IT系スタートアップ・コミュニティの仕掛け人が地方に目を向けた
奥田浩美さんは、主にIT分野のコンファレンスやプライベートショーの事務局管理やイベント運営を担う会社「ウィズグループ」の代表者。古くは90年代の「MACWORLD Expo」や「WINDOWS WORLD EXPO」の裏方にはこの人がいて、「Interop」や「JavaOne」の日本での立ち上げにも携わってきた。
IT人材のネットワークやコミュニティづくりを支えることが大好きで、最近は、スタートアップを支援する各種イベントや「奥田サロン」のようなビジネスコミュニティの仕掛け人としても知られる。
その奥田さんが、とりわけ2012年以降に注目するようになったのは日本の「地方」だ。TechWave副編集長の本田正浩氏と共に、2012年11月から、ITを軸に地域活性を促すメディア「finder」をスタート。メディアを通して「離れた地域に住む人のエネルギーを交換する」ことに、これまでのコミュニティ運営のノウハウを注ぎ込むようになった。
「中でも徳島県との関わりは、2012年12月、finderの取材で、Sansanの『神山ラボ』を訪れたことがきっかけでした」
名刺管理クラウドサービスで急成長するSansanが徳島県の田舎町、神山町で築70年の古民家を利用したサテライトオフィスを稼働させたのは、2011年8月のこと。
奥田さんは、マスメディアが採り上げる以前から、その試みに注目していたという。
Sansanをはじめ、徳島県内に点在する複数のIT企業のサテライトオフィスを訪ねたこの取材では、徳島県の「とくしまサテライトオフィス・プロジェクト」をも取材している。サテライトオフィス開設事業者への各種支援制度を通じ、過疎地域での新しい働き方を後押しするものだ。
「こうした取材を通して、私たちは自らが地域でプロジェクトを起こすことの重要性を学びました。単に特定の地域にスポットライトを当て、それを一時的に伝えて終わりとするのではなく、地域が必要とする継続した活動に自らがプレイヤーとして参加することで、伝える→変える→伝えるという新しい循環を生み出したいんです」
井戸掘りのノウハウを地域に残す──徳島のクリエイティブ人材育成
メディアとプロジェクトを両輪のようにかみ合わせる。自らプレイヤーとして参加し、重要な戦略である「finder」プロジェクト第一弾が、2013年度に開始した「Technology & Entrepreneurship TOKUSHIMA」(略称TET)だ。徳島市が進めるIT・Web系エンジニアなどクリエイティブ人材育成事業の一環で、徳島の技術者たちの起業意識を高め、ひいてはその市場価値を高めるという狙いがある。
2013年度は首都圏で活躍する技術者たちを徳島に招聘し、将来業界で活躍できる若手の人材育成を図るセミナーを開催した。
「Andoroidの会やHTML5コミュニティのキーパーソンを呼ぶと、徳島だけでなく県外からもエンジニアが集まります。Mashup Awardsの地域大会もここで催しました。エンジニア育成事業に関わった当初『10年間でたった5人としか名刺交換をしなかった』と語るエンジニアがいて驚いたことがあるんですが、このようにエンジニア同士、大学と企業、大学と行政などのつながりが薄かった地域に、次第に立場を超えた人々のネットワークが生まれる。そうした人たちが中心になって自主的な勉強会やハッカソンを主催するまでになりました」
「どんな分野の技術者でも知っておきたい Web最新事情とその実践」勉強会風景
コミュニティはいま100人規模に成長し、その中から、次代のアントレプレナーたちが生まれようとしている。
「Web系エンジニアが起業するための敷居は、昔と比べてはるかに低くなっています。ただ、地方ではそれに気づかない人も多い。私たちが事例を見せることで、起業は決して難しくない、自分たちにもできるんだという気づきを与えたい。ここで重要なことは、たとえ私たちがいなくなっても、コミュニティが継続し、そこから新しい芽が生まれ続けることなんです」
かつてインドのムンバイ大学大学院で社会福祉を学んだことのある奥田さん。
「支援者がすべきことは、井戸を掘って水を配ることではなく、井戸堀りのノウハウを現地に伝えること」が信念だ。その考えは、地域の活性化にも十分、応用できるものだった。
現地の困難さを肌身で感じながら、高齢者のタブレット活用をサポート
さらに奥田さんは徳島に踏み込んでいく。2013年7月には、徳島県海部郡美波町で「たからのやま」という会社を創業した。社名は「日本中の地域を宝の山に!」という思いからつけられた。ここでも、ITエンジニア・クリエイターのコミュニティ形成支援や地域の情報発信のサポートを始めている。
美波町は人口の50%以上が65歳以上の高齢者という限界集落であり、まさに僻地。ただ、ブロードバンド回線が各戸に引かれていて、この地に事務所を構えるセキュリティ・ベンチャーがあったり、タブレットで観光案内をするボランティア事業があったり、また同じ県内には料亭などに“つまもの”を供給するおばあちゃんたちの“葉っぱビジネス”が全国的に話題を呼んだり、いくつかのユニークな起業先行事例があった。製造業を誘致するには不向きでも、IT関連ならビジネスの可能性がある。
中でも、興味深いのは高齢者による製品共同開発という事業だ。
「高齢者のタブレット操作をサポートする、無料よろず相談所を5月に開設します。おじいちゃんやおばあちゃんがどんな操作に迷うのかを観察・分析しながら、デバイスやアプリ開発に生かしたい。
私自身、ダブレットは普通に使えますが、あと何十年経ったとき、新しいデバイスやUIが登場したときに果たしてそれに付いていけるかどうか不安があります。デジタルデバイドはけっして他人事ではない。だからこそ、新技術に人が慣れるまでにはどういう課題があるのか、それを開発側にフィードバックするにはどういうアプローチをしていけばよいのか。それをここでじっくり検証したいんです」
「高齢者向けiPadを使ったタブレット講座」写真提供:株式会社たからのやま
先行的に実施した高齢者向けのタブレット講習会では、驚くべき事態が起こった。端末を使えるようにするにはIDやパスワードの取得が不可欠だが、そこで大勢の参加者がつまづいたのだ。
例えば、パスワードを忘れたときのために用意される秘密の質問に「中学校のときの親友の名前は?」というのがあるが、高齢者は「そんな、古いこと覚えてないよ」と反応する。ボタンや読み込み表示のUIも、スマホに慣れた若者ならすぐにピンと来ても、高齢者には意味が理解できない。30名の参加者のうち、時間内にiPadを使い始めることができた人は、わずか1名だった。
「現場の実情にカスタマイズしきれていないと、ICTの地方振興プロジェクトは失敗することが多い。私たちも、実際にその地域に足を踏み入れて、直接地元の人たちと相対するなかで、さまざまな課題が見えてきました」
高齢者といっても、講習会などに積極的に参加するのは圧倒的に女性が多いこと。近隣の市町村でIT活用でビジネスを成功させた事例などを知ると、おばあちゃんたちも競争意識が芽生えることなども、ここに来て初めて知ったことだった。
都会でいま元気な人こそ、田舎で羽ばたいてほしい
「たからのやま」の事業は、地域の高齢者にタブレット端末を普及させることだけが目的ではない。
「買い物支援アプリなども開発しますが、それを通して伝えたいのは、Amazonでネットショッピングしたほうが便利なものもあるけれど、地方のお店で買ったほうがいいものもある、ということ。地域の情報化が進むなかで、地域が生き残っていくためにはどんな方法があるのか。それをみなさんと一緒に手探りしながら考えたい」と、奥田さんは言う。
都会人の田舎暮らしへの憧れは、今に始まったことではない。都会に疲れたのでワークスタイルを変えたいと思う若者も少なくない。ただ、奥田さんはぴしゃりと言う。
「都会で元気を失い、田舎でのんびりしたいような人が、地域の活性化に貢献できるかというと疑問。地域での起業は都会でのそれよりはるかに困難な課題がある。それを乗り越えるだけパワーがないと、田舎でも失敗する。
ただ最近は、徳島の地域企業をあえてインターンシップ先に選ぶ学生もいて、そういう人たちは都会の先端企業に就職する学生以上に敏感なアンテナを持っています。そういうフィルターを経て地域に集まるような人たちのビジネス創造をこそ、私たちは支援していきたいですね」
しばらくは、東京と徳島を往復する日々が続く。彼女自身、話をしているだけで元気になれそうな強い熱気の持ち主。そのヒートポンプのようなエネルギー交換運動が、じわじわっと日本の地域を変えようとしている。
[Profile]
奥田浩美さん
鹿児島県生まれ。インド国立ムンバイ大学大学院で社会福祉を学ぶ。帰国後、国際会議の企画運営会社に入社しコンベンション事業を幅広く経験したのち、1991年、ITに特化したコンベンションサポート事業を設立を経て、2001年、ウィズグループを設立、代表取締役に就任。Web系エンジニアやスタートアップ人材のコミュニティづくりを各方面で仕掛ける。TechWave副編集長の本田正浩氏と共に、2012年11月Webメディア「finder」をスタート、2013年7月に徳島県美波町に「株式会社たからのやま」を設立、高齢者のタブレット使用のサポートを行う拠点を設け、高齢者共同製品開発事業を開始。
CodeIQコード銀行にあなたのコードを預けてみませんか?
- CodeIQコード銀行ではあなたのコードを財産と考えます。
- お預かりいただいたコードは、CodeIQコード銀行がしっかり評価し、フィードバックいたします。
- 当コード銀行にお預けいただいたコードは、企業がみてスカウトをかける可能性があります。
- 転職したい方や将来転職することを考えている方で、今の自分のスキルレベルを知りたい方はぜひ挑戦してみてください。
- 企業からスカウトがきたら困る人は挑戦しないでください。
興味を持った方はこちらからチャレンジを!