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06 Apr 2014 21:50

国際【歴史戦 第1部河野談話の罪(4)後半】中国が仕掛ける根拠不明の「慰安婦30万人」 6月英文出版+(3/4ページ)(2014.4.4 10:28

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【歴史戦 第1部河野談話の罪(4)後半】
中国が仕掛ける根拠不明の「慰安婦30万人」 6月英文出版

2014.4.4 10:28 (3/4ページ)「慰安婦」問題
「慰安所」とされる建物に残る富士山を模した木工細工。下で作業しているのは1946年からこの部屋に住む男性の妻=上海市(河崎真澄撮影)

「慰安所」とされる建物に残る富士山を模した木工細工。下で作業しているのは1946年からこの部屋に住む男性の妻=上海市(河崎真澄撮影)

 45年の終戦まで上海には160カ所以上の慰安所ができたといい、蘇は朝鮮半島出身者が経営を担っていたケースも多いと語る。その根拠となる当時の「在華半島人人名録」には、慰安所経営者として「韓次礼」(日本名・大原光江)や「白利淳」(同・白井源一)などの名前が並ぶ。

 蘇は「強制性はあった」と強調するが、中国人女性との接触に神経をとがらせていた旧日本軍が関与したとはとても思えない例まで挙げた。

 「海南省や山西省などには当時、纏(てん)足(そく)(女児の足指に布をきつく巻いて足が成長しないようにした中国の風習)が残っており、走って逃げようにも逃げられない中国女性が慰安婦にさせられたケースがある」

 中国共産党機関紙、人民日報が運営する「人民網」は、中国大陸のみならず台湾や東南アジアなど各地に広がった慰安所で、最大で30万人の慰安婦が存在し、このうち約68%が中国出身者だったとの記事を昨年8月に掲載している。30万人という数字はいわゆる「南京事件」で虐殺されたとして中国が主張する人数と奇妙に符合しており、いずれも根拠は不明だ。30万人という数字がまずありきだったのではないかという疑念も生じる。

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「世界で最初に日本軍の管理下に置かれた上海市内の慰安所」という「大一サロン」の広告 (上海師範大慰安婦研究センター提供)

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