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UEI shi3zの日記 RSSフィード

2014-04-08

 スウェーデンから、中嶋先生が帰国されてるというので、西田先生と三人で夕飯を食べることになった。

 二人とも、一度は日本の国立大学を引退し、中嶋先生は名門ウプサラ大学で、西田先生はUEIリサーチで、引退後の人生を歩んでいる。


 西田先生をリーダーとするUEIリサーチの業績として今年は13本の発表がある。特にSIGGRAPHとEUROGRAPHICSに同じ年に発表できる研究チームは世界にも数少ない。西田先生は最低限の予算と人員で最大限の効果を挙げている。頭の下がる思いだ。


 僕は師に恵まれてると思う。

 大学も出ていない僕が、曲がりなりにもこうした仕事を出来るのは20歳の頃に西田先生と出会ったおかげだ。


 西田先生の研究を知ったのはさらに二年さかのぼって18歳の頃だった。

 上京したばかりの僕は、秋葉原の紀伊国屋ブックタワーの洋書コーナーで、海外の知識の膨大さに圧倒された。


 特に驚いたのはこの本だ。

 分厚い本で、元々高価だったが、紀伊国屋では1万円以上した。

 凄い本だった。

 そこに載っていた、「リアルな画像を生成するための手法」として紹介されていたラジオシティ法の発明者としてTomoyuki Nishitaという日本人の名前を見つけた。


 どんな人なんだろう?と思った。

 それから1年後、僕はLinuxのスラックウェアを買いに秋葉原のレーザーファイブという店をぶらついてたら、面白そうなCDを見つけた。

(CD-ROM版) 3次元CG体験学習 For Windows & Macintosh (h [CD])

(CD-ROM版) 3次元CG体験学習 For Windows & Macintosh (h [CD])


 これはとてもわかりやすいコンピュータグラフィックスの教材で、Javaによるソースと、体験的にCGの基礎が学べるように体系立てられていた。


 これほどわかりやすくコンピュータグラフィックスを説明していることに、僕はとても感動した。なんと頭のいい人だろうと思って、その作者を調べてみた。西田友是という人だった。


 頭がいいはずだ。東京大学で教授をしてるらしい。


 その頃、ぼくはCEDECというゲーム業界のイベントを立ち上げるにあたってプログラムの策定を行っていた。初期のCEDECのプログラム企画の約半分は、僕が行ったのだ。その会議で、


 「ゲーム業界のプログラマーはまだ大卒が少ないから、きちんと体系立ててコンピュータグラフィックスを教えられる人が誰かいないか」


 という話になった。僕は「一人、うってつけの人がいると思う」と言って、西田先生を推薦した。

 しかし実際には、僕自身が西田先生に会ってみたかったのだ。


 果たして、やっと会えた西田先生は想像を超えた人だった。

 当時出たばかりのiモードを使いこなし、自らスケジューラをプログラミングして携帯電話でスケジュール管理をしていた(サイボウズがブレイクするよりずっと前のことだ)。


 自分の父親より年長の人物が、自分よりコンピュータを使いこなし、呼吸するようにプログラミングをしている姿に僕は感動した。


 それから何年かして、オーム社が名著「Computer Graphics: Principles and Practice 」の翻訳権を買い取ったとき、訳文の査読に協力することになった。

 西田先生に報告すると、先生は嬉しそうに笑った。


 西田先生と出会った頃から、僕はある野望を抱いた。

 それはかつてアラン・ケイやマーク・ワイザーが活躍し、コンピュータの未来像を鋭利に描き出したXEROX PARCのような、私設研究機関をつくるということだった。西田先生自身もPARCでの講演経験がある。


 だがドワンゴという零細企業のいち社員に過ぎなかった二十歳の僕が、そんな大それた計画を実現に移すのは難し過ぎた。結局のところ、その意義を経営者が認め、あらゆる覚悟を持ってそうした研究機関をつくり、維持しなくてはならない。


 そのためには僕自信が経営者になるしかなかった。

 その夢が叶ったのはそれから16年後、西田先生が東大を退官するときだった。

 それがUEIリサーチである。


 とはいえ僕は事業を大成功させているとはまだ言い難い状況で、厳しい予算の中、西田先生は僕の思いに答えて下さった。


 それが設立後、わずか1年間で国際学会で13本もの発表を実現したのだ。世界のトップ学会で、UEIリサーチのロゴがあちこちに掲げられることになる。


 これはベンチャー企業としてはもちろん、日本の研究チームの立ち上げとして快挙と言って良いと思う。


 UEIの企業理念はコンピュータによってライフスタイルを変貌させ、人類の幸福な未来に貢献すること。

 その成果がトップカンファレンスに認められるということは、その貴重な第一歩となった。


 ジャーナルに残るということは、UEIの名がコンピュータグラフィックスの歴史の片隅に刻まれることを意味する。


 もちろんそれで満足しているわけではない。

 けれどもこのわずか1年の成果としては、充分以上の第一歩だと思う。


 西田先生は優れた研究者、優れたプログラマーであるだけでなく、優れた研究リーダーであることをいみじくも自ら証明したのだ。


 そんな人と一緒に働けたことをとても光栄に思うし、これからも頑張ろうと思う。