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SKE48

SKE史上最も愛された奇跡の少女 そして向田茉夏は伝説になった

卒業発表はあまりにも衝撃的だった。SKE48から向田茉夏がいなくなる。失うことで初めて気づくとはよく言ったものだが、そんな軽々しいものではない。SKE48にとって向田茉夏という存在がどれほど「救い」だったことか。茉夏がいてくれて良かった。

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ユニット曲『逆転王子様』を歌う向田茉夏(中央)。それはまさに地上に舞い降りた奇跡だった。(写真/©AKS)

「愛されていたことは伝わっていました」


2014年3月23日、一つの奇跡が幕を閉じた。SKE48第2期生、その「世界を救う笑顔」で名古屋に花を咲かせ続けた向田茉夏は、いつも通りに優しくそっと、自身最後の劇場公演を終えた。


向田茉夏のSKE48の日々を表そうと思った時に、どのような言葉が当てはまるのだろう。「決して平坦な道ではなかった」。そう言い表すことはとても簡単だ。確かにそうだ。13歳でSKE48の2期生として加入し、常に同じ歳の松井珠理奈と比較され、時には批判もされながらチームKⅡのセンターに立ち続けたこと。AKB48の象徴であった前田敦子に重ねられたこと。そういった彼女の「宿命」にスポットをあてて、この5年間を振り返っていくのも、彼女がSKE48に残した「何か」を記録するに必要なことだろう。


だけど、どうしても彼女をSKE48のメインストーリーの文脈にのっとって語ることには、違和感を感じてしまう。それは、彼女は常に「寄り添う」人だったと思うからだ。主役であることには決して固執せず、旧チームKⅡでは高柳明音に、新チームSでは松井珠理奈に、彼女たちの天性の明るさ、激情、そして時には悲しみに共に浸り、そっと隣で見守ってきた。争い事は嫌いだった。でも、仲間のためには涙を流した。向田茉夏はとても、優しかった。


決して自分が注目されることをよしとしなかった茉夏。だが、その天性の輝きは、本人の意思に関わらず、センターとしてステージに立った時にあまりにも眩く解き放たれた。自身初のオリジナルユニット曲「フィンランドミラクル」はもちろん、チームS『RESET』公演での『逆転王子様』は、その一挙手一投足が完璧だった。SKE48の信条でもある「全力のダンス」とは対極に位置する、しなやかで優しい彼女のパフォーマンスは、まさに向田茉夏そのものであった。それを存分に発揮する先の2つのユニット曲は、劇場公演そして大会場でのコンサートで、地鳴りのするほどの「茉夏コール」を呼び起こした。


この「大いなる矛盾」に、彼女がいかにSKE48にとって特別、かつ異質、そして必要な存在であったかを見ることができるのではないかと思う。つまり向田茉夏は、そこにいてくれるだけで周囲のメンバーを引き立たせ、ファンは彼女のために「推しメン」であるなしに関わらず誰に向けるよりも大きな声援を送るという、「全力」とそれに伴う「幸福」を引き出す存在だったのではないか。茉夏のことを考えること、茉夏の名前を呼ぶこと、それはある種の祈りにも似ていた。


卒業公演は、その意味でまさに、向田茉夏の、いや、「向田茉夏を有するSKE48」の集大成だった。メンバーもファンも誰もが、最後まで茉夏に笑顔でいて欲しいと願った。大組閣によってAKB48チーム4への完全移籍が決まっている木﨑ゆりあは、1曲目から涙をこらえきれなかった。ムードメーカーでもあり、茉夏とは「やかちゃん」「まなちゃん」と呼び合う矢方美紀は、茉夏に最後まで笑顔でいてもらうために、全力で楽しませようとしていた。都築里佳は茉夏の横に並んだ時、涙を目にためながら茉夏のスカートの裾をそっと握った。そこにあったのは「優しさ」である。向田茉夏が在籍した5年間、SKE48は「全力」と「優しさ」の両輪の駆動によって成長を続けてきた。最後の日も茉夏は、皆の優しい気持ちの隣に、いつもと同じようにそっと寄り添っていた。


「愛されていたことは伝わっていました」


茉夏は最後に、少し恥ずかしそうにそう言った。その一言で十分だった。茉夏はその愛に報いるためにSKE48での5年間を駆け抜けた。人見知りで不器用で、だけどとびっきりの優しさと笑顔を持った少女は、SKE48に愛を残して巣立っていった。


夕陽の針が滑り落ち、茉夏のいない日々が訪れる。
別れはいつだってとても寂しいものだ。
それでもただ一つだけ、あの笑顔に触れたことがある人なら、
信じられる事実が一つあることを幸福に思って欲しい。


それは、この続いている空の下で、
向田茉夏は今もきっと笑っているということだ。

文/編集部N

(BUBKA5月号では向田茉夏の正真正銘ラストグラビアを掲載)
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SKE48(えーすけーいーふぉーてぃーえいと)

日本の女性アイドルグループ。AKB48の全国進出プロジェクトの第一弾として2008年7月に愛知県名古屋市に誕生した。グループ名のSKEは、本拠地の同市栄区(SaKaE)から。AKB48同様、秋元康がプロデューサーを務める。コンセプトは、AKB同様「会いにいけるアイドル」に加えて「地域密着・地域貢献」。中京圏を中心に活動しているが、近年は知名度も高まり全国規模を行なっている。2012年のNHK紅白歌合戦に『パレオはエメラルド』で単独出場した。

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