ご機嫌いかがでしょうか?「NHK短歌」司会の濱中博久です。
第一週の選者小島ゆかりさんです。
どうぞ今日もよろしくお願い致します。
さあご覧頂きましょう。
新年度1回目でございますがセットも変わりました。
雰囲気変わりましたね。
やる気出ますね。
この1年もどうぞよろしくお願い致します。
さて冒頭の今日は選者の一首ですが…。
私たちは一生人間としてしか桜を見る事ができませんよね。
時々思うんですね。
空を飛んでる鳥とか水中の魚はどんなふうに桜が見えてるんだろうかなそういう歌です。
水の中から花びらを見るという。
特に落花の日はね美しいだろうなと思います。
今日の「NHK短歌」新年度1本目という事もありましてすばらしいゲストをお迎えしております。
ご紹介しましょう。
作家樹のぶ子さんです。
ようこそお越し下さいました。
こんにちは。
どうぞよろしくお願いします。
お着物姿でいらっしゃいますね。
今日は桜の花を身に付けてまいりました。
帯ですね。
花が付いております。
日本の女性は季節をまといたいという気持ちがありますね。
よくお召しになるんですか?最近ですね。
まだ目覚めたばかりでこれから勉強させてもらおうと思っております。
よくお似合いですよね。
ありがとうございます。
ではお掛け頂いてゆっくりお話を伺いたいと思います。
さあそれでは改めてご紹介を致します。
作家樹のぶ子さんでいらっしゃいますが1984年「光抱く友よ」で芥川賞。
また「透光の樹」で谷崎潤一郎賞など数々の文学賞を受賞されていらっしゃいます。
また現在芥川賞の選考委員の他多くの文学賞の選考委員もお務めでいらっしゃいます。
そしてこちら最近の作品でございます。
これ「香夜」と読むんですね。
これはどのような作品になりましたでしょう?「かぐや姫」のかぐやを「香夜」としました。
ある女性が亡くなっていく時に自分の思い残した事をいろいろ妄想として物語として4つの物語を紡いで最後には天上に昇っていくという話なんですけど4つともそれぞれ日本の季節を表して季節と「かぐや姫」の物語を一緒にした作品で小島さんがとってもすばらしい書評をして頂いたんですね。
ありがとうございました。
本当にすばらしい本でこれまでよりも少し古典的な色合いが強い…。
和返りをしておりますね。
是非皆さん読んで下さい。
さて短歌の番組にお招きを致しましたが短歌にはどんなイメージをお持ちなんでしょうね?私の母が短歌をやって歌集も作っておりますけれど私はそこから避けたんですけどとても身近なものでしたね。
そんなお話も後の方で伺いますが今日はキーワードにして頂きましたが短歌のイメージはこれですという。
こういう感じで…。
これは母を見ててそう思うんですが自分を納得させるための断言を歌の中でやってでも実はいくら引導を渡しても断言してもこぼれ残るものは余韻として残るんですね。
それはそれで読む方も本人もその余韻を感じながらですがとりあえずそうやって言葉で断言しないと先へ進めないというようなものが母にあったような気がします。
更に後半でお話を伺います。
どうぞよろしくお願い致します。
それでは入選歌のご紹介です。
今回題は「靴」または自由でした。
小島ゆかり選入選九首です。
一首目。
早速樹さんに伺います。
これ「おじいさん」というのはやはり長い年月生きてきていろんな経験がおありになる方。
その人が礼拝堂に行く時に靴紐をカチッとこれもいつもの事で恐らく何か毎回ある人のために祈っておられるのではないのかなという深いものを感じますね。
本当にそのとおりだと思いますね。
老人とか老爺なんていう表現ではなくておじいさんという事によってその方の人生の思いが少し懐かしくにじんでいるようなそんな気がします。
それでは次の歌二首目です。
これは皆さんよくお分かりだと思います。
ソチオリンピックの男子スノーボードハーフパイプで。
若い力を示しましたね。
銀メダルを獲得した平野歩夢選手ですよね。
今おっしゃったように15歳という若さが大変話題になったんですけれどもこの作者はきちんと見ていますよね。
彼が出発する飛び出していく前に靴紐とボードの留金をちゃんと確かめているってその事を見ている。
それが題詠ですけれどもとてもリアルタイムないい歌になったと思います。
では次三首目です。
樹さんこの歌はどう読まれました?これ何か普通でない事が起きてるんですね。
その普通でない事が何事でしょう。
犯罪とか事故とかあるいはただの恋人同士のけんかであったり酔っ払いであったり…。
でもそれを取り巻いてる人たちがいろいろ想像をしているという取り巻いてる人たちの想像を私たちがこの歌を読みながら想像できるという二重に面白い歌ですね。
本当にそのとおりのいいご批評ですよね。
つまり作者が解釈したそれを言ってしまったら面白くないんですね。
みんながいろいろ思ってるそこを暗示している。
それでいい歌になったと思いますね。
では次四首目です。
この歌「硝子の靴」というのは靴の形のガラスの花器器なんだろうと思うんですね。
現代短歌はともすれば内容を盛り込もうとする場合が多いんですがこの作者は伸びやかに本当にそのままを歌っていて早春の陽射しもクロッカスも硝子の靴花器もみんなすっきりと読者に見えてくる計らいのないいい歌だなと思いました。
クロッカスの命の勢いも感じますね。
はい感じますね。
では五首目です。
これもいいですね。
無言の音のない映像の中で幼い子がお姉ちゃんの靴を履いている。
かわいらしいですよ。
ちょっとドラマの一場面のような濱中さんお好きそうな歌ですが。
本当にかわいらしいと思います。
では次の歌にまいりましょうか。
六首目です。
お子さんは何も言わなくてもその子の持ち物ですとか衣服ですとかそういうものがその子が今日何をしたとかいろんな事を教えてくれるんです。
ですからこれは母がそういうものに目を凝らし耳を澄ましているという事で靴の歌であると同時にお母さんの歌母の歌であると思います。
では七首目です。
五百万歩というと相当ですよね。
よくお歩きになりましたね。
でもという事はこの靴は歩きやすくて非常になじみの靴お気に入りの靴だと思います。
ですから捨て時を考えちゃうしかも靴に聞こえないように考えている。
この靴の擬人化が一層親しみを感じさせる。
靴への愛も感じますね。
感じますね。
いい靴との五百万歩道中なんてね。
さて八首目です。
自分を客観的に描いている。
そこがいいですね。
熊手てにゴム長ですから雨上がりの落ち葉掃きか何かか分かりませんけれどももし黒コート黒メガネだったら母と子は急ぎ足で通りすぎたと思うのでそんな面白さがとてもありますね。
会釈されたから私はいい人なのかなと思われたんですね。
ほんとはどうか分からないというそういう面白さですね。
さあそれではおしまいの歌九首目です。
この歌樹さんに伺いましょう。
「靴音高く」というのと「逝きたり」亡くなるという事は本当は非常に極端に違う違和感のあるものですね。
人は死は静かに死ぬという事ですけれどしかし作者は石巻の方ですね。
恐らく震災に関わる死を頭に置いて作られたのじゃないかなと思いますしこの極端な違いというものがズシンとこちらに迫ってきますね。
すごく深い鑑賞ですよね。
怖いような強さを感じますね。
ほんとそうですね。
かつては試験の教室でそしてこの度はこの世という場所に自分を残してお友達は逝ってしまったという事ですね。
「答案出せぬ」の辺りに樹さんがおっしゃった心理がちょっとにじんでいるかなと思います。
生きる事死ぬ事を考えてでもそれがまだ自分の中で何とも答えが出ないうちに友はさっさと逝ってしまったなという歌ですね。
ありがとうございます。
以上入選九首でした。
それではこの中から小島ゆかりさんが選ばれた特選三首です。
まず三席からです。
三席は三島紀子さんの作品です。
続いて二席です。
二席は椎名昭雄さんの作品です。
ではいよいよ一席です。
一席は鈴木頴一さんの作品です。
先ほど濱中さんがかわいらしいとおっしゃいましたけれども表現の中でかわいらしさや微笑ましさを出してしまったらこういう歌はうまくいかないんですね。
下の句「暗き玄関にひとり履きゐる」という幼子の姿だけを描いた。
それによって靴も幼子も本当に存在感があるいい歌だと思います。
かわいいかわいいという事を歌い上げてはいけないんですね。
そうすると歌は弱くなってしまう。
以上今週の特選でした。
さて今回ご紹介しました入選歌とその他の佳作の作品はこちら「NHK短歌」のテキストにも掲載されております。
是非ご覧下さい。
さあそれでは次のコーナー「うた人のことば」ご覧下さい。
子供がまだ小さい時に東京の郊外の団地に住んでいましてそこへ時々子供を連れて遊びに行くんですね。
そうするとヒバリが飛んでる声がするんですよね。
ああのどかだないいなぁ〜と思いながらも何か置き忘れてきたような気がして例えば友達とか町の中とか歌とかはるかに憧れるような気持ちでそのヒバリの声を聞いてたんですね。
だからキリキリってよじれるのは私の心だったかもしれないっていう事を思いながらその歌を作ったんですね。
若草山っていうのは一年に一回山焼きをするんですよ。
円い山が火が燃えてずっと移っていくんですね。
それがとても印象的でした。
その火を見ながらあの火はとても強い心で奔ってるんじゃないかなと思ったり…そのうちにあの火の強い奔り方っていうのは私の心かもしれないなんて大人になってから思ったんですけどそんなような気持ちを歌った歌です。
続いては「入選への道」のコーナーです。
たくさん頂戴するご投稿歌の中で手を入れるととてもよくなるものがあります。
今日は一首取り上げて頂きましょう。
今日はこの歌です。
なかなか滋味深いこまやかな歌なんですね。
ただ1か所だけ残念なのは本来なら「靴音に知る」という所で切れるはずなんですが第四句に「知るときどきは」と入ってきてしまうのでどうもこれが切れにくいんですね。
「ときどきは」から歌いだしたらいかがでしょうか?「ときどきは躓きもして石畳不揃ひなるを靴音に知る」。
語順を換えるだけで佇まいがピシッと締まりましたね。
皆さんもどうぞ参考になさって下さい。
では投稿のご案内を致しましょう。
それでは選者のお話です。
「うたを読む楽しみ」今日は小島さんに「桜づくし」というお話を頂きます。
大変有名な在原業平の桜の名歌ですね。
この歌は藤原基経という人の40歳の賀つまり当時40歳のお祝いというのは老年のよく頑張って生きてきましたねというお祝いなんですね。
宴会の座があって順番に朗詠していくわけです。
いよいよ名手業平だというのでみんなシーンとしたと思うんですね。
そういう時に「さくら花ちりかひくもれ」ですからあれ?さくら花がさんざんに散って曇るぐらい?ってそんな不穏な事言っていいのかしらと思って「老いらくの」と今度は来ますからちょっと大丈夫かしら?そうすると老いというものの来むといふなる向こうからやって来るその道が分からなくなってしまうほどに「老いらくの来むといふなる道まがふがに」というので下の句で大逆転をしてすごくすてきなパフォーマンスですよね。
業平の見事な手腕というのがよく見えます。
これは今私たち活字文化ですけれども古典和歌というのは多く場があって座があったんです。
そして朗詠をされた。
そういう背景を考えるとこの歌のすごさというのも更によく分かると思います。
今日のお話「桜づくし」でした。
さあそれではゲストにお迎えした樹さんにもお話伺いますがまずは先ほどのキーワードをお見せ頂きます。
「歌は自らへの引導」とお書きになりました。
この意味合い先ほどちょっとお話頂きましたが…。
「引導」というのは仏教では死者への手向けという事ですがそうではなくて自ら引導を渡してモヤモヤしたものをきちんと言い切ってみてそしてそれが言い切る事でようやく明日がある。
明日を生きるというですから次に生きるためにそれを断言してみるというある種切ないものだと思うんですね。
それは私の母も今実は88歳で認知症を患ってるんですけどそういう改めて母の歌集を見てみるととてもいくつもいくつも自分でそうやって断言しながら引導を渡しながら明くる日を生きてきた88年だったんだなという事が分かってくる時ってちょっと切ないんですね。
お母様の歌集こちら今日お持ち頂きましたが「水中花」と題されておりますがご姉妹とお母様ですね。
そして引導という言葉に表したそういうふうな歌があるんでしょうかね。
一首ご紹介頂きましょう。
のぶ子さんとそっくりじゃないですか。
そうなんですね私も小説を書き始めて改めて母の短歌を読みますと否応なく辛いぐらいにそのDNAを受け継いでいるんだなと思いますね。
今の短歌で言いますと…。
下の句ですよね。
「こころに鋏」というような比喩は私も知らないうちにやってますしね。
「ザックリと」も。
そうですね。
ここという時に擬音・擬態語をザックリ入れて思い切ってというそういう効果を母は短歌の中でやってるんだなと。
そしてそこでバッサリ五七五七七しか場所がないからそれで終えて次のステップに行ってるんですね。
私も歌詠みだから分かりますがこれとてもいい歌でね「ザックリとこころに鋏入れる」という表現によって決して心地よい今日ではなかった。
不如意な今日だったという事をちゃんと告白してるんですよね。
だから言ってない事が余って出てきてるという事ですよね。
言い切ってみたけれどそこからあふれてくるものが自分でもいくつか分かりながらでもとりあえずこうやって寝につくしか明日はないというような事の繰り返しの人生だったんだろうなという事をやはりこういう短歌を通じて今改めて母親の事を想像するという事はありますね。
どうしてのぶ子さんは小説なんですか?やはりこういうふうに断言する事言い切る事もちろん言い切ってもあふれるものは残るんですけど私は母親とは違って言い切れないところの曖昧さを拡散させてこれは散文ですから短歌とは違う可能性が与えられているのでそれを私は書き出したんですね。
ですから母親もいろいろ断言を繰り返しながら短歌を作っているのを見て私自身はここでの勝負ではなくてやはり母を超えていくためにはもっと自分の中のあふれるものをあふれるままに出していって小説散文にしようという気持ちが起きてきたんですね。
例えば先にご紹介のあった「香夜」という小説ですけど最後はほんとにさっきの桜の落花の中で狂喜の中で拡散するんですけどすごく美的なものが余韻として放り出されるように残っていく。
日本の美というのはやはり死というものとそれから美しさというものを上手にただ悲しむだけで無残ではないそこを何か彩っていこうとする意識がありますよね。
ですから死が身近になればなるほどやはりその日本の美に近づきたくなるという事が…。
まだ死身近じゃないですけど全然…。
でも女性にはそういう性向があるんじゃないかと思いますね。
でも歌を通じてちょっとのぶ子さんと近かったってうれしいです今日は。
いろいろすてきな書評も頂いて感性としてつながっていると思いますね。
作家樹のぶ子さんをお迎え致しました。
どうもありがとうございました。
ありがとうございました。
では小島さん来月もどうぞよろしくお願い致します。
「NHK短歌」時間でございます。
ごきげんよう。
2014/04/06(日) 06:00〜06:25
NHKEテレ1大阪
NHK短歌 題「靴」[字]
選者は小島ゆかりさん。ゲストは作家の高樹のぶ子さん。高樹さんの母は歌を詠む人で、「水中花」という歌集を出している。高樹さんは母の歌を詠む姿を見て育った。題「靴」
詳細情報
番組内容
選者は小島ゆかりさん。ゲストは、作家・高樹のぶ子さん。高樹さんの母は歌を詠む人で、「水中花」という歌集を出している。高樹さんは母の歌を詠む姿を見て育った。題「靴」。【司会】濱中博久アナウンサー
出演者
【出演】高樹のぶ子,小島ゆかり,【司会】濱中博久
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 文学・文芸
趣味/教育 – 生涯教育・資格
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