛毒を用いて政敵を次々に毒殺した、チェーザレとルクレツィアは近親姦の関係であったなどの噂が付きまとっている[2]。

このような悪いイメージはヨーロッパでは根強く、文学作品や映画等でしばしば言及されている。例えば、映画「第三の男」では、「ボルジア家の悪政はルネッサンスを生んだが、スイスの平和は鳩時計を産んだだけだ」との台詞が登場するし[3]、『ゴッドファーザー Part III』ではバチカンの老獪なやり方に苛立った主人公が「ボルジャめ!」と吐き捨てるシーンがあったり、『モンテ・クリスト伯』の宝物は、ボルジア家に暗殺されたローマの枢機卿が隠したものとされている。

ボルジア家独特の猛毒を用いて政敵を次々に毒殺した。

メディチの毒で、です。

余談ですが、フィリピンのセブ島の近くにボホール島という島が有ります。

この名前の由来はボルジアです。

BORGIA=BOHOL、スペイン語ではGA・GI・GU・GE・GOはハヒフヘホと発音しますから

メディチはルネッサンスの生みの親です。

ギリシャ的文化の再生を志しました。

ルネッサンスは良い面しか表に出ませんが、サンジェルマン伯爵の様な連中を含め、古式薔薇十字団などは、まさにルネッサンス復興の裏で息づいて行きました。

建築様式や彫刻、絵画だけではなく、オカルト的儀式要素が大きかったのです。

その流れが、現在の鳥インフルエンザ等のパスツール研究所やヤ◎◎◎まで至る。

ヤ◎◎◎の創業者の一人はカラスで過去にパスツール研究所に居た人間です。

こうしてヴェルフ、メディチのような人間が教皇側に入り込み操って来たのがバチカンなんです。

バチカンには3人の法王が居ます。

白法王の後ろ盾が黒法王。

白法王がベネディクト16世 (2005-2013)とかフランシスコ (2013- )

欧州キリスト教国を纏める、表の顔としてのおっさんです。

日本の天皇と同じです。

表面的な天皇。

黒法王がイエズス会総長。

さらに赤法王は福音宣教省の長官(枢機卿)。

カトリック教会内で大きな影響力を持つイエズス会の総長は、かつて「黒い教皇」と呼ばれることがあった。これはイエズス会士が質素な黒いスータンを着ていたことと、教皇は常に白い服を着ることに由来している。

教皇庁の一機関である福音宣教省の長官(枢機卿)は「赤い教皇」と呼ばれることがある。この職にあるものはアジアとアフリカ全域の教会の責任者であるため、教皇に匹敵するほどの地位だという意味である。なお、「赤」は枢機卿の衣の色である。

本当に白、黒、赤の法衣を着て式典に出ます。

どこを取っても三位一体なんですよ、ベルベットは・・・

カラスも3トップ。

天神、天孫、地祇もそうだし

3つの地球も・・・

この連中、ローマン・カソリック=十字軍は本当に悪い連中で(カソリックだけじゃないですが)、ヴェネチア共和国と共にキリスト教国ですら、攻撃し、それどころかイスラムと結託して東ローマ帝国=ビザンツ帝国を滅ぼしてしまいます。

東ローマ帝国=ビザンツ帝国は、1204年、第4回十字軍でコンスタンティノープルが陥落、ラテン帝国になり、1261年にニカイア帝国がラテン帝国を滅ぼして東ローマ帝国を復興させたが、結局往年の勢力を取り戻すことが出来ず、1453年オスマン帝国に滅ぼされました。

その際、モスクワ大公国のイヴェン3世は東ローマ帝国最後の皇帝コンスタンティノス11世の姪ソフィア(ゾイ・パレオロギナ)を2番目の妻とし、ビザンツ貴族のロシアに移住し、モスクワを第3のローマとして、文化、財産を引き継いだのです。

東ローマ帝国の滅亡後、すなわちヴァシーリー2世の時代以降、正教会の擁護者としての意識を高める。1467年にイヴァン3世は東ローマ帝国最後の皇帝コンスタンティノス11世の姪ソフィア(ゾイ・パレオロギナ)を2番目の妻とし、ローマ帝国の継承者であることを宣言し、モスクワを(ローマ、コンスタンティノープルに続く)「第3のローマ」と称し、初めてツァーリ(ロシア皇帝)の称号を名乗り、ルーシの諸公国を併合(たとえばノヴゴロド公国は1478年、トヴェリ公国は1485年に併合)し、また1480年にイヴァン3世がジョチ・ウルスから事実上の独立を果たした(ウグラ河畔の対峙(英語版))。

ロマノフ=ニューローマ。

ツァーリ=カエサル=ジュリアス・シーザーのことです。

ロマノフの財宝とは、ローマ帝国の財宝であり、後のロマノフの簿外資金です。

そして、450年以上も経った1917年。イルミナティーが、フリーメーソンとしてコミュニストを入れ込み、ロシア革命で翌年ロマノフを殺害、王朝を崩壊させています。

ヘッセン大公国の第4代大公ルートヴィヒ4世がイギリス女王ヴィクトリアの次女アリスと結婚。ガーター勲爵士に叙した。

子女、エリーザベト・アレクサンドラ・ルイーゼ・アリーツェ(1864年 - 1918年) - 1884年、ロシア大公セルゲイ・アレクサンドロヴィチと結婚。

また、ヴィクトリエ・アリックス・ヘレーネ・ルイーゼ・ベアトリーツェ(1872年 - 1918年)は1894年、ロシア皇帝ニコライ2世と結婚。

このニコライ2世と家族全員が殺害されました。

その兄弟エルンスト・ルートヴィヒは、ヘッセン大公。

ヘッセン大公ルートヴィヒ4世とその妃でイギリス女王ヴィクトリアの娘であるアリスの間の長男(第4子)として、ダルムシュタットで生まれた。

娘2人をロマノフに嫁がせて、財産を乗っ取ろうとしたのでしょうが、ヘッセンが仕掛けたロシア革命で、勢い余って娘を殺害。

おかしな話ですが、これを考察すると、現在のマスターマインドはヘッセンはヘッセンでも、別のヘッセンだということがわかります。

マウントバッテン=バッテンブルクです。

武器で有名なヴィッカーズを支配したアーネスト・カッセル。

紛争を企て両方に武器を売る。

以前の記事で書いた、デビアスとかも手中に落とすわけですが、この辺は有名な話なので割愛させていただきます。

彼の孫がルイス・マウントバッテンと結婚。

前にも書きましたが、これがロシア革命の真相であり、日露戦争の原因です。

そして日本側ではイエズス会が日本を戦争に誘導します。

当時、大喜びしていた日本国民は知る由もなかったのです。

まさか、イルミナティー=フリーメーソン、イエズス会=バチカンが日露戦争の黒幕だったとは。

ロマノフの財宝を奪うという事、そしてコミュニズムで支配する事が試された。

この両方の背後にヘッセンがいたこと、この簿外資金がインドネシアに運ばれたことは名無し先生のコメントの通りです。

十字軍、大航海時代、大昔から大虐殺、略奪組織。

バチカンにマルタ騎士団の本部が在るし、イエズス会の本部もあるわけです。


話はアルメニアですが、スペイン国が出来る時代、その後スペインの継承戦争が在りました。

あの頃スペインを追われたイスラエル人が、欧州各地に散った訳です。

特に、ボヘミア、ルーマニア・・・等に散ったグループが居ます。

ここから、コーカサス地域に混血していった人間が多い。

これらは、裏からユダヤ教改宗を促進しました。

カザールは、アルメニア人も多かった訳です。

そして、カザール・ユダヤ人が全部悪いということにしてしまう。

ユダヤ人だけではなく、キリスト教徒、カソリックもプロテスタントも関係なく、すべて正反合の作り出した対立軸。


今回はイエズス会を中心にローマン・カソリックの悪事について書きましたが、プロテスタント=オランダ側は、オランダ東インド会社の交易による資金+ビスマルクハノ-ヴァ王朝から没収した資金等を貯えて、東南アジア諸国を植民地化したわけです。

マフィアとは、教皇のテンプル騎士団、大航海時代の海賊、イエズス会、また、フリーメーソン、その他もろもろの、ベルベット・ファシストの一種なんです。

こうして、過去の事ばかり書いている訳ですが、もっと現在進行形の記事を書かなければなりません。

次回からは、なるべく最近の事象を書きたいと思います。

ただ、ヤバすぎて、書ける事が少なくなって来ました・・・

名無し先生から、Bドルのコメントが有りましたが、紛争地域を意図的に作り、無政府状態にする。

そして麻薬デモ、マネーロンダリングでも何でも出来るワープトンネルを創る訳です。

マウントバッテンがBドルを使い、カンボジア、インドで麻薬ビジネスをやる・・・


それでは。

【テンプル騎士団が形を変えたのがイエズス会 十字軍の世界進出】

こんにちは、さて、前回の記事で抜けていた、ポルトガルについて。

イエズス会発足に関わる大変重要なポイントです。

聖地エルサレムを奪還するという大義名分で、実際は略奪集団であり、虐殺レイプ集団であり、十字軍の中心であり、一方で現在の金融システムの基礎となったテンプル騎士団がフランスのフィリップ4世により潰されました。

テンプル騎士団は莫大な資金を元手に王様たちに金貸しをしていた。

返済に困った王様達が、借金を踏み倒し、テンプル騎士団の財産を奪おうとした。

これがヨーロッパ全土に広がっていったわけです。

しかし、ポルトガルだけは、イスラム勢力を追い出したレコンキスタに貢献したという理由で、テンプル騎士団は解散されましたが、その代わりにキリスト騎士団として存続を許される事になったのです。

一方、フランスのテンプル騎士団の財産はマルタ騎士団に引き継がれます。

(Wikipediaより)

キリスト騎士団(キリストきしだん、ポルトガル語: Ordem Militar de Cristo)は、ローマ教皇の命令により1312年に廃止されたポルトガルのテンプル騎士団に相当する勲位である。以前は主イエス・キリスト王立騎士団(Real Ordem dos Cavaleiros de Nosso Senhor Jesus Cristo)であった。カトリック教会の影響下にあった他の主権国家ではテンプル騎士団に対して追及と裁判が行われたが、これを拒んだポルトガル王ディニス1世の保護を受けて1318年に創設された。

フランス王フィリップ4世からの強い圧力のもと、教皇クレメンス5世はフランスをはじめとする欧州のほとんどでテンプル騎士団を異端の罪によって廃止したが、ポルトガル王ディニス1世はいかなる勲位であっても王がその資産を没収するのではなく、該当する勲位がそれらを継承すべきと考え、主にトマールのテンプル騎士団がレコンキスタと戦後のポルトガル復興に尽力したことから同騎士団をキリスト騎士団として再構成した。ディニス1世は新たな騎士団の承認と、その騎士団がテンプル騎士団の資産と財産を継承する権利について教皇クレメンスの後継者ヨハネス22世と交渉した。

(Wikipediaおわり)

テンプル騎士団を救ったディニス1世。

テンプル騎士団の財産を大航海時代の資金とし、その後のポルトガル全盛期の礎を築いた人物です。

(Wikipediaより)

ディニス1世(Dinis I または Diniz I, 1261年10月9日 - 1325年1月7日)は、第6代ポルトガル王(在位:1279年 - 1325年)。アフォンソ3世と2番目の王妃ベアトリス・デ・カスティーリャ(カスティーリャ王アルフォンソ10世の庶子)の長男。農民王(O Lavrador)の異名で知られている。

ディニス1世は、従来ラテン語を用いた公文書をポルトガル語にするよう決定し、リスボンに、エストゥード・ジェラル(一般教養学院)を創設した。コインブラ大学の前身である。1290年、教皇勅使書により大学となり、ポルトガル語の文法、教会法、民法、医学を教えた。

リスボンとポルトが、フランドル・地中海間の中継港として繁栄しており、1317年、ジェノヴァからマヌエル・ペサニャ(イタリア名エマヌエーレ・ペサーノ)を招聘して商船隊長官とし、航海技術指導に当たらせた。

ポルトガル国内のレコンキスタに貢献したテンプル騎士団は、1312年にフランス王フィリップ4世に取りつぶされていたので、王は教皇から新しい宗教騎士団イエス・キリスト騎士団の創設許可を取り付け、テンプル騎士団がポルトガル国内に所有していた財産を譲り受けることに成功した。大航海時代にこの騎士団の総長を務めたのがエンリケ航海王子であり、アフリカ西海岸探検航海の経費はこの騎士団の財産と収入で賄われた。

王は貴族たちに「我々は騎士であるとともに、所有する土地の耕作者であることを名誉とすべきである。」と説き、沼沢の干拓、荒れ地の開拓によって整備した農地に果樹、ぶどうを植えさせた。また、レイリアの海岸に、海岸の砂の飛来を防ぐ防風林として松を植えさせた。後年この松林は、大航海時代に活躍したポルトガル船の建造に役立った。

漁業では、捕鯨とマグロ漁を始めさせ、ポルトガル漁民がイングランド領海で出漁することをイングランドに認めさせた。

商業発展のため、国内各地に課税免除の「自由市」を作った。穀物、オリーブ油、ワイン、塩、塩漬け魚の輸出に力を入れ、フランドル、フランス、イングランド、イタリアとの貿易を振興した。

晩年、王が庶出の王子をかわいがる姿を危惧したアフォンソ王子は譲位を迫ったが、王が拒否したため、1320年に反乱を起こした。王妃イザベルが仲裁に入り、1324年に和解した。翌1325年にディニスは死去し、王子はアフォンソ4世として即位した。

(Wikipediaおわり)

このディニス1世を辿って行くと、ブルゴーニュの家系である事が分かります。

ポルトガル王国は、フランスのブルゴーニュ家出身の国王アフォンソ1世がブルゴーニュ朝として始まりました。

ポルトガル王国を建国したブルゴーニュ王朝(ボルゴーニャ王朝)の初代ポルトガル王アフォンソ1世はマファルダ・デ・サボイアと1146年に結婚。

なんだよ、またサヴォイかよ・・・

前回の記事でも書きましたが、大昔からサヴォイなんです。

ウンベルト2世とブルゴーニュ伯ギヨーム1世の娘ジゼルとの長男、アメデーオ3世・ディ・サヴォイア。

ギヨーム1世の他の四女、クレマンス(1078年 - 1129年) フランドル伯ロベール2世と結婚、のちブラバント公ゴドフロワ1世と結婚。

ブラバント公アンリ2世は現在のベルギー王の家系で、ヘッセン方伯の祖であるハインリヒ1世(1244年 - 1308年)の父です。

そして、ブルゴーニュにはヴェルフ家の血筋も入っています。

これらの家系は、大昔から、もう絶対的に、現在まで地位を譲らずに続いています。

で、この存続されたテンプル騎士団改め、キリスト騎士団ですが、エンリケ航海王子という、大航海時代の探検事業家を総長とし、アフリカ侵略を始めます。

エンリケ航海王子の父である、ジョアン1世が、ポルトガル王国アヴィス王朝を開きました。

エンリケの死後、アメリカ大陸、日本にまで触手を伸ばし、世界中で十字軍活動を行いました。

エルサレム奪回の道中でやって来た事と同じです。

この正体はイエズス会です。

イエズス会=テンプル騎士団と言っていいんじゃないでしょうか?

Wikipediaにもありますが、16世紀初頭から宗教改革の嵐に晒されていたカトリック教会は相次いで成立したプロテスタント諸派に対抗するため、海外での新たな信者獲得を計画し、強固なカトリック教国であるポルトガル・スペイン両国の航海に使命感溢れる宣教師を連れ添わせ、両国が獲得した領土の住民への布教活動を開始した。

ヨーロッパでは人気のなくなって来たカトリックは海外に活路を見出したのです。

その証拠に、大航海時代に活躍した帆船には、テンプル騎士団の旗が描かれていました。

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ヨーロッパで徹底的に潰されたポルトガルのテンプル騎士団、ホスピタル騎士団、カラトラーバ騎士団、アヴィス騎士団、サンティアゴ騎士団などの騎士修道会は、レコンキスタでイベリア半島からイスラム勢力を追い出し、ポルトガルで名前を変えて存続し、今度はアフリカ、アジア、アメリカで略奪ビジネスを開始したということです。

これがポルトガルとスペインから始まった大航海時代の正体です。

フランスのテンプル騎士団の財産を受け継いだ現在のマルタ騎士団の本部はバチカンに在ります。

テンプル騎士団→マルタ騎士団→イエズス会・バチカン

日本の天皇はマルタ騎士団のメンバー。

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これでもイエズス会・バチカンは神に仕える堅気の組織だと思い、崇める人がいるのです。

で、これでも天皇陛下万歳という人が大半を占める日本人って、正気じゃないですよね。

こういう事を言うと、お前は左翼か?という人がいますが、違います。

何故なら、左翼も右翼もベルファシですからね。

第二次大戦後の戦犯を決定する裁判の行方はガーター騎士団ー>300人委員会―>マッカーサー経由で命令が出ていたんです。

いまさら別に驚く事では在りませんが、天皇家は明治からずっとガーター騎士団のメンバーです。

ガーター騎士団のメンバー(外国人を中心に抜粋)

フェリペ3世、ブルゴーニュ公 1396-1467

アフォンソV、ポルトガル王 1432-1481

アルフォンソV、アラゴンとナポリ王 1396-1458

チャールズ、ブルゴーニュ公 1433-1477

フェルディナンド2世、アラゴンとカスティーリャの王 1452-1516

ジョンII、ポルトガル王 1455-1495

フィリップ、ブルゴーニュのオーストリア、デュークの大公 1506

チャールズ、ブルゴーニュ公の大公 1500-1558 神聖ローマ皇帝

マヌエル、ポルトガル王 1469-1521

スペインのフィリップ王子 1527-1598フェリペ2世、スペイン王

エマニュエル·フィリベール、サヴォイ公 1528-1580

シャルル9世、フランス王 1550-1574

ヘンリー3世、フランス王 1551-1589

ルドルフII、神聖ローマ皇帝 1552-1612

フリードリヒ2世、デンマークとノルウェーの王 1534-1588

モーリス·ド·ナッソー 1567-1625モーリス、オラニエ王子

フレデリック·ヘンリー、オラニエ王子 1584-1647

ウィリアムII、オラニエ王子 1625-1650 1645

ウィリアム3世、オラニエ王子 1650-1702 イングランド王

ウィリアムIV、オラニエ王子 1711-1751

フレデリック、ヘッセン·カッセル方伯 1720-1785

ウィリアムV、オラニエ王子 1748-1806

ウィリアムIX、ヘッセン·カッセル方伯 1743-1821

ウィリアムVI、オラニエ王子 1772-1843 オランダの王

ジョン·VI、ポルトガル王 1767-1826

ナポレオン三世、フランスの皇帝 1808-1873

ビクターエマニュエルII、サルデーニャ島の王 1820-1878

ピーターV、ポルトガル王 1837-1861

プリンスヘッセンのルイとライン川 1837-1892 ヘッセン大公

ルイI、ポルトガル王 1838-1889

クリスチャンIX、デンマークの王 1818-1906

ルイIII、ヘッセン大公とライン川 1806-1877

アブドゥルアジズ、オスマン帝国のスルタン 1830-1876

プロイセンの王子ヴィルヘルム 1859-1941 ドイツの皇帝

ウンベルト、イタリアの王 1844-1900

アルフォンソXII、スペイン王 1857-1885

ウィリアム3世、オランダの王 1817-1890

ビクターエマニュエル、ナポリの王子 1869-1947 イタリアの王

ロシアニコラスアレクサンドロヴィチ 1868-1918 ニコライ2世

アルフォンソXIII、スペイン王 1886-1941

サヴォイ、アオスタ公爵の王子エマニュエルフィリベール 1869-1931

ルイス·フィリペ、ポルトガルの王子ロイヤル 1887-1908

明治天皇(睦仁)日本の天皇 1852-1912

大正天皇(義仁)日本の天皇 1879-1926

クリスチャンX、デンマークの王 1870-1947

アルバートI、ベルギー人の王 1875-1934

フェルディナンド、ルーマニアの王 1865-1927

昭和天皇(裕仁)日本の天皇 1901-1989 1941除名、1971年に復帰

レオポルドIII、ベルギー人の王 1901-1983

ウィルヘルミナ、オランダの女王 1880-1962

ルイ·マウントバッテン、ビルマの子爵マウントバッテン 1900-1979

フィリップ·マウントバッテン、エディンバラ公 1921

フレデリックIX、デンマークの王 1899-1972

グスタフVIアドルフ、スウェーデン国王 1882-1973

ハイレ·セラシエ、エチオピアの皇帝 1892-1975

ジュリアナ、オランダの女王 1909-2004

ボードワン、ベルギー人の王 1930-1993

ジャン、ルクセンブルク大公 1921

カール16グスタフ、スウェーデン国王 1946

フアン·カルロス国王、スペイン王 1938

オランダ女王  1938

平成天皇(明仁)日本の天皇  1933

ハラルドV、ノルウェーの王  1937

これでもあなたは神を信じますか?

上の赤字にした人物、彼が国王に成り済ましオランダ東インド会社として日本に多大な影響を与えた人物です。

1609年(慶長14年)、日本(江戸幕府)に進出したオランダ東インド会社はマウリッツをオランダ「国王」とする書簡を駿府で前将軍(大御所)徳川家康に提出し、朱印状による交易を認められた。以後、オランダ東インド会社はオランダ総督を「国王」とするフィクションを維持することになる。

このガーター騎士団メンバーの抜粋を見て、何か気が付きませんか?

カソリックもプロテスタントも関係ないんです。

仏教、イスラムですら、関係ない。

正反合ですから・・・

このガーター騎士団や300人委員会の末端にMI6があります。

例えるなら、ガーター騎士団とは、エリザベス女王のヤタガラスみたいなものなんです。

それでは。

【スイスという永世中立覇権国 引き継がれる簿外資金】


こんにちは、今回は過去の記事と重なりますが、読者様のコメントに対する名無し先生からのコメントに、ランゴバルドの事を書け!という合図が在りましたので、スイスという国を中心に簿外資金のルーツについて書きます。

最初にお断りしておきますが、この記事は時代がかなり前後しています。

まとめるつもりがまとまっていないかもしれませんがご了承ください。

さて、スイスには有名なアルプス山脈があります。

イタリア北部の国境地帯を囲うようにスイス、オーストリアに股がっています。

地中海側の商圏と、バルト海側の商圏を分離していたのがこのアルプス山脈です。

一方、その両方を見下ろせる地理的特性を持ち、精密機械産業に適した豊かな淡水を持つ地域。

この頃の武器製造は、動力が水車でした。

水車による動力で、他の地域にはまねの出来ない機械加工が出来たのです。

現在のスイス地域はオーストリアのハプスブルク家をもってしても勝てない軍事力を持っていました。

そして現在でも武装中立国として、高い軍事力を持ち、どこの国もスイスには手を出しません。

そして世界でも有名な時計やレンズ等の精密技術で有名。

また、金融面でもプライベートバンキングで有名。

フィリピンのマルコスも、日本の天皇も、スイスに隠し口座を・・・

さて、スイス+オーストリア(正確には現在のイタリアの一部も入ります)=ロンバルディアだということは以前の記事に書きました。

オーストリアのハプスブルク家の支配下に在った訳です。

ですが、オーストリア側、ハプスブルクの支配に不満を持つ者が出てきます。

記述の通り、水車による原動力で他には無い産業を確立していたスイス。

ハプスブルクに反発する、金を持った者達は、裏で現在のスイスに結集しました。

こうして、スイスに金と武器産業が集まりました。

そうです、スイスとは神聖ローマ帝国に対抗して出来上がった国みたいなもんなんです。

スイスが実質的に中立国というか、独立したのはこの頃です。

これが嫌われていたユダヤ人が中立国であるスイスに集まった理由なのです。

(Wikipediaより)

神聖ローマ皇帝ハインリヒ7世の死後、ハプスブルク家のアルブレヒトの息子フリードリヒ(ドイツ王フリードリヒ3世)がバイエルン公ルートヴィヒ(ドイツ王ルートヴィヒ4世)と帝位をめぐって争ったが、アルブレヒトを敵視していた原初同盟はバイエルン公を支持した。これに怒ったフリードリヒはハプスブルク家の精鋭を揃えてスイス領内に侵攻したが、1315年のモルガルテンの戦い(ドイツ語版、英語版)、1386年のゼンパッハの戦い(英語版)でスイス農民軍に打ち破られた。こうしてスイスからハプスブルク家の影響力が排除された。

(Wikipedia終わり)

スイスがハプスブルクが手を出せない軍事力と財力で事実上、独立しちゃったんです。

ですので、この時期がオーストリアとスイスが分かれた時期です。

ランゴバルド王国がロンバルディアの由来。

王国が存在した2世紀の間、東側をアウストリア公国、西側をネウストリア公国、北部をスポレート公国、南部をベネヴェント公国と呼びました。

フランク王国領になる前から宗教的には、カソリック化が進みました。

しかしイタリア半島南端、サルディーニャ島、シシリー島等は、東ローマ帝国領のまま残ったのです。

この勢力の仕切りで、教皇をコントロールしようと教皇派、皇帝派にわかれて争った時代が欧州で長く続きました。

ヴェルフ、ヘッセンらが画策したと言う事です。

教皇側は免罪符をフッガー家と共謀し発行、大きな収入源となりましたが、民衆を苦しる結果になります。

そこに異議を唱えたルターが出てくる。

時代はかなり前後していますが、 これがプロテスタントになって行く訳です。

ヨーロッパの教皇派と皇帝派。

欧州の天皇=ローマ教皇は、地中海商圏側に居ました。

征夷大将軍=神聖ローマ帝国皇帝を途中から任命するようになります。

神聖ローマ帝国はローマ帝国を引き継いでいるという建前ですから、教皇は邪魔。

ローマ教会にとっては皇帝が邪魔。

教皇派、皇帝派に分かれ争う事になります。

この教皇派、皇帝派の争いはカール大帝と血縁になったヴェルフ家が主導する処が大きかったわけです。

ロンバルディアから出たヴェルフ=エステ家(Haus Welf-Este)、またはヴェルフェン=エステ家(Haus Welfen-Este)。

(Wikipediaより)

ルートヴィヒ1世(ドイツ語:Ludwig I, 778年 - 840年6月20日)は、フランク王国カロリング朝の国王(在位:814年 - 840年)・西ローマ皇帝(在位:814年 - 840年)。カール大帝の第3子で、大帝死後も唯一生存していた男子である。フランス語ではルイ1世(Louis I)。「敬虔王(敬虔帝)」とも呼ばれる。

819年、シャッセンガウ伯ヴェルフ(ヴェルフ家出身)の娘ユーディト(795年 - 843年)と再婚。

教皇派と皇帝派(きょうこうはとこうていは)とは、12世紀から13世紀の主に北イタリアにおいて、対立するローマ教皇と神聖ローマ皇帝をそれぞれを支持した都市、貴族達を指すが、14世紀から15世紀には本来の意味から離れ、対立する都市間の争いや都市内部の派閥抗争における両勢力の便宜的な分類として用いられた。ゲルフとギベリンともいう。

元々は、神聖ローマ帝国の帝位争いにおいてヴェルフ派をヴェルフ、ホーエンシュタウフェン派をウィーベリンと言ったものが、ヴェルフ家が教皇と結んで、帝位についたホーエンシュタウフェン朝と対抗したため、これがイタリアに伝わり教皇派と皇帝派(ゲルフ(グエルフィ、Guelfi)とギベリン(ギベッリーニ、Ghibellini))となった。

11世紀の叙任権闘争において、既に教皇と皇帝の争いは始まっており、皇帝ハインリヒ4世と対立するヴェルフ5世は、教皇派のトスカーナ女伯マティルデと結婚したため、教皇派はヴェルフ(ゲルフ)と呼ばれはじめた。

ザーリアー朝が断絶するとヴェルフ家のバイエルン公ハインリヒ10世(尊大公、ヴェルフ5世の甥)は、ホーエンシュタウフェン家のコンラート3世と帝位を争い、1140年のヴァインスベルクの戦い の「掛け声」からヴェルフ派がヴェルフ、ホーエンシュタウフェン派がウィーベリンと呼ばれるようになった。

ドイツ国内においては、ヴェルフとウィーベリンは文字通り両家を支持する派閥であり、ヴェルフ家のオットー4世が皇帝になった時には、ヴェルフが皇帝派、ウィーベリンが教皇派となっている。

(Wikipedia終わり)

このロンバルディア=スイスのヴェルフ家がその後、ヘッセン家と血縁を結んで行くんです。

共通の敵はハプスブルク家です。

例えば、アーデルハイト(1244–1274) - ヘッセン方伯ハインリヒ1世と結婚

(Wikipediaより)

オットー1世 (ブラウンシュヴァイク=リューネブルク公)

オットー1世(Otto I, 1204年 - 1252年6月9日)は、神聖ローマ帝国の領邦君主の1人で、ブラウンシュヴァイク=リューネブルク公(在位:1235年 - 1252年)。ヴェルフ家出身で、ブラウンシュヴァイク=リューネブルク家の祖。ハインリヒ獅子公の末子のリューネブルク公ヴィルヘルムとデンマーク王ヴァルデマー1世の娘ヘレネの一人息子。伯父の神聖ローマ皇帝オットー4世との区別のため、幼童公(das Kind)とも呼ばれる。

子女

1228年、ブランデンブルク辺境伯アルブレヒト2世の娘マティルダと結婚、10人の子を儲けた。

1. マティルダ(? - 1295年/1296年) - アンハルト=アシャースレーベン侯ハインリヒ2世と結婚
2. ヘレネ(1231年 - 1273年) - テューリンゲン方伯ヘルマン2世と結婚、ザクセン公アルブレヒト1世と再婚。
3. オットー(? - 1247年)
4. エリーザベト(? - 1266年) - ホラント伯、ドイツ対立王ウィレム2世と結婚
5. アルブレヒト1世(1236年 - 1279年) - ブラウンシュヴァイク=リューネブルク公、ヴォルフェンビュッテル侯
6. ヨハン(1242年 - 1277年) - ブラウンシュヴァイク=リューネブルク公、リューネブルク侯
7. オットー(? - 1279年) - ヒルデスハイム司教
8. コンラート(? - 1300年) - フェルデン司教
9. アーデルハイト(? - 1274年) - ヘッセン方伯ハインリヒ1世と結婚
10. アグネス(? - 1302年) - リューゲン侯ヴィツラフ2世と結婚

(Wikipedia終わり)

当時の神聖ローマ帝国は、諸侯の中から代表理事を選んで王様にしていました。

その選挙権を持っていたのが選皇帝です。

その候補者の中で、一番力が無くて、すぐどかせる奴をとりあえず、神聖ローマ帝国の皇帝にしておこうと言う話になり、選ばれたのが、ハプスブルグだったんです。

ところが意外と策士で、他の諸侯同士が領土の取り会いをしてる横で、「お前らは戦争しろ、私は結婚する」と言って、同盟諸侯を増やしたんです。

(Wikipediaより)

「戦争は他家に任せておけ。幸いなオーストリアよ、汝は結婚せよ」

の言葉が示すとおり、ハプスブルク家は婚姻によって所領を増やしていった。

現在も、最後の皇帝カール1世の子孫は婚姻によりスペイン、ベルギー、ルクセンブルクの君主位継承権を保持しており、それによって将来一族が君主に返り咲く可能性はある。

(Wikipedia終わり)

その脇でくやしい思いをしたのが、サヴォイやヘッセンやタクシスだった訳です。

一応位置的にはハプスブルグ皇帝に仕える諸侯ですが、30年戦争を引き起こし裏で借金させ、潰した訳ですね。

そしてスイスは1648年 - ヴェストファーレン条約によって正式に神聖ローマ帝国からの独立を達成。

ここまで読んで、ヴェルフーヘッセンと繋がりは理解出来ると思いますが、下記を追記します。

(Wikipediaより)

オラニエ=ナッサウ家

オットー1世の子孫は14世紀から15世紀にかけて、主に婚姻によってネーデルラントに領地を増やし、ブレダに居城を構えて拠点とした。オットー系ナッサウ家はブルゴーニュ公に仕えて勢力を伸ばし、ネーデルラントで随一と呼ばれる名門となった。16世紀初めにはヘンドリック3世・ファン・ナッサウ=ブレダ (en) がブルゴーニュ公シャルル(後の神聖ローマ皇帝カール5世)からホラント州、ゼーラント州、ユトレヒト州の総督に任命されている。

ウィレム1世の曾孫でオランダ総督とイングランド王・スコットランド王を兼ねたウィレム3世(ウィリアム3世)が後継者なくして死去すると、ヨハン6世の玄孫でオラニエ=ナッサウ家の血も引くナッサウ=ディーツ家のヨハン・ウィレム・フリーゾがオラニエ公を継承した。以後オラニエ=ナッサウ家は現在までヨハン・ウィレム・フリーゾの子孫によって続いている。

このヨハン・ウィレム・フリーゾが1709年、ヘッセン=カッセル方伯カールの一人娘マリア・ルイーゼと結婚、2人の子を儲けた。

* アマーリア(1710年 - 1777年) - バーデン=ドゥルラハ辺境伯カール3世の次男フリードリヒの妻
* ウィレム4世(1711年 - 1751年) - イギリス王女アンと結婚

(Wikipedia終わり)

ヴェルフ家の時代に、タクシスの欧州単位統合がありましたと過去記事に書きましたが、そのタクシスもヘッセンに買われます。

時代は別として、タクシスと並んで忘れてはいけないのが、共通通貨を発行した血筋。

メディチ家です。

欧州広域で通用する最初の硬貨を作ったのはメディチです。

そのメディチが次の銀貨の中心をプロイセンとブルゴーニュにした訳です。

つまりナッサウの地です。

ナッサウ家はプロイセンとブルゴーニュで勢力を伸ばしました。

ブルゴーニュ公はフランス本家ブルボン家の向こうを張っていたフランスの王。

現在のフランス・ブルゴーニュ地方です。

欧州の行方を決める数々の戦争で、フランスがどこと同盟を組んだか調整していたのが、ナッサウ=ブルゴーニュです。

このヴェルフに資金援助していたのがメディチ。

エステ=ヴェルフ家と合流し、ロンドンのロンバルディア街を作り、ロンドン銀行などを形成していく訳です。

銀本位制を仕切っていた勢力です。

英国だけが金本位制を始めたのをよそに、欧州の実体経済は銀本位制で回っていたのです。

その中心がプロイセンとフランス・ブルゴーニュです。

プロイセンがヴェルフ資金を押さえた事によって、英国を乗っ取れた真の理由です。

ヴェルフ資金はターレル(ターラー)という銀貨です。

これが訛ってダラー=ドルになりました。

ロンバルディアは銀行の起源みたいなもので、デル・バンコが第2回十字軍の時に作らされたものです。

そのデル・バンコに第2回十字軍遠征に際し、ロンバルディアに銀行を作らせたのはサヴォイ。

欧州の経済体制の変遷は、銀本位制が主体で、後の16~17Cに英国が金本位制に移しました。

1694年、イギリス国王オレンジ公ウイリアムは、大規模な常備軍を維持するため、ロンドンの商人達に金の相談をした。商人達は金を貸す際に一つ条件を付けた。それは、その債務相当分の銀行券の発行を許可してもらいたいというものであった。この要望の意味をほとんど理解できずに、ウイリアム王は同意した。 これによって中央銀行(イングランド銀行)が誕生した。

要は、この時点でイギリスは乗っ取られている訳です。

アラゴン王国がスペインになったり、ロンバルディアがスイスとオーストリアに分かれたり、ポルトガルが出来たり、イタリアが出来たり、全部が同時期です。

その裏に神聖ローマ帝国事情や、武器産業(水車動力)、金融などの理由があったのです。

さて、前出の金融マフィアの祖はデル・バンコと言うのは裏にサヴォイがいて、ロンバルディアに銀行を作る命令を出したという話ですが・・・

サヴォイは第二次世界大戦時のイタリア国王で、その前にロスチャイルドの赤シャツ隊をシシリーから追い出してました。

サヴォイは昔からサルディーニャ島の王様です。

バルト海側の古い民族が、地中海側を攻めた時にサルディーニャ島を基地にしていたと、言われています。

エジンバラ公側の勢力の人間は、そう信じていて、サルディーニャが重要拠点となっているんです。

10世紀より前から、サルディーニャはサヴォイの血筋。

サヴォイは、カルタゴ、ヴェネチアに展開する裕福な海洋族の元なので、デル・バンコに命令し銀行を作らせるような高位にいたと言う事です。

今でも、マルタ騎士団とか海洋族由来の騎士団があります。

この海洋族由来の騎士団はサヴォイ傘下ということです。

デル・バンコは移住先するたびに姓を変えました。

シェルバーンら、チャーター銀行に関連する一連の元がデル・バンコと言われています。

彼がロンバルディア出な訳です。

第2回十字軍遠征に祭し、費用を貸し出す為の銀行をロンバルディアに作りました。


話は変わり、スペイン王国が出来あがる時代

スペイン王国とは、1469年、アラゴン王太子フェルナンド(後のフェルナンド2世)が カスティーリャ王女イサベル(後のイサベル1世)と結婚し、 1479年にはアラゴン王国とカスティーリャ王国の同君連合が形成され成立した王国です。 ローマ教皇アレクサンデル6世はこの2人を「カトリック両王」と呼んだ。

この一時代前のアラゴン王家はバルセロナ伯家と通婚を重ね、1137年にアラゴン王ラミロ2世の一人娘 ペトロニーラ女王とバルセロナ伯ラモン・バランゲー4世の結婚により、両家の連合が成立した。 2人の間の子アルフォンソ2世以降はバルセロナ家の君主の下に統合された。 こうしてアラゴン連合王国と呼ばれる同君連合が成立した。

スペイン=アラゴン王国に辺境王を派遣してました。

ジェノヴァ、ロンバルディア、ヴェネチアの銀行家が、80年戦争の前から後まで、各国の戦争に裏から投資して国際資金運用をしていたんです。

これらが十字軍遠征と密接に絡みます。

大量の資金を持っていたテンプル騎士団等です。

十字軍が始まったばかりの頃です。

テンプル騎士団→メディチ→ヴェルフ→ナッサウ→オラニエ=ヘッセンと引き継がれているということです。

もっと言ったら、アレクサンダー大王から・・・

テンプル騎士団は構成員が修道士であると同時に戦士であり、設立の趣旨でもある第一次十字軍が得た聖地エルサレムの防衛に主要な役割を果たした。特筆すべき点として、騎士団が保有する資産(構成員が所属前に保有していた不動産や各国の王族や有力貴族からの寄進された土地など)の殆どを換金し、その管理のために財務システムを発達させ、後に発生するメディチ家などによる国際銀行の構築に先立ち、独自の国際的財務管理システムを所有していたとされる事が挙げられる。

東ローマ帝国、オスマン帝国への覇権移行も、こうした諸事象の相互作用であると言う事なんですね。

この時代から近代に至るまで、戦争の影には銀行家ありと言う事です。

この間の簿外資金の流れを見れば、東ローマ帝国側を通して移動した部分が見えます。

ロマノフ。

古代ローマ帝国の金塊はアレキサンダー大王からの流れを引き継いだ物が、そのまま移行されているのです。

テンプル騎士団側の簿外資金は、解散させられた後はいくつかのグループ、国に分散され、ポルトガルやスコットランドを経てロンバルディアを経由し・・・

ロンドンのザ・シティーに集まった簿外資金。

ギリシアからドイツ騎士団側に奪われた簿外資金。

カスティーリャ、アラゴン側に流れた簿外資金。

メディチを通って、ヴェルフ、ハノーヴァーへと流れドイツ騎士団側に奪われた簿外資金。

様々なルートを辿りました。

こうした中で現在のベルベットファシズムの裏資金として動いているのが、第一次世界大戦後に国際機構側の凍結を免れ彼らに残った簿外資金です。

レ◎◎◎の総領事館に在った金塊は、オランダ、オラニエ=ヘッセンです。

忘れてはならないのがロマノフの簿外資金です。

それでは。

【平成24年10月1日作成 ベルベット・ファシストの計画と失敗】


こんにちは、今回はベルベット・ファシストの予定表を公開します。

去年の7月頃に名無し先生に見せていただいた数十ページに渡る書類ですが、その最後のページに彼らの計画が載っています。

このような文章が実際に存在するのです。


●西暦2042年(ヨベルの年)が、再君臨の年である!!?

封印①黙示録6章1節 白い馬 勝利
(1993〜1999)

ソ連崩壊で唯一の超大国になったアメリカの繁栄。湾岸戦争の勝利。反キリストに従う10人の王の一人(?)ロックフェラー家の隠し子・クリントン大統領の政権誕生(1993〜)

②赤い馬 殺戮
(2000〜2006)

ブッシュ政権誕生(2001〜)2001・9・11テロ勃発。現代のバビロンであるアメリカによるイラク・アフガン攻撃。

③黒い馬 飢饉・不況 秤(はかり)
(2007〜2013)

アメリカなどで飢饉。トウモロコシ価格の高騰。リーマンショック。黒人初の米大統領によるオバマ政権誕生(2009〜)。ギリシャ国債デフォルトの危機で始まったEUの金融混乱と世界不況。

④青白い馬 人類の1/4死亡(剣・飢餓・死病・獣)
(2014〜2020)

ロムニー政権誕生?異常気象や早魅などによる飢饉。エルサレム第三宮殿の建設(?)や、イラン・イスラエル戦争などにより、第三次世界大戦勃発?飢饉等も加わり17億の人類が滅亡?

⑤殉教者の魂が祭壇の下で叫ぶ
(2021〜2027)

現代のバビロン(アメリカ・EU)の富を吸い尽くした闇の支配者達(エドム中心の反キリスト集団?)の世界統合は漸進する。彼らは、超管理手法で、人々を、政治・経済的に、そして宗教的に弾圧して、その生きる自由を奪う。

⑥御怒りの大いなる日 大地震・天変地異 星が地上に落下する
(2028〜2034)

地球は、超大型の天変地異や、ポールシフト(地軸移動)などに見舞われて、世界の気象情報や、住環境は一変する。1年は、364日に戻って、”ヨベル暦”復活に備える。まさに、2032年の前後10年は、苦難の”大峠”である。

封印⑦聖徒の額に神の刻印が押される サタン配下に獣の刻印が押される
(2035〜2041)黙示録8章以下

第一のラッパ ※2036年3月、雷と火、地と木の1/3と青草焼く。
鉢①獣の刻印を押された者への悪性の腫れ物

第二のラッパ ※2037年3月  
鉢② 火の燃える大きな山、海の1/3血になり、海の生物1/3死ぬ

第三のラッパ ※2038年3月
鉢③ 大きな星、川と水源の1/3苦くなる

第四のラッパ ※2039年3月
鉢④ 神を冒涜する人々を灼熱の太陽光が焼く

第五のラッパ ※2040年3月 一つの星 底知れぬ穴
鉢⑤苦痛と腫れ物

第六のラッパ ※2041年3月 二億の騎兵・人類の1/3死亡
鉢⑥ハルマゲドン

第七のラッパ ※2042年3月 主の再君臨・私たちの復活
鉢⑦大地震・都裂ける

2012年のユダヤ暦元旦は、9月17日である。イスラエルでは。”角笛(ショファール)”が、毎年秋に吹かれて新年が始まる。しかし、2035年の秋には、第⑦の封印が解かれた後、天には、半時(6ヶ月)の静寂が有り、翌年の3月21日に、第①の角笛が吹かれて災害が始まる。即ち、この時から、ユダヤ暦は、ヨベル暦に切り替えられて、角笛が、ヨベル暦の、”春分の日”に吹かれるようになるのである。そして、2042年の春に吹かれる”第⑦の角笛”の響きの中で、種は御再臨され、イスラエル12部族は復活し、私たちの肉体も、その時、瞬時に蘇るのである(コリントせつ15章)。まさに、”主の力強い御腕による世界統治”が誕生する。最高の”ヨベル年”は到来するのである。

2042年3月21日”春分の日”に、御再臨の主イエス様は、角笛の響きと共に、東から西に正確に差し込む太陽光を背に、その光に乗って
、稲妻のごとく東からエルサレムに入城され、オリーブの山に立たれる。この日、サタンは、地下牢に幽閉され、主イエス様の千年王国が、地上に建国される。アダム創世以来からの聖徒達、滅びの中に在った”イスラエル12部族の方々、及び、イエス様に与る私たちも、”生命の身体”を着せられて、復活する。


異常です、いや、以上です。


BC3960年をアダム年の元年とし、6001年後に主の再臨が在るという文章です。

この文章には、明治天皇のエピソードが在ります。

明治天皇は、天皇という地位を利用し、日本の神道を徹底的に調べ上げた結果、神道の起源は、ユダヤ・キリスト教である事が分かった。

マハナイム論というのがあり、それによると、紀元前8世紀頃、ウジヤからヒゼキアに至る4人の王に預言を行った、アモツの子、イザヤが、後のゼデキヤ王の時代のバビロン捕囚を幻視したうえで、ユダの王統を護る為に、主の使命を受け、契約のアークを密かに携えて、ヒゼキア王の王子の一人、ニニギノミコトを中心とした一群のユダの人々を率いて、エイラット湾のエジオン・ゲベルから、大型タルシシ船に乗り込んで、海路、沖縄に到着。そこで誕生した王子の神武天皇が更に日向の国、宮崎に渡来した。

神道系の黒住教、金光教、天理教、大本教 はこの流れを汲み、主の再臨による、千年王国を信じている。

それが2042年になるというのです。

日本皇室は陸路ではなく船で渡来した。

当然、日本は島国ですから船になるでしょうが、中国、朝鮮を経由していないと言いたい訳です。

血の流れの順序をシルクロードで辿れば、中国、韓国、日本の順になるから、もっと前に船で来てたよ!!空飛ぶ円盤も乗ってたよ、としないと、日本皇室の出番が無いからです。

この発想がオーパーツという物の正体です。


以前の記事で、キリストの生まれ変わりだと言う洗脳を受けた◎田という人物をとりあげました。

この人物は明治天皇の血が入っており、文鮮明の血も入っています。

◎田氏は文句なく文鮮明と明治天皇双方の直径ですから、宗教的に重要な役割を果たさせる予定だった訳です。

◎田氏の養母は中山家です。

中山家はラストエンペラー溥儀と繋がります。

溥儀の弟、溥傑の妻が中山家、仲子と嵯峨公勝の子である嵯峨実勝の娘、嵯峨浩。

nakayama.png

      
当然、この系図に◎田氏は載っていません。

そして、◎田氏は、ベルファシに洗脳を受けましたが死去。

その子供、◎田ジュニアには、未だに多くのアプローチが在ります。

日韓合同朝廷を担がせようと言う連中からのアプローチです。

ネオ満州国の大義名分に使いたいんでしょう・・・溥儀の時みたいに。

まして弥勒教と日本神道の融合も謳える。

しかし、国際秩序維持派はそのアプローチを阻んでいます。

その手法は書いて良いかどうなのか???

兎に角、◎田ジュニア(といっても還暦近いですが)はベルベット側に担がれることはあり得ません。

さあ、ベルファシはどのようにして、この計画を達成するつもりなのでしょうか?

このような計画を読んだとしても、いまだに人事で、「何を訳の分からない事を言っているのか?」という友人が私の周りには大勢出て来る事でしょう。

そんなこと書いてないで、もっと現実的な事を心配しろよ。と、言われるはずです。

しかし、現実とはこのブログに書かれている事なのです。


それでは。

【ベルベット・ファシストの活動① 国士舘という名の客家人大学】


こんにちは、客家人が日本をはじめとするアジアを支配している事は以前も書きました。

今回は第二次世界大戦後の日本に客家人がどうのような影響を与えたかについて書きます。

この具体例で、国士という言葉を使い、堂々と北朝鮮に資金を流している国士舘大学と国士舘大学乗っ取りに絡む、大塚製薬(ホールディングス)、松野頼三、蓮峯、宮脇磊三私学財団、文部省等の、やり口のお話しです。

先生のお仕事は、様々な情報を元に、ベルベット・ファシストの悪事を食い止める事ですが、その一環で、ある月刊誌を発行しています。

この月刊誌は毎号国会図書館で蔵書になってしまうし、大手企業の多く、公官庁も購読者ですから、問題が周知されてしまう訳です。

国士舘に関わる共産勢力=コミュニストの乗っ取り工作。

蓮舫

台湾・台南県白河鎮出身で、主に日本の企業との間で貿易業を営んでいた父・謝哲信と、「ミス・シセイドウ」だった日本人の母・斉藤桂子の長女として生まれた。父方の祖母である陳杏村は、「戦時中に上海で日本軍を相手として富を築き、戦闘機を日本軍に寄付するなどした。戦後は漢奸として起訴されたが、中国国民党の地下工作員であったので無罪となった[4]」と報じられているが、蓮舫事務所は否定している[5][出典無効]。

青山学院幼稚園、青山学院初等部、中等部・高等部、青山学院大学法学部公法学科卒業。1995年(平成7年)から1997年(平成9年)にかけては北京大学漢語中心に留学。

いきなりの展開ですが、蓮舫の祖母が陳杏村。

台湾バナナの利権の半分を持っていました。

その他日本との交易の権利を国家レベルの大きさで持っていた女傑です。

陳杏村( 置屋のママ)の孫が蓮舫です。

日本側のバナナの輸入組合を仕切っていたのが、砂田ファミリー。

ドールバナナのサイト http://www.dole.co.jp/banana_history/leader/shimizu.html

砂田氏は国士舘を交易財団法人・東京都私学財団が乗っ取った時の文部大臣。

その他北朝鮮がらみの人間が理事に全部入っています。

柔道界の重鎮も・・・

金正日の葬儀にアントニオ猪木だとかが出席していましたね。

猪木は力道山の弟子で、力道山は朝鮮人。

北朝鮮への金の流れで有名なパチンコ関係ですが、このパチンコの景品に多かったのが大塚食品の製品です。

大塚製薬、大正製薬など上にホールディング・カンパニーとして、大塚ホールディングスが浮上。

当時大塚ホールディングスは上場していなかったので、金の流れが不透明でした。

ここから北朝鮮に大量の金が流れていたのです。

そこで、国際秩序維持派は圧力をかけ、その年度内に上場しなければホールディング・カンパニーとしての認証を取り消す措置を取りました。

これを受け北朝鮮への送金ルートに、研究開発費を通して利用され始めたのが国士舘。

それで理事連中の背後調査を行いました。

国際秩序維持派 のターゲットは北朝鮮への送金ルート潰し。

当然、後ろに在ったのは客家人のネットワークです。

国士舘に限らず、鹿島建設、大塚製薬、花王、山王信金・・・様々な会社も客家人ネットワークなのです。

国士舘理事の宮脇磊介

宮脇 磊介(みやわき らいすけ、昭和7年(1932年)1月2日 - )は、日本の警察官僚。元皇宮警察本部長。元内閣広報官。中曽根内閣時代の1986年に、内閣官房再編により、新設された内閣官房内閣広報官室の初代内閣広報官(兼第13代内閣総理大臣官房広報室長)に就いた。

のちのバブル崩壊について、不良債権総額200兆円のうち60兆円がヤクザ絡みだと指摘し、「ヤクザ・リセッション」を造語した。

著書に『騙されやすい日本人』(新潮社、のち新潮文庫)、『サイバークライシス 「見えない敵」に侵される日本』(PHP研究所)。また朝日新聞大阪本社経済部編『なにわ金融事件簿』(かもがわ出版)に作家高村薫との対談がある。

父の宮脇倫は、埼玉県知事(官選)などを歴任した元内務官僚。

彼は元皇宮警察のトップで中曽根内閣時の内各参謀に入ってました。

九州の鉄道利権の家柄です。


国士舘大学は柴田徳次郎が渋沢栄一、頭山満の金でスタートし、更に私学財団に乗っ取られ、北への送金ルートと、パチンコ関係に乗っ取られた訳で、これが昭和ということです。

国士舘は柴田徳次郎が創設者となっていますが、渋沢と頭山がつくった大学です。

頭山 満(とうやま みつる、安政2年4月12日(1855年5月27日) - 昭和19年(1944年)10月5日、幼名:乙次郎)は、明治から昭和前期にかけて活動したアジア主義者の巨頭。玄洋社の総帥。号は立雲。

玄洋社は、日本における民間の国家主義運動の草分け的存在であり、後の愛国主義団体や右翼団体に道を開いたとされる。また、教え子の内田良平の奨めで黒龍会顧問となると、大陸浪人にも影響力を及ぼす右翼の巨頭・黒幕的存在と見られた。一方、中江兆民や吉野作造などの民権運動家や、アナキストの伊藤野枝や大杉栄とも交流があった。また、鳥尾小弥太・犬養毅・広田弘毅など政界にも広い人脈を持ち、実業家(鉱山経営者)や篤志家としての側面も持っていた。

条約改正交渉に関しては、一貫して強硬姿勢の主張をおこない、また、早い時期から日本の海外進出を訴え、対露同志会に加わって日露戦争開戦論を主張した。同時に、韓国の金玉均、中国の孫文や蒋介石、インドのラス・ビハリ・ボース、ベトナムのファン・ボイ・チャウなど、日本に亡命したアジア各地の民族主義者・独立運動家への援助を積極的に行った。

アジア主義(アジアしゅぎ)、または汎アジア主義(はんアジアしゅぎ、英語: Pan-Asianism)とは、日本と他のアジア諸邦の関係や、アジアの在り方についての思想ないし運動の総称である。19世紀後半に活発となった欧米列強のアジア侵出に対抗する方策として展開された。

欧米列強の脅威の排除とアジアとの連帯を目指した主張で、明治中期までの日本ではもっぱら興亜会に代表される「興亜論」(こうあろん)の名称で呼ばれた。その内容は開国文明化、協同、合邦、新秩序構築など、論者の思想、立場によって異なり一義的な定義はない。また国際情勢の変化に伴って主張内容が変化する。

当初は日本と中国(支那)・朝鮮との対等提携指向を指すものであったが、江華島事件や壬午事変、甲申政変を経て起こった日清戦争で、元来のアジア主義の理念は一旦崩壊し、政府や国内の新聞も清や朝鮮への対外強硬論が主流となり、日清戦争以後の亜細亜主義の定義は、元来のアジアとの平和協調路線とは完全に正反対のものになった。

日露戦争以降のアジア主義の定義は、東アジアにおける日本の優位を前提にアジアの革命勢力を支援する思想に発展し、やがて日本を盟主としたアジアの新秩序構築(アジア・モンロー主義あるいは大アジア主義)、そして昭和研究会による「東亜協同体論」としての政策化、「大東亜共栄圏」構想へとつながっていく。1945年の日本の敗戦によって、近代アジア主義は終焉したとされる。

その後の国際的な地域統合の流れの中で生まれた「東アジア共同体」構想も、しばしば戦前・戦中アジア主義と関連付けて言及されることがある。

玄洋社(げんようしゃ、1881年 - 1946年)は、旧福岡藩(黒田藩)士が中心となって、1881年(明治14年)に結成されたアジア主義を抱く政治団体。

概要

当時の在野の多くの政治結社と同じく、欧米諸国の植民地主義に席捲された世界の中で、人民の権利を守るためには、まず国権の強化こそが必要であると主張した。また、対外的にはアジア各国の独立を支援し、それらの国々との同盟によって西洋列国と対抗する大アジア主義を構想した。明治から敗戦までの間、政財界に多大な影響力を持っていたとされる。日本の敗戦に伴い1946年(昭和21年)、GHQは「日本の国家主義と帝国主義のうちで最も気違いじみた一派」として解散を命令した。 実際は、解散されなかった。

主な活動

1881年(明治14年)、平岡浩太郎を社長として、旧福岡藩士らが中心となり、杉山茂丸、頭山満、箱田六輔、大原義剛、福本誠、内田良五郎(内田良平の父)、進藤喜平太(進藤一馬の父)、月成功太郎、末永純一郎、武井忍助、古賀壮兵衛、的野半介、月成勲、児玉音松らが創立に参画し、新聞「福陵新報」を創刊し、吉田磯吉といった侠客や、「二六新報」の主筆・鈴木天眼もしばしば関係した。

戦前、戦中期にかけて軍部・官僚・財閥、政界に強大な影響力を持ち、日清戦争、日露戦争、第一次世界大戦そして第二次世界大戦と日本の関わってきた数々の戦争において情報収集や裏工作に関係してきた。またアジア主義の下に、中国の孫文や李氏朝鮮の金玉均をはじめ、当時欧米諸国の植民地下にあったイスラム指導者などアジア各国の独立運動家を強力に支援した。

玄洋社の社則の条項は「皇室を敬戴すべし」、「本国を愛重すべし」、「人民の権利を固守すべし」というものであった。当時、薩長藩閥政府による有司専制を打破するために、議会の開設を要求した有力な政治勢力の一つは、今日「右翼」と称される玄洋社などの民間結社であった。しかし、これらの勢力が議会開設後に一転して政府と一体になって選挙干渉に転じた。その理由は、当時の議会が「民力休養」を掲げ、軍事予算の削減を要求しながら清国との戦争を躊躇していたためであった。玄洋社は、テロも含めた激しい選挙干渉を実行している。

他に玄洋社が関わった有名な事件としては、1889年(明治22年)の大隈重信爆殺未遂事件がある。当時外務大臣だった大隈は、日本が幕末に結んだ不平等条約の改正をはかったが、その改正案は関係各国に対しかなり妥協的であり、国民的反対運動がたちまち全国を覆った。しかし、剛毅な大隈は決して自案を曲げなかったため、玄洋社社員の来島恒喜が大隈に爆弾を投擲し、自身もその場で咽喉を斬って自決したのである。来島の投げた爆弾は過激自由民権運動家の大井憲太郎から提供されたものと言われている。事件で大隈は右足を失いながらも、尚自説を貫く決意であったが、政府は方針を急転し、大隈は辞職したため、この妥協的改正案は見送られることとなった。

玄洋社の社員らが掲げた有名なスローガンには「大アジア主義」(孫文の神戸演説に語源があるとされる)がある。彼らは、朝鮮の親日開花運動家金玉均や朴泳孝、インドの独立運動家ラース・ビハーリー・ボースらを庇護し、アメリカと独立戦争を戦うフィリピンのアギナルドへは武器と義兵を送ろうとした。

1901年(明治34年)に、内田良平らが黒龍会(玄洋社の海外工作を担う)を設立してからは、より多彩な活動が展開されるようになる。孫文らの辛亥革命を支援するために、多くの浪人たちが清朝政府軍やその後の軍閥政府軍と戦っている。

日露戦争中全般にわたり、ロシア国内の政情不安を画策してロシアの継戦を困難にし、日本の勝利に大きく貢献した明石元二郎も玄洋社の社中(社員)であった。陸軍参謀本部参謀次長長岡外史は、「明石の活躍は陸軍10個師団に相当する」と評した。また、ドイツ皇帝ヴィルヘルム2世は、「明石元二郎一人で、満州の日本軍20万人に匹敵する戦果を上げている。」といって称えた。

また、日韓問題については、内田良平は一進会の領袖李容九と、日本と大韓帝国(韓国)の対等な立場での合邦を希望し運動した。

昭和に入ると、玄洋社と関係の深かった中野正剛らは、大日本帝国憲法を朝鮮・台湾にも施行して、内地と朝鮮の法律上の平等の徹底(参政権は属地主義であったため、日本内地在住の朝鮮人、台湾人にのみ選挙権、被選挙権があった)をはかるべきと主張した。一方、頭山満と親交のあった葦津耕次郎らは、国家として独立できるだけの朝鮮のインフラ整備は既に完了したとして朝鮮独立を主張した。葦津は、満州帝国に対する関東軍の政治指導を終了すべきことも主張している。

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左から、出口王仁三郎、頭山、内田良平

また、最近人気の倉山満という、チャンネル桜等に出演している人物は国士舘大学体育学部・21 世紀アジア学部非常勤講師とという、乗っ取った後の側の傀儡ですから、北朝鮮寄りの人間です。

こういうところが研究開発費の名目で北朝鮮に金を送っています。

倉山1

なお、この記事は、殺人事件にまでつながるお話ですので、次回以降、続きを書きたいと思います。

それでは

【現在進行形で活動するベルベット・ファシスト達② 実際の現場とはどういうものなのか?】



こんにちは、今回は今話題の原発廃止か促進か?について書きます。

フィリピンに住んでいますと、日本の情報はあまり入ってきません。

それよりも目先のフィリピンの出来事の方が重要ですからね。

それでもたまにテレビを観ると、近衛家の細川さんが都知事に立候補し、それを小泉元首相が応援するというニュースが流れていました。

以前も書きましたように、売国奴と罵られている小泉さんですが、彼は日本のケネディーと呼ばれる程のロマンチストです。

出自はヤクザの家系なんですが、突然変異で正義感が強い。

そういう人物はベルベット側からすると邪魔なんです。

だから汚名を着せられ叩かれる。

ジョン・F・ケネディーも、ロバート・ケネディーもそうですよね。

二人とも殺されちゃいました。

小泉さんが「いまでしょ?」と叫んでいる原発廃止。

原発促進派にとってかなり面倒くさい存在になっています。

ここではベルファシという呼び方よりも、原発促進派=既得権益者と呼びます。

何故、小泉さんが原発廃止を勧めているかというと、フィンランドまで行って、どうしようもない現実を自分の目で見て来たからです。

それに 同行した三菱重工業、東芝、日立製作所、ゼネコンなどの経営トップたちは、当然、小泉さんが原発を促進してくれると思っていたのですが、はしごを外される形になってしまいました。

(Wikipediaより)

日立製作所、中西宏明(なかにし ひろあき、1946年3月14日 - )は、日本の実業家。現在日立製作所の執行役社長を務める。「強い日立」を経営のスローガンとし、福島第一原発事故後も原子力発電を強力に推進している。

(Wikipediaおわり)

外部サイトの記事を転載します。

(転載開始)

■小泉純一郎元首相が「原発ゼロ、今でしょ」爆弾発言、巨大な「烏合の衆」自民党が、「小泉劇場」でオロオロ
http://blogos.com/article/73560/

◆小泉純一郎元首相は、8月中旬、三菱重工業、東芝、日立製作所、ゼネコンなどの経営トップを伴い、フィンランドを訪問、南西部に位置するユーラヨキ自治州のボスニア湾に面したオルキルオト島に立地している世界唯一の高レベル放射性廃棄物の最終処分場「オンカロ」(フィンランド語で「隠し場所」=長期地下貯蔵設備)を視察した。地下およそ520メートルの深さまでトンネルを掘り、そこから横穴を広げ放射性廃棄物を処分していく。2020年までに運用を開始、2120年ごろまでの100年間、埋設処分に利用される予定で、100年後に施設が満杯になった後は、道を埋めて完全に封鎖することになっている。

 使用済み核燃料に含まれるプルトニウムの半減期は2万4000年。生物にとって安全なレベルまで放射能が下がるにはおよそ10万年の月日を要するという。それまでの間、10万年にわたって「オンカロ」は地下に封鎖され続ける。

 フィンランドには、原発4基を稼働させている。しかし、「オンカロ」は、2基分の高レベル放射性廃棄物を最終処分する能力しかない。後の2基分は、処分できず、別にもう1つ最終処分場を建設する場所はまだ決まっていないという。

 小泉純一郎元首相は、この世界唯一の高レベル放射性廃棄物の最終処分場を目の当たりにした。日本は、東海村に建設された動力試験炉であるJPDRが日本で最初の原子力発電が行った1963年10月26日(原子力の日)から半世紀が経つのに、最終処分場を建設できないでいる。しかも、日本全国のどこも建設を引き受け手はなく、むしろ、拒絶している現実を直視して、「原発ゼロ」を決めたのだ。

◆東電の試算によれば、福島第1原発事故処理費用(原発事故被災者への賠償、除染費用、福島第一原発の安定化・廃炉費用など)が、最低でも年2兆4000億円はかかり、廃炉完了まで40年続くとすれば96兆円を上回る国家予算を投じなければならない。

 そればかりではない。全国には50基の原発があり、これらを廃炉にするだけで、やはり40年の時間がかかり、「兆単位」の国家予算が必要となる。原発を発電させず死滅させるためだけに巨額のコストをかけるということだ。

この「廃炉ビジネス」は、いまや「原発利権」に代わる「廃炉利権」になっている。資金は全部、国家持ちなので、いわば「廃炉版の公共事業」であり、日本の大手商社がすでに独占しようとしている。この巨大利権に米国エネルギー省と大企業が、食い込もうとして盛んにアプローチしてきているのだ。

 だが、安倍晋三首相は、「廃炉」どころか、日本の原発を海外に輸出しようとしている。アベノミクスの「3本の矢」の一つである「成長戦略」に盛り込ませて、「原発セールス外交」を精力的に推進している。「最終処分場建設」のメドもアテもないのに、「原発の危険」を世界にばら撒こうとしているとしか見えない。

(転載おわり)

この記事に出てくる日立製作所と三菱重工は現在、火力発電システム事業の統合に伴う新会社「三菱日立パワーシステムズ」(横浜市西区)の発足を目指しています。

これを聞いて、ふ〜ん、そうなんだ・・・と流してはいけません。

と、名無し先生。

日立はどの財閥グループに入りますか?

芙蓉グループです。

三菱は当然、三菱グループですね?

はい

おかしくないですか?

・・・言われてみれば

何故、同じ芙蓉グループの富士重工じゃないのか?全く違うグループが統合すると聞いて、これはおかしいと思うのが大人の常識です。

といわれ、絶句。

名無し先生は、毎日こういった現実に対応しているんです。

日立製作所の誰かが何かを企んでいる。

三菱を乗っ取ろうとしているのか?

逆に日立を身売りしているのか?

以前の記事にも書きましたが、日◎=日立のことです。

ベトナムの鉄道事業等に関しては、結果的にロイズ=デビアスに乗っ取られるように進めているかもしれない。

新会社はグループ全体の従業員が約2万3千人で、売上高は統合前の合算で約1兆1千億円。

日本の基幹産業でも重要な位置に有ります。

現実社会の雇用を守らなければ、すぐにベルベット側の望む展開が待っています。

雲の上の陰謀論しか興味のない人から見ると、非常に現実的なお話でつまらないかもしれませんが、こういった話が最終的にベルベット・ファシストに結びつくというお話です。

こうした基幹産業を守るのが国際秩序維持派のお仕事。

ただし、これはゴールではなく、過程なんです。

ゴールは真の民主主義が達成される事。

真の民主主義を目指している米国。

名無し先生曰く、正確に米国の現状を表現すれば・・・

癌細胞が各器官に転移しているが、素晴らしい理想の下に歩んできた義人というのが、ちょうどよいかもしれません。

ということです。

民主主義国家、アメリカに巣食っているベルベット・ファシズムが国家の重要な機関に入り込んでいる。

そんなアメリカの一部をアメリカの陰謀とし、アメリカ全体を悪としているのが、反米主義。

コミュニストに担がれて学生運動でばか騒ぎした団塊の世代の一部の人たち。

その単細胞な考え方がいまでも残っています。

非難する矛先が見当違いです。

ロスチャイルドがどうした、ロックフェラーがどうしたと言っている場合ではなく、もっと身近で起こっている事を冷静に考察しなければならないのだと思います。

実際の現場という物は、こういうことなんだなと、名無し先生のお仕事の大変さを思い知りました。


それでは。


【聖書はどういった勢力が作った物なのか?】

こんにちは、今回は名無し先生のコメントが投稿出来ないので記事にしました。

FC2ブログは困った事に度々、不正投稿と判断されます。

また、皆様のコメントが私に届かずに、迷惑コメントに入っていたりします。

まじめに引っ越しを検討しています。

読者の方々にはご迷惑をお掛けいたしております。

下記はあきらさまのコメントへのお返事になります。

ヤハウェとの契約。

O’BRIEN様 名無し先生様

サムエル記下23章『ダビデの最後の言葉』の5節にヤハウエとの永遠の契約について書かれていますが(7章『ナタンの預言』が元になっている)、神との契約を明記しているのは旧約聖書全体を見ても例がなくキアスムス構造(1−7節)になっている事も含め、編集者がエッサイの息子ダビデが誰であったかをを存分主張する箇所になっています。書かれた時期については4節の「日が昇る朝、雲一つない朝の光のよう」の比喩ように太陽神的な要素もありバビロン捕囚後か、ダビデの死後よりかなり後で書かれたものの様に思います。もしサムエル記を含む旧約聖書の編集に携わった人々について何か共有できることがあれば教えてくださいよろしくお願いします。

名無し先生のお返事

聖書に係わる考察をなさっているようですが、目的が「どういった勢力が作った物であるか?」と言う事ですので、健全な学問的思考と考え、私の思う処をお答えします。


まず旧約と新約では目的が違うと言う事。その内の旧約に関するご質問ですので、イスラエル族の一神教としての統合を一義的に目指していた事は言うまでもありません。背景としては、ダビデ―ソロモン―レハベアム・・・と、イスラエル王国の治世はユダ族内で動く訳ですが、レハベアム時BC925年にエフライム族アラベアムが反乱をおこし、10氏族の支持の基サマリアを都とする北イスラエ ル王国に分裂した訳です。この分裂の種は、この時突然産まれた物ではなく、モーセに率いられエジプト脱出後、BC1250年にカナンの地をハム系カナン人エブス族から奪い取り、12氏族に分け与えたのは、エフライム族アラベアムの先祖=ヨシュアです。このエフライムはマナセの兄弟であり、父ヨセフはエジプトで高官を務めていた事に注意が必要です。つまりBC1250から925までの300年間、12氏族の中での権力闘争が潜在的に存在していたと言う事です。乗っ取ったハム系の地に存在するバール教、エジプト由来の宗教、これらをユダ族主体の一神教に統合するために、「イスラエル民族の絶対神」=ヤハウェにちなむ神話が必要になったのです。

ノアの箱舟の話は、アッシリアに伝わる『 アトラ・ハシース叙事詩』(紀元前18世紀アッカド語、粘土版3枚)に、その起源を見出すことができます。アッシリアの王宮の廃墟で見つけられ,今は大英博物館に保存されている一つの印章は,アシュル神を三つの頭を持つ神として表わしています。これが三位一体の起源です。またバベルの塔にちなんだ、神が言葉を乱しコミュニケーションを奪った話も同様です。参考に御紹介しておきます。


全地の言葉を乱す:

≪かつて、蛇も、さそりもハイエナも、獅子も、野生の犬も、狼も存在せず、恐れも、恐怖もなく、人間に敵するものはなかった。かつて、シュブール(Subur)とハマジ(Hamazi)の国には、王子の法によって治められる偉大なる地、シュメールと、同じ言葉を話す人々が住 んでいた。また、ウリ(Uri:アッカドをさす)は、すべてがしかるべくあり、マルトゥ(Martu:アムル人の国)は、安らかであった。世界全体は、『神エンリル』のもとでひとつの言葉を話し、調和のなかにあった。そのとき、多産・豊穣の主であり、知性の主であり、地を知悉する者であり、神々の指導者である『神エンキ』は、エリドゥの主に知恵を授け、ひとつの言葉を話す人間たちの口から出る言葉を変えさせ、争いをもたらした。 ―エンメルカル, シュメール『エンメルカルとアラッタ市の領主』より≫


大洪水から人類を護る:

≪神々の王『エンリル』は、地上に繁殖した人類の騒擾が耳に障ったため、彼らを滅ぼそうと企てた。そこで『エンリル』は人類に対し、1度目には旱魃を、2度目には飢饉を、3度目には疫病をもたらした。しかし、『エンキ』は人間のアトラハシスに灌漑農業・麦の栽培・医学の知識をもたらし、腹違いの兄弟であるエンリルの計画の実現を3度とも阻止する。こうして、人類は4たび地上に繁殖した。これに怒った『エンリル』は、神々の会議を召集した。『エンリル』は今度は、人類を絶滅させる計画を人類にもらさないよう、神々に約束させた。『エンキ』は、アトラハシスという人間の住んでいる葦の小屋の 壁を通して、彼ら人類に迫る危機を聞かせた。そして、彼にこっそりと、アトラハシスと彼の家族の乗るための舟の作り方を教えた。そして大洪水が訪れ、7日7晩続いた。洪水が引いた後、アトラハシスは、ツバメ・鴉・鳩を放して、洪水の水が引いたかどうかを確かめた。そして、水が引いて船底が地につくと、神々に犠牲が捧げられた。一方、『エンリル』は、彼の計画が再び阻止されたことに怒り、エンキに容疑が着せられ、人類への罰が検討された。それに対し『エンキ』は、『エンリル』が罪のないアトラハシスを罰するのは公平ではないと神々に弁明し、もしも人類が出生を適度に抑え、自然界のおきてを守るなら、神々も人類を滅ぼさないとの約束をとりつけた。ただし、もし人類がこの契約を尊重し ないならば、神々が再び大破壊を引き起こすことは自由であると、念押しがされた。≫


これらの記述から、エンキはより人間に近い存在とされ、その派生が紀元前2000年頃からの諸宗教発生に及ぼした影響が大きい事が分かる。エンキはウガリットのエルやカナン神話の神(エブラの)ヤハと同一視され、フルリ人やヒッタイト人の神話にも、契約の神として登場し人々に特に好まれていた。エンキが、生命を与える水を由来とされているのと同様、西部セム系民族のなかでは、エアは生命を現す「*hyy」という語に相当するとみなされていた。エンキ・エアとも、本質的には、文明・知識・文化を司る神であり、また人類の創造者・保護者、そして世界一般をも司るものであった。かかる見方は、神マルドゥク の叙事詩でエンキ・エアの偉業が称えられており、マルドゥクの宗派とエンキ・エアの宗派が近しいことなどに見ることができる。これら両宗派の関連性は、(1)バビロンにあるマルドゥクの聖域の名前がエリドゥの寺院の名と同じ「エサギラ(Esaggila)」であること、(2)マルドゥクは一般的には神エアの息子と称されており、その力は父神エアの自発的な権威放棄により息子マルドゥクのために引き継がれたこと、といった、重要な関連性があることからも生起している。マルドゥクがエアの権威を引き継いだことと関連しては、もともとはエアの宗派のものであった祈祷文・聖歌の一部が、バビロンの司祭によって書き直され、マルドゥク崇拝に適用されたことが挙げられる。


サムエル記下に関す る考察:

ここで扱われている期間はBC1077年から1040年ごろにまで及びます。しかしダビデの死に関する記述がない為BC1040年より少し前に書かれた物であろうと言うのが一般的解釈です。太陽賛美に関する記述からミトラ教との関連を類推する事には必ずしも賛同しかねます。シュメールの時代にも既に灌漑事業は行われていた訳で、農耕と太陽の関連性は必然的な物が在ります。預言者ナタンはユダ族であり、神の啓示が必ずしもレビ族に限定されていない事を示唆しております。彼はダビデに永遠の王国のための契約を知らせた反面、「ヒッタイト人ウリヤをあなたは剣で討ち倒し,その妻(ソロモンの母)を自分の妻として取り,彼をアンモンの子らの剣で殺したのだ。」とダビデに告げています。つまり、こ の時期ハム系であるヒッタイトとダビデは同盟関係に在り駐屯先をダビデが支持出来た訳です。その状況下に於いてもヒッタイト側にヤハウェへの信仰を強制する記述がない事から、バビロン捕囚以降の様な世界の唯一神という指向性は見受けられません。あくまでイスラエル族の唯一神の位置付けです。


バビロン捕囚に関する考察:

BC607年南イスラエル王国はエホヤキムを王としていた時期にバビロン捕囚されました。BC598年に王位はエコニヤに移りBC536年に帰還を許されます。そしてBC516年に神の宮を再建した事がエズラ記第3章7節に記されています。この当時のエラム州の首都がスサで、この王を称してスサの王=スサノウという日本の神話に繋がっているようです。エホヤキムの一代 前の王ヨシヤの時代の預言者がエゼキエルでエズラと並ぶバビロン捕囚時前後の南イスラエルに大きな信仰上の影響を与えた人物です。両者ともにアロンの家系、先祖にはサドカイ派の元であるサドクが居ます。ちなみにヨシヤから10代遡った南イスラエル王ヨラムの子がウジヤとアハジヤです。王位はアハジヤが継ぎますが、ウジヤはサドクの娘エルシャを妻にしています。こちらの子孫にイエスの父ヨセフが居る訳です。処女懐妊を前提とすればイエスをこの血筋と言えるかどうかは疑問ですが・・・。一方前出のサムエルはアロン&モーセの父アムラムの兄弟イズハルの血筋です。モーセの父の代は当然エジプトに居た事になります。このエジプトにおける影響が強く見られるのが、名前にエルが頻出するイズ ハル、サムエルの家系なのです。エジプトはハム系ミツライム人を祖とする事は御存知ですね。レビゾク内にも派閥が在り、必ずしも神からの啓示優先では無かった様ですね。もっとも8人の妻に20人の子を産ませたダビデの後を継いだソロモンの母はハム系であるヒッタイト人で、夫をダビデに殺されたバテ・シバです。バビロン捕囚の400年前にも強くハム系の影響を受ける事案が発生しているのです。これらに加え、袂を分かったはずの北イスラエル10氏族とハム系カナン人ぺリシテ族の係わりを調べてみれば、面白い事実が分かってきます。日本に辿りついて浅草寺を建立した坊さんは、実はぺリシテ人であったと言う話です。コーヒールンバは彼を歌った物と聞いております。

御参考に成れ ば・・・

それでは
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O'BRIEN

Author:O'BRIEN
世界の情報を交えながら、自己組織集団(自給自足集合体)の時代について考えてゆきます。

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