(2013年10月21日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)
「馬鹿なことをするやつが馬鹿なんだ」というのは、映画「フォレスト・ガンプ/一期一会」によって人々の心に長く刻まれることになった言葉だ。今回の連邦政府の一部閉鎖を受けて、大部分の米国人は何のためらいもなく、このフレーズをティーパーティー運動に使うだろう。
自発的な国債デフォルト(債務不履行)を引き起こしかねない行動を取ること以上に馬鹿げたことなどあり得るだろうか? しかも、彼らが数カ月後に同じ愚を繰り返さないと誰が言い切れるだろうか?
軽んじたくなる衝動には抗いにくいが・・・
ティーパーティーは馬鹿だと言いたくなる衝動に抗うのは難しいが・・・〔AFPBB News〕
しかし、もしティーパーティーを倒すことが目標であれば、彼らを馬鹿だとけなすのは最も賢明なやり方とは言えない。
確かに彼らは、深夜番組に笑いのネタを尽きることなく提供している。だが、彼らを愚弄するのは、首都ワシントンに陣取るティーパーティー系議員たちが同じ手段に訴える可能性を高めるだけだ。アイビーリーグ出身のスノッブな人たちが牛耳る町に対する彼らの世界観をさらに強めることになるからだ。
また、事実と折り合いをつけることも難しい。ティーパーティーはこの2年間で、オバマ氏の財政支出を伴う景気刺激策を大幅な財政緊縮策に転換させた。つまり、運動の主目的の1つを達成しているのだ。この政策は間違っているのかもしれないが、自分たちの主張を採用させるのに成功したという事実は、馬鹿にできるものではない。
とはいえ、ティーパーティーを軽くあしらいたくなる気持ちに抗うのは非常に難しい。ビル・クリントン元大統領は今年、ティーパーティーは「自分の脳みそをコートと同じように入り口で預けてしまう」人たちでいっぱいだと発言した。またバラク・オバマ氏は1期目の大統領選挙戦で、小さな町に住む経済的に困窮した、そして「銃や、宗教や、自分には似ていない人たちへの反感にこだわる」人々に言及した。
最近ではワシントンのエスタブリッシュメント(支配者層)から、ティーパーティーを「ジハーディスト(聖戦主義者)」「大馬鹿者」「爆弾を自分の身体にくくりつけたレミング」などとこき下ろす声も聞こえてくる。
話がそれほど単純であればいいのだが、政治とは心理学の世界でもある。ロナルド・レーガンが1980年代に、「偉大な社会」を標榜するリベラル主義を部分的に倒すことができたのは、民主党員がどんな考え方をするかを知っていたからだった。民主党員だった時期があり、民主党員たちとの交流を好んでいたのだ。
ティーパーティーの支持基盤を駆り立てるもの
翻ってみれば、今日の米国では政治の二極化が著しく進んでいる。ワシントンにおけるティーパーティーの影響力を取り除いてしまいたいとオバマ氏が考えるのも無理はない。自らの国内政策のほぼすべてで邪魔をするうえに、無謀な行為を繰り返す力があることも見せつけたのだから。
ただオバマ氏は、ティーパーティーの支持基盤の人たちを駆り立てているものは何かという問いについて、自身の見解をほとんど語っていない。