宮城県岩沼市郊外にある産婦人科と小児科の専門病院です。
年間1,300人ほどの赤ちゃんがこの病院で産声を上げます。
新生児室の看護師長を務める…災害に対する日頃の備えによって赤ちゃんたちを守り抜きました。
あの日病院内には21人の新生児がいました。
午後2時46分。
今までに経験した事のない激しい揺れが病院を襲います。
1階にいた多田さんは揺れが弱まるとすぐに2階の新生児室に向かいます。
棚などは倒れていましたが赤ちゃんが入った保育器は無事でした。
揺れが収まったあと母親と赤ちゃんを安全な場所へ避難させるよう指示を出します。
その時役に立ったのが一人一人に備え付けていた避難器具でした。
開くと防災頭巾がついただっこひもになります。
出産後の母親には必ず使い方の研修を受けさせていました。
母親は両手を自由に使えます。
おかげでさまざまな危険物が散乱する病院内も安全に避難する事ができました。
停電で暖房器具が使えない中母親と赤ちゃんが密着する事は体温の維持にもつながりました。
想定外だったのは停電した上に自家発電機が故障した事でした。
ライフラインが途絶えた4日間医師はヘッドライトをつけながら6人の赤ちゃんを取り上げました。
その後手動の吸引器が活躍しました。
赤ちゃんの気道を確保するのに通常は電動の吸引器を使っていました。
停電に備えてあらかじめ準備していたものです。
新生児の中には点滴などの治療のため母親がだっこして温める事ができない子もいました。
体を温めるために使ったのは医療用のゴム手袋でした。
ポットの中に残っていたお湯を入れ即席の湯たんぽを作りました。
これも非常事態に備え日頃から訓練していた事でした。
更に食品用のラップで保育器の一部を包みました。
透明なラップは中の様子を観察しながら冷たい風やほこりから赤ちゃんを守る事ができます。
病院では阪神・淡路大震災の体験談などを参考に災害に備えていました。
2014/04/07(月) 10:50〜10:55
NHK総合1・神戸
あの日 わたしは〜証言記録 東日本大震災〜「宮城県岩沼市 多田秀子さん」[字]
岩沼市の病院で新生児室の看護師長を務める多田さん。一人ひとりに避難器具を備えるなど、災害に対する日頃からの備えによって、赤ちゃんを守り抜いた。
詳細情報
番組内容
東日本大震災に遭遇した方々の「あの日」の証言。宮城県岩沼市の病院で新生児室の看護師長を務める多田さん。揺れが収まった後、母親と赤ちゃんを安全な場所に避難させるように指示した。その時、役に立ったのが、一人ひとりに備えつけていた避難器具だった。災害に対する日頃の備えによって、赤ちゃんを守り抜くことができた。
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
ニュース/報道 – 特集・ドキュメント
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