開運!なんでも鑑定団【珍品コレクターが澤田鑑定士に挑戦状!?】 2014.04.06

こんばんは。
さぁ「鑑定団」始まりました。
タイのほうに行きましてね。
おぉタイいいですね。
プライベートで行ったんですけど旅行。
ムエタイの試合をテレビ中継やってるんですよ。
それで前がスポンサーさんの席やったんですよ。
だから僕後ろやったんでこうやったんすよ。
そうしたら生中継の画面にバッチリ映ってました。
もう思いっきりこうやってましたよ。
日本の中国料理界をリードするこの方
中国を舞台にしたオペラトゥーランドットをイメージしたこちらのレストラン。
トゥーランドット臥龍居のオーナーシェフです
幼い頃から食べることが大好きでよく自分でラーメンやチャーハンを作って食べていたそうです。
中学2年生のとき父の東京出張にたまたまついていった際…
ぜひこの店で料理を学びたいと思い中学卒業後すぐに住み込みで修業を始めました。
その際毎朝誰よりも早く出勤し師匠を盗み見て覚えた技で3品の料理を作って試食。
そして先輩たちが出勤する前に跡形もなくきれいに片づけるという猛特訓を繰り返したそうです
努力のかいあって…
しかし出来たばかりのホテルだったためなかなか客足が伸びませんでした。
そこでフランス料理のようにわずかな量を美しく盛りつけて提供するコースメニューを考案したところとても繁盛するようになったそうです。
これは当時世界で流行し始めていたヌーベル・シノワと呼ばれる新しい中国料理のスタイルで脇屋さんはこれをいち早く日本に取り入れたのでした
また2008年には海外向けの料理写真集WAKIYAを=PHG。
これは高価な中国骨董の器に脇屋シェフの料理を盛りつけた斬新な写真集でその美しさが絶賛されたため急遽日本版も作られました。
その後は中華のアイアンシェフとしてテレビにも登場。
現在はなんと4つのレストランのオーナーシェフを務めていらっしゃいます。
脇屋友詞さんの登場です
依頼人の登場です。
東京都からお越しのお願いします。
スーツ着られたらわかんないですね。
いえいえ…。
テレビ東京のエラいさんやと思ってました俺ずっと。
いや〜超おいしいですよねほんとに。
すごいですよね。
いろんな方来られるでしょ?そうですね。
いろんな秘密握ってるんでしょうね。
またじっくりお話ししてみたいですね。
よろしくお願いします。
拝見します。
これはですね30年くらい前なんですけど料理長初めてなったときにですねこれから頑張ってやってほしいっていう意味で頂いたんですよね。
その方いわくすごいいい器で魯山人のものであると。
脇屋さんに使ってほしいと。
ほおこの番組でよく聞くその人いわくっていうフレーズがね。
骨董好きなんですか?その方。
その方は骨董好きなんです。
大切にこれを使っていろんなものを創造してですねやってほしいというのを頂いてですね。
1回だけですね僕自分の本を出版するときにデザートを盛ってですね本に出たことがあるんです。
へぇ〜じゃあ実際に使われたのは写真のとき1回だけ。
そうですね。
平凡なような感じがするんですけどなんか…。
ねえこうやわらかいときにサーって入れたらできそうですもんね。
評価額ですがおいくらくらいでしょう?まぁ15万くらいの価値はあるんじゃないかなと思ってるんですけど…。
15万いきましょう。
オープンザプライス!うわぁへぇ…。
北大路魯山人の作に間違いございませんね。
作風から見ましてね昭和10年代の作品だと思うんです。
もとはね5客ないし10客あった向付のわかれの1客ですね。
信楽の土を使って豪快に野趣豊かに仕上げてございますね。
高台をわざとつけずにベタ高台にしてね逆さまにして魯の字を書いてる。
その周りの窯変がきれいですね。
口のところは二重口にして中を竹べらでキュッキュッキュと線刻文を作って見込みをクシでもってかいてますね。
すり鉢の意匠を取り入れたんでしょうね。
魯山人の器っていうものはね料理を乗っけてはじめて完成するように演出されてるわけです。
だから四季折々の食材をどのようにこの器に盛るかっていう楽しみがございますね。
大切になすってください。
ありがとうございます!いやぁさすがですね。
いいですね。
次ごはん食べに行ったときにこれで出してくれて…。
ぜひ大事になさってください。
番組も最後まで楽しんでいってください!ありがとうございます!
次なる依頼人はなんとも懐かしい三輪自動車ミゼットに乗りさっそうと登場したこの方。
プロパンガス販売会社の2代目…
当時はとても傷んでおり廃車寸前だったのですがすべて自分で修理し大事に乗り継いできました。
そのうちすっかり魅せられてしまいなんと7台も買い集めてしまったそうです
みんな同じに見えると思いますけど実は窓の大きさですとかドアの形とか鼻の長さが微妙に違うんですよ。
向こうは少し短く丸っこい形になります。
今やミゼットはとても貴重なためこのうちの1台はなんと…
それがこちら2007年に公開されたALWAYS続・三丁目の夕日で冒頭のど派手なカーアクションで大活躍していました
実は山口さん他にもただ古いだけでなく人が絶対に持っていそうもないユニークな物をコツコツと集めてきたそうです。
今回のお宝は5年前に手に入れた物で…
鑑定よろしくお願いいたします。
果たしてそのお宝とは?
依頼人の登場です。
神奈川県からお越しのお願いしますさぁどうぞこちらのほうへ。
さぁそれではお宝拝見しましょう。
あっきれい…。
木の部分が特殊でして普通はだいたい樫の木なんですよ。
これは2丁とも黒柿というとても珍しいですね…。
実は澤田先生の本もよく見てるんですが黒柿の台の火縄銃というのは見たことがないのできっと先生も持ってらっしゃらないんじゃないかと思ったんですよ。
もう澤田先生…。
誰が見たことないって?何丁くらい持ってるんですか?火縄銃は今15丁ですね。
15丁。
たいしたことはないんですけど。
先生に比べたら。
いやいや…そりゃそうですよ。
はい恥ずかしいかぎりです。
15丁でよく来たな。
申し訳ございません。
でも確かにこの柄のね。
きれいですね。
これどうやって手に入れられたんですか?最初はこちらは骨董市ですね。
だいたい火縄銃の専門のお店ってほとんどなくてですねだいたい刀剣刀のお店の方が売ってらっしゃってインターネットのオークションで2丁目がたまたま黒柿って出てたもんですから。
それでこれは買わなきゃいけませんということでですね。
おいくらでお買いになったんですか?これ2丁ともだいたい30万円くらいです。
普通の火縄銃とそんなに変わらない値段だったんですね。
この火縄銃は上にちょっと変わった竹の部品がついてまして何の役目をするのかこれも先生にぜひ聞いてみたいところなんですけど。
なるほどなるほど。
折しも戦国の世であったためひとたび合戦に投入されるや圧倒的な威力を誇った。
しかし江戸時代になり天下泰平の世が訪れると実戦で用いられる機会はまったくなくなってしまう。
そこで流行したのが…
これは的の中心めがけいかに正確に打ち抜くかを競うもので武芸でありながら娯楽性も兼ね備えていたため武士はもちろんのこと裕福な町人までもが夢中になった
射的用火縄銃にとって最も重要なのは…。
すなわち命中率を限りなく上げることでそのため銃身はどんどん長くなっていった。
これは弾が銃口から飛び出すまでの間弾道をまっすぐにし安定させるためである。
それに比べ銃口はかなり小さい。
これは殺傷力を求めていないため弾が小さいからである。
それゆえ火薬の量も少なく発射する際の衝撃すなわち手ぶれを防ぐこともできた。
実用を離れた射的用火縄銃は武器というよりも美術品に近い。
そこには彫刻や象嵌など贅を凝らした装飾が随所に施されている。
例えば注文主の家紋。
龍や獅子などの勇ましい生き物。
そして草花が金や銀であしらわれた。
なかでも特に好まれたのが葡萄に栗鼠でこれは武芸に秀でることを意味する武道に立すの語呂合わせに由来する
また銃床に高級な木材を用いることも通好みのこだわりであった
当時火縄銃の銃床には主に樫の木が用いられたがこれは日本に広く生育し安価で手に入りやすかったからである。
一方花梨や紫檀など木肌の美しい材は希少で極めて高価であった。
そのためこれらは大名や豪商などが自らの威信や財力を誇示するために特注したのであった。
改めて依頼品を見てみよう。
銃床に黒柿を用いた火縄銃である。
黒柿とは樹木の種類としてはごく普通の柿の木だが古木の中に偶然黒く美しい縞模様が現れたものをいう。
この縞は土から吸い上げた養分と柿渋に含まれるタンニンが化学変化を起こしその色素が時間をかけて蓄積されたものである。
その確率は1万本に1本と極めて低く古来より工芸品の材として珍重されてきた
依頼品はどちらも射的用であるため長く黒柿のなかでもかなりの大木が用いられたと思われる。
独特の美しい縞模様に加え象嵌や彫刻などの細工も実に見事である。
更に注目すべきは一方の銃に取り付けられた竹の筒であろう。
これは照準を定めるためのものだが通常は溝の入った鉄製の目当てがほとんどで極めて珍しい
さぁそれではご本人の評価額ですが…。
両方30万で合計60万くらいなので倍の120万でよろしくお願いします。
いいんじゃないでしょうかね。
それではまいりましょう。
オープンザプライス!ありがとうございます。
すごい。
うわぁ。
黒柿は江戸時代銘木第一番ですね。
輸入品の紫檀黒檀よりも位が上なんです。
大名物の短筒それからごく小さいものに高級品に使われているんです。
そんな長い状態でですね使われたものは今日初めて拝見いたしました。
いやいや…。
とっても丹念な加工とか美術的な装飾がされておりますね。
下に銘文が入っているんですよ。
あまり華美なものは内容がないんだと。
華美を戒める言葉だと思うんですけれどそれそのものが極端に華美じゃないですか。
贅沢品ですからね。
実に皮肉っぽい銘が入っているなと思います。
そのパイプは…。
ジャングルのような中で火縄銃を使うときに照星照門に木の枝や葉がかぶってくるのをそれで防ぐんです。
なるほど。
それから錯覚ですけど標的が明るい場合非常に近く見えるんです。
砲術書やお話では戦われた例があるんですけど実物を今日見たのが初めてなんですよ。
よく捨てられずにね付けたままにあったなとそれ感心します。
私それ資料として欲しいのでもしよろしければそれだけ…。
それだけ?20万で…。
竹だけで20万?ええ竹だけ買います。
竹だけ買うくらい?いいものです。
そういうものを2丁も見つけてこられる依頼者の方はとっても筋のいいコレクターなんじゃないでしょうかね。
ありがとうございます。
それと先ほど拝見したあのミゼットあれは私の青春時代の私の乗用車なんです。
ところがあいつねすぐコロッとひっくり返って…。
私5回くらいひっくり返ったことある。
何の話ですか。
あれどうでしょう?あんなたくさんあるんだったら1台譲られませんか?今日はたかるなぁ。
どうもありがとうございました。
ありがとうございました。
東海道の宿場町で江戸からも京からも27番目に当たる。
広重や北斎が描いた袋井宿の浮世絵でおなじみだが実は近年この絵をモチーフにした茶屋が建てられ地域住民のふれあいの場になっている。
この地には寺が多く法多山尊永寺は奈良時代聖武天皇の勅命により開かれ厄除観音が祀られている。
萬松山可睡齋は室町時代初期から続く曹洞宗屈指の名刹で秋葉信仰の総本山としても知られる。
また医王山油山寺は奈良時代孝謙天皇が本尊薬師如来に眼病平癒を祈願し滝の水で目を清め完治したことから目の霊山として篤い信仰を集めている。
この3つの寺は遠州三山と呼ばれ四季を通じ多くの人々が訪れる。
名物はたまごふわふわ。
もともとは袋井宿の本陣で出されていた料理で熱したダシに泡立てた卵を流し蒸したもの。
食の祭典B−1グランプリで好評を博したことからいまや大人気となっている
早速いってみよう
出張!なんでも鑑定団IN袋井!
まずはマラカスを持って踊るのが趣味の…
どういうとこでやるんですか?これは。
あら〜。
では早速ご披露いただきましょう

(手拍子)
お宝は…
十数年前なじみの骨董店で発見。
その際店主が言うには…
買っていきなさいって言うもんで。
100万円になると?
その言葉を信じ妻にないしょでヘソクリをはたき言い値の30万円で購入した。
特に気に入っているのは…
なで肩がいい?はいいいですね。
その後鑑定士中島の本を見ていると表紙にそっくりの徳利が写っていたのでますます名品に違いないと思うようになった。
しかしいまだに妻には買ったことをないしょにしているため…
引っ張り出して眺めて。
本人評価額は店主の言葉を信じ…
もしいいものならこれからは妻に遠慮せず堂々と飾り毎日眺めて楽しみたい。
果たして結果は!?
どうぞジャカジャン!
ダウンするも大健闘!
今から200年くらい前の江戸時代の後期に作られた古伊万里の祝い徳利ですね。
冠婚葬祭のときこんなかにお酒を入れてね持ってくわけですよ。
本の表紙になってる徳利っていうのはねもうひと時代古いんです。
だけどたいへんに姿がよくてね子だくさんのザクロの文様そしてハスの花押し入れにばっかり入れとかないで大切になすってください。
はい。
続いては13年前滋賀から嫁いできた…
気に入ってます?こちらのほうは。
なるほどね。
はい。
白いのとかちょっとねパリっとしたのしか見たことがなかったから。
今でも富士山を見ると…。
朝を迎えられます。
うん。
いいんですいいんですいいんですよそんな心配しなくても。
お宝は…
40年ほど前亡き義父邦彦さんが骨董店で発見し一目ぼれ。
当初は売り物ではないとにべもなく断られたがどうしても諦めきれずその後もずっと通い続けるとついに店主が根負けしようやく承諾してくれたのだが…
ところがその日は…。
ちょっとお酒飲んでてねちょっと酔ってて。
そのため義父は日を改めたほうがいいと思い出直そうとしたらしい
お父さんまたいい人ですねだってね。
お酒に酔ってねじゃあ売るよって言ったら普通ね人間だったらあぁ今言いましたよね?今言いましたよね?売るって言いましたよね?って言いながらもう買ってしまう感じがするんですけど。
するとそれを見ていた店主の奥さんが…
そう言われ義父は大感激。
以来ずっと壁に掛けて楽しんでいた。
本人評価額はこのくらいかなと…
いくらで買ったのか聞いていないので見当もつかないがもし高ければすぐにでも墓前に報告したい果たして結果は!?
どうぞジャカジャン!
よかった〜!
えぇ〜。
大正昭和を代表する風景版画家川瀬巴水の代表作東京二十景芝増上寺に間違いありません。
残念ながら赤の部分が褪めてしまってますので完品であれば100万円はすると思いますがちょっと減点をさせていただきました。
関東大震災がありまして巴水は約200冊近くのスケッチ帳を持っていたんですが全部焼けてしまってですね私の祖父が励ましましてですねスケッチでもしてこいと言って100日あまりの旅行に行きました。
で満を持してですね作り上げた作品東京シリーズの第1作なんですね。
関東大震災で火事に遭いましてですね逃げ込んだのがこの増上寺の境内だったそうです。
ですからたいへん感謝をしていたと。
増上寺は都合4回ほど作品を作っているんですがすべて傑作となっております。
続いては江戸時代から続く旧家に生まれた…
えぇ!?そんな昔から!えぇ。
ということはちょっとお宝をねこれから見せていただきますけど期待度はすごい今上がってますよ。
そうですかね。
うん。
お宝は山岡鉄舟勝海舟高橋泥舟いわゆる幕末三舟の書である。
家宝としてとても大事にしてきたもの
祖父父から聞いているのではなかなかこの三幅っていうんですかね…。
3本を一緒に持ってるというのはなかなかいないぞと。
はい。
そうですね。
しかし残念ながら何が書かれているのかはまったくわからない。
本人評価額はやや控えめの…
ご先祖が遺した掛軸は他にもたくさんあるがどうかこの三幅だけは本物であってほしい。
果たして結果は!?
どうぞジャカジャン!
あちゃ〜!
3つとも偽物でございます。
山岡鉄舟とですね高橋泥舟は墨の色がまったく一緒なんですよ。
よく見ると黒ながら違うはずなんですね。
これ1人が書いてるんじゃないかと。
で読んでみますとね読めないんですよ。
山岡鉄舟のほうなんですけども一番最初の字がどういうふうに書いているのかまったく正体不明で…。
勝海舟ですけどもこれもやはり一番下を見ていただくと「山」という字なのかなんだかよくわからない字が書いてある。
一番下の字。
一番下ね。
書いてるご本人もよくわかって書いてないんじゃないかと。
もう書いてる人がね。
はい。
いいところはないんですかこれ。
いい…。
続いては若い頃芸能界にスカウトされた…
いくつくらいのお話なんですかそれは。
21!ほう!
するとあるテレビ番組の収録で新人女優とデートする相手役を募集しており…
え〜っ!?これかっこいいじゃないですか。
かわいらしいですよね。
さわやかな感じがして。
うんさわやか。
しかしそれから四十数年今や髪の毛は…
お宝は…
三十数年前蔵が朽ちて壁に穴が開き鳩が棲みつくようになったため取り壊すことになった。
その際発見したもの。
実はフタがなかったため…
こりゃ汚えなと思ってね。
名品とは思えなかったが先祖が遺したものなのでとりあえずきれいに洗い大事に保管しておいた。
そんなあるときこの番組を観ていると鑑定士中島が…
あれ待てよ?これ掃除したときにそんなようなのあるなと思って見てみたら…。
以来この皿の価値が気になり出張鑑定が地元に来るのを心待ちにしていた。
本人評価額は期待を込めて…
朽ちた蔵のなかで鳩のフンまみれになっていた皿がもし本当に初期伊万里ならこれほど嬉しいことはないが…。
果たしてどうなるのか!?
三十数年前朽ちた蔵のなかで鳩のフンまみれになっているのを発見。
しかしその後この番組を観ていると名品ではないかと思うようになった。
果たして結果は!?
どうぞ!ジャカジャン!
これはすごい!応援団も大喜び!
びっくりですね。
まさか。
今から370年くらい前の江戸時代寛永期に有田皿山のひとつ百間窯という初期伊万里の代表的な窯で作られたお皿ですね。
図がいいんですよ。
前に葦を描いてねそして皿全体を大空に見立てて飛び行く雁を描いてますね。
高台が三分の一高台。
それからね素焼きをしないお皿にいきなり釉薬をかけてますから生がけなんです。
肌がしっとりとしておりますね。
そして窯の中でもって溶着しないように砂を敷いて焼きますから砂高台になっている。
初期伊万里の特徴をすべて備えておりますね。
こういうお皿が鳩のフンにまみれて蔵に入ってるなんて遠州袋井は奥が深いね。
そうですね。
もちろんですよ。
続いては山野草の栽培が趣味の…
ど〜んと置いていただきましたけど…。
そうですね。
山野草は普通土を入れた鉢で栽培するが…
これ石なんですか!土台というか…。
石です。
石なんですよすべて。
本当だ本当だ。
なるほどなるほど。
山野草の根は石にくぼみや割れ目があるとそこに絡みついて伸びる。
というわけで…
顔がごつごつして岩みたいな…。
そうそう…。
お宝は…
骨董好きの父がとても大事にしていたもの
正月になりますと…。
もともとは父が祖父母の形見としていただいたものでその昔実家は…
しかも国芳は近年とても人気が高まってきたので期待は膨らむばかり。
本人評価額はこのくらいはしてほしいと…
父は戦後事業に失敗しずっと貧乏暮らしだったがこの掛軸だけは決して手放そうとしなかった。
果たして結果は!?
どうぞ!ジャカジャン!
う〜ん残念
幕末の浮世絵師歌川国芳の本物の浮世絵であることは確かなんです。
本物?はい。
国芳というのは洋風の風景画であったり動物を擬人化した擬画ですねこういったものが最近ものすごく高いです。
ただ七福神となると他の浮世絵師もたくさん描いてますからあんまり評価は高くありません。
正月の2日の夜にこれを枕もとの下に入れて寝ると前の年の嫌なことを舟が海のかなたへ運び去ってくれて新しい幸福をもたらすと江戸時代に流行した縁起物の絵なんですね。
これからもお正月掛けとしてですねぜひ楽しんでいただきたいと思います。
最後はテレビに出るのは3回目…
まず1回目というのは何か聞いてみましょうかね何ですか?焼きそばを。
はい。
次2回目は?出てんの?出ました。
会いましたね。
ごめんねどう考えてもランク的に下がってるもんだって…。
お宝は孫文の書である。
皇宮警察に勤めていた曾祖父は孫文が日本に亡命中その警護を担当していた。
そんなあるとき揮毫しようとした孫文から…
手先が器用だったらしくてなんでちょこちょこって…。
作ったの?
そのお礼としていただいたもの。
これを受け継いだ祖父はこの番組の大ファンだったため生前孫の伊藤さんに…
この近くに来たときにいつか出てくれとずっと頼まれておりまして近くにこの放送があると…。
出たいし。
というわけで大急ぎで応募したしだい。
本人評価額はあてずっぽうで…
もし高ければこれまで出演したテレビ番組のなかでもいちばんいい思い出になるのだが。
果たして結果は!?
どうぞジャカジャン!
大幅アップ!!
お〜!!おじいさんやったよ!!実に堂々とした字でございまして立派な字でございますね。
残念なことにね傷みが激しい。
保存状態がよければ当然100万はつけると。
孫文がたいへん好きな言葉でしていろんな人にこの「博愛」という言葉を書いてあげたようでございます。
「伊藤先生」という為書きがあります。
そして「孫文之印」という印が押してございます。
プロの篆刻家じゃなくて素人くさいところがありますのでもしかすると曾おじいさんが彫られた印かもしれませんね。
出張鑑定IN袋井はこれにて無事閉幕
こちらの体育館にお伺いしました。
次なる依頼人は…
一見テニスのようですがラケットとボールが少々違うようです
ミニテニスと言いまして…。
ミニテニスは昭和61年お年寄りでもできるスポーツとして考案され現在は3万人以上の方々に楽しまれているそうです
打ちようによっては変化をいろいろつけられまして意外におもしろいスポーツです。
岡田さんは競技が行われるようになった当初からご夫婦でプレーを楽しんでおり20年ほど前には…
へぇそうだったんですか
祖父は長い間先生をしてたんですけどもある中学を…。
生徒思いの熱血教師で常に数人を自宅に住まわせ指導したためとても慕われており…
今後どうすべきか参考にしたいので鑑定よろしくお願いします。
スタジオで拝見しましょう
依頼人の登場です。
愛知県からお越しのどうぞこちらのほうへ。
どうぞ。
いや〜初めて見ましたねあのスポーツ。
あれなんていう名前でした?ミニテニスです。
あれいいですねでもほんと痛くないですしね。
痛くない…。
痛くないです。
当たっても。
こういうボールだから変化がつきますからね。
うまい人はもういろんなことやるんですよ。
今回のお宝ですけどもおじい様がいただいたものということで拝見しましょう。
わぁ〜きれいな…。
転勤する際に同窓会でお金を集めて50円くらいで橋本雅邦からもらったらしいです。
ご本人からもらったんですか?えぇ教え子がいたんですね関係者に。
それで頼みに行って…。
つてで?えぇどなたかに渡す予定であったやつを回してくれたらしいです。
でも30くらいですよねその転勤したときは。
その教え子とももう一生つきあってるみたいですね。
当時っていうのはよくあるんですか?教え子の人からお世話になった先生に…。
まぁめったにいないんじゃないですか?よっぽどだから慕われてたってことなんでしょうね。
そうですね。
この表装というのはいつ頃されたんですか?いただいたときに教え子の人たちが25円集めてなんか表装してくれた。
それどういうシステムの学校なんですか?やたら生徒からカネ集まる。
他にもらったものとかあったりするんですか?家を…。
家?えぇ。
同窓会で建ててくれたんですよ。
生徒が家建ててくれるんですか?ええ定年のときにね。
大工さんのそういう関係者がいたんですかその中に?いやそうじゃなしにお金を…。
お金集めてですか?そうお金を集めて。
すごいですね。
めちゃくちゃ好かれてますね。
そんなんしてあげたい先生1人もいないですもん。
これ高かったらどうしましょう?我々子供がいないもんでねどうしようかと思って。
じゃあいただきましょうか?
明治時代生涯を賭して日本画の革新に挑んだ画家である
幼少より父に絵の手ほどきを受け12歳で江戸幕府奥絵師四家のひとつ木挽町狩野に入門。
同門には生涯の盟友となる…
温和な雅邦と激情家の芳崖はまったく正反対の性格だったが独創性を追及する思いが一致しすぐさま切磋琢磨する仲となった
やがてその実力は誰もが認めるところとなり共に塾頭に出世
しかし激動の幕末を迎えると絵の注文は減る一方で生活は困窮。
更に1871年廃藩置県で藩がなくなり禄を失うとやむなく…
その後10年あまり宮仕えに甘んじたがそのかたわらまったく未経験の油絵を何点か描き無聊を慰めた。
転機が訪れたのは1882年48歳のとき。
第1回内国絵画共進会に出品した美人琴棋書画が銀印を受賞したことによる。
この内国絵画共進会は政府の極端な欧化主義の影響で見るも無残に凋落した伝統美術の復興を目指して開かれたものであった。
ここで出会ったのがフェノロサで2年後フェノロサが日本画革新集団鑑画会を設立すると雅邦はその中心的存在として活躍。
フェノロサの指導のもと狩野派の伝統に西洋画の陰影や光線表現を積極的に取り入れ斬新な作品を次々と生み出したのであった
そして1889年鑑画会の理念を引き継いだ東京美術学校が開校すると雅邦は教授に就任
その第一期生として雅邦に学んだのが後に画壇を席巻した…
その際雅邦が何よりも大事と説いたのは…
その後も百花繚乱のごとくあまたの弟子たちを輩出。
雅邦が近代日本美術に与えた影響は限りなく大きい
林間残照は雅邦晩年の傑作である。
西洋の遠近法を用い巧みに奥行きを表現しながら前景は伝統的山水画で西洋と東洋が見事に融合したこの作品は…
それは世界に通用するまったく新たな日本画が誕生した瞬間であった
改めて依頼品を見てみよう。
橋本雅邦の掛軸である。
龍にのった観音が描かれている。
奥行きを感じさせる空間と狩野派の筆法で描いた龍は実に対照的でいかにも雅邦を思わせるが…
ご本人の評価額ですが?200万。
当時の倍くらいは?そうですね。
まいりましょう。
オープンザプライス!500万!すげえ…。
真筆に間違いありません。
描かれてるのは観音ですけども観音は三十三の姿に変化するんですね。
そのなかでこれは龍の頭にのってて柳の枝を持ってるんですけども龍頭観音というふうに呼ばれている。
龍の周りの暗闇のような気配がありますけどもこの非常に巧みな濃淡グラデーションすっきりとした透明感っていうのが雅邦の特徴のひとつなんですね。
それから波の線ですね。
非常に生き生きとした線。
それに比べて観音の衣の線ですね衣紋線。
それは非常にシワシワに描かれていますけどもこれを対比させてる。
非常にすばらしい作品だというふうに思います。
弟子に横山大観とか菱田春草っていうのがいるんですけども実はこういった線を形式的で邪魔になるっていうことで否定するんですね。
それで生まれたのがいわゆる朦朧体といわれるような描き方なんですね。
ただ現代でいうと逆にこういった濃淡それから線描っていうのは非常に新鮮さがあるというふうに思います。
落款を見ると「行年61歳雅邦これを図す」というふうに書かれてます。
数えですからちょうど還暦のときに描かれてます。
雅邦の作品のなかでも非常に質の高いいい作品だというふうに思います。
ぜひ大切にしていただきたいというふうに思います。
生徒がかき集めてもらったもんですもんね。
売るにも売れないでしょ?そうですね。
でもみんな死に絶えてるから。
売る気満々。
どうもありがとうございました貴重なものを。
「鑑定団」また来週ですさようなら。
2014/04/06(日) 12:54〜14:00
テレビ大阪1
開運!なんでも鑑定団[再]【珍品コレクターが澤田鑑定士に挑戦状!?】[字]

中学校の教師だった祖父が、転勤する際、教え子たちから贈られた掛軸。有名な絵師による作品で現在の100万円に相当する額を生徒たちが集めて購入したという。鑑定結果は?

詳細情報
番組内容
【祖父が餞別でもらった巨匠の作品】
お宝は明治29年に当時福島で中学校の教師をしていた祖父が、転勤することになり、その餞別として教え子たちから贈られた有名な絵師による掛軸。教え子たちが、現在の100万円に相当する金額を集めて購入したと聞いている。ずっと大事にしてきたが、自分には子どもがおらず、このままだと将来埋もれてしまうので、価値を知っておきたいと思い応募した。
出演者
【司会】
石坂浩二、今田耕司
【進行アシスタント】
吉田真由子
【ゲスト】
脇屋友詞
【出張リポーター】
松尾伴内
【ナレーター】
銀河万丈、冨永みーな
鑑定士軍団
中島誠之助(古美術鑑定家)
北原照久(「ブリキのおもちゃ博物館」館長)
安河内眞美(「ギャラリーやすこうち」店主)
阿藤芳樹(「阿藤ギャラリー」代表取締役)
永井龍之介(「永井画廊」代表取締役)
田中大(「思文閣」代表取締役)
澤田平(堺鉄砲研究会主宰)
ホームページ

http://www.tv-tokyo.co.jp/kantei/

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化
バラエティ – その他
趣味/教育 – 音楽・美術・工芸

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