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会員数2000万人のmixiを生んだ衛藤氏が解く!学生インターンが「世界のエンジニア」になるまで

  • 2014/04/09
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 日本でもIT業界が成長を遂げるとともに、エンジニアは企業へも広く求められるようになった。それに比例してエンジニア人口の増加と共にエンジニアとしてのスキル競争が激しくなっている現状だ。

 今回、スタートアップへのシード投資を行うMOVIDA JAPAN主催のMOVIDA SCHOOLにて元mixi最高技術責任者を務め、現在はEast Venturesにてエンジニア特化のアクセラレータープログラムを手がける衛藤バタラ氏の対談から、飛躍するエンジニアになるための共通点をまとめる。

「エンジニアを目指したきっかけは?」

 元々、小学校6年のときのホームページが普及していないときからコードを書き始めていました。スキルがつくにつれて父の経営者の友人などにページを作ることもしていました。

「mixiに入ったきっかけとmixi発展の理由は?」

 元々、日本に留学に来た際に、転職情報サイトFindJob!の開発を株式会社イー・マーキュリー(現:株式会社ミクシィ)で行っていました。インターンとして事業に参加し、その後社員になりました。mixiの開発は、当時Friendsterが海外で流行り始めていたので、日本でもチャンスがあると思い、自ら社長に社長に提案しにいったところからはじまっています。はじめた当初は開発を一人で行い、3ヶ月でリリースしました。

 mixiが流行った要因としては、現在ほど日記やブログを公開するサービスというものは登場していなかったのとコミュニティづくりが徹底していたのが大きな要因だと思います。ご存知のとおり完全紹介制をとり、社員の3分の1がカスタマーサポートを担当して常にコミュニティを管理していました。また友達づたいに紹介を行い、入会をしていくのですが初めた当初は紹介元をずっと先まで追えるシステムをとっていました。元をたどってどんな人からどんなコミュニティが出来上がるか正確にわかりますからね。ただしこのシステムは後にサーバー落ちの原因になってしまい、つながりの一間を間抜きするシステムに改善を行いました。(笑)

 絶頂期のmixiはトラフィックが異常なまでに上がり続けていましたのでサーバー落ちしてしまうと、毎回対応していかなければなりませんでした。嬉しい悲鳴ですが、毎日未知との遭遇をし、次の日なんとかなっているなんて事はないので毎日改善をしていかなければならずかなり体力勝負でした。

 またmixiは初期からPerlを使用していた事から強いエンジニアチームを築く事が出来ました。「Perlという言語を使用していたから」という意味ではなく、その頃Perlを使用するエンジニアの質が高かったんですね。なので共通言語から集まる仲間で良いチームを築けたんだと思います。

「エンジニアアクセラレータープログラムを作った理由は?」

 ずばり「プロダクトを作りたいエンジニア」から「プロダクトを展開したいエンジニア」を増やすためです。これからは優れたコードが書けるという技術とともにどれだけ早く出して、見極めてまた出してという事を行っていけるかがエンジニアとしての勝負になって来ます。

Sekiko Suzuki

U-NOTE Inc.♡ コンテンツ企画部マネージャー/「働く」が「楽しい」になるコンテンツを創って居ます/ビジネス系女子/大手Web媒体勤務後フリーランスにて美容業界、組織管理・マネジメント業を経て現在に至る。

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