すこぶるな美形男子でも、美形女子でも優柔不断を備えていると嫌われやすい。「女々しいわねぇ~」などと飛ぶ鳥が落とすフンのような言葉を吐き散らしてくる人間もいるぐらいだ。優柔不断な気質が選択を揺らし、その余波によって他のものまで壊してしまうかもしれない。ビルに家に花壇が壊滅してしまうように、時間に人生に人が壊滅してしまう事もあるのだろう。優柔不断とは厄介なものだ。しかし、こう言った人々が不幸かと言えばまた話は変わって来る。
あらゆるものが壊滅して行くなんて発想は、垣根越しの第三者目線によるものでしかない。部外者が、「血の雨の降るような人生を送っているねぇ~」と、あざけり笑っているだけなのだ。事実は背中側にある。優柔不断な人間が見ているのは、ハエがたかるフンの山でもなく、クワガタのツノが全身に刺さった剣山死体でもない。素敵ベーシックで緑豊かな永遠の春かもしれないのだ。優柔不断は弱者の象徴に見えるが侮れない。
曖昧を捨てた合理主義者
情報技術が発達した事により利便性高まる現在。数数え切れない恩恵を受け取る事が出来ているのは間違いのない事実なのだが、その代わりとして犠牲になっているものもある。ネットは人が持つ曖昧さを麻痺させようとしている。これは。ある人間の毛髪を引っこ抜いてつるっパゲにする事で、外出させる気を失わせようとするのに似ている。今の僕らは、クリック数回で必要情報にアクセス出来てしまう。曖昧さを持つ必要がなくなってしまった僕らは、頭の中でどうだこうだと右往左往する機会が一気に減った。つまり精神的につるっパゲ、麻痺させられてしまったと言う事である。
本当に答えは一つで良いのか
人間の内には、サディズムとマゾヒズム、アニマとアニムス、意識と無意識など、真逆の性質が混在している。つまり、一つの答えだけを追求しようとする一直線ダッシュな人生は、精神と魂のバランスを大きく崩す原因となるだろう。情報量の異常なビックデータ時代に生きる僕たちは、合理主義を強制させられるような事態に頻繁に遭遇する。あらゆる事を短縮し、処理速度を上げた人生を送らねばならないのだ。つまり、自分の心の内を暴君ポルポトのように支配する必要がある。手に入れるべき目標の為には、不必要な感情は虐殺する。合理主義者には共存共生などと言う考えはまるでないのだ。あるように見えたとしても、それは願望実現の為に用意したハリボテである。
さすがにこれはまずいのではないか。笑顔あれば泣き顔あり、晴れあれば雨あり。自然は相反するものが上手い具合にバランスを取り合っている。それにも関わらずどうして片一方だけに寄り掛かり生きて行こうとする人間が多いのだろうか。お店でメニューを渡されて、時間短縮の為に二秒で決める。全ては無駄なくそつなくこなす。こんな極端な姿勢では、幸福を中心に置いた人生を送る事は難しい。スピーディーだが血色悪い合理主義者は、あしゅら男爵に頭を下げて見習うべきだ。あしゅら男爵は、体の右側が女、左側が男と言う、バランス界の王者だ。
ユングに学ぶバランス
『分析心理学 自我と無意識』と言う本の中で、フロイトと決別した心理学者ユングが、バランスに関する説教をしていたので引用しておく。
男性の中の女性性(アニマ)女性の中の男性性(アニムス)が影と同じように存在しています。これらは本来お互いを高めあうためにあるべきものなのですが、その合理化には一方の働きを排除してしまう傾向があるのです。
もし世界にあるのが光だけとなってしまえば、それは我々には見えず感知することもできないものとなるでしょう。
つまり世界に必要なのは両極なのです。
それなのに我々は昼間の世界ばかりに気をとられて、夜の世界の存在が見えていないのです。
僕たちは、自分の内に眠るあらゆるものを複合させて、力のレベルを高めて行く必要がある。ユングは男と女が歩み寄ることで生命が誕生し、どちらかが役割を放棄すると人類は破滅してしまうと言っているが、これらはありとあらゆる事に言えるだろう。
動物園の檻を閉める係の人間が責任を放棄すれば、ゴリラに叩きつぶされ、ライオンに体を切断され、オオアナコンダに丸呑みされてしまう。これと同じように、僕らの内に眠る者達の責任感を奪ってしまうと大変危険である。責任放棄どころか、こちらからクビにしてしまう人間の多い時代だ。さすがにそれは考え直すべきだろう。右脳も左脳も、右目も左目も、右手も左手も、全てをバランス良く使い生きる。「今日は右かな左かな」と、優柔不断に悩む日々は最高だ。人に褒められる時は、合理主義などすっ飛ばして喜ぶじゃないか。「かっこいいよねぇ」なんて甘い上に曖昧模糊とした言葉であっても小躍りを始める。必要なのは真実よりも幸福であり、生きている実感だ。
自己啓発本に踊らされてポジティブだけに寄りかかる必要もない。時には悪口、時には褒め口。論理的に責める事もあれば非論理的で結論の定まらないトークもありだ。良い流れと悪い流れの激しいバイオリズムは、それこそが人間の持つバランスの象徴であり、腐る事なく機能している証拠なのだ。「合理主義のが生産的だなぁ~、でも優柔不断の方が心臓に良いよなぁ~、どっちかなぁ~」と悩み、行ったり来たりの人生を肯定する。この優柔不断さこそが、人間の内にあるバランスを保つ鍵だ。
さぁ、今日から素敵ベーシックで緑豊かな永遠の春に突入しよう!
- 作者: カール・グスタフ・ユング,小川捷之
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