スフィンクスそれはピラミッドと並ぶ古代エジプトの大きな謎です。
人間の顔とライオンの体を持つこの像は一体どのようにして造られたのでしょうか。
(ザヒ・ハワス)彫像としては古代エジプトで最大です。
誰が何のために?
(マーク・レーナー)スフィンクスの全身はかつては鮮やかな色に塗られていたと思われます。
スフィンクスの謎は皇帝ナポレオンから現代の大統領まで見る者全てを圧倒してきました。
しかし今スフィンクスはかつてない危機にさらされています。
スフィンクスはカイロの街なかにあります。
急速な都市化が古代の遺跡をむしばんでいるのです。
今のうちに調査をしておかなければ手遅れになるかもしれません。
かつてスフィンクスが見つめていた古代エジプトの世界。
そこにはファラオやピラミッド動物神やミイラ太陽崇拝や生贄の儀式も存在しました。
悠久の時を超え砂漠にたたずむ巨大なライオン。
その姿は一体何を象徴しているのでしょうか。
現代の科学がスフィンクスの謎に迫ります。
まっすぐに伸びた前足はバスの車体よりも長く体の後ろにはしなやかな尾が巻きつきライオンの形をした胴体はジャンボジェット50機ほどの重さがあります。
更に目を引くのは堂々とした体の上に載った巨大な人間の頭です。
スフィンクスの全長はアメリカンフットボールの競技場にぴったり収まるほどです。
そして高さはホワイトハウスと同じぐらいです。
スフィンクスは古代エジプト文明の数々のモニュメントの中でもとりわけ強烈な印象を放ちます。
スフィンクスが建つのはギザの砂漠。
ここはかつて巨大ピラミッドの建設に沸く場所でした。
今からおよそ4,500年前荒れ地であったギザの高原にクフという名の王が壮大なピラミッドを建設させました。
続いてクフ王の息子更にその息子もピラミッドを建設します。
ピラミッドは古代エジプトの王ファラオが死後の世界にたどりつくために造られたと言われます。
3つのピラミッドの周辺には神殿などが建ち並びギザの砂漠は亡きファラオたちを祀る広大な死者の町へと姿を変えたのです。
「古王国時代」と呼ばれるこの時期にスフィンクスもまた姿を現しました。
しかしピラミッドという建造物が初期の形から次第に発展していったのに対しこのスフィンクスは突然空前の規模で造られたようです。
更に多くのピラミッドと違ってスフィンクスには造らせた王の名を記す碑文がありません。
その成り立ちは謎だらけなのです。
古代エジプト時代スフィンクスの像は何千と作られました。
しかしギザの砂漠に建つスフィンクスは圧倒的な大きさだけでなくその古さにおいても別格の存在です。
この像が造られた当時ほとんどの人はスフィンクスというものを初めて目にしたはずです。
ライオンの体と人間の頭。
この不思議な組み合わせは何を意味するのでしょうか。
考古学者のギュンター・ドライヤーはギザの町から数百km南ナイル川上流のアビドスでクフ王の頃よりも古い時代の遺跡を調査しています。
アビドスの遺跡はスフィンクスが造られた時代よりおよそ500年前のエジプト文明黎明期のものです。
ギザと同じようにアビドスも亡き王を祀る死者の町です。
しかしピラミッドはまだ存在しません。
王たちは砂の中にある日干しレンガで囲われた墓に葬られました。
ドライヤーが調べているのは紀元前3000年ごろのファラオの墓です。
3つの大きな部屋を持つ王の墓が向こうの山裾にあります。
そして手前には付随する墓が全部で35か所あります。
王の墓は荒らされ遺体は盗まれていました。
しかし残された碑文から埋葬された王の名が分かりました。
古代エジプトの最初の王朝を築いた王の一人アハ王です。
アハ王は絶対的な権力を振るっていました。
手前の墓には王のために埋葬されたと思われる35体の人骨がありました。
ほとんどが20歳以下の健康な若者です。
(ドライヤー)いくら大昔でも二十歳以下で寿命で死んだとは思えません。
王がこの世から旅立つ際に殺されたと考えるべきでしょう。
永遠に王に仕えるためです。
アハ王の亡骸のそばには数々の副葬品と共に35人の若者が葬られていたのです。
更に一番端の穴からも大量に骨が見つかりました。
しかしそれらは人間のものではありませんでした。
いろんな動物の骨が混じっていましたがとりわけ多いのがライオンの骨でした。
これには驚きました。
何頭ものライオンが生贄としてささげられていたのです。
しかしなぜライオンが選ばれたのでしょうか。
ライオンは王の権力を象徴する存在であったようです。
エジプト文明の黎明期ファラオたちは自らが持つ絶対的な権力を時にライオンの姿を借りて表したのかもしれません。
それはスフィンクスの形を説明する手がかりとなります。
ライオンはファラオの力の象徴なのです。
一方スフィンクスの胴体の上には人間の顔をした頭部があります。
古代エジプトでは神々は動物と人間が融合した姿で描かれました。
しかしほとんどの神は頭が動物で体が人間でありスフィンクスとは対照的です。
(レーナー)スフィンクスの場合ライオンの体によって力や権力が表されています。
そして人間の頭は知性の象徴ですから力が知性の支配下にあるイメージとなります。
更にスフィンクスは独特の頭飾りを着けていますね。
あれはファラオだけが身につけたものです。
つまりスフィンクスは神でありファラオでもあるのです。
アハ王の後ファラオの墓は権力を誇示するようにどんどん大きくなっていきました。
やがて地上に姿を現し階段状のピラミッドやギザの大ピラミッドが造られるまでになりました。
しかしスフィンクスはそれ以前のどの遺跡にも前例がありません。
古代エジプトにおいてこれほど大きな像が造られたのは初めての事でした。
では一体どのようにしてスフィンクスの像は造られたのでしょうか。
前足の部分には何千ものブロックが重なっているように見えます。
という事はピラミッドのように石を積み上げて造られたのでしょうか?しかし上半身と頭は明らかにひと続きの大きな石で出来ています。
スフィンクスの造られた過程を知るには使われている石をよく調べる必要がありそうです。
実はスフィンクスの調査が本格的に始まったのは20世紀の半ばになってからです。
考古学者のマーク・レーナーは30年前からスフィンクスとその周辺の石を調べています。
初めはスフィンクスの外形を記した平面図しかありませんでした。
スフィンクスを調べるための手がかりはいわば高層ビルを衛星写真で見る程度にしか得られなかったのです。
そのためスフィンクスを詳細な図面に起こす必要がありました。
(レーナー)全ての石を調べるのにまるまる5年かかりました。
レーナーはスフィンクスと周辺の土地の詳細な地形図を作りました。
その結果スフィンクスを含むこの土地一帯が石灰岩で出来ている事が明らかになりました。
(レーナー)ご覧のようにサンゴや海綿のような模様がところどころに見られます。
この辺の土地はかつては海の底にありました。
そのころにさまざまな海の生物が堆積して石灰岩の地層となったんです。
何百万年も前ギザ高原は海の下にあり海底に積もった生物の死骸が時とともに押し潰されて石灰岩となりました。
しかし石灰岩の硬さは一様ではありません。
軟らかいものもあればサンゴなどで出来た硬いものもあります。
石灰岩の硬い地層と軟らかい地層は幾重にも重なっていました。
スフィンクスは硬さの異なる石灰岩の塊で出来ています。
とりわけ胴体の部分には硬くてしっかりとした層と軟らかくてもろい層が交互に現れます。
軟らかい層は風や水や砂によって浸食されました。
およそ4,500年前完成したばかりのスフィンクスは現在よりも表面が滑らかで更に堂々としていたはずです。
スフィンクスの胸の辺りには風化の跡が顕著に見られます。
このように軟らかい層が深くえぐられ硬い層が突き出しているんです。
近年の修復によって風化の跡は覆い隠されていますが1920年代にはスフィンクスはこのような無残な姿をしていました。
レーナーは風化の模様が指紋のような役割を果たす事に気付きました。
そこでスフィンクスの胴体の地層とすぐ横の岩の層を比べたところそれらは完全に一致したのです。
更に同じ特徴を持つ石灰岩がスフィンクスの前方にある神殿の跡からも見つかりました。
神殿の壁に使われたブロックの中にスフィンクスの胴体の地層と一致するものがあったのです。
壁面のブロックに風化の跡を示す線が走っています。
これらのブロックは同じ一つの地層から切り出されたものです。
これらと同じ地質学的特徴を持つ岩がスフィンクスの胴体の部分にもあります。
同じ石灰岩がスフィンクスとその横の岩そして神殿の壁からも見つかるという事は何を意味するのでしょうか。
スフィンクスの設計者は真ん中に石灰岩の大きな塊を残して馬のひづめ形の溝を掘らせました。
溝を掘る際に切り出した石は運び出され神殿を建てるために使われたんです。
つまりスフィンクスの始まりはギザ高原に突き出た巨大な岩だったに違いありません。
スフィンクスはその岩を生かして地面から掘り出されたのです。
岩の周囲からたくさんの石のブロックが切り出されそれらは近くの神殿の石材として利用されました。
そのあと真ん中に残った巨石を古代の彫刻家たちがスフィンクスの姿に仕上げていきました。
スフィンクスは自然の岩を彫った巨大な彫刻だったのです。
しかしスフィンクスが一つの大きな石で出来ているという事実は更なる疑問を呼び起こします。
重さ2万tもある岩を古代の人々は一体どうやって彫ったのでしょうか。
当時の素朴な道具だけで造るとしたら一体どのくらいの労力と時間がかかるのでしょうか。
(レーナー)やあリック。
レーナーはアメリカに戻りある実験のために古代の道具の専門家リック・ブラウンを訪ねました。
ブラウンはこれまでギザで発掘された銅製の道具や壁に描かれた労働者の様子などを参考に古代の道具と技術を研究してきました。
(レーナー)これから古代エジプトで使われていたと思われる道具を使ってスフィンクスの一部を実際に彫ってみます。
当時の基本的な道具をここに再現してもらいました。
(ブラウン)銅で出来た鑿両手で使う杵そしてハンマーもあります。
2人はまずスフィンクスを彫るのに欠かせない道具作りから開始します。
最初は銅製の鑿です。
青銅器や鉄器が発明される前だったためスフィンクスの彫刻家たちはより軟らかい銅を使わざるをえませんでした。
(レーナー)銅が真っ赤になるまで熱するんだね?
(ブラウン)ああ完全に赤くなるまでだ。
よし…これでいい。
真っ赤だな。
(ブラウン)気をつけろ。
熱によって軟らかくなった銅を石でたたいて鑿の形にします。
(ブラウン)作業自体は非常にシンプルです。
硬い物で軟らかい物をたたいてちょうどいい形に変えていくだけです。
しかし銅はすぐに冷えて硬くなります。
無理にたたくと壊れてしまう。
もう一度火の中に入れよう。
道具作りもまたスフィンクスを仕上げるために欠かせない重労働であった事が分かります。
(レーナー)恐らく大量の炭や木材が必要だったろうね。
一年中朝から晩まで火を絶やさずに道具を作り続けていたのかもしれない。
スフィンクスを造るためだけにね。
急いでたたいて。
鑿の形が出来上がるまで熱してはたたくという繰り返しです。
ピラミッドやスフィンクスを造るために4,500年前のエジプトでは各地から大量の銅が集められていただろう。
当然ばく大なコストがかかったはずだ。
銅の鑿は高級な道具でした。
そのため石を削る大半の作業にはより素朴な石のハンマーが使われたと考えられています。
(ブラウン)これはある遺跡で見つかった石を彫る人物の絵です。
大半の労働者はこういう道具でスフィンクスを削っていたんでしょう。
2人は石のハンマー作りにも挑戦します。
硬い石で軟らかい石を削る。
硬さの違いを利用するわけだ。
ようやく道具がそろいました。
これから2人が実験的に作るのはスフィンクスの顔から失われた鼻の部分です。
スフィンクスの鼻をナポレオンの軍が撃ち落としたという説があります。
しかしそれは事実ではありません。
ナポレオンがやって来る300年以上前に既に鼻は失われていたようです。
スフィンクスの鼻の根元には深い切れ込みがあり更に鼻の左側もえぐれています。
これらは人為的に切り落とされた跡です。
誰かが金属製のくさびを打ち込んで破壊したんでしょう。
レーナーたちは石のハンマーと銅の鑿でスフィンクスの新しい鼻を彫ろうとしています。
造るのは元の半分のサイズの鼻ですがそれでも人の背丈ほどもある硬い石灰岩を彫らなければなりません。
作業を開始して間もなくおおまかな作業には石のハンマーの方が銅の鑿より有効である事が分かってきました。
銅は軟らかすぎてほとんど使い物になりません。
数時間後。
3人掛かりで取り組んでもまだほとんどくぼみすら出来ません。
あの巨大なスフィンクスを彫るためには一体どれだけの労力が必要だったのでしょうか。
エジプト考古学の権威ザヒ・ハワスはスフィンクスの頭のてっぺんから尻尾の先までを知り尽くす人物です。
彼はスフィンクスが完成した後数千年の間にどのような手が加えられたかを調べてきました。
自然の岩を彫ったものでありながらスフィンクスの胴体の一部は石のブロックで覆われています。
これらは一体何なのか。
スフィンクスの前足の先を見て下さい。
小さな石のブロックが積まれています。
これらは紀元前30年にローマ人が来て付け加えたものなんです。
ハワスは更に異なる時代のブロックを見つけました。
これは紀元前30年これは紀元前1550年。
スフィンクスより1,000年ほど新しいものです。
古代エジプトギリシャそしてローマ帝国の人々がスフィンクスの周りに丹念にブロックを積み上げてきました。
その理由は完成した直後からスフィンクスが崩れ始めていたからです。
風や砂以外にも恐ろしい自然の力が石灰岩を破壊し続けていました。
(レーナー)この土地はかつて1,500万年前には海の底にあったため非常に塩分が強いんです。
地下水が上昇すると塩分が石の表面に引き出され結晶となり膨張します。
その結果は悲惨なものでした。
こういうふうにしたくはないんですが…。
この石はスフィンクスの隣にある石です。
破片が落ちて粉々になります。
このような事がスフィンクスに起こってきました。
放っておけば全てがチリとなり消えてしまうでしょう。
スフィンクスの胴体は古代の人々の目にもどんどん風化していくのが分かるほどだったでしょう。
古代エジプトギリシャローマの人々が石のブロックを積み上げたおかげでスフィンクスはその姿を長らえたのかもしれません。
何日もたちましたがスフィンクスの鼻を作る作業は依然はかどっていません。
古代の道具で石を削るには相当の時間と忍耐を要するようです。
彼らはついに作業の一部を現代の道具に置き換える事にしました。
作業のペースは格段に違いますがしかし石を彫るプロセス自体は古代からさほど変わっていない事が分かります。
(ブラウン)昔の人たちもまず最初に溝を平行に彫りました。
それから鑿を使って間の石を削り取っていったんです。
現代の鑿は頑丈な先端を1分間に2,000回も打ち込む事ができます。
しかし銅で出来た鑿はたった数十回打つだけで先端が曲がってしまいます。
古代の道具は想像以上の速さで消耗する事が分かりました。
そこでブラウンは鑿を打ち直すための炉を近くに持ってくる事にしました。
銅の鑿がすぐに使えなくなるので鍛冶場と作業場を近づけました。
こうすれば鈍くなった鑿の先をすぐに直す事ができます。
恐らく古代エジプトでもそうしていたと思います。
道具の修理に多くの時間と労力をとられブラウンたちは悪戦苦闘しています。
スフィンクスの鼻を半分のサイズで復元する事さえこのように容易ではないのです。
スフィンクスを完成させるための時間と労力そして人々の忍耐強さは想像を絶します。
これほどの大事業を命じる事ができたのはファラオしかいないでしょう。
しかしどのファラオだったのか…?スフィンクスは明らかにギザの大ピラミッドと関連しています。
これらのピラミッドを建てたファラオの中にスフィンクスを造った人物がいる可能性があります。
特に有力な候補がスフィンクスの後ろに見える2つのピラミッドを建てた王たちです。
一方は最も大きいピラミッドを建てたクフ王。
もう一方はその息子カフラー王です。
考古学者のライナー・シュタデルマンはスフィンクスの顔がこの像を造らせたファラオの顔だと考えています。
そこでスフィンクスの顔とファラオの顔を比較しある結論を導き出しました。
クフ王の唯一の肖像は象牙製の小さなものがカイロ博物館に収蔵されています。
(シュタデルマン)小さな像ですが細かな部分まで緻密に表現されているのでこれを元にスフィンクスの顔と比較する事は十分可能です。
私はスフィンクスはクフ王の顔だと確信しています。
顔はやや四角く口元がきりっとして目が少し出ているところも似ています。
更に彼が注目したのはクフ王には息子のカフラー王のような顎ひげがない事です。
クフ王の像にひげがないというのも大きな特徴です。
スフィンクスにひげはありませんからクフ王の顔である可能性が高いと思います。
しかし異論もあります。
マーク・レーナーはスフィンクスにはもともとひげがありスフィンクスを造らせたのはカフラー王だと考えています。
ひげがある方がスフィンクスの胸にある奇妙なコブを説明できます。
この部分に台がありスフィンクスの長いひげを支えていたのでしょう。
スフィンクスを造らせたのはクフ王かそれとも息子のカフラー王か。
決定的な証拠はまだありません。
スフィンクスの顔だけで判断する事は難しいようです。
今日スフィンクスはエジプトの顔とも言うべき存在です。
しかし古代エジプトの人々にとってはどのような意味があったのでしょうか。
古王国時代が終わるとギザは荒廃しスフィンクスやピラミッドは忘れ去られました。
それから何百年もたった紀元前1500年ごろエジプトは再び強大なファラオの下で新王国時代を迎えます。
この時既にスフィンクスは風化によって無残な姿となり更には砂漠の砂がスフィンクスを首もとまでのみ込んでいました。
崩壊寸前のスフィンクスを誰が守ったのか。
その答えはスフィンクスの足元にある大きな石碑に記されています。
石碑には「一人の若い王子が砂の中からスフィンクスを救い出しスフィンクスは褒美として彼を王座につかせた」とあります。
その王の名はトトメス4世です。
(ハワス)世界で最初にスフィンクスを修復したのがトトメス4世でした。
王はスフィンクスを砂から守るため周りに泥レンガの高い塀を築かせたのです。
泥レンガの塀は今は僅かに残るのみですがいくつかのブロックには王トトメスの名が刻印されています。
塀はもともと漆喰で覆われおよそ9mの高さがあったと考えられています。
更に王は風雨によって傷んだスフィンクスの前足の部分を石のブロックで覆いました。
この石のブロックを見て。
とても大きいでしょう。
これは新王国時代に付け足されたものです。
そしてスフィンクスの前足の間にある石碑もまた新王国時代に建てられたものです。
(カーシャ・スパコフスカ)王たちは永遠に記録しておきたい事を象形文字で石に刻ませました。
ここには当時の人たちがスフィンクスをどのように見ていたかが記されているんです。
鍵となるのは2つの象形文字です。
(スパコフスカ)あそこに鳥の形が見えます。
あれはハヤブサを表し「ホルス」と呼ばれます。
ハヤブサの姿をしたホルスはエジプトで古くから信じられてきた神です。
古代エジプトの人々にとってファラオはホルスの化身でした。
すぐ下には「アケト」と呼ばれる地平線が描かれています。
両側に山があり太陽がのぞいています。
2つが組み合わさると「地平線のホルス」となります。
これは来世への入り口を守る神の名前でありこれこそが新王国時代におけるスフィンクスの役割だったのです。
古代エジプトの人々にとって地平線は来世への入り口でした。
地平線に沈んだ太陽が明くる日また昇るように人々もまた再生できると信じていました。
地平線に建つスフィンクスは来世への守護神でありトトメス4世はスフィンクスを守る事で神を守ろうとしたのです。
更にスフィンクスの顔を詳細に調べた結果耳の近くに青い塗料が残っている事が判明しました。
トトメス4世はスフィンクスに修復ばかりでなく改造も加えたようです。
(レーナー)私たちが見慣れたスフィンクスは砂の色をしています。
しかし新王国時代に復活した時スフィンクスの全身は鮮やかな色に塗られていたのです。
(レーナー)恐らく顔は赤く塗られ頭飾りは黄色と青だったでしょう。
こうした鮮やかな色によってスフィンクスは生き生きとよみがえったのです。
スフィンクスは来世への入り口を守る神として多くの人々に崇められました。
スフィンクスの前にはトトメス4世の像が建っていたと想像されます。
周囲には風や砂を防ぐ塀も築かれました。
これが新王国時代の色鮮やかなスフィンクスの姿です。
しかしトトメス4世の時代はスフィンクスが造られてから1,000年以上もたっています。
紀元前2500年ごろこの像を造らせたファラオはスフィンクスにどのような意味を込めていたのでしょうか。
その事を知るためには再びクフ王そしてカフラー王の時代を調べる必要があります。
レーナーはスフィンクスの前方にある神殿跡にやって来ました。
彼はここに重要なヒントがあると感じています。
ここには一連の謎めいた柱があります。
ちょっとストーンヘンジみたいですね。
柱は24本。
レーナーはこれが一日の24時間に関連すると考えます。
この神殿は太陽と密接な関係があります。
彼が注目するのは神殿の東西に設けられた2か所のくぼみです。
このくぼみはもう一つの西側のくぼみと対称になっていて2つを結ぶと神殿の東西の軸が定まります。
つまり昇る太陽と沈む太陽の方角に合っているんです。
一年で昼と夜が半分ずつになる春分と秋分の日神殿の東西の軸に夜明けの太陽の光が通ります。
その光はスフィンクスの右肩をかすめその後ろのピラミッドの端に到達します。
(レーナー)この光の線に重要な意味があると思います。
春分と秋分の日夜明けの太陽はスフィンクスの右肩を照らし夜はその方向に沈んでいくんです。
そして春分と秋分の太陽が沈んでいく先にあるのはカフラー王のピラミッドです。
この配置は事前に計画されたものなのでしょうか。
もしそうならばスフィンクスはカフラー王が造らせたという事になります。
(レーナー)この天文学的に計算された配置から私はこの神殿とスフィンクスを造らせたのはカフラー王であったと考えています。
太陽崇拝は古代エジプトの宗教の重要な一部でした。
古代エジプトの絵に来世への入り口である地平線で太陽を肩に載せた神が描かれています。
ライオンの姿をした神ルティです。
太陽と結び付けた時スフィンクスの本来の意味がより明らかになるのかもしれません。
ライオンの姿をしたルティのようにスフィンクスもまたファラオの来世への旅立ちを守る聖なる神だったのです。
春分と秋分の日太陽はスフィンクスと神殿とカフラー王のピラミッドを1つに結びます。
それはファラオが無事に来世にたどりつくための仕掛けだったのかもしれません。
スフィンクスは死後の王の魂がピラミッドから地平線のかなたへ無事に旅立つまでじっと見守っていたのでしょう。
さてアメリカではスフィンクスの鼻を彫る実験がついに終盤を迎えました。
最後の仕上げは古代の彫刻家と同じ銅の鑿を使って丹念に行います。
ブラウンはこの実験から古代の人々がスフィンクスを造るのにかかった時間を計算しようとしています。
石のハンマーは5分間で200回程度打てる事が分かった。
これを一日8時間続けるとしよう。
1人の労働者が一日に石をどれだけ削れるかも計算します。
30cm四方の立方体を削るのにほぼ40時間かかる計算だ。
削るだけでなくブロックを切り出す作業もあったはずです。
(レーナー)ここから大きなブロックを切り出している。
最終的な答えを出すには複雑な計算を要します。
仮に労働者が100人いたとして計算してみよう。
作業の延べ時間は?およそ100万時間ね。
延べ100万時間も彫るために必要なのか。
すごいな。
100人の労働者が毎日働いたとすると…。
彫るのに3年以上かかる計算だな。
100人で3年か。
しかし実験で明らかになったように石を彫る作業はスフィンクスを造る過程のほんの一部にすぎません。
この他に専門の鍛冶職人も必要です。
古代の道具を作るには時間と労力がかかるのです。
さまざまな道具を作ったり修理したりそしてそれらを運ぶ労働者が大勢必要だったに違いありません。
人間の労働こそが古代文明を支える力でした。
スフィンクスやピラミッドには象徴的な意味の他に重要な社会的意義もあったのです。
(レーナー)巨大な記念碑を造るには国中の人材を集め労働力を確保し更にはさまざまな資源を管理する必要がありました。
そのような経済活動がエジプトという国家を発展させたのです。
古代エジプトが造り上げた途方もない記念碑。
それは何よりもファラオが国を束ねるための切り札であったに違いありません。
(レーナー)スフィンクスを造る事でギザの地形は一変しました。
古代の人々は風景をつくり替えていく事で国造りを行ったのです。
ライオンの体人間の頭。
来世への入り口を守る神として砂漠の岩の中から掘り出されたスフィンクス。
大スフィンクスは永遠の命の守護神という古代の王から託された務めを今も果たしているかのようです。
2014/04/07(月) 00:00〜00:45
NHKEテレ1大阪
地球ドラマチック「スフィンクスの謎を解け!」[二][字][再]
ファラオの顔とライオンの体をもつ古代エジプトの守護神スフィンクス。ギザのスフィンクスはどのように作られたのか?考古学者の調査に密着。驚きの技術が明らかに!
詳細情報
番組内容
スフィンクスは、古代エジプトのさまざまな事物の多くのモチーフとなってきた。なかでもギザのスフィンクスは、体長73・5m、高さ20mに及ぶ、地上で最大級の彫像だ。紀元前2500年ころ、3大ピラミッドのひとつ、カフラー王のピラミッドと同時期に巨大な岩を削って造られたと考えられている。現在では欠けているスフィンクスの鼻は、どんな形だったのか? 完成当初の姿に迫る。(2009年アメリカ)*アンコール放送
出演者
【語り】今井朋彦
制作
〜制作:WGBH Boston/NOVA、配給:PBS〜
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 自然・動物・環境
ドキュメンタリー/教養 – 宇宙・科学・医学
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
他言語の時もあり
音声 : 2/0モード(ステレオ)
日本語
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英語
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