趣味Do楽 落語でブッダ 第7回▽五明樓玉の輔“宗論”〜宗教を笑い飛ばす!? 2014.04.07

けさきてきょうよむ。
落語と仏教のコラボレーションでブッダのありがた〜い教えをご案内!落語はもともとお坊さんの「お説教」がルーツともいわれる伝統芸能。
実はブッダの教えのエッセンスがちりばめられている。
そこでお寺の本堂に東西の噺家がそろい踏み。
仏教にまつわる古典落語を披露します。
今回の噺家さんは軽快なキャラで爆走する…イエス様申し訳ありません。
お分かりにならないお客様がいるようです。
もう一遍やらせて下さい。
(笑い)開演です。
(読経)舞台は東京・新宿「火ぶせの大黒天」として親しまれている…第7回目のテーマは「宗教を笑い飛ばす!?」。
演目は…でも今回のお噺は仏教内の宗派論争ではありません。
さてどんな宗教や宗派でもやはり自分のところが一番だと考えてますよね。
そりゃそうですよね。
だから時にはお互いに主張し合って宗教論争になったり激しい議論になったりします。
「宗論」の登場人物はある店の大旦那先祖代々浄土真宗の熱心な門徒です。
一人息子の若旦那・孝太郎はキリスト教を信仰しています。
でもちょっと変に暴走気味。
番頭が親子の仲を取り持ちますが…。
それでは五明樓玉の輔師匠「宗論」お願いします。
(拍手)大旦那が跡取り息子の事で番頭さんに愚痴を言っている場面から。
番頭さんそこへ座っておくれ。
弱ったもんだ。
うちのせがれだ。
朝出かけたっきり帰ってきません。
どこ行ったのかは分かってんだよ。
教会とかいう所行って大勢でもってうなだれてるんだ。
もう私は情けないと思ってさ。
うちには代々浄土真宗というありがた〜いお宗旨がある。
なぜ阿弥陀様を拝んでくれないの私はねそれが言いたい。
旦那様の前でございますが別に若旦那女狂いをされているとか博打に凝って金を湯水のごとく使うというわけではございません。
お宗旨の事宗教の事でございますのでどうかあまりお叱りになりませんように。
まあ私がこういう口を利くのは何ではございますがお宗旨が違うからといって色眼鏡で見るというのは…。
そうじゃないそうじゃないんだよ番頭さん私も他人様なら何も言いません。
ところがあの子はねうちの一人息子跡取りだよ。
私はねばあさんが亡くなってからというものあの子の成長だけが楽しみなんだ。
この間も久しぶりにあの子の部屋に入って驚いた。
部屋中の壁という壁に十字架っていうのかい?あれがぶら下がってて布団の柄まで十字になってる。
ご丁寧に机まで十字の形に切ってある。
私言ってやった。
「これ使いにくくないのか?」あの子何て言ったと思う?「お父様これが本当のテーブルクロスです」と。
わけの分からない事を言ってる。
(笑い)このままじゃとんでもない事になるんじゃないかと思うから今日という今日は小言を言わせてもらいますんでね。
間に入らないで下さいよ。
言いたかったのはそれだけだ。
じゃあ店の方よろしくお願いしますよ。
はいご苦労さま。
はあ…ばあさんない子に泣きは見ないって言うが全くだね。
そっちの方からもあの子の事よろしくお願いし…。
誰だ?お清か。
どうした?せがれが帰ってきた?分かった。
じゃあ通しなさい。
ばあさん戻ってきたようだよ。
誰だそこにいるのは?孝太郎か?こっちへ入りなさい。
お父様ただいま帰りました。
何だ?何だこれは?これは西洋の握手の礼です。
握手も杓子もない。
そこに座りなさい。
この店が忙しいというさなか一体どこへ行ってなすった?無断で外出いたしました事心よりおわび申し上げます。
店をほったらかしにしていた息子をとっつかまえて大旦那の説教が始まります。
この度関西よりディオールと呼ばれる牧師が見えられたのであります。
この牧師は皆から愛されクリスチャン・ディオールと呼ばれております。
情けないね。
その免税品みたいなものを大勢で拝んでるのかい?お前は亡くなったばあさんに連れられてあっちのお講こっちのお座聴聞ありがたいお御法が入ってそれをお前学校を出てからというものキリスト教だか耶蘇教…いやいやそれが悪いと言ってるんじゃないんだよ。
そういうものはそういうお方にお任せをしてうちには代々浄土真宗というありがた〜いお宗旨がある。
なぜ阿弥陀様を拝んでくれないの私はねそれが言いたい。
オゥ!お父様のお気持ちはかゆい…?痛いほど分かります。
私もこの間まではまことの神のある事を知らずお父様のごとく偶像仏を拝んだのであります。
おいおい。
そういう事言ってると罰が当たるよお前。
阿弥陀様と呼ばれるお方はな法蔵菩薩の昔世自在王仏と言われる尊きお方の御元にましまして「われ超世の願」をかけられ五劫思惟の後兆載永劫の難行苦行をあそばされた後に阿弥陀如来といわれる尊きお方におなりあそばされた。
我々も今日にも息が切れたならお待ちもうけのお浄土へ参らせて頂く事のありがたやかたじけなや。
ナンマンダブナンマンダブ…とこれぐらいある。
そのお前の神様っていうのは一体どれくらいありがたい?我々の信ずるところのすなわち天の神は我々の造り主であります。
バカかお前は。
私と亡くなったばあさんと2人でこしらえたんです!誰にも手伝ってもらった覚えはありません。
確かにこの肉体をお造りになられましたのはご両親です。
しかし知力能力魂をお造りになられましたのは天の神様です。
じゃあ何かい?私と亡くなったばあさんと天の神様と三角関係か何かあったというのかい?お父様そのように脱ぷん…興奮なされてはいけません。
そもそも主イエス・キリストと呼ばれるお方は遠きユダヤの国夫なき処女の腹に宿られ馬小屋の藁の中で産声を上げられたのであります。
そういう事を言ってんじゃないんだよ。
え?大体お前の神様ってのは一体何をした人だ?お父様私その質問を玄関玄関…オウ〜…?台所?お茶の間?「今か今か」と待っております。
(笑い)イエス・キリストと呼ばれるお方は数々の奇跡を起こされたのであります。
その一つをご紹介しましょう。
これはある宴に出た時の話です。
人数の割に葡萄酒が少なかったので皆からブーイングが出たのであります。
その時にそばにあった水を全て葡萄酒に変え皆から拍手喝采を受けたのです。
これが奇跡です!ほ〜それは急な来客の時に助かるな。
お父様3分クッキングではないのです。
分かって頂けませんか?それではもう一つご紹介します。
これもある宴に出た時の話です。
あるおじいさんが口からペッと肉を吐き出してしまったのです。
するとイエスは言いました。
「なぜ天からの授かり物を無駄にするのか」と。
するとおじいさんは「イエス様申し訳ありません。
私は年を取って歯が悪くて肉がかみ切れないのです」。
するとこのおじいさんに向かってイエスはこう言ったのであります。
「食い改めなさい」と。
そしてその肉を口の中に含んだ時にはその肉は軟らかくなっていたのです。
これが奇跡です!お父様まだ分かって頂けませんか?それではイエス最大の奇跡をご紹介しましょう。
これは復活です。
時のローマの帝に嫌われていたイエスは自分の生命の危機を感じたのであります。
そして信者たちを集めてこう言いました。
「ちょっと3日ほど死んでみようかな」と。
そして最後の晩餐を開いたのであります。
そしてこの席でとても重大な告白をするのです。
この中に裏切り者がいる。
誰とは言えないがヒントだけは与えよう。
ここに3つのグラスがある。
この中に入ってるのは葡萄酒だ。
これは水だ。
そしてこれは…「湯だ」。
(笑い)イエス様申し訳ありません。
お分かりにならないお客様がいるようです。
もう一遍やらせて下さい。
ここに3つのグラスがある。
この中に入ってるのは葡萄酒だ。
これは水だ。
そしてこれは…「湯だ」。
(笑い)まだお分かりにならないお客様がいます。
しかし私には時間がございません。
ますますエスカレートする親子にハラハラ見守る番頭。
若旦那は絶好調大旦那は爆発寸前。
何なんだその滑稽話は。
お前一体何が言いたい?お父様まだ分かって頂けませんか?それでは一緒に歌いましょう。
お父様賛美歌ご存じですね?賛美歌312番。
「いつくしみ深き」。
・「バーバッバッバッバーバーアーッ」・「いつくしみ深き友なるイエスは」お父様どうなさいました?恥ずかしがる事ありません!一番恥ずかしいのはこの私です。
それではまいりましょう。
・「バーバッバッバッバーバーアーッ」・「いつくしみ深き友なるイエスは友なるイエスは」お父様どうなさいました?前より険しい顔をされております。
一緒に歌いましょう。
親子で夢のデュエット!何がデュエットだ。
このバカ野郎。
お父様…安倍?野田?小泉?「おぶち」になりましたね。
結構でしょう。
汝右の頬を打たれし時は左の頬を出せ。
どうぞお父様こちらもおぶち下さい。
そうかい?遠慮なくぶたせてもらう。
このバカ野郎。
普通ぶたないもんです。
頭がクランクランしております。
鼻血もちょっと出ております。
前歯もプランプランしております。
なんたるちやサンタルチア。
結構でしょう。
「聖書」より古く「ハンムラビ法典」いわく目には目を歯には…お父様…。
何だこのバカ!まあ若旦那旦那様手をお下ろし下さい。
昔からこう申します。
宗論はどちら負けても釈迦の恥。
お釈迦様の恥は阿弥陀様の恥。
阿弥陀様の恥はまたお釈迦様の恥でもございますんでどうかその手をお下ろし下さい!いや私もねそれ知らないわけじゃないんだがこのバカ野郎が「お父様〜」なんてやるもんだからついカッとなっちまった。
ほんとすまなかったよ。
私もねばあさんが亡くなってからというものどうも気が短くていかんな。
それでは旦那様。
新しい奥様おもらいになるというのは?新しいってそんな結構な話があるのかい?ですから私がどんな方でも探してまいりますんで。
一体どんな方がお好みで?誰でもいいのかい?ちょっと恥ずかしいんだけどね芸能人でいうとフーミンかな。
フーミンと申しますと?細川ふみえだよ。
お父様踏み絵だけは勘弁して下さい。
(拍手)いや〜きわどい笑いでした。
さて釈先生のお話はどのような展開になるのやら。
大丈夫ですか?あの「宗論」。
聞いて頂きましたけど。
NHKでこんなもん流しちゃって。
随分しゃれのきつい「宗論」で楽しませて頂きました。
ありがとうございます。
上方の方の「宗論」であれば「お前よく考えてみろうちの商売知ってるのか?仏壇屋だぞ」とかねお父さんの商売が仏壇屋だったりそんなところがあるんですが師匠の「宗論」はどちらかというとキリスト教の方がグッと体重が乗ってる感じがしますけど。
そうなんですよ。
だからやってくれって言われてこういうシスターさん…。
クリスチャンを前にして。
その学校でこういうシスターがいっぱいいる所で生徒さんもいる所でやった。
この「宗論」を。
いかがでしたか?いや大爆笑で。
だからまあそれぞれ感じ方もあるんでしょうけどね。
例えば病院で「犬の目」というすごくいいかげんなお医者さんが出てくるネタをして頂いた事があったんですがお医者さんをはじめ看護師さんたち皆さん大爆笑が起こった。
逆に言えばすごく身近だからこそ笑えるといいますかネタになるというような部分もありますよね。
結構私大事な事ではないかなと思うんです。
いわば…考えてみますと…宗教性であるというのが一つ言えるかなと思います。
僕の場合はそこまでじゃないですけど。
先生にそう言って頂けるとありがたいです。
そういう意味ではこの「宗論」はなかなかユニークなといいますか非常に貴重な話だなあとは思うんですよ。
ただ「宗論」というのをもっと遡っていきますと狂言に「宗論」という演目がございます。
こちらの方は浄土宗の僧侶と日蓮宗の僧侶がたまたま道で出会ってお互いの宗派の主張をしだすわけですよ。
狂言「宗論」は旅先で出会った宗派の違う2人の僧侶の話です。
「日蓮宗」は法華宗とも呼ばれ「浄土宗」とともに鎌倉時代以降庶民への布教を熱心に行い互いに対抗心を燃やしていました。
2人は互いの宗派を批判し合い宿で一晩中「宗論」を続けありがたいと思った方が宗旨変えする事にします。
浄土宗のお坊さんが「なまふだなまふだ」と唱えると法華宗のお坊さん負けじと「れんげ経れんげ経」と対抗。
言い合っているうちにこんがらがってしまい2人はうっかり相手の唱え言を言ってしまいます。
で最後……というふうになってます。
これなどは先ほどの師匠の「宗論」の言葉にもあった…それに近いような事。
弥陀とは阿弥陀仏の教えでもちろん仏教です。
法華は法華経の事でこちらも仏教の教え。
仏教の元をたどればどちらもお釈迦様に行き着くので……となるわけです。
ところがこの落語の「宗論」はキリスト教だからお釈迦様の恥でも何でもないんですがああいう言葉が残ってるというのはもしかするとこういう狂言の「宗論」なんかも関係あったのかもしれないですね。
仏教とキリスト教との「宗論」が書かれた背景には江戸時代禁止されていたキリスト教が明治維新以降に認められた事があります。
劇作家益田太郎冠者はそんな自由な空気を落語「宗論」の笑いに仕立て上げました。
考えてみますとこの「宗論」ですよね先ほどの狂言は日蓮宗と浄土宗でしょ。
今回は浄土真宗とキリスト教です。
これどれもですねただ一つを選んで道を邁進するという性格の強い宗教なんですよね。
そういう性格が強い。
だからこそ宗論が熱心になる。
だからまじめだからこそ面白いわけですよね。
そうなんですよ。
まじめな人ってどんどんまじめになって。
ちょっと笑いがあればいいのにそうするとすごくバランスが良くなるのにというようなねそんなところがあるような気がしますね。
あんまり熱心になるとちょっと社会適応能力も落ちていったりするじゃないですか。
そんな2人がこうやる。
…というようなところに落語の本領があるような気もするんですよ。
そう言ってもらえるとありがたいですよ本当に。
ここから日蓮宗・経王寺の住職互井観章さんが議論に加わります。
あっ!ま…まずい!まさか本物の「宗論」が始まるんですか?おっ本物の宗論勃発か?さあいっちょやりましょうか!やばい。
逃げますよほんとに。
宗論やろうという人は落語で仏教学んだりしませんので我々全然大丈夫。
仲良しです。
仲良しですか。
よかった。
(3人)よろしくお願いします。
今日はいかがでした?いや〜楽しかったですね。
怒ってないですか?他人事だと楽しい。
かつて日本の仏教史上にも有名な宗論がいくつかあったりしてしかも我々浄土真宗とか日蓮宗は割とバッティングして有名な宗論もあったりするんですが江戸以降ですね幕府の宗教政策もあって宗論はあまり行われなくなってきたという事情もありますよね。
ただ宗論が決して悪いものではなくてそれこそ…あの人に負けないようにこういう質問にはこう答えようみたいな。
ここのところがまだ自分は弱いからこうやって勉強しようとかそうやって宗論をする事によってお坊さんのレベルアップができたんですね。
それはそれで大きな力だったんですけどところがそれが今度は「おらの村が一番だ」みたいなそういうふうになっていっちゃうのでそうすると…それを江戸の人は結構シニカルに見てたんだと思うんですよね。
なるほど。
そこで今日のキーワードでこういうものを考えてみました。
「偏執見」。
「偏見」とも申します。
偏見と意味は同じなんですか?同じです。
偏見も仏教用語です。
そうなんですか。
「偏執見」とは一つの考えに凝り固まって視野が狭くなり偏ってしまう事。
考えてみますと我々日常生活の中でつい一つの考えに凝り固まってしまう事もありますしまたあれでしょ?自分が正しいと思ってる人ほど厄介なもんはないっていうのが…。
いますようちらの仲間にも。
名前は言えませんが結構います。
自分が正しいと思ってる人ってなかなか自分の姿が見えなくてどんどん偏った方向に行ってしまって視野が狭くなるでしょ。
我々現代社会を生きる人間にとってすごく大事かなと思うんですよ。
今の現代社会は針の振れが大きいような気がするんです。
ある時こっちだったのが一気にドバッとそっちに行っちゃう。
この仏教の教えすごく大事なような気がします。
今日はキリスト教が出てくるところがこの話の大きな特徴なんですがこれから……という社会にならねばならないわけです。
これからの世界の大きなテーマだと思いますね。
お互いに違う道を歩んでる人同士尊重し合うという。
そういうのが大事だと思います。
大変に勉強になりました。
あっそうですか!それはそれは。
偏執見なんか特に。
僕の落語を笑わないのは偏執見だ。
落語が世界を救うってやつですね。
まあ救えればね…。
結構ネタで使えそうな感じも今ありましたのでこれから更にバージョンアップした「宗論」を!それは楽しみです。
何かあったらね駆け込んできますんでよろしくお願いします。
落語「宗論」は庶民の目庶民の感性を通して宗教を笑う豊かさを相手を認める度量を説いています。
落語って懐の深い芸能ですね。
今回の内容はこちらのテキストに詳しく紹介されています。
今後の放送予定も掲載されています。
いらっしゃいませ。
何差し上げますか?え〜とね〜じゃあブレンドとあとトースト。
申し訳ございません。
当店にはそういうメニュー置いてないんです。
ちょっと待ってよここ喫茶店でしょ?コーヒーが無いってどういう事?ちょっとメニュー見せてメニューを。
え?おかしい…何これ?え?天道人道阿修羅道畜生道餓鬼道地獄道って…何これ?ここ何なの?はい「めいど」喫茶です。
(笑い)お後がよろしいようで。
(拍手)2014/04/07(月) 01:34〜01:58
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趣味Do楽 落語でブッダ 第7回▽五明樓玉の輔“宗論”〜宗教を笑い飛ばす!?[解][字]

落語と仏教のコラボで送る「落語でブッダ」。第7回は五明樓玉の輔師匠の古典落語「宗論」。浄土真宗信者の父親と、キリスト教を信ずる息子の対立を楽しく描く。

詳細情報
番組内容
落語と仏教のコラボで贈る「落語でブッダ」。第7回は、五明楼玉の輔師匠の古典落語「宗論」。宗論とは宗教上の議論のこと。作家・益田太郎冠者作の落語・宗論では、浄土真宗信者の父親とキリスト教を信ずる息子の対立を楽しく描く。宗教における「笑いの効用」について、宗教学者・釈徹宗が“目からうろこ”のなるほど解説!
出演者
【出演】落語家(真打ち)…五明樓玉の輔,【講師】如来寺住職・相愛教授…釈徹宗,【語り】三宅民夫

ジャンル :
趣味/教育 – 生涯教育・資格
ドキュメンタリー/教養 – 文学・文芸
劇場/公演 – 落語・演芸

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
日本語
サンプリングレート : 48kHz
2/0モード(ステレオ)
日本語(解説)
サンプリングレート : 48kHz

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