時東一郎 Ichiro Tokito
宝島社
1365円
2012年2月
著者は昭和26(1951)年生まれです。
16歳の時に統合失調症を発症して
精神病院に収容されました。
以来、退院と入院を繰り返し、その精神病院生活歴は
44年を超えています。
本書は著者の精神病院と社会での生活の様子を綴った書です。
現在、症状は寛解(かんかい)して安定期とのことですが、
病気のせいなのか、著者の個性なのか、主観と客観のバランスが
微妙に危ういように感じながら読みました。
まず、注目すべきは精神病院
(本書では、あえて精神科という用語を使っていません)の
病棟の描写です。
糞尿の異臭がたちこめ、患者たちは、やはり尋常ではない人たちですから、
行為もそうなっているんですね。
暴力、叫び、徘徊、排泄物で遊ぶなど、
やはり、正常ではない行為のオンパレードでした。
著者の病気は、自分を皇族と思う皇室妄想、誇大妄想、
なんでも自分と関連づける関連妄想、有名人病、と変わっていきますが、
人に危害を加えることはありません。
病棟では、統合失調症、アルコール依存症、薬物中毒、知的障害、癇癪の患者と
一緒ですが、この人たちの行動、キレてるの一言です。
いじめもありますし、看護師がそれを黙認することも少なくないんですね。
それは患者の管理を楽にするためですが。
寝たきりの患者の世話や選択など、同じ患者にやらせたり、
看護師による暴力、虐待もありました。
牢名主のような患者がいて、ほかの患者を支配したり、
アルコール依存症、薬物生涯、統合失調症患者にランクがあったり、
どんな世界であっても差別や階層があります。
(獄の中でもありますが)
その中でもアルコール依存症の暴力団員が牢名主で
医療スタッフもそれを認めているというのは、
ひどいなあと思って読んでいました。
著者は継母に虐待されてからおかしくなったと綴っていますが、
会社勤めが長続きしないことから、
それだけではないような気がします。
なにをやっても続きませんし、
それを苦にしている様子もありません。
入院してから何度も社会復帰を試みていますが、どれも失敗しています。
著者は還暦を超えていますが、女性経験がないとあります。
そのあたりも書いていますが、
少々、脈絡がないような描写になっていました。
著者のように何十年も入院している人は多く、
社会的入院者と呼ばれるそうです。
本来の治療目的で入院しているのではなく、
治療の必要がなくなったにもかかわらず、
生活条件が整っていないために長期入院を続けている状態を言います。
正確なデータはなく、各自治体が独自に調査したところ、
15万人以上は下らないとなっていました。
現在、世界中で精神科病床は約200万床となっていますが、
日本の保有は約35万床です。
6分の1ですが、入院患者は31万3千人。
これ、異常な数だと思いませんか。
日本の場合、制度上の問題(政策も含めて)があるようです。
現実問題として入院費のことがありますが、
措置入院にしてしまえば、全額公費負担となるのでした。
著者も措置入院という名目にされています。
措置入院とは「自傷他害の恐れあり」と見なすことで、
強制入院になります。書類上で狂暴かつ自虐的な患者に仕立てることで
解決したわけです。路上生活者であっても、この方法で入院させて
医療費を公的負担によって受け取れることが
病院経営に貢献していることが否めません。
そのほかにも家族、親族の希望によって、
ずっと入院させておいてほしいというのもあります。
オビにもあるように「精神病棟とは人間の捨て場所」なんですね。
(長期刑務所も似た面があります)
それにしても精神病院で行われている虐待、暴力は悲惨でした。
電気ショックや拘束衣、看護師の暴力、あるんです。
木刀や鉄パイプや椅子で殴り殺すなど、決して少なくありません。
人間以下の扱いです。
恐怖で患者を支配していました。
患者は人間ではなく固定資産として扱われているのです。
中には路上生活者や知的障害者など入院の必要のない者まで
集めている病院もありました。
著者もそのような病院に入れられてしまうのです。
退院したくても院長の方針でさせてもらえないですし、
家族も退院してほしくないという状態でした。
発症については、常に不安や恐れを抱いて
「自分は全く無価値な人間なのだ」と感じているのですが、
これがなにかのきっかけで自分を分裂させると語っています。
病院の問題点は、ほかにも患者の障害者年金を横領するなどありますが、
本当にひどいところでした。
ある時、著者は潜入取材をしてきたライターと知り合います。
ライターは、うつ病歴があったのですが、
精神病院の実態をルポするために、著者と同じ病院に入院してきたのです。
そこで2人は意気投合し、友人となります。
本書もその関係から世に出ることになったわけです。
この時、著者は寛解状態で、通常の社会人と同じような生活をしていました。
しかし、精神病院とは恐ろしい所ですね。
獄で生活していると、大袈裟ではなく、精神的に病んでいる者が多く見られます。
考え方が歪んでいるというより、気質的に異常としか
考えられない者も少なくありません。
また、学習障害や注意欠陥多動症や発達障害だと思う人も結構います。
そして、なによりもここが、最後の福祉施設となっている点です。
新しい法律が施行され、受刑者の人権が尊重されて
権利が緩和されましたが、不良受刑者を取り締まるには
不便な法律となりました。
懲罰さえ苦にしなければ、作業もせずに、職員がいくら注意をしても
勝手放題ということも可能です。
(ますます、住みやすくなっています)
それこそ電気ショックや拘束衣や戒具の使用ができたら、
すぐに改善できるのにと思うのですが、そうもいきません。
善良な皆さんが、この中(獄)にきて、一週間も暮らしたら、
長期刑務所に来る人種がどんなものか、ショックを受けるでしょう。
かなり、狂った人を相手にしている職員は大変です。
苦情を申し立てる受刑者の大半は病的で論理の破綻したへ理屈を
振り回して、しつこく粘ります。
昔と違って今は職員も我慢強く聞くのが普通になってきました。
さて、その著者ですが、最後は唯一の理解者の父を失い、弟にも退院を断られ、
一生を病院で暮らすことを決めます。
この瞬間、心が穏やかになったとありますが、
私はその思いが、獄から出ないと決めた時の自分の気持ちに
似ているように思えました。
しかし、私は罪人だから仕方ないとしましても、著者は寛解状態であり、
受け入れてくれる家族さえいれば社会復帰できるのです。
そんな著者にたった一つの望みは、5歳の時に死別した生母の墓参りでした。
私、ここを読んだ時に、胸が熱くなりました、柄にもなく。
弟に付き添いを断られた著者の墓参りは絶望的となりますが、
ライターの人が院長に頼みこんでくれて、とうとう実現しました。
著者は、やっとの思いで墓を見つけ、両手を合わせます。
そして、胸の中で呟いたのです。
「産んでくれてありがとう」
死のその日まで、入院は続きます。
精神病院の実態より、若者の人生についての記述が多いですが、
統合失調症の一端が窺えるでしょう。
ノンフィクションで法律や制度よりも、
一人の人間の生きてきた道を平易な文で綴っています。
興味のある方は、御一読下さい。(美)