あの日宮城県気仙沼市を襲った津波です。
流されてきた家やガレキが鉄塔をなぎ倒します。
映像を撮影した気仙沼市の漁師…耳が不自由なため防災無線が聞こえず避難が遅れました。
斎藤さんは高齢の父隆雄さんと2人で暮らしています。
震災当日は漁を終えて自宅に戻り昼寝をしていました。
強い揺れで目を覚ました斎藤さん。
携帯電話の緊急地震速報を見て大きな地震である事を確認しました。
津波の危険を感じ携帯電話と財布ビデオカメラを持って避難の準備を始めます。
斎藤さんは近所の川の様子を見に行きます。
水位は下がっていましたがそれが津波の前兆だとは思いませんでした。
そのころ防災無線からは避難を呼びかける放送が流れていました。
しかしその音は斎藤さんの耳には届きません。
自宅に戻り父と2人でいたところに甥がやって来て危険を知らせます。
それでも斎藤さんたちは避難をしませんでした。
斎藤さんは自分の目で確かめようともう一度川に向かいます。
そこで異変に気が付きます。
急いで自宅に戻り父の手を引いて裏の高台に登ります。
父を引っ張り上げてなんとか津波から逃れる事ができました。
自宅の方向を見ると今いる高台の1メートル下まで津波が迫っていました。
斎藤さんが撮影した映像です。
直前まで斎藤さんたちがいた自宅も流されていました。
命を救ってくれた高台。
斎藤さんがここに避難したのにはあるきっかけがありました。
震災の7年ほど前気仙沼市では社会福祉協議会の主催で聴覚障害者と支援者のための防災講座が開かれていました。
斎藤さんはそれ以来避難する時は自宅裏の高台に行こうと考えていたのです。
震災後携帯電話では地震だけでなく津波の情報も確認できるようになりました。
2014/04/09(水) 10:50〜10:55
NHK総合1・神戸
あの日 わたしは〜証言記録 東日本大震災〜「宮城県気仙沼市 斎藤隆さん」[字]
気仙沼市の斎藤さん。耳が不自由なため、避難を呼びかける防災無線の放送が聞こえなかった。川の異変に気がつき、父を連れて必死に高台に上り、津波から逃れることができた
詳細情報
番組内容
東日本大震災に遭遇した方々の「あの日」の証言。宮城県気仙沼市の斎藤さん。耳が不自由なため、避難を呼びかける防災無線の放送が聞こえなかった。川の異変に気がつき、父を連れて必死に高台に上り、何とか津波から逃れることができた。
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
ニュース/報道 – 特集・ドキュメント
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
サンプリングレート : 48kHz
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