(羽田)
祭り
人々は代々伝えてきました
先祖を慈しむ心。
生きる喜び
そして…
つかの間の熱狂には深い意味が込められているのです
(女性たち)そりゃやっしょ!
熱い息吹の中で紡ぐ…
悲しみを乗り越えふるさとへの思いが躍動します
(祭り囃子)
しかし中には途絶えてしまった祭りも
羽田美智子です。
今福島の姿は少し変わってきています。
それは私たちにとって「ふるさととは何だろう?」そんな問いを突きつけてきます。
変わるもの変わらないものそれを私は見つめたいと思いました。
そして多くの人の心に残る風景を訪ねました。
高さ10mを超える大松明が夜空を焦がす火祭り「松明あかし」が行われています。
この悠然とたたずんでいるのが「滝桜」です。
樹齢1,000年今なお生き続けている誇りです。
キュッキュッキュキュッキュってかわいい音がするんですよこれ。
フフフッ。
(延増)
福島の掛けがえのない風景と共に過ぎ去った昭和の記憶をたどります
時の旅人は福島県出身の俳優斉藤暁さん
スクリーンに映し出される懐かしい日々
たちまち記憶がよみがえります
(斉藤)どうだい?今の映像見て。
(斉藤)水の流れが速いから。
(斉藤)上へ上げて…。
(女性)はい。
上げてこうやって泳がないとあかん。
戦後の復興。
そして高度経済成長
映像は時代の鏡となって懸命に生きてきた福島の人々の姿を映し出します
豊かな自然の中で私たちのお父さんお母さんそしておじいちゃんおばあちゃんたちがどんな思いで自分たちの町や村をつくってきたのか
過去を振り返り過ぎ去った時間と語り合うことは私たちが生きるこの今を豊かにすることです
それはまた明日への掛けがえのない糧
この近くにちょっとすごい所があるというのでちょっと来てるわけですがこの道でございます。
入っていきましょう。
見えてきました。
あの建物です。
(斉藤)『本宮映画劇場』。
モダンですよね。
ええ。
モダンな建物です。
こんにちは。
(田村さん)いらっしゃい。
どうも。
ハハハ。
こんにちは。
(田村さん)どうもこんにちは。
ええ私斉藤と申しますが。
(田村さん)私『本宮映画劇場』の田村と申します。
(斉藤)よろしくお願いいたします。
ここは何ですか?これねこの入場券とね受付は昭和22年にできたこれそのままなの今まで。
(斉藤)ここが?
(田村さん)ええ。
(斉藤)受付ってのは切符を…。
切符を切ってる場所です。
そしてこれが大人子供招待券。
(斉藤)招待券もあるの?
(田村さん)そうです。
(斉藤)切符もらって…。
(田村さん)半券をここに入れて半分はお客さん。
足を一歩踏み入れるとまさにタイムトリップ
何十年も昔の世界がそのままの姿で残っています
映画が黄金時代だったのは昭和20年代から30年代の前半でした
この映画館のそもそもの始まりは100年前に建てられた劇場
長く映画と共に芝居や歌のショーが行われていました
客席は3階まであり最盛期の思い出が今も田村さんの脳裏を離れません
あのね戦争終わったばっかりは日本に娯楽がなかったから映画しかなかったのね。
昭和20年代はやっぱ『君の名は』だろうね。
やっぱそういうね。
あと『二十四の瞳』だの…。
そういうのがやっぱお客さんいっぱい来たね。
やっぱ思い出すのはねみんな3階で見た人たちが柱につかまって見てたもんね落っこちないように。
あんまりぎゅうぎゅうで。
ホントにすごかったね。
『本宮映画劇場』が閉館したのは昭和38年
あれから50年余り
今も稼働する映写機の音が思い出の扉を開きます
昭和30年代の終わり福島市の駅前です
自動車が家庭にも急速に普及
それまで市民の足として親しまれてきた路面電車が肩身の狭い思いをするようになります
町は高度経済成長に沸いていました
そんな中押し寄せるモータリゼーションの波に勝てず昭和46年のことでした
日本が戦後復興を成し遂げ元気だったあのころ
祭りの飾り物にも時代の息吹が感じられます
郡山の夏の風物詩「うねめまつり」
祭りが始まったのは昭和40年
たちまち町の人たちの心を捉え郡山を代表する祭りの一つになります
郡山がふるさとの斉藤さん
子供のころの思い出が去来します
これは国語の時間のようです
斉藤さん勉強はどうだったんでしょう?
で遊びは?
この子供たちに負けないくらいやんちゃ坊主?
私はもう勉強なんかやりませんでしたね。
ホントにさっきみたくあの…。
もう遊ぶことだけ。
学校はろう獄でしたねあれは。
(男性)ろう獄…。
(斉藤)ろう獄。
もう外を見ると青空だもん。
こっだことやってらんねえと思って外ばっかり見てそいで先生に怒られてばっかりだ。
(男性)ああ。
(斉藤)うん。
斉藤さんが元気に駆け回っていたころお茶の間の風景をがらりと変えたのがテレビでした
金持ちの家にはテレビが…。
あったんだ。
(斉藤)あるんだ。
でそれを見に行くとその人のあの…テレビの…行くとみんなこう玄関とこにみんな人だかりになってたね。
ああ。
俺は郡山だから郡山の…。
ラジオ屋さんの前が。
(斉藤)だったね。
ああそうね。
昭和39年日本は東京オリンピックに沸き返っていました
聖火が宮城県から福島県に入ったのは9月
子供たちの憧れのヒーローも聖火を手にしています
そして10月10日
日本が焼け跡から復興したことを世界に高らかに宣言する東京オリンピックが幕を開けたのです
昭和39年10月10日
この日は多くの日本人にとって忘れられない一日になりました
福島にゆかりのある詩といえば多くの人が高村光太郎の『智恵子抄』の中の一節を思い浮かべるのではないでしょうか?大震災から一体どれほど復興したというのでしょう?「ほんとの空」という言葉は深い祈りの言葉のように思えてきます。
福島県の沿岸地域…
大震災の後さまざまな爪痕が深々と刻まれている地域です
しかし目を凝らし耳を澄ませば今も自然の雄大な姿が見え繊細な歌が聞こえてきます
この地域はいわき市の沿岸でも被害が大きく多くの人が犠牲となりました
しかし若者たちが地域のみんなを勇気づけました
伝統の「じゃんがら念仏踊り」です
(一同)それほいさ。
新盆を迎えた家庭などで披露されるお盆の伝統行事
独特のリズムが人々の悲しみを癒やしていきました
(祭り囃子)せやせやせやせやせい。
若者たちは浜辺でも踊りました
犠牲者の霊を慰める鎮魂の踊りです
祈りの浜辺
私が訪ねたとき砂浜にはきれいな風紋が広がっていました
あれ?何か中学生かな?何か撮影隊みたいだな。
何してるんだろう?ちょっと。
こんにちは。
(生徒たち)こんにちは。
今大丈夫ですか?
(生徒たち)はい。
話しかけてすいません。
え?何してるんですか?あの私たちはいわき市にある砂浜の中で「鳴き砂」というものがあるんですけど。
その音のうんと…違い。
鳴くか鳴かないかなどを調べています。
(生徒)
地震と津波で変わり果ててしまった沿岸部
私たちは震災後初めて地元の海岸へと足を運びました
何か砂浜が狭くなった気がします。
砂浜が狭くなったのは地震による地盤沈下が原因でした
そして津波が残した土砂や流木は砂浜を劇的に変えてしまいました
(生徒)鳴んないよ。
鳴んないよ。
(生徒)何か砂鉄が出てくるんだけど。
(生徒)こっち湿ってる。
(鳴き砂の音)
(生徒)あっ。
(鳴き砂の音)
(生徒)ほら。
ほら。
(鳴き砂の音)
(生徒たち)鳴った。
(生徒)鳴った。
鳴った。
鳴き砂はあの地震や津波にも耐え抜いたんだね
私たちも前を向いていかなくちゃ
鳴き砂はずっと昔からの宝物
これからも大切にしていこうね
どういう実験なのか見せてもらってもいいですか?
(生徒)この表面でしか鳴かないのでこの表面の砂を取って上からたたくようにすると…。
(鳴き砂の音)ああっ。
(生徒)こういう音が出るんです。
ホントだ。
(生徒)やってみてください。
いいんですか?ありがとう。
ここの砂はきれいってこと?
(生徒)はい。
このぐらいでいいのかな?取り過ぎ?
(生徒)強めに。
(鳴き砂の音)あっ!
(生徒)鳴きましたね。
フフフ…鳴いた。
(生徒)ボランティアなどでごみ拾いとか海岸の掃除をしてその砂浜をきれいに保ったままで鳴き砂を守りたいなって思います。
何かすごい。
頼もしいね。
うれしくなっちゃうそういう話が聞けると。
うん。
(鳴き砂の音)フフッ。
キュッキュッキュキュッキュってかわいい音がするんですよこれ。
フフフッ。
浜通りで見つけた物語
(映写機の作動音)
古くから伝わるこの踊りにも震災後心温まる物語が…
原発事故で今も町全域が避難区域になっている浪江町に伝わるくさ野神社の「田植踊」です
くさ野神社は「安波様」と呼ばれ海上安全と豊漁更には豊作を授けてくれる神様としてあつい信仰を集めてきました
一年で最も寒い2月田植踊を行った後男たちはみこしを荒波の中で激しくもみ合います
震災後「安波祭」は途絶えてしまいました
町の人たちはふるさとで行うことができないのなら避難先でと立ち上がりました
(祭り囃子)
避難生活を送る町のみんなの期待を集め田植踊の練習をする子供たち
(佐々木さん)1回2回ってこれ同じとこでトントンて。
…でこんななってる人もいればこんななってる人もいるよ。
祭りの本番が近づいていました
先生の指導にも熱が入ります
(佐々木さん)踊り大丈夫ですか?
(女の子)多分。
多分大丈夫ねって…。
(佐々木さん)「多分」じゃ駄目だな。
多分じゃ駄目だよ。
もう最後だど。
かわいい女の子たち
祭りの衣装を着るとうれしいけど…
うんと…こういうやつ…。
この辺がぎゅっと…。
練習を月1回ぐらいずつやってるんですけど。
まあ子供たちすごいもうね。
小さい子供が入ったでしょ。
すごい華やかになってホントにね一生懸命です小さい子もね。
それに刺激されて先輩も。
ホホホ…。
踊りにちょっと…。
うん力が入ってっかな?はい。
そして迎えた本番の日
仮設住宅の一角に浪江町から避難している人たちが所狭しと集まりました
先祖代々守り伝えてきた田植踊
子供たちの踊る姿にふるさとの思い出が募ります
いやあふるさといちばん思う。
「安波様」いつも見てたから。
いやあ懐かしかった。
うん。
涙なくては見らんねかった。
ホントに…。
みんな喜んでくれてすごいうれしかったです。
港町いわき
春になるとこんな光景が繰り広げられました
航海の安全と大漁を祈願
港には「北洋サケ・マス漁」の船がずらりと勢ぞろいしています
長い別れとあって五色のテープを投げて見送る家族
船は北洋の基地となる北海道の港に向け次々に出港していきます
夏休み
海水浴場は砂浜も海も人人人
海辺の写真撮影会もおなじみの光景でした
こちらは日焼けを競うコンクール
ちびっこも大人も「我こそナンバーワン」と胸を張ります
ここにも大勢の人が集まっています
みんなが見ているのは子供たちの「たらい舟競争」
夏休み
かつて浜通りの子供たちは遊ぶことに大忙しでした
・髪のみだれに手をやれば・赤い蹴出しが風に舞う・憎や恋しや・塩屋の岬・投げて届かぬ想いの糸が・胸にからんで・涙をしぼる
(延増)
閉館してもう50年が過ぎる『本宮映画劇場』
(田村さん)これも日本で1台だけだと思う。
(斉藤)これが…カーボン。
(田村さん)カーボンの機械これ。
田村さん自慢の映写機
(田村さん)今点火してみますか?これ。
(斉藤)いいんですか?
(田村さん)ええ大丈夫だよ。
(斉藤)爆発しませんか?大丈夫ですか?大丈夫ですよ私がやれば。
(斉藤)分かりました。
うわあ!明る!
(田村さん)ハハハ…。
休みのときはこの映写室に来て映写機の面倒見て油をさしたり映写機を拭いたり手入れしてたね映写機を50年間。
(斉藤)仕事休みの日に?
(田村さん)休みの日にはい。
結婚したとき私奥さんに言われたの。
「あんた私と劇場どっち大事なの?」って。
(斉藤)きつい質問だ。
それでどうしたの?
(田村さん)「両方だ」っつった。
(斉藤)「両方だ」っつった。
そりゃそうだ。
そうだね。
よかったねそれで。
映画館をやめてからも田村さんの人生にとって映画はなくてはならない宝物でした
映画のフィルムも大切に保管しています
映写機が50年前と変わらぬ音を立てて動きだしました
小窓からスクリーンを見る田村さん
映写技師の顔です
昭和42年のニュース映画
一般公募していた「福島県県民の歌」の当選作を発表
こちらは当時日本一広い市となった「いわき市誕生記念式典」のニュースです
劇映画の前座として上映されることが多かったニュース映画
テレビが普及していなかったころ映像で見るニュースは新鮮でした
私は今福島県中通りにある小さな城下町三春町に来ています。
春になると梅桃桜と3つの春が一斉に咲き競うことから町の名前が付いたといわれています。
私の後ろをご覧ください。
この悠然とたたずんでいるのが「滝桜」です。
樹齢1,000年今なお生き続けている誇りです。
高さ13.5mの日本を代表するしだれ桜の巨木
その名は全国にとどろき春になると訪れる人が絶えません
2005年雪の重みで10数本もの枝が折れました
(男性)押さえてて。
しかし多くの人の力と滝桜の強い生命力で春いつもと変わらぬ見事な花を咲かせました
滝桜の美しさはまさに千変万化
ライトアップされる夜桜も人々の心を深く捉えます
三春は盆踊りが盛んなことでも知られています
独特なのが太鼓のたたき方
山あいの町だからでしょうか三春の盆踊りは昔の姿をよくとどめています
私ちょうど三春生まれ育ちなもんでいや昔はホントにあの…町ごとに盆踊りがあったんですよ。
ほんで夏中ほとんど夏休み中はほとんどどこかの町で三春の町で盆踊りやってたもんでもうホントに勉強したっちゅうのはないです。
盆踊りに毎日参加してたっていうような感覚ですごい懐かしかったです。
・東京の空・灰色の空・ほんとの空が・見たいという・すねてあまえた智恵子・智恵子の声が・ああ安達太良の山に・今日もきこえる福島県のほぼ中央に位置する城下町須賀川市に来ています。
私の後ろでは高さ10mを超える大松明が夜空を焦がす火祭り「松明あかし」が行われています。
ここに立ってるだけでも顔が熱くなるくらい炎の熱気がすごいんです。
420年もの伝統を誇るこの勇壮な火祭りですがこの炎の裏側には須賀川城しの悲しい物語が込められていました。
(太鼓の音)
(男性)火を…。
夜のとばりが下りるころ須賀川城しにある神社で御神火がともされ市民たちの手で祭りの舞台となる五老山に運ばれます
(太鼓の音)
悲劇は今から420年前に起きました
飛ぶ鳥を落とす勢いの伊達政宗は須賀川藩主二階堂家を火攻めにします
(太鼓の音)
火を放ったのは伊達政宗と密通していた二階堂家の家臣でした
落城を知った家臣や町人たちは松明を手に集結
以来松明を燃やし戦死者の霊を慰めることになったのだといいます
松明の炎は弔いの証しなのです
(始業ベル)
この小学校では「ふるさとの未来を考える」そんな授業が行われています
今日は作文を書いていただきます。
作文のテーマ「福島の未来と自分の未来」。
では書き始めてください。
大震災の後子供たちもふるさとのことを考えずにいられなくなっているといいます
(塩谷さん)「福島のいいところは?と考えて私が1番に思いついたのが農業・水産業が盛んなことです。
しかし原発の影響で福島産のおいしい食べ物が制限されるようになりました。
それでも負けないで野菜や米を作っている人たちがいます。
私は未来を作る子供たちを育てる幼稚園の先生になりたいという夢があります。
小さな子供の笑顔と元気がたくさん増えるようになったらいいなと思います」。
(佐々木さん)「震災があっても福島の自然や食べ物は変わってほしくないと思いました。
私は将来漫画家になって多くの人を笑顔にさせる人になりたいです」。
(太田さん)「僕は将来建築士になって家が壊れてしまった人家に戻れない人たちのために自然エネルギーを利用した住みやすい家を造りたいです」。
ああ…すごい雪ですね。
私は今福島県奥会津の昭和村に来ています。
人口約1,700人ほどの小さな村ですがここには600年以上にわたって村民たちが守り続けてきた誇りがあります。
それは「からむし織」という織物です。
今目の前で行われているのは「からむし織の雪さらし」という作業です。
雪と日の光を利用して織物をよりしなやかにより美しくする。
そこには雪深い村に暮らす人々の知恵が隠されていました。
「からむし」と呼ばれる植物の繊維は強じんで布には光沢があります
本州ではここ昭和村だけに残るというからむし織
(機織りの音)何か音が聞こえますね「からんからん」て。
あら…。
フフ。
こんにちは。
お邪魔します。
(五十嵐さん)いらっしゃいませ。
いやあ…。
フフフ…。
すてきな方がおいでになった。
フフフ…。
こんにちは。
こんにちは。
すごい何か機械といいとってもすてきな景色でした。
これが「地機」なんです。
地機?地機。
高機はいっぱいどこにでもあるんですよ。
高い機。
これは昔からの地機なんです。
地機。
地機っていうのは地面に近いから地機っていうんですかね?こうやって押さえてこれで押さえてな。
次に今度足を引いて…。
足を引くとこれが交互になるんですね。
でこれを入れてぐっと押し込んで…。
(五十嵐さん)押し込んでここでトントンて。
全身使いますよね。
ハハハ。
そう。
へえ。
じゃあ少し織ってみてください。
できるかな。
ハハハ。
できるよ。
教えてくださいね。
はいはい。
ここに入っていいんですね?お邪魔します。
さあ伝統の伝統の…。
ハハハ…。
こうして…。
うわあ。
んで足を引いて。
ぐ〜っと引いて。
(五十嵐さん)引いて。
ぐっと。
す〜といって。
すくってすくって…。
これで大丈夫ですかね?
(五十嵐さん)うん大丈夫。
でトントントン。
(五十嵐さん)ヘヘ。
ヘヘヘ。
こうして…。
トントン。
大丈夫な。
ふ〜ん。
あっ何かでもできてきましたね。
ウフフ…。
(五十嵐さん)織れたよな。
すごいすごい。
すごいよホント。
人のぬくもりがやっぱり入るから長年…「100年もつ」っていわれてるんですよね?この人の知恵とかぬくもりとか力加減っていうのが全部ここに込められてるからそうやって長年生き続けるものになるんだろうなあと思って。
手作業ってすばらしいですね。
(五十嵐さん)ホントな。
会津地方には伝統の工芸品が少なくありません
「会津絵ろうそく」もその一つ
そこには500年もの歴史が横たわっています
きれい。
守り継がれてきたともし火が会津の冬を優しく包みます
・汽車の窓からハンケチ振れば・牧場の乙女が花束なげる・明るい青空白樺林・山越え谷越えはるばると・ララ…・高原列車はラララララ行くよ
(スクリーン:ナレーター)開成山の真ん中を貫く国道49号線。
映像とともによみがえる思い出
ふるさとの心の風景
(拍手)
上映会が終わり一人一人に尋ねました
非常に懐かしい。
とにかく映像。
服装にしろ町並みにしろ先ほどの開成山の状況とか…。
あの道通って開成山球場に行って野球やったなとかそういう思いがすごくしましたね。
そのときのことがはっきり思い出されまして懐かしいです。
はい。
学校が終わるとまっすぐ川に行ってですね魚捕り魚釣りをやってたっていうのが思い出されます。
カジカなんかもいてホントに手づかみで捕れたんですね。
やっぱり離れたくない場所だと思います。
やっぱりいついくつになっても戻ってきたい所なのかなと。
震災以降世界的に有名になった「フクシマ」ってカタカナで有名になってしまったことが非常に残念な気持ちを持っておりましたがこれからは福島をね…。
元はホントにきれいな美しい所であります。
誇りをもう一度みんなで持ちましょう。
そしてここでまた新しく生活していく。
で子孫に伝えて愛していきましょうよ福島を。
私たちのふるさと
みんなのふるさと
私たちの福島
みんなの福島
斉藤さんの「福島に生きる誇りをもう一度みんなで持ちましょう。
そしてここで新しく生活していく心を子孫に伝えて福島を愛していきましょう」。
この言葉が胸に響きます。
思えばこれまでも福島をふるさととする誰もが子供たちにほんとうの空ほんとうの山ほんとうの海のすばらしさを伝えてふるさとを愛することを教えてきたのではないでしょうか。
子供たちの映像を集め福島の歳時記を作ってみました
繰り返します
過ぎ去った時間と語り合うことは私たちが生きるこの今を豊かにすること
それは明日への掛けがえのない糧
繰り返します
願わずにはいられません
ほんとうの空ほんとうの山ほんとうの海
2014/04/06(日) 03:00〜03:54
関西テレビ1
福島ふるさと物語〜ほんとうの空・ほんとうの山・ほんとうの海〜[字]
2人の俳優が「福島を深く知る」旅に出る。斉藤暁さんは懐かしい映像を見ながらふるさとのこれまでを振り返る。また羽田美智子さんは「極上の風景」を求め福島県を旅する。
詳細情報
番組内容
2人の俳優が「福島県を深く知る」旅に出る。郡山市出身の斉藤暁さんは築100年を迎える映画劇場を訪ねる。そこで上映されるのは昭和時代の懐かしいフィルム映像。かつてのふるさとの姿を目にした斉藤さんは…。また羽田美智子さんは「極上の風景」を求め福島県を旅する。三春の滝桜、いわきの海、須賀川の勇壮な火祭り、奥会津に伝わる「からむし織」など…。美しい風景と人々とのふれあいの中で福島の魅力を再認識する。
出演者
斉藤暁
羽田美智子
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
サンプリングレート : 48kHz
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