ご機嫌いかがでしょうか?「NHK短歌」司会の濱中博久です。
第二週の選者斉藤斎藤さんです。
今日もよろしくお願いします。
新しい年度になりましてセットも変わったわけですけれどもこの新しい年度もどうぞよろしくお願いしたいと思います。
冒頭の選者の一首これは遊園地。
一度行った事ある遊園地の映像をテレビなどで見てそこに行った時の感覚がよみがえってくるような感じです。
ジェットコースターがあったんですね?あったんですねはい。
という選者の一首でしたがさて今日の「NHK短歌」やや異色のゲストをお迎えしております。
ご紹介しましょう。
ジャーナリストの津田大介さんです。
ようこそお越し下さいました。
よろしくお願いします。
津田大介さんはITネットカルチャーネットジャーナリズムなどを専門分野とし執筆活動を精力的に行っていらっしゃいます。
また津田さんのツイッターのフォロワー大変な数ですね。
28万人を現在超えているという事で更にNHKラジオ第1放送の人気番組「すっぴん!」で火曜日のパーソナリティーを担当され「すっぴん!」文字どおり素顔の津田大介さんを発信しています。
本当にようこそお越し下さいました。
最近のご著書でご紹介しましょう。
こちらです。
「ゴミ情報の海から宝石を見つけ出す」という事ですがやはり最近の事情ですか?情報がとにかく多い時代なので新聞とかテレビとかネットもあるし結構人に話を聞くのも大事だよとかいろんな形でバランス良く情報を入れて生かしましょうというそういう事を書いた本ですね。
斉藤さんも津田さんの発言に随分注目していらっしゃるんだそうですね。
例えば震災以降は一人一人の声をすくい上げる丁寧な取材をされている方だなという印象があります。
津田さんはITメディアの世界では大変な注目を浴びてますが短歌と津田さんってちょっと意外感が…。
僕もオファー来た時何で僕に?というのがあったんですが実は僕小学校の時にかるたクラブに入ってまして百人一首全部覚えて競技かるたやってたんですよ。
皆さんご存じでした?津田さんが百人一首を覚えてると。
びっくりしました。
という事は短歌大変お好きなんですか?百人一首からやっていて中学の時にかるた大会があって僕全校で2位とりました。
知られざる津田さんでしたね。
さてその津田さんに短歌はどんなイメージですかと短い言葉にして頂きました。
どういう言葉になりましたか?こちらです。
津田さんらしい言葉ですね後ほど詳しく伺います。
どうぞよろしくお願い致します。
それでは今週の入選歌のご紹介です。
斉藤斎藤選入選九首「おめでとう」または自由です。
横に並んでドキドキしながら力みながら生まれるのを待っていたという。
そのお婿さんに対してポンと肩をたたくようにおめでとうと。
あとは頑張りなよという程よい距離感というのが非常に関係性がいい歌でしたね。
2首目です。
津田さんこの歌どう読まれました?これ誕生日を祝ってる話だと思うんですけどこれ詠まれた方の年齢がいくつなのかなとかおめでとうと言われてる方の年齢がいくつなのかとか詠んだ人との関係性ですよね。
親なのか子に向けてなのか恋人とか配偶者に向けてなのかという事で味わいが全然変わってくるそういう広がりがある歌だなと思いましたね。
どれぐらいの年齢の方だろうと一番可能性としてどうあってほしいですか?高齢の方の方が歴史の年輪とかが刻まれてる感じがあって味わい深いなと思ったんですけど実際どうなんですかね?斉藤さんどう読まれました?実際どうなるのか分からないですけれども「消すことができるロウソク」という辺りに小さなお子さんが一生懸命3本とか4本の少ないロウソクを一生懸命消しているような…。
お誕生ごとにね。
そういう読みもできるかなと思いましたね。
では三首目です。
はいはいって返事も2回すると信憑性が下がっちゃうんですがこの「おめでとう」も2回言う事によって今日のところは逃げ切ったけれども明日もまた襲われるかもしれないけど今日のところは「ガゼルよおめでとうおめでとう」とその突き放した感じが面白かったですね。
では四首目です。
「水っぽく」が何だか面白いですよね。
おめでとうを何回も言わなければいけない場面でそのおめでとう成分がだんだん儀式みたいになっておめでとうの気持ちが薄れていく。
そこに「ハイ」と言って気持ちを入れ直しておめでとうと言い直すような感じなんじゃないですかね。
カタカナの「ハイ」が非常に効果的だと思います。
では五首目です。
この歌は「おめでとう」をテーマに詠んで頂きました。
これも関係性が面白い歌でらくらく受かったのでそんなにおめでとうって感じでもないんだけど一応まああんころ餅でも作ってあげようかねというこの微妙な優しさというか距離感がすてきですね。
それでは六首目です。
さあ津田さんこの歌はどう読まれました?先ほど僕ボードで「短歌はメディア時代の記録」と書きましたがこの短歌をもし1,000年後に見た時結構貴重な記録だと思うんです。
2014年の病院というのは電子化はされているんだけどちょっと誕生日におめでとうメッセージを出すぐらい気が利いていたみたいな記録になるし歌そのものでいうと「『お誕生日おめでとうございます』と印字あり」というのでどう思ったのかというのをあえて言ってないところもちょっといいなと思いますね。
複雑ですよねこれね。
斉藤さんその辺りの読みは?複雑ですよね。
病院に行ってまあ病気なんですよね。
「おめでとうございます」ってちょっと複雑な心境になる感じもしますよね。
ご容体によってはね。
そうですよね。
「お誕生日おめでとうございます」とダラダラとしたリズムで受付票がダラ〜ンと出てくる感じ面白かったですね。
それでは七首目の歌です。
これも津田さんに伺いましょう。
僕これ読んで気づいたのがあそっかまだこういう広辞苑とか辞書って記念品としての価値があるんだって思ったんですよね。
もしかすると100年後も短歌って残り続けてるけれども100年後の短歌にもしかしたら広辞苑というものが出てこない可能性もあるわけですよね。
そういう意味での記録でもあるしこれも時代の記録として見たら面白いなと思いましたね。
電子辞書になっちゃうかもしれないですもんね全部ね。
定年退職の寄せ書きって「おめでとう」ぐらいしか書く事がないのかなっていうなかなかちょっと複雑なお祝いのメッセージなので「おめでとう」のみの寄せ書きも非常に捉えてる感じがしますよね。
結句で作者の気持ちがふっと漂ってますよね。
それでは八首目です。
ご自分の生まれた時間を覚えていて五時二十分にきっかり傘寿80歳になったんだという「おめでとう」は自分に言われてるんだと思うんですがご自分の誕生日を丁寧に祝われている感じに何かしみるものを感じましたね。
はっきり五時二十分覚えてるんですね。
「達す」もいいですよね。
傘寿に達す胸の鼓動と共にね。
それではおしまいの歌九首目です。
津田さんこの歌はどう読まれましたか?「おめでとう」って本来は親からかけてもらうわけですがそれがないわけですからもしかしたら経済的な理由で進学を反対されてるのかとか地方に残れと。
でも自分は上京したいみたいなそういう理由があるのかななんて事を想像するんですけどそういう大変な人に対してのエールだなとも思いましたし「学費もなんとかなるさ」というのがクレイジーキャッツの「だまって俺についてこい」みたいなああいう何とかなるんじゃないというこういうポジティブさも僕はすごい好きですね。
ポジティブさも感じると。
斉藤さんは?「あるさ」の繰り返しがちょっと無責任というとあれですけど親戚のおじさん的な斜めの関係みたいなこの励ましはとてもいいと思いますね。
以上入選九首でした。
ではこの中から斉藤斎藤さんの選んだ特選三首の発表です。
まず三席です。
高橋澄子さんの歌です。
では二席です。
福島美智子さんの歌です。
ではいよいよ一席の発表です。
及川三治さんの歌です。
これ恐らく具体的に誰かに言っているというよりひょっとすると見ず知らずの遠くの誰かに届くような祈りのような歌だと思うんですよね。
短歌にはこういう役割もあるなと思ってすてきな歌だと思いました。
以上今週の特選でした。
今日ご紹介しました入選歌とその他の佳作の作品はこちら「NHK短歌」テキストにも掲載されます。
是非ご覧下さい。
それでは次のコーナー「うた人のことば」です。
どうぞ。
小面というのは若い女の人の面なんですね。
とても優しくて口元にふわっと笑みを湛えてるようなところがあってもしそれを面に付けていた時に中の顔はそれと同じような顔であろうかどうだろうかという事も時々思うわけです。
私自身も小面のような微笑みを持って生きたいと思うけれど隠してる苦しさみたいなものも面の裏にあるかもしれない。
それが私の顔かもしれない。
そんな事を考えながら歌ってみた歌です。
武蔵野の名残だという大きな欅の木がありましてとても気高くてしゃんとしていて一人で立ってる感じがとても好きなんです。
歌人っていうのは群れ集まっちゃいけないんだよというような気持ちですね。
同じ思いでいろんな事を勉強していく事はいいんですが何かつまらないところでゴチャゴチャと群れ集まるのはあんまり私の性に合わないのでこんなような歌を歌ってみました。
さあ続いては「入選への道」のコーナーです。
たくさんお寄せ頂くご投稿歌の中で選者が少し手を入れるととても良くなるという歌があるんですね。
斉藤斎藤さんの場合は添削というよりは改作こういうふうにしてみてはというヒントが出ます。
さあどんな歌でしょうか?今日はこの歌です。
何かコンテストの中継でしょうね。
司会者が発表があっておめでとうって受賞者に言っている。
そこで落ちちゃった人が手をたたきながら横に外れていくというか非常に着眼点がいいと思います。
ただね惜しいのが結句ですね。
「試練を糧に」はちょっとメッセージが強すぎるというか言い過ぎちゃったかなという感じがあるのでここだけですね。
これは読者に考えさせた方がいいという事ですかね。
ですので四句目までの内容をちょっと引き延ばしてみました。
こうなります。
「外れゆく君よ」で終わる事によって「おめでとう」というのが2つの意味になるんですね。
司会者は受賞者におめでとうと言っているけれども私は落ちちゃったあなたにおめでとうと言っているよというふうに一粒で二度おいしい形にちょっとしてみました。
後半のエールを送る対象もはっきりしましたね。
これ一行変えるだけでこんなに変わるものなんですね。
表現って抑制的な方が届く人って増えますもんね。
皆さんもどうぞ参考になさって下さい。
それでは投稿のご案内を致しましょう。
さてそれでは選者のお話です。
斉藤さんのテーマ「初心者になるための短歌入門」今日は「歩くように見る」というお話です。
今日は視線の動かし方についてご説明致します。
まずこちらの歌なんですけれどもこの歌遠くから山を見ているんですけれども「おきふして」これ起伏という意味ですね。
この上の句とかは目で丁寧に山をなぞっているような感じがするんですね。
そして「目路」というのは視野という意味の言葉なんですが目の路と書いてあるようにまるで自分がそこを歩いているかのように目でじっくりと山路を追っているような感じがしますね。
もう一首ちょっとご紹介します。
この歌はさっきよりも近くで例えば川沿いの道を歩いたり乗り物に乗ったりしながら川を見ている感じがするんですが自分の体は動いているけれども目は川の上を歩いているようにゆっくりなぞっている感じがこの歌もするんですね。
このように遠くから山とか川を見て山だな川だなって思うんではなくてじっくり視線が対象をなぞる事によって自分と風景の間にやり取り風景が自分にとって親しいものに感じられる事もありますので歩くように見るという事を意識して頂けるとよろしいかと思います。
今日の選者のお話「歩くように見る」でした。
どうもありがとうございました。
ゲストにお迎えしている津田大介さんにもいろいろ伺っていきますがまずは先ほどのキーワード短歌とは何ですか?「短歌はメディア、時代の記録」と。
この事ご説明頂きましょう。
短歌っていうのはすごくその時代の文化だとかどんな時代だったとかどんな文化風俗があったのかとかそのころの人はどんな事を悩んでるのかというのをいろんな形で記録してくれるものだと思うんですよね。
だからこそ1,000年以上たった我々が今見ていろんな事を想像する手助けになるし今とどう気分が違うのかなみたいな事を考える事は楽しいなというそういうメディアだと思いますね。
最初に伺ったやや驚いたんですが百人一首を完全に暗記してると。
百人一首もこうしたメディアの時代の記録という側面がある?百人一首は結構長い時代から選ばれた百首でもありますし…。
具体的な一首を挙げて頂いてお話下さい。
これ詠んだ在原行平が恋人との別れ際に詠んだんですけど別れ際っていうのが出世なんですよね。
今で言う府知事みたいなものに遠距離恋愛で赴任する時に詠んだ歌でちょっと別れちゃうけど自分は恋と出世悩んでとりあえず出世で赴任するんだけどもあなたが待ってるって言ったら帰るよっていう遠距離恋愛の時の始めの歌なんですけどこのころってメールもないし電話もないというコミュニケーション時代がない時に歌っていうのがすごく大きな伝達手段でもあるしコミュニケーション手段でもあるしそれを本当に自分だったらどうなんだろうなって置き換えて考えた時にすごく想像力を喚起させるそんなメディアだなと思いますね。
津田さんのそうした視点から見ると百人一首いろんな歌が集まっているわけですがいろんな時代にもわたってるとおっしゃいましたけれどもどういうものだというふうに見えるんですか?今回僕久しぶりにこの番組に呼んで頂いたんで百人一首を全部また読み返してみたんですよ。
分析してみたら彼らはとにかく恋の歌ばっかり詠んでるんです。
5割が恋の歌なんですね。
美しい風景が3割ぐらい詠んでいて面白かったのが寂しいとか人生ってこんなもんだからちゃんと生きなよみたいな雑誌でいえばコラムみたいなものが2割ぐらいなんですよね。
恋風景寂しいというのが現代的なテーマというかこれって僕雑誌だなと思ったんですよね。
今の女性誌例えば「an・an」とか「BRUTUS」「Pen」とかいろいろありますけれど雑誌って恋がすごく大きな特集だったりあとはトラベルがいい特集だったりとかそして読み物としてすごく面白い人生訓のようなのがあったりそういう意味で言うとこれを選んだ藤原定家というのは今で言う雑誌の編集長みたいな存在だったんじゃないかなという。
斉藤さんそうなんですね。
編集ですよね。
編集という事と先ほどのメディア時代の記録という津田さんのお話につなげると津田さん非常に震災の取材とかをされてるんですけど私今回の震災で思ったのは短歌って自分が見たものとか感じた事を自分の視点というのを描くものなんですけれども今回自分が感じた事だけじゃ到底手に負えないなというのを思ったんですね。
例えば被災地の方ですとか震災あるいは原発の被害に遭われた方ですとかちょっと距離が離れた方とか出身者の方ですとかいろいろな人のいろいろなつぶやきというのを編集というかつなぎ合わせる事によってしか描けないものがあるんじゃないかなという事を特にツイッターとか津田さんのお仕事とかを拝見しながら思ったりもしたんですよね。
斉藤さんのお話全くそのとおりだと思って単に我々福島に取材に行っても福島っていうだけでは分からないんですよね。
中通りと浜通りと会津で全然違うし例えば浜通りでも相馬と双葉郡といわきでもやっぱり文化が違ったりして行って初めて分かるその人たちの声を聞いた事によってようやく複雑さが見えてきて顔が見えてくるんですよね。
多分短歌みたいなものとかがたくさん集積したものを知る事によってその人たちの顔が見える。
どんどんいろんな顔が見える事によってこれも問題は複雑なんだという事を我々多分複雑のまま理解する事ができると思うんですね。
単純に理解するんではなくて複雑な事を複雑に理解するというそのための手助けに短歌ってなるんじゃないかなと思いますよね。
例えば暗闇で象をなでるという例え話ありますけれども一人一人は象の脚とか尻尾とか鼻とかしか触れないけれどもその一人一人のつぶやきというか手触りをつなぎ合わせていく事によって例えば震災とか原発事故は複雑なので象みたいなはっきりした形までは描けないかもしれないけれどもそこに何か大きなものの手触りみたいなものが複雑なままで触る事ができるかもしれないというのはちょっと思ったりするんですよね。
短歌の表現形態の強さって短い事だと思ってるんですよ。
短くてパッと読んでなるほどって分かったものを1個の物語を読むよりも短歌だったら1個の物語を読む時間で100個とか1,000個とか読めるっていう事でだから生き残ってきたという事だと思うんですよね。
1,000年以上の歴史があるその中でこのいろんなものが記録されていてそして後世の人が時代はこうだったんだこの時こんな事考えてたんだというのが分かる。
これがすごくそれを我々読み解く事によって想像する事が大事なんだろうなというね。
津田さんはツイートという世界は140文字以内という情報量のようですが…。
だから31文字で伝える事に長けてるんですよね。
だからツイッターも140字という文字制限があったから日本人に向いていたんだという事であって短い文字でいろんな気持ちをたくさん伝えるというそこのメディアとしての可能性ってたくさんあるんじゃないかなと思いますけどね。
今度ツイートに津田さんの短歌が登場するのを期待しています。
今日はジャーナリストの津田大介さんをお迎え致しました。
どうもありがとうございました。
では斉藤さん来月もどうぞよろしくお願い致します。
「NHK短歌」時間でございます。
ごきげんよう。
2014/04/13(日) 06:00〜06:25
NHKEテレ1大阪
NHK短歌 題「おめでとう」[字]
選者は斉藤斎藤さん。ゲストはジャーナリストの津田大介さん。斉藤さんの今回のテーマは「歩くように見る」短歌の中の身体の移動、視線の移動、対象の移動について解説する
詳細情報
番組内容
選者は斉藤斎藤さん。ゲストはジャーナリストの津田大介さん。斉藤さんの今回のテーマは「歩くように見る」短歌の中の身体の移動、視線の移動、対象の移動について解説する。題「おめでとう」 【司会】濱中博久アナウンサー
出演者
【出演】津田大介,斉藤斎藤,【司会】濱中博久
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 文学・文芸
趣味/教育 – 生涯教育・資格
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