「グローバルな時代にあって、『日本のことしか知らない』ガラパゴス人間では、話になりません」。春4月。安倍首相は新人官僚にこう訓示した。

 けだし名言、ただし説得力を欠く。最近の安倍政権とその周辺では、日本どころか自分に都合のいいことしか見ていないのではないかと驚かされる、無責任な言動が続いているからだ。

 下村文部科学相は、「村山談話は閣議決定されていない」という国会答弁を、「事実誤認だった」と訂正した。「正しい歴史教育」に熱心な文科相が、これほど基本的な事実を誤認していたことにただ、驚く。

 内閣法制局長官は、国会で集団的自衛権の定義について質問され、「うかつに答弁し、『後で訂正するのはけしからん』となるのは非常に良くない」と、頑として答弁を拒んだ。

 首相の靖国神社参拝に対し「米国が『失望』と言ったことに我々の方が失望だ」とした首相補佐官。「河野官房長官談話の見直しを求める国民大集会」に出席し「私は事実を捏造(ねつぞう)することが大嫌いな人間だ。皆さんと心は同じ、考え方も同じ」と賛意を示した文科副大臣。

 似た趣旨の発言は、NHK首脳からも漏れこぼれている。

 首相や菅官房長官はしばしば「個人的見解」などと片づけているが、当然、それで済むはずがない。「個人的見解」の方がむしろ首相の本音ではないかという疑念や警戒感が世界に広まり、首相が大事にしている「国益」が確実に損なわれている。

 そもそも「個人的見解」がだだ漏れるようになったきっかけは昨年12月、首相が周囲の反対を押し切り、それこそ「私人の立場」で靖国神社を参拝したことだ。再び火が付いた「戦後レジームからの脱却」への首相の情熱に周囲が引き込まれ、責任感や判断力が低下し、政権全体のバランスが崩れ始めているのではないだろうか。

 深刻なのは、当人たちが、発言の何が問題視されているのかを根本的に理解していないことだ。「自身と自国のプライドを持って発言したことだが、これから憲法改正等大義を目指す安倍政権のご迷惑になってはならぬと撤回した」。補佐官のブログに秘書が書いている。

 何がどう問題だったのか。説明せず。責任を取らず。取らせず。そのような生ぬるい空気の中で「自分は悪くない」がすくすくと育ちゆき、首相を取り巻く面々の絆だけがいびつな形で強まっているのではないか。

 安倍政権のガラパゴス化。

 心配だ。